| NHK「女性国際戦犯法廷」番組改変裁判 かけはし2008.6.23号 |
「期待権」は法的
保護の対象外
六月十二日、最高裁第1小法廷(横尾和子裁判長)は、旧日本軍の性暴力を裁いた「女性国際戦犯法廷」(二〇〇〇年十二月)を取り上げたNHK番組改変事件(原告・『戦争と女性への暴力』日本ネットワーク」(VAWW│NETジャパン、以下バウネット)でNHKと制作会社2社に賠償を命じた東京高裁判決(〇七年一月)を破棄し、請求棄却の不当判決を出した。
判決は、高裁が認定した取材対象者の「期待権」について「原則として法的保護の対象にならない」などと否定した。さらに、安倍晋三、中川昭一ら自民党国会議員の介入、NHK上層部の改変指示の関連性について判断しなかった。つまり、バウネットの請求を全て棄却し、NHKの主張と政治家を全面的に擁護したのである。
NHKは、「今後も自律した編集に基づく番組制作を進め、報道機関としての責務を果たしていく。どのような内容の放送をするかは放送事業者の自律的判断にゆだねられており、正当な判断と受けとめている。最高裁は『編集の自由』は軽々に制限されてはならないという認識を示したものと考える」などと述べ、あくまでも政治家の圧力を否定し、「公正・中立」などという看板を投げ捨て権力に奉仕する報道機関として生き延びていくことを宣言した。
六月十日、放送と人権等権利に関する委員会(BRC)は、NHK番組改変訴訟の控訴審報道(〇七年一月二十九日)でバウネットの主張を排除し、NHKの自己正当化のみの報道を「不公平」であり、放送倫理違反があったと指摘した。だがNHKは、最高裁判決後のコメントでわかるように、民衆のための報道機関を目指すのではなく、組織と体質の欠陥を直視せず是正していくことはもちろんのこと、反省の姿勢すらも感じられない。安倍にいたっては、番組改ざん圧力の下手人であることが明白となっているのに「最高裁判決においても朝日新聞の報道が捏造(ねつぞう)であったことを再度確認できた」などと言い放っている。最高裁不当判決を糾弾し、NHK幹部、番組改変に介入した政治家たちの犯罪をあらためて社会的に暴露し、包囲していこう。
「棄却」前提にした
最高裁判決の論理
バウネットと支援は、NHK番組改変事件裁判闘争を以下のように闘ってきた。
〇一年一月、教育テレビで特集番組「戦争をどう裁くか│問われる戦時性暴力」が放映された。NHKはバウネットに「法廷の様子をありのままに伝える」と説明し取材をしていたにもかかわらず、番組は法廷映像と被害者証言が短く、加害兵士の証言と昭和天皇の有罪判決シーンなどの重要な部分をことごとくカットしていた。また、右翼学者を登場させて「法廷」批判と被害者たちへの暴言をそのまま映し出した。
バウネットは、NHKの番組改竄の強行に対して、公開質問などを出し、説明を求めた。当時のNHKの吉岡教養番組部長と遠藤番組制作局主幹は、「制作会社が作ったものはNHKが作ろうとしたものと全く違ったので、直しました」と居直り対応だった。ところが放映前日に「異例の試写」があったことを朝日新聞が報道し、上層部の意図的な改変圧力が判明する
バウネットは、このようなNHKの対応や「女性国際戦犯法廷」番組を改ざんして放送したことが、日本軍性奴隷制(「慰安婦」 制度)の戦争犯罪を隠蔽し、被害女性たちの名誉を傷つけたのであり、さらに視聴者に誤解を与え、市民の知る権利と表現の自由を侵害したのだと厳しく批判した。〇一年七月二十四日、信頼(期待)利益の侵害、番組内容改編の説明義務違反の二点を柱に、NHKと制作会社二社に損害賠償を求めて東京地裁に訴えた。
東京地裁(〇四年三月二十四日)は「番組内容に期待を抱く『特段の事情』がある場合、編集の自由は一定の制約を受ける」と述べ、バウネットの信頼利益を侵害したとして、直接取材したドキュメンタリージャパンのみ損害賠償請求を命じ、NHK、NHKエンタープライズ21の請求は棄却した。
〇四年七月二十八日、控訴審が始まる。
朝日新聞(〇五年一月十二日)は、番組の担当チーフプロデューサーだった長井暁氏が、当時の中川経産相、安倍自民党幹事長代理が放送前日にNHK幹部を呼びだし、「偏った内容だ」などと圧力をかけていたと内部告発したことを報道した。
後日、記者会見で長井氏は、「中川、安倍が、放送直前に同局の国会対策担当だった総合企画室の野島直樹担当局長を呼び出し、番組の放送中止を要請してきた。当時の松尾武NHK放送総局長の指示で一部をカットした」ことを「不利益を被るかもしれないと悩んできた」と明らかにしつつも、「NHKは独自の判断で編集したと説明しているが、現場の声を無視し、政治的圧力を背景に番組を変更した。幹部の責任は重大」と明言した。
高裁は、長井告発を柱ににして、「安倍晋三前首相(当時は官房副長官)らの発言をNHK幹部が必要以上に重く受け止め、意図をそんたくして当たり障りのない番組にすることを考え、改変を指示した」と認定した。そして、「編集権を乱用し、自ら放棄したに等しく、原告の番組内容に対する期待と信頼を侵害した」のであるから「バウネットの期待権を侵害したことによる不法行為責任を負う」「説明の義務も怠った」と判断し、三社に賠償を命じた。NHK番組改変事件を許さない全国運動のねばり強いスクラムによって勝訴判決をかちとったのだ。
