| 制度政治の限界を露呈した総選挙 かけはし2008.6.2号 |
新自由主義の総攻勢に立ち向
かう大衆闘争の形成がカギ |
18代総選挙が終わった。結果は予想通りだった。得票にそった議席数の分布を見ると、誰もが「ハンナラ党と保守陣営の圧勝」ということを否定はしがたい。保守陣営はハンナラ党、自由先進党、親パク連帯、親パク・クネ系列の無所属当選者まで合わせれば定数299のうち200余議席を占めたからだ。
大衆は保守化したのか?
主要な制度圏マス・メディアは今回の総選(総選挙)と今後の政局について「保守政権に対するけん制を保守に任せた形」、「本当の保守は誰なのかをめぐって今後、激突の予想」、「進歩・改革の没落と敗北」などに言及した。そして「大衆の保守化」を宣言した。先の大選(大統領選)の結果について先を争って「大衆が保守、実用(主義)を選択した」と断言していたが、今回の総選の結果によって再びそれが証明されたかのようにだ。
だが史上最低の投票率46%という数値が示しているように、今回の選挙はむしろ「大衆の制度政治に対する無関心と冷笑」を端的に確認させるものだった。全国的にテルミー・シンドロームを引きおこした人民ダンスグループの選挙参加への呼びかけも、選挙参加に伴う遺跡地・博物館などに対する割引の恵沢も大衆を投票所に向かわせるには余り役に立たないということを見せつけただけだ。
17代総選(2004年)の60・6%と比較してもそうだし、大選史上最低の投票率だった17代大選の63%と比較しても途方もなく低い数値だ。43の地域区(小選挙区)で有権者数の4分の1にも満たない実質得票率や有権者の10分の1の支持の水準にも達しない得票で当選した候補が6人も存在している。
もちろん保守勢力が占めた議席数で見れば、相対的に躍進したことが確認できる。だがこれさえもよくよく見ると従来の通常の支持レベルにとどまっているというのが確認できる。有権者数に対する得票率を見ると、ハンナラ党への支持は18%であり、親パク・クネ系列まで含めた保守陣営全体の議席数を計算してみても26%にすぎないからだ。
したがって今回の選挙の結果は「ブルジョア代議民主主義」の限界が何なのかを克明に見せつけたのだ。また大衆がこれ以上、制度政治において対案を見つけられずにいるという事実を確認させることとなった。
早々に当選者のうちの一部が経歴偽造や腐敗、不正の嫌疑によって当選が取り消され、世間を騒がせているという状況の中で、大衆の制度政治に対する嫌気は増幅されている。
破産を再確認した統合民主党
統合民主党は「イ・ミョンバク独裁を阻む唯一のけん制勢力」であることを自任しつつ選挙に臨んだ。「大統領をハンナラ党に任せたのだから、安定した国政運営のために国会もハンナラ党に渡してくれ」と要求するハンナラ党の「安定論」に対して「けん制論」というカードを押し出した。
統合民主党は、イ・ミョンバク政府が構想した富者の内閣に対する大衆的反感、英語没入式の教育や韓半島大運河の密室推進、南北関係の急激な悪化、世界経済の危機とともに招来した物価の暴騰や経済の不安定などによって執権の当初から引き潮のように後退しているイ・ミョンバク政府への支持撤回や、それによる反射利益が自分たちに向かうだろうと一定の期待をしていたものと予想される。
だが改革的党公認という名目で候補をさし変え、ノ・ムヒョンとは関係ないとして否定の仕草を示したところで、この10年間、新自由主義の支配体制を韓国社会に定着させた勢力に対する大衆の審判は冷厳だった。
支配階級としては本質的に決して変わることなく、無能力で、出まかせと毒舌に満ち満ちた勢力だという支配的認識は収まりはしなかったからだ。ハンナラ党候補らの「ニュータウン建設」の公約と瓜ふたつの「ニュータウン建設」を提出し、一部の税引き下げを約束し、韓半島大運河に反対だと言いながら「京仁運河」を声高に叫んでいるこの人々に差別性というものは、そうそう見いだせなかったからでもある。
