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                            かけはし2008.9.1号

韓日右翼の驚くべき類似性
現代史の前半の記憶を変更

新しい歴史教科書を作る会の過去は韓国ニューライトの未来


 歴史は記憶だ。記憶は時として政治的だ。「記憶の政治学」は歴史に基盤を持つけれども、その歴史は熾烈な論争を避けることができない。理由は明らかだ。過去をどのように記憶し、また評価するのかによって今日の「世」と「立つ位置」が分かれるからだ。
 1997年1月30日、日本の右翼団体「新たな歴史教科書を作る会」(作る会)は創立総会で「我々は21世紀に生まれた子どもたちのために新たな教科書を作り、歴史教育を根本的に再定立することを決定した」と宣言した。作る会の創立宣言文は、こう続く。

世界唯一ではなく「世界唯二」?

 「……世界のどの国もそれぞれ固有の歴史を持っているように、我々にも固有の歴史がある。我々の伝統を生かし、西欧文明との調和の道を探し出し、近代国家の建設と独立維持のために努力した。それは諸国との緊張と摩擦を呼び起こす厳しい歴史でもあった。我らの父母たち、そして先達のこのような一貫した努力によって世界で最も安全で豊かな今日の我々があるのだ。ところが、戦後の歴史教科書は我々が継承すべき文化や伝統を忘れ、我々の誇りを失わせしめるに至った。……特に近・現代史は我々をして、子々孫々にわたって謝罪し続けなければならない運命をもって生まれた罪人のようにせしめている。……世界でこのような歴史教育を行っている国はない」。
 作る会の「主張」が少なくとも、ある一点で間違っていることは確実だ。世界で、このような「自虐史観」に基づいて歴史教育を行っている国が外にあるという主張が出てきたからだ。ほかならぬ、わが国だ。05年1月25日、ニューライト系列の教科書フォーラムは創立宣言文で「我々の未来の世代は中・高校において教科書や参考書を通じて、大韓民国は誤って誕生し、成長に障害を味わっている国家だと学んでいる」と批判した。教科書フォーラムの創立宣言を丹念に見てみよう。

「既存の歴史解釈は自虐的」

 「……我々は運命を選択できなかったけれども、運命を受け入れる態度は選択することができた。分断と戦争、貧困という苛酷な運命の中にあっても最善を尽くし、熾烈な生を生きてきたからだ。……いかなる基準からしてみても大韓民国は『困難な使命』をやり遂げたと自負できる。平和的に民主化を実現し、貧しさを貧しからざるものに変え、世界第12位の貿易大国へと成長したのも『事実』であり『リアリズム』だ。中・高校の生徒らが学んでいる歴史教科書をはじめ、さまざまな教科書を見ると当然あってしかるべきものが抜け落ちている。国を打ちたて守り育くむために最善を尽くした我々の姿、暮らしの質を高めるために血と汗を流した我々の自画像が見えないからだ。独裁と抑圧、資本主義の惨たんたる矛盾が記されているだけだ。大韓民国の未来世代は、いつまで『赤い文字』でつづられた衣を着て回らなければならないのか」。
 日本と韓国で、ちょうど8年の時差をもってそれぞれ発足した「作る会」と「教科書フォーラム」に妙な類似性が見いだされる。既存の歴史解釈は「自己批判」または「自己虐待」だと考えられる。間違った歴史教科書のために21世紀に生まれた子どもらは「子々孫々にわたって謝罪しなければならない運命をもって生まれた罪人」の扱いを受け、未来の世代は「赤い文字でつづられた衣を着て回らなければ」ならない、という認識だ。これらの人々にとって過去は「栄光」として記憶される。「世界で最も安全で豊かな今日」の基盤であり、「平和的に民主化を実現し、世界第12位の貿易大国として成長」した基盤だ。このためだろうか? 藤岡信勝・作る会会長(65)は7月18日「ハンギョレ21」と会った場で「韓国のニューライトは我々(作る会)と同じような話をしている」「会って座談会を行えば『絵』になるようだが、韓国のメディアが一度、取り組んでみたらどうだろうか」と語ったりもした。興味深い提案だ。
 イ・シンチョル成均館大・東アジア学術院研究教授は、作る会とニューライトの類似性を次のように指摘する。「『作る会』が日帝の侵略戦争に対する反省を『自虐史観』と罵倒しているように、ニューライトは分断政府の樹立と軍事独裁に対する批判に『大韓民国は誤って誕生した国家か?』と問いつめる。近代化の過程での日本の役割を印象づけることと同じことだ。従軍慰安婦に対する見方も『商業的理由から自発的に行ったこと』という日本側の主張をニューライトは、そのまま持ってきた」。
 「反共・反北」の影も重なる。作る会は「自虐史観」を「コミンテルン(旧ソ連が主導した国際共産主義運動・第3インターナショナル)史観」だとも呼ぶ。ニューライトは「分断史観」を「統一至上主義史観」であり、「アイデンティティのあいまいな史観」だと批判する。南韓単独政府樹立の過程に親日派の得勢があったという点を強調するのは、「北韓がより正統性のある政権だという歴史的偏見を注入するもの」だと罵倒する。これは直ちに「大韓民国の正統性を否認する自虐史観」に対する批判へと結びつく。そして甚だしくは参与政府の時代に作られた過去史の清算に関連する諸法律までが、韓総連を含む親北左派が作り出したものだ、と主張する。「産経新聞」を含む日本右翼と完全に一致している見解だ。