自民党の介入と
NHK幹部の指示
しかし、立川反戦ビラ不当判決など国家権力の意志を代弁した反動判決をこの間出している最高裁は、NHK番組改変事件に対して政治家の介入圧力による番組改変の判断を避けつつ、取材対象者の「期待権」に関して「取材に応じることで著しい負担が生じ、取材側が必ず取り上げると説明したような極めて例外的な場合に限られる」と狭め、絞り込んだ規定を「動員」してきた。棄却判決を正当化するために無理矢理でっち上げた「論理」でしかない。
あげくのはてに横尾和子裁判長は「取材対象者が取材内容を一定の内容で放送されると期待、信頼したとしても、それは原則として法的保護の対象とはならない」と強調し、土俵を抽象論にずらし、数々の重要な事実、原告の主張をバッサリと切り捨てる手法を選択した。
つまり、NHKの指示監督下にあるドキュメンタリージャパンの「番組提案」を基にして協議を積み重ねてきた事実、女性法廷や判決シーンまで放送することを説明していた事実、取材活動への「多大かつ特別の便宜」を与えていた事実などを抹殺してしまったのである。棄却判決を前提にしているため、こんな乱暴な論理構成になってしまったのだ。「最低判決」は、明白だ。こんな判決を絶対に許してはならない。
バウネットは「表現の自由は死んだ! 編集権への政治家の介入を容認した最高裁判決」だと厳しく糾弾している。さらに、「この判決の結果、報道機関の現場スタッフは萎縮し、取材を受ける側は報道機関にどのように報道されるか全く予測ができなくなり、取材に応じることができなくなってしまった」「憲法21条を『市民のための表現の自由』から『政治家のための表現の自由』に変貌させた歴史的な判決というべきであり、国際的に批判を受けることは間違いない」と警鐘乱打している。VAWW│NETジャパンの抗議アピールを支持し、最高裁不当判決を批判していこう。(遠山裕樹)
コラム
「夢に出てきた鰈(かれい)」
「好きな魚は?」と問われれば、私は一も二もなく「鰈」と答える。おかずに肴にこれ程ふさわしい魚はない。種類の多さに加え、煮る、焼く、揚げる、干すとバラエティにあふれる。
畳一枚の大きさにもなる北の海の`おひょうaに始まり、最高の煮付けと言われるなめた、そして浅羽、赤、臭いのきつい黒、口のでかい宗八、そして本州近海では刺身としても珍重される真子や石、塩焼きとして絶品の目板、一夜干しにして食される笹や柳、さらにどの調理法にも合う真がれい。名前をあげるだけで涎が出てきそう。
通常、目の位置で「左平目右かれい」と分けるが、目が平目と同じ左側にある沼がれいや松川。なかにはブランドものとして扱われる「若狭がれい」や大分の「城下がれい」というものもある。「城下がれい」は東京湾でも多くあがる「真子がれい」だが身の厚さ、脂ののり、どれをとっても絶品らしい。かれい好きとして一度はめぐり逢いたいと思う。
かれいは釣りという観点からしても実に味がある。東京湾の真子がれいは寒い冬がシーズン。大きいものは海面近くに来て、初めて自分の置かれた立場を理解しそれまでとまるで違う魚のように潜ろうとする。それでも逃げられないと分かると直径二〜三メートルの円を描き船底に潜り込もうとする。この一連のやりとりに魅せられて寒さを忘れて出掛けてしまう。
しかし釣りのターゲットとしては真子、石、真がれいぐらいで他は鯛釣りや底もの釣りの「外道」として上がるだけで専門の釣り船はない。店に並ぶかれいの多くは底引き網による水揚げで、養殖物はないので近年入荷量は減少の一途。かれいは一般に砂地や泥地に生息し、産卵の時に浅瀬に上がってくる。だが生息環境が違うせいか同じ種類でも釣ろうとするとエサ、仕掛けがまるで違う。同じ真子がれい釣りでも茨城の大洗沖ではエサを踊るように見せる「たたき釣り」、他方東京湾ではエサを海に這わせる「置き釣り・なまけ釣り」である。この千差万別の釣法がどんな名人も地元の太公望には勝てない根拠となっている。
これでもかこれでもかと「鰈」にこだわるのは口惜しい「事件」のせいだ。先日友人から江ノ島沖で釣ったという四十センチ近い「柳鰈」が二匹届いた。細かい鱗を取り、えらと腹わたを取り除き干物にしようと思ったが、梅雨特有の雨にたたられそのまま冷凍庫へ。八日後ようやく太陽が顔を出したので解凍し、約二時間海水程の塩水に浸し、軒先に干した。いつもは網に入れて干すのだがこの日は尻尾を糸で括り、風通しの良い場所にポールを渡して結んだ。
夕方、大根とレモンを買いウキウキして帰るとかれいが軒先から消えていた。ポールに結んだ白い糸も残っていない。「やられた」。思わず声が出そうになる。食い意地のせいか、悔しさのせいかその夜、かれいが夢にまで登場した。届けてくれた友人にどう電話するか今も悩んでいる。 なんとも「逃した魚は大きい」。 (武)
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