特に87年民主化運動の後光を背にして制度圏に進入した386運動圏の議員たちやキム・グンテ、ハン・ミョンスクなどの代表的運動圏(?)人士たちの総選での敗北は、87年民主化体制が形成していた「保守vs改革」という韓国社会の政治圏構図が、もはや大衆的名分を獲得できないということを再び三たび確認させるところとなった。
大衆に無視された進歩政党
いわゆる「進歩」を自任しつつ、互いに本当の「進歩」だとして競争していた2つの進歩政党、民主労働党と進歩新党もまた大衆から無視された点では同様だ。それさえも、先の大選の結果をめぐって「自主派vs平等派」間の責任の攻防や分党の事態以後に迎えた選挙で、「これぐらいでもやり抜いたのは善戦」だ、と2つの党がともに自ら評価している。
民主労働党は分党以後、主要大衆組織で繰り広げられた排他的支持方針撤回の論難にもかかわらず、民主労総指導部や全国農民会総連盟、韓国青年団体協議会などの排他的支持の確約と韓国社会の労働者・民衆運動に対する成果をそっくり独占してきたプレミアムを基盤として5議席を手にした。進歩新党は「シム・サンジョン、ノ・フェチャン共同代表」の名望性に柱をおく選挙戦略を駆使し、「親パク連帯」のパク・クネ頼りと変わらない選挙のありようを示した。
ある地域では当選のために民主党候補との単一化を模索するハプニングを展開したりもした。
これらの人々は、政権発足の最初からバブルがはじけるように下落しているイ・ミョンバク政権の支持率は事実上、大衆の暮らしとはおよそ関係のない持てる者たちのための政策や国政運営の方向に対するものであることを直視し、対政権、対資本との敵対戦線を設置するための闘争スペースとして選挙を配置すべきであった。
当面の得票には力とならないかも知れないとしても労働者民衆の政治的対案を提出し、闘争を作ろうとしなければならなかった。だが選挙で現れた彼らの姿は相互間の差別化による「本物の進歩選び」にとどまった。民主労働党は「正統の進歩」を、進歩新党は「真正な進歩」を掲げて支持層に選択を強要しただけだ。
総選が終わった今、分党の事態以後、革新再創党を約束した民主労働党と総選用の対応のために構成された進歩新党の再創党に関連した論議が本格化する予定だ。選挙を起点として少しずつ右傾化した道を歩んでいる彼らの再創党の約束が、労働者・民衆の未来にとって代わることはできないと言うことは既定の事実となったと言えるだろう。
民主労働党は革新の方向を「大企業正規職中心の民主労総党」、「デモ党」、「反対党」、「運動圏党」、「従北党」などの否定的イメージを克服しようとするかのように「非正規職党」、「政策党」、「対案党」、「大衆の党」、「独自的平和統一党」などと提起しているものの、これは事実上、分党以前のシム・サンジョン非対委(非常対策委)の「革新案」を丸写ししたにすぎない。進歩新党はメディアへの露出頻度と大衆的認知度の向上に焦点を合わせている状態であって、両党は本質的に異ならない道をたどっているにすぎない。
新たな政治展望の再構成
有権者の過半数を超える54%という選挙の棄権を通して確認できるように、韓国の制度政治はその限界をそのままに露呈した。代表性を振りかざすにもみすぼらしい形となり、ブルジョアのマスメディアも極めて慎重にこれを扱っている。
結局、大衆は現在の「制度政治」が提供している「展望」が自分たちの現在の暮らしと一致せず、「未来」をもまた保障しない、ということを確認している。
だが大衆の「制度政治」に対する無視と不信はコインの両面のように、生存権をはじめとする大衆の直接的かつ集団的な政治行為に対する懐疑と相接している。したがって大衆の「政治」一般に対する不信と懐疑を、いかにして新たな政治的展望へと再構成しぬくのかが運動陣営の死活のカギであり、中心的課題とならなければならない。
