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気候変動に関するG8コミュニケ             かけはし2008.7.28号

前進ではなく後退だ!

義務的な温室効果ガス削減から身を引き世界銀行の役割前面化
G8サミットを問う連絡会・国際民衆連帯DAYS参加団体の声明


 G8サミットの気候変動に関する宣言に対して批判が高まっている。以下は、地球の友インターナショナルとインスティチュート・フォー・ポリシースタディーズ(米国)が作成し、幾つかの団体の賛同を得て発表した声明の仮訳である。


 気候変動に関するG8の行動に関するコミュニケは、なんらかの行動をするかのような装いをとっているが実際には何もしないというものだ。これは、国際社会が気候変動を阻止するためにもっている能力を著しく低下させるものであって、国際社会に対する重大な詐欺的行為である。わたしたちは、南アフリカ政府の以下のような声明を全面的に支持するものである。「このG8声明は前進を装っているが、実際には、気候変動の困難に取り組むために求められている重要な貢献からの後退ではないかと危惧する」。
 温室効果ガスの排出量を世界規模で二〇五〇年までに五〇%削減するというG8の合意についてのアナウンスメントは実際には昨年十二月にバリで開催された気候変動に関する国連サミットで国際社会によって要求された最小限の行動からさらに後退している。バリでは、米国、日本、カナダの反対で、先進国(Annex1)は二〇二〇年までに一九九九年のレベルから二〇〜四〇%温室効果ガスを削減すべきという前向きの合意が断念させられた。この前向きの合意は、また、二一世紀に気温の上昇を2度以内におさえるとすれば、二〇五〇年までに必要とされる最低限の削減は、一九九〇年レベルの八〇〜九〇%でなければならないということも見積もられていた。
 G8の五〇%方式は、いくつかの点で受け入れがたい。
 第一に、G8の方式は地球規模の削減であり、工業化諸国あるいは京都議定書のAnnex1諸国[先進国を指す]に対してとられる措置ではない。したがって米国のような大きな環境汚染国は実際には他の諸国の削減にただ乗りすることができるのである。
 第二に、この削減は基準がはっきりしていない。このアナウンスメントにおいて福田康夫首相はこの数値が一九九〇年レベルからのものだと当初は語っていた。その後この発言は取り消され、次には二〇〇〇年を基準にすると述べているのである。
 第三に、この声明の含意は、義務ではないし、G8はかれらの「コミットメント」を、その署名者を拘束する国連の気候変動枠組み交渉に持ち込みたがっているような兆候は見出せない。事実、G8のアナウンスメントは、国連に対抗し結果的に国連のプロセスを覆し、G8を気候変動に対する行動の一つの場として強化しようとしている。驚くまでもなく、G8の宣言は「主要経済会合」として知られる国連と平行したプロセスの一環である。この「主要経済会合」は国連の枠組みとプロセスから気候変動についての意思決定を奪おうという米国のイニシアチブなのである。
 全体として、G8のアナウンスは意義ある義務的な削減から身を引き、この地球を制御不能な気候変動へと追いやるような機会をますます増大させるものである。
 気候変動への効果的な行動に関するもう一つの後退は、G8が世界銀行の気候変動投資基金を承認したことである。G8コミュニケでは、何カ国かはすでに六十億ドルを拠出しているという。世銀の環境プログラムを監視している市民社会のグループはこれまでにも、この基金が大規模な石炭火力プラントに出資していることに大きな危惧があるということをG8に対して警告してきた。クリーン技術についてのはっきりした定義もなく、この基金は、気候変動を明らかに緩和しないようなプロジェクトに融資したり抜本的な変化が必要な時代に、ほんのささいな変化をもたらすようなことに熱中している。
 G8は気候変動の行動の場としての国連を弱体化させ、世界銀行も既存の国連メカニズムをくつがえそうとしている。途上国の技術援助を提供するために二〇〇七年十二月の議定書加盟国によってバリで気候変動枠組条約適応基金が設置された。この基金のかわりにG8諸国は技術移転のプロセスを支配するために世界銀行の気候変動投資基金にかれらの資金を拠出するように方針転換している。いうまでもなく、途上国は、気候変動にとりくむグローバルな南の世界を支援する重大な努力に対する脅威として世銀のメカニズムを批判してきているのである。
 開発系銀行としての失敗ののちに、世界銀行は今では「気候変動銀行」にそのイメージチェンジをはかろうとしている。これは偽善の極みである。すでに20億ドルが石炭、石油や天然ガスプロジェクトに出資されており、世界銀行は温室効果ガスを排出する世界最大の多国間金融機関としてのみずからの記録を塗り替えつつあるのだ。
 わたしたちは、はっきりと言わなければならない、G8の宣言は国際社会の気候変動に取り組む能力を前進させるのではなく、後退させているのだと。だからまだ何もしない方がましなのだ。そうでなければ、ブッシュ政権による反対といった危険な茶番に正当性を与える結果になりかねない。
 G8は何度もこの時代の諸問題に取り組む国際社会の努力を台無しにしてきた。私たちは、あたかも世界政府であるかのように振る舞う選挙で選ばれたわけでもないこのような金持ち国の組織は解散すべきであることを再度私たちは要求する。
   2008年7月9日