建国史を守る闘いが必要

 だから歴史の記憶を変えようとする試図は政治的だ。歴史を記念しようとすることも同様だ。1945年8月15日を「建国節」として作ろうとする努力の間には、したがって熾烈な現実の闘争が横たわっている。ニューライト陣営が「建国節」論争の火種をたきつけたのは、イ・ヨンフン教科書フォーラム共同代表(ソウル大教授、経済史)だ。彼は06年7月31日付の「東亜日報」のコラムで、こう書いた。
 「政府が編さんした中・高校の歴史の本を見ると『大韓民国の建国』という表現が、はなからない。大韓民国の建国は、民族の統一の願いにかかわらず強行された『南韓だけの単独政府の樹立』という不幸な事件として位置づけられているだけだ。……1945年8月の光復に私はそれほど興奮していない。その時代に生きていた人々にとって、いかに言葉で表し尽くせるものだろうか。……私が通説的意味での光復節にさして興がそそられないもう1つの理由は、日帝によって併呑される以前に、この地にまるで輝かしい光のような文明があったかのように、その言葉が錯覚をひき起こさせるからだ。耳で聞くぶんにはその方がいいだろうが、それは歴史的真実ではない。大多数の民草にとって朝鮮王朝は幸福を約束する文明ではなかった」。
 さらに彼は「本当の意味での光は1948年8月15日の建国のその日にやって来た」のであり、「我々もその日に国民すべてが舞い踊り歌をうたう、そういう建国節を作ろう」と提案する。一部分は合っている。ただし後ろに進むにつれて出てくる文章は「建国節」の現在的意味を事あらためて際立たせてくれる。
 「誰がこの国を、間違って打ち立てられた国だと言っているのか。誰がこの誇らしい建国史を分裂主義者たちの策動だったと言っているのか。そのような妄言は、とっとと夜の空に吹き飛ばしてしまおう。そのようなふらちな輩が二度と大手を振って歩くことができないように声を一つにして叫ぼう。建国節論争は「ふらちな奴ら」から「誇らしい建国史」を守るための「政治闘争」なのだ。
 「最も重要な点は、いわゆる『国民国家』を新たに再建することだ。国民国家は、いつ作られたのか。ニューライトは1948年8月15日に建国されたと言う。では近代国家の土台である近代的意味の『国民』は、いつどのようにして作られたのか。日帝による植民地支配時代の『学習』を通じて作られたと言う。近代国家の体系、すなわち自由主義と市場経済の最も基本的なルールを学習し、植民地治下ではあったものの民法を含む近代的法制度を経験しながら、それなりに近代化の過程を経たのだ。これがまさに植民地近代化論だ。その時期に近代国民国家の主体である国民が形成され、彼らによってその完成形態としての大韓民国が建国された、という論理だ。

統一と「建国」の関係は?

