| シリーズ:G8サミットに異議ありC かけはし2008.6.9号 |
CO2排出削減は原発で?
七月G8洞爺湖サミットは、昨年のハイリゲンダムに続き、「地球温暖化=気候変動防止」を最大のテーマに据えたものになる。福田首相は「北海道洞爺湖サミットは、我が国の環境問題への取組を世界に発信する大きなチャンスです。二〇五〇年までに温室効果ガスの排出量を半減させる長期目標を、経済成長と両立しながら実現することを目指し、議長国としてすべての主要排出国が参加する実効性のある新たな枠組み作りを主導してまいります」と一月の施政方針演説で打ち上げた。
一月末にダボス会議(世界経済フォーラム)で演説した福田は、施政方針演説と同様に「低炭素化社会の実現」をキャッチフレーズに地球温暖化対策のリーダーシップを取ると訴えた。それは安倍前首相がハイリゲンダムで打ち上げた「美しい星50(クール・アース50)」を踏襲するものである。
「美しい星50」は日本経団連の主張の丸呑みである(「世界」07年9月号、岡田幹治「『美しい星50』徹底批判」)。もちろん気候変動=温暖化防止はたんに政府・財界・マスメディアのキャンペーンではなく、世界の労働者・市民にとっても緊要な課題である。しかし、福田をふくめたG8の首脳たちや資本家たちは「地球温暖化防止」=CO2排出量の削減の切り札として、この間「クリーン・エネルギー」とされる原発への依存を主張し続けている。
日本政府は京都議定書で定められた二〇〇八年〜一二年までに対一九九〇年比で温室効果ガスを六%削減する目標を達成するためとして、原発十三基の増設を打ち上げた。日本国際問題研究所(佐藤行雄理事長)は、遠藤哲也・元原子力委員会委員長代理が座長を務める専門家グループがまとめた「温暖化対策として原子力を創設する政策メカニズムの創設」を求める提言を高村外相に提出した(1月9日)。今年の日本原子力産業協会の年次総会では「原子力の利用は地球温暖化対策のCO2削減に最も有効であり、日本だけでなく世界に浸透させなければならない」と強調し、同大会に出席した福田首相も「地球温暖化対策の切り札」として財界の意向に沿う姿勢を約束した。
原発売り込み競争が激化
エネルギー政策の原発依存への特化はこの間、資本主義先進国の中でも日本が突出していたが、「温暖化防止」・CO2排出削減が緊急の課題となるに及んで、G8諸国はチェルノブイリ以後の原発の「斜陽産業化」=原発離れの政策を再転換し、いっせいに「原発ルネッサンス」と言われる推進政策を強めている。
米国では一九七九年のスリーマイル島原発事故以来、原発の新規建設は止まっていたがブッシュ政権は二〇一〇年の原発建設再開に舵をきった。イギリスもこれまでの原発建設凍結から推進へと方針転換した。
原発大国であるフランスのサルコジ大統領は四月末、訪問先のチュニジアで「原子力は未来のエネルギー」と力説し、「地中海原子力共同体」の創設という提起を行った。フランスの原子力企業大手アレバのラルフ・ギュルドネル副社長は「世界の既存の原発は四三九基。二〇三〇年までに三四四基の建設が必要。五〇〇基という推計さえある」と語っている。「原発関連企業は今、建設費が1基三千億〜六千億円規模とされる次世代炉の大量受注をめざしてしのぎを削る。中国やインド、南アフリカなどでも受注合戦が過熱しそうだ」(「朝日」5月29日)。
そして日本の原子力産業(東芝、三菱重工、日立製作所)も、この空前のグローバルな原発建設競争に参入し、シェアを拡大すべく必死になっている。「温暖化防止」=CO2削減を看板に掲げたG8サミットは、いまや「CO2排出の少ない原発」といううたい文句で、地球規模の原発建設競争を正当化しようとする場になろうとしている。
根拠がない推進派の主張
しかし原発は「温暖化防止に有効」なのか。それは全くの虚偽である。
第一に、原発建設や原子力発電を起動させるための燃料製造などに必要な建物類は原発が作りだした電気ではできない。原発の燃料であるウランを鉱山から掘り出し、燃料に加工するためにも多くの石油が必要となる。言うまでもなく、その過程で膨大な量のCO2が排出される。
第二に、放射性廃棄物の処理・処分に伴う問題である。高レベル放射性廃棄物の地層処分は、高レベル放射性廃棄物はガラスの中に閉じ込めて地下三〇〇メートルより深い地層に埋め捨てる計画であり、そのガラス固化体は処分時には鋼鉄製の容器に収められて、その周りを粘土で覆うことになっている。管理期間は三百年とされているが、管理期間中に放射能漏れ事故があった場合に、その対策のために排出される二酸化炭素量は膨大なものとなるだろう。
現在、六ケ所再処理工場では本格稼働に向けた最終段階を迎えているが、その中でガラス固化体製造の欠陥が露呈している。これは放射性廃棄物の再処理の根幹における技術的不備を意味しいる。こうした放射能汚染への危険性対策の事実をとっただけでも、原発が「安全」で「クリーン」であるわけがない。