これから繰り広げられる政局は充分に予測可能だ。イ・ミョンバク政権は今回の総選を自分たちの勝利と錯覚し、新自由主義の攻勢を一層、押しつける態勢を整えている。FTA、非正規職問題、公共部門の民営化をはじめとする社会サービスの市場化など労働者民衆に対する総攻勢を展開するだろう。「制度政治」の空間、新自由主義支配勢力たち内部での権力をめぐるガツガツした争いがありはこそすれ、労働者民衆の暮らしは主要な考慮の対象から取り除かれて既に久しいではないか。
「選択」に対する強要によって制限されない大衆の直接的かつ集団的な政治行動だけが労働者民衆の切迫した生存である「現在」を守りぬき、「未来」を構成し、「展望」を提供する唯一のものだということが、今一度、証明されなければならない。新自由主義に立ち向かう大衆闘争だけが、これを保証するカギとなり得るだろう。(「労働者の力」第144号、08年5月2日付、ソン・ジヌ/政策局長)
コラム
災害と人権・民主主義
五月二〜三日、風速六十メートルの巨大サイクロン「ナルギス」がビルマ南部を襲った。高潮により九〇%の建物が崩壊し、十三万人が死亡、百五十万人が被災した。十日過ぎても水が引かないという。
軍事政権は一週間前に巨大サイクロンがビルマを襲うだろうという情報がインド政府から入っていたが、「たいしたことはないと報道していた」という。国際的支援を拒み続ける軍事政権は被災者支援をほとんど行っていないばかりか、多くの検問所を設けて、物の移動を監視しているという。住む所も食べ物もない被災者は栄養失調により、コレラ・マラリアなどの感染症が心配されている。
今回のサイクロンは穀倉地帯を襲ったので、コメや種もみの不足が現実となるだろう。中国・四川大地震の被災者の姿や救援の様子が連日、テレビや新聞で報道されているのと比較して余りにもビルマの被災者や支援の実態が分からない。軍事政権による明確な情報コントロールが、被害を拡大していることは明らかだ。国連も援助物資の二五%しか被災者に届いていないと、軍事政権の対応を批判している。
ビルマ国境のタイでビルマ少数民族への医療活動を続ける医師が次のように証言している。「最も大きな被災地の一つ、ラブタ地区だけで、人口約二十万人の半数が死亡したり行方不明になっているという。数カ月後には被災者が難民として隣国のバングラディシュやタイに流れる可能性がある」(「毎日夕刊」5・16)。
思い起こせば、一九九五〜九六年の北朝鮮を襲った大水害の時、金正日独裁政権が正確な情報を流さないなかで、数百万人が餓死し、中国へ十万人余が脱北していった。ルイジアナの巨大ハリケーンによる被災者に対するブッシュ・アメリカ政権の冷たい仕打ちも忘れることはできない。
一九九五年の阪神大震災では、政府が被災者個人の生活と住宅再建を支援しない中で、被災者と市民が被災者生活支援のための法律をつくる運動を行い、一九九八年に被災者生活再建支援法が作られた。被災者には百万円の生活支援金が支給されることになったが、住宅再建には使えなかった。その後起きた鳥取地震などの被災者に対して、地方自治体が住宅再建のために三百万円を支給した。二〇〇七年、法律が改正され、新たに全壊世帯百万円プラス住宅再建に二百万円となった。これで充分などとは言えないがいかに自立的運動が被災者を救うかは明らかだ。
二〇〇四年のインドネシアなどを襲った大津波の時は、三十カ国が支援をした。今回のビルマの被害はその時の半分だという。サイクロンは天災だが被災の程度やその後被災者が生きのびることができるかどうかは、その国の政治の民主主義・人権の確立度にかかっている。軍事優先、人権弾圧、新自由主義は被災者を見殺しにする。中国の四川大震災でも同じことが言えるだろう。国際的な被災者支援と民主化を求める運動への連帯をより強めなければならない。 (滝)
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