 ハ・ジョンムン韓神大教授(日本学)は最近ニューライト陣営がたきつけている「建国節」論争について、こう説明した。なぜこのような主張をするのだろうか。ニューライトは大韓民国政府の樹立を「史上、初めての完全な自主的国民国家の建設」だと強調する。これは日帝治下の独立運動はもちろん、朝鮮と連結する韓(朝鮮)半島の歴史の連続性を否定することと同じだ。大韓民国を絶対的価値として想定したのだから、統一の方式は当然にも吸収統一だけだ。統一国家になれば、改めてどのように「建国」を語るのだろうか。ハ教授は「(ニューライトが話している『建国史観』)は独立運動や解放の意味を否定し、韓民族の統一と民族の未来を否認する時代錯誤的断絶史観」であり、「そうであるにもかかわらずイ・スンマンを建国の父として、パク・チョンヒを国民国家を完全に確立した指導者として評価するためにも『建国』の意味を深く印象づける必要があったのだろう」と指摘する。現代史の前半の記憶を「ニューライト式」に変えるための基礎固めが本格的に始まった、というわけだ。(「ハンギョレ21」第723号、08年8月17日付、チョン・インファン記者、東京=ファン・ジャヒェ専門委員)

石山・日本歴教協委員長が語る
「今アジアの大きな流れは平和志向」
植民地近代化論は弊害を隠せない

 「歴史をどう見て、どう評価するかは新しい未来を切り開いていくための出発点だ。韓国で植民地支配を肯定したり植民地近代化論を持ち出して歴史的事実を歪曲してはならない」。
 石山久男歴史教育協議会(歴教協)委員長(72)は歴史教育の立て直し作業に一貫して取り組んできた日本の代表的元老だ。彼は53歳になった年の1987年、教職から退いた後、20年近くの間、歴教協の活動に全力を注いでもきた。8月8日午後、韓国を訪れた石山委員長にソウル・華陽洞の建国大学で会った。

―――韓国のニューライトについてご存じですか。

 詳しく知っているとは言えないけれども、彼らの主張の核心は承知している。日帝の植民地統治が韓国の近代化を進展させたとの主張をしていることと承知している。韓国のニューライトは日本の植民地支配を肯定的に見ており、そういった観点を広げる愚を犯していると考えている。団体名に「ニュー」と付けることによって、まるで新しい思考であるかのように語っているのも問題だ。

――日本の新しい教科書を作る会(作る会)のように韓国のニューライトも教科書フォーラムという団体を通じて新しい教科書を発行した。

 その教科書はまだ直接、見てはいない。作る会の機関誌とも言うべき「ふみ」7月号に韓国のニューライトを分析した報告書が載っており、読んで見ました。今回、訪韓したのは全国歴史教師の会20周年を祝うためだけれども、韓国のニューライトが発行した「新しい教科書関連の資料を進め、討論もできたら、と期待している。

――この10年間、教科書の歪曲をはじめ日本の極右陣営の論理が日本社会に広がった感じがするが。

 右翼勢力が力を蓄えてきており、その結果として教科書検定を通じて内容を歪曲した。植民地支配、朝鮮人強制連行、日本軍慰安婦に関する歴史的記述をしなくなったことは最悪の影響だと言えるだろう。日本社会が全体的に右傾化している結果でもある。自衛隊の海外派兵はもちろん、最後の砦である平和憲法改悪の動きにまで続いている。

――日本の右翼がたどった軌跡が韓国ニューライトの未来になりかねないとの心配もあるが。

 今、アジアの大きな流れは平和を目指しているということだ。歴史をどう見て、どう評価するのかは未来を開いていくための出発点だ。「自由主義史観研究会」は歴史的事実を歪曲し、それによってアジアで反平和の雰囲気を呼びおこしている。このような状況にあって植民地の経験を骨身にしみて味わった韓国で植民地支配を肯定したり、植民地近代化論を持ち出して歴史的事実を歪曲してはならない。

――作る会の藤岡信勝会長は7月に行った「ハンギュレ21」とのインタビューで、韓国のニューライトと座談会をやってみたい、と語った経緯があるが。

 彼ら(作る会とニューライト)は明らかに日本の植民地支配が朝鮮の近代化を促進させたという点に焦点を合わせて話をするだろう。だが植民地近代化論は植民地支配の弊害を覆いかくすことはできないだろう。植民地支配は人権蹂りんと強圧統治が最大の特徴であり核心だ。近代化にプラスとなった側面があるからといって、植民地化の過程や植民地支配時代にほしいままにした犯罪行為を消し去ることはできない。(「ハンギョレ21」第723号、08年8月17日付、ファン・ジャヒェ専門委員)


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