第三に伴英幸氏が『原子力政策批判大綱』(七つ森書館)で紹介しているオランダの学者の論文が指摘している問題である。「温暖化対策を原子力で行おうとすれば、世界中で数百基の原発の建設が必要となる。そうなればウラン需要が飛躍的に高まることになる。ウラン鉱石の埋蔵量が需要増に対応できたとしても、よい品質(品位)のウランは早晩なくなる。そうなると燃料製造過程での二酸化炭素排出量は今よりも増えることになる。ウラン品位が現在よりも一桁程度低い〇・〇一%に落ちることになれば、原子力発電の二酸化炭素排出量のほうが、効率のよいLNG火力などの発電システムよりも増えることになる」。
そのために「国策」としての原子力開発にしがみつく日本政府にとっては、核燃料サイクル政策が不可避となる。つまり使用済み核燃料を六ケ所で再処理し、抽出されたプルトニウムを燃料とする高速増殖炉を運転する計画である。しかし一九九五年に起こった高速増殖原型炉「もんじゅ」の事故はこの計画を決定的に頓挫させた。
二〇〇五年策定の「原子力政策大綱」は二〇二五年頃に実証炉の運転を開始し、二〇五〇年までに商業ベースでの実用化を目指すとしているが、この四十年以上先の実用化は「絵に描いた餅」にすぎない。それまでに「気候変動」はのっぴきならない水準に達するだろう。実際一九九五年の事故以来運転を停止した「もんじゅ」の「再臨界」を今年十月に行おうとしていた原子力開発機構の思惑は、ナトリウム漏えい検出器の施行不良が五件相次いで発覚したことにより絶望的となった。
二月一日、原発大国「ワースト3」の日米仏は、高速炉の実証炉研究開発と実用化に向けた協力で合意し、六月までに報告書をまとめるとしているが、こうした三国間の協力は、莫大な費用をつぎこんだ原子力開発の延命への悪あがきだろう。
第四は原発がきわめて不安定で非効率的なシステムだということである。原子力は電気という形でしか利用できない。しかも原発は電力需要の刻々の変化に合わせて発電量を調整することができず、停止している時以外にはフル出力で運転することになる。
現在、日本は世界第三位の五十五基の原発を持ち、発電量の三〇%以上を原子力に頼っている。政府は原発の稼働率を八八%に高めるとしている。
だがこうした原発依存の決定的な問題点は、原発が事故やトラブルによる停止をひんぱんに余儀なくされることにある。とりわけ昨年の柏崎原発直下を襲った中越沖地震に見られるように「地震列島日本」の日本の原発は、浜岡、志賀原発をはじめとして炉心直下に断層帯が位置し、ひとたび大地震が起きた場合、大災害をもたらすことは必然なのである。
事故による原発のひんぱんな停止は、資本にとって原発に替わる代替電力源の建設を要請することになる。その結果、原発依存を高めたとしても、資本はCO2を大量に排出する火力発電所などの建設を平行的に必要とすることになる。実際「原発を増やす社会は火発も増やす社会」なのだ(西尾漠「『原発で温暖化防止』の宣伝をめぐって」、『季刊ピープルズ・プラン』41号)。資本にとっては現在の生産システムを維持しようとする限り、決して原発だけではすますことができないのだ。
「反資本主義」への可能性
六月七日、八日と青森県でG8エネルギー相会合と五カ国(日、米、中、インド、韓国)エネルギー相会合が開催される。
「地球温暖化防止、省エネルギー、新エネルギーのための革新的技術開発」を看板に掲げたエネルギー相会合が、六ケ所村再処理工場の本格稼働開始を射程に入れた青森県で開催されるのは、きわめて挑発的である。それはまさに「気候温暖化防止の切り札としての原発」という大国と資本の意図に沿ったものである。日本政府は、危機に瀕する核燃料サイクル政策の推進をかけて、地元の農民・漁民・市民を先頭にした反対運動に対する挑戦状をたたきつけているのだ。
余りにも露骨な御用学者の発言。「意気消沈している原子力関係者に、まずは元気を取り戻してもらうことだ。……国民理解の形成も重要。しかし原子力の必要性と安全性をすべての国民に理解してもらうというユートピア的な発想を捨てるべきだ。国民にそこまで負担をかけるべきではない。漠然とした国民理解を目指すことが大事で、このため、事業者も規制側も原子力界全体の信頼を向上させるよう努めることが重要だ」(大橋弘忠東大大学院教授「電気新聞」08年2月20日――「はんげんぱつ新聞」08年3月号より重引)。
しかし、もっと違った雰囲気をにじませる識者もいる。福田首相直轄の有識者会議「地球温暖化問題に関する懇談会」のメンバーであり、気候変動対策として「地球環境税」を提唱している寺島実郎(三井物産出身で日本総合研究所会長)の意見を聞いてみよう。
「直下型地震で致命的な事故が発生し、長期に稼働できない場合、いくら原子力はコストが安く、環境に優しいなどとアピールしても意味がありません。それでも私は核を持たない日本だからこそ、原子力の平和利用の技術基盤を構築し、持続的に原子力に向き合わなければならないと考えます。アジア各地で原発プラントの開発が予定されており、日本がエネルギー政策で国際的な貢献をし、発言力を発揮するには、原子力の平和利用を支えていく技術と人材を育てていかなければならない」(毎日新聞4月5日、近藤三津枝・自民党衆院議員との対談)。