「チャレンジ・ザ・G8 1万人のピースウォーク」で逮捕された3名をすみやかに不起訴処分とするよう求める要請書
札幌サウンドデモ7・5救援会


札幌地方検察庁
担当検察官(大野検事)様

 さる7月5日の午後に行われた「チャレンジ・ザ・G8 1万人のピースウォーク」には5000人もの多様な人々が集まり、札幌市街を歩きました。このピースウォークは平和裡に行われましたが、G8サミット警備という名目で全国から動員された警備公安警察・機動隊が行進を取り囲み、マスメディアや通行人に向かって、あたかもピースウォークが危険なものであるかのように描き出そうとしました。
 さらに警察は、ピースウォークに合流していた、トラックの荷台に音響機材を積んで音楽を流して歩くいわゆる「サウンドデモ」の部分に対し、過剰な警備をもって臨み、DJや運転をしていただけの人を見せしめのようにして逮捕していきました。このとき、警察の暴力的介入を記録していたロイターのカメラパーソンも逮捕されています。
 ロイター関係者は勾留請求されないまま釈放されましたが、残る3人のウォーク参加者は「道交法違反」「札幌市公安条例違反」「公務執行妨害」と決めつけられ、8日に勾留を決定されました。そして16日にようやく処分保留のまま釈放されました。

 ピースウォークは、札幌市の公安条例に従い、DJの荷台乗車を含みこむ形式で申請され、公安委員会に許可されたものでした。それにもかかわらず、トラックの荷台でDJを務めていた2人のささいな言動をとらえて同条例違反や道交法違反で、トラックの運転手を務めていた人にいたってはありもしない公務執行妨害をでっち上げて現行犯逮捕し、3人とも12日間にわたって身柄拘束までしなければならないのでしょうか。これは、憲法が保障する言論表現の自由を著しく侵害する行為であり、民主的社会への重大な挑戦です。到底許されることではありません。

 そもそも、検察官は、公益の代表者として、警察による捜査の行き過ぎを是正する役割を課せられているはずです。最近、氷見市や志布志市などで相次いだ冤罪事件について、最高検察庁は自省の態度を明らかにしていますが、こうした点からしても、貴検察官には全国動員された警察の捜査活動を質す役割が期待されています。
 それにもかかわらず、検察官が、フレームアップとも言うべき3人の不当逮捕を支持し、10日間の勾留請求に及んだ上で接見禁止決定まで請求したことは、強く批判されなければなりません。

 貴職が、3名の勾留延長請求をせずに釈放指揮をとられたことは、当然とはいえ評価できるものですが、3名は今なお被疑者という不安定な地位に置かれており、1日も早く不起訴としてかかる地位から解放されるべきです。
 よって、私たちは、貴職に対し、ピースウォーク参加者であるDJ2名と運転手とをすみやかに不起訴処分とするよう、ここに強く要請いたします。
    2008年7月


コラム
長靴はお好き!

 雨の日の朝、ゴム長靴で出勤する女性が増えている。
 先日、靴を購入しようと靴屋を何軒かのぞいて見ると、梅雨どきということもあり、女性もののすてきなゴム長靴が店頭に並んでいた。「ミシュラン入荷」などとも書かれている。ミシュランと言えば、ブリヂストンと並ぶタイヤメーカーで、F1レースではよく耳にする名前である。ゴムを扱っているのだから、ゴム長靴を作っていてもおかしくはない。
 どうも最近では、ゴム長靴とは言わず「レインシューズ」と言うらしい。ゴム長靴では、やはりダサイ響きがあるのだろう。売れ筋は、一位が光沢(エナメル)、二位がジョッキ(レザー風)、三位がガラ物、四位が水玉だということのようだ。
 私は以前、釣りにはまっていたこともあって、靴底にスパイクが付いた磯釣り用の長靴や、船釣り用のゴム長靴を愛用していた。特に、年に一〜二度はある東京の大雪の日の朝は、スパイク付きの長靴を履き、革靴でオロオロと歩く人々を横目に、ザクザクと雪を踏みしめながら出勤することに、ある種の「快感」のようなものを感じていた。
 しかし、その自慢の長靴も数年前にすっかり「腐って」しまい、今では雨の日は、しっかりと防水処理した登山靴での出勤である。だが長靴と違って、ズボンの裾がどうしても濡れてしまう。
 小さい子供は、だいたいが長靴好きである。好きなアニメのキャラクターなどがプリントされた長靴で、水たまりも何のそのという解放感のようなものがあるのだろう。ちなみに私の娘は、セイラームーンのピンクの長靴を愛用していた。
 私の小さいころのヒーローは月光仮面で、私は白いゴム長靴を履いていた。舗装道路などほとんどない時代だったので、雨上がりの日などは、みんなで水たまりにパシャパシャと入っては遊んだ。なかには必ず、左右逆に履いている子もいた。何度教えても、また次も逆に履いてくるのだ。
 それにしても、あの月光仮面の白いゴム長靴はどこに行ってしまったのか。そうそう、食堂の厨房や食品会社の加工場などで愛用されているではないか。
 台風が接近して、横殴りの雨の日の朝、傘など役に立たないだろうと思い、登山用の黄色のカッパを着込み自宅を出た。しかし、十分前まで激しく降っていた雨がほとんどやんでしまっている。カッパを脱いでいる時間もない。そのまま駅に行き電車に飛び乗ったのだが、車中の視線が黄色の雨ガッパの男(私)に集中している。顔の下半分を隠せるフードを付けたまま、出口のドアに頭をこすりつけていなければならなかった。
 「月光仮面は誰でしょう」よろしく、その日の朝、私は「謎のイエローマン」になってしまったのである。    (星)


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