われわれはこうした「リベラル」な体裁を取った「環境のための原子力平和利用」論を批判していかなければならない。そのためにはエネルギーの大量消費に基づく経済成長至上主義や資本の利潤のためのグローバルな新自由主義的競争の枠組みから離脱すること、「経済成長と温暖化防止の両立」論に反対することが必要である。
一連の「電力危機」キャンペーンにあたって、われわれは「ひとりひとりの生活習慣の見直し」(当然それは必要だと考える)にとどまることなく、二十四時間フル操業システム反対、長期の夏期有給休暇と労働時間の大幅な削減といった社会・労働システムの問題として提起しようとしてきた。
「温暖化対策の切り札としての原発」論の中で、反原発運動の側は新自由主義的資本主義そのものへのオルタナティブ・プランを提示すべき位置に立っている。昨年来の六ケ所再処理工場反対の運動の集会の中で、幾人かの著名人(ピーター・バラカンやロックグループLuna SeaのSUGIZOなど)がきわめてあっけらかんと「資本主義システムの問題」という言葉を発しているのを聞いてきた。「反貧困」運動の中で見られるきわめて直接的な「反資本主義」意識の萌芽ともいうべきものと共通のあり方にわれわれは注目すべきだろう。
国際的にも模索されつつある「エコ社会主義」への挑戦は、こうした新しい意識の中に基盤を持っているのである。 (河村恵)
大阪で森達也さん講演会
恐怖と不安を煽る社会
に抗し死刑制度廃止へ
五月二十三日、大阪人権センターで、『死刑』の著者である森達也さんの講演会(アムネスティ・インターナショナル*死刑廃止ネットワークセンター大阪主催)が開かれた。
以下、講演の要旨である。
――保坂さん(社民党)が東京拘置所へ見学に行ったら、刑場のガラスにはカーテンが引いてあった、という。そこまでしてなぜやらなきゃならないのか。三年間取材してきたが、死刑を存置しなければならない理由と出会ったことはない。存置論から言えば、犯罪抑止論がある。ヨーロッパの国々では、独裁国ベラルーシを除いて、死刑を廃止している。しかし、これらの国々では、犯罪は半分以上減っている。昨年、米のニュージャージー州が死刑を廃止した。その理由は、予算(終身刑の方が安くて済む)と犯罪抑止に役立っていないから、だという。では、他に理由は? ……最後は感情、応報感情だけではないのか……。
終身刑導入をめざした、国会議員たちの「超党派の会」ができた。存置派も廃止派も一緒だが、裁判員制度のこともあり、あくまでも死刑が前提である。廃止派にとっては、戦略であることは理解できる。しかし、日本の無期懲役は十年で出所できるという巷間の理解が間違っている。実態は、無期懲役の仮釈放者の平均在所期間は三十年以上であり、実質は終身刑である。残虐かどうかは、人によって捉え方が違う。フランスでは、終身刑の受刑者たちが、死刑を求める嘆願書を刑務所長に提出する、という出来事があった。
応報感情に関わってだが、国内ではオウム、国外では9・11以降、セキュリティー(危機管理)と厳罰化の傾向が強くなった。世相がそれを支持している。存置八二%は、突出した数字である。
日本人の特性として、人と違うことが言えない、誰かと合わせようという同調性が強い。ある種の動物たちと同じように、人間たちも群れる。不安と恐怖心の中では、その方が安全であり、だから同調性も強く働く。
去年は、殺人事件の認知件数が戦後最低であり、少年事件も減っている。しかし、メディアはそのことを知らせない。市場原理に基づき、治安が悪くなった、と不安や恐怖心を煽って、金儲けしようとする。だからセキュリティー産業は繁盛する。かつてのナチスがそうだったように、不安や恐怖心を煽ると、管理しやすい。
外国のジャーナリストは、殺人事件ばかり報道している日本のマスコミに疑問を持っている。オウムを取材して、普通・善良な人間たちが、残酷に人を殺すことがある、ということがわかった。しかし、マスコミは、彼等は凶暴な人間たちだと報道してきた。世間も、それで納得するからだ。そういう日本の国の死刑制度だとして考えるべきだ。
フランスでは、世論は関係なしに死刑を廃止した。現在ではそれを支持している。日本では、未だ死刑にしがみついている。ある在日イタリア人は「息子に、どんなことがあっても人殺しはだめだと教えたいが、この国ではできない」と言った。――
講演の後、主催者から、鳩山法務大臣は二カ月に一度のペースで死刑執行を行っている。可能性のある六月に執行させないために、行動ハガキ書きの要請があった。 (投稿 努)
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