| 映評 『靖国YASUKUNI』李纓(リ・イン)監督作品/2008年 かけはし2008.6.2号 |
日本人が抱える意識の矛盾を
靖国神社の歴史を通して問う |
右翼はなぜ上映
に反対するのか
映画「靖国」(以下「靖国」)の上映が始まった。当初の規模よりも多くの映画館で上映されている。映画上映の中止を要求した人たちの理由は、「靖国」が反日的だからだそうだが、「靖国」はそんな映画ではない。
この映画は、靖国神社とはどんな神社かを、かたよることなく丁寧に映し出している映画である。靖国刀という刀(ご神体だと言われているが、靖国神社は否定している)が映画のストーリーの中心に位置づけられている。その靖国刀というのは、一九三三年に靖国神社の境内に開設された日本刀鍛錬会の鍛錬所でつくられた刀のことで、主として将校に与えられた。十二年間で八千百振つくられたという。
稲田朋美衆議院議員や右翼団体が反対する理由が私にはわからない。彼らの主張はこの映画の中で十二分に取り上げられている。もしかしたら、「靖国」が靖国神社の戦前戦後にわたる実像をありのまま映し出し、靖国神社の抱えている矛盾を明らかにしたために、戦後民主主義の現在ではさすがの右翼もあわてたのではないだろうかと、そのように私には思える。
戦前戦中であれば、靖国神社が戦争遂行の重要な機関であったことは誰も知っていたし、靖国神社に疑問を抱く人たちはいたとしても、その思いを表には出せなかった。現在の靖国神社は、法律上は国家神道廃止令により民間の一宗教法人になってはいるが、右翼や日本の支配層の精神の中での靖国神社の存在意義は戦前戦後一貫して変わっていないのだろう。かといって、それがあまりにも明白になることには抵抗があるにちがいない。
戦後世代には
絶好の教材
映画「靖国」はとてもいい教材である。敗戦前の靖国神社を知らない、また靖国神社が果たして役割を知らない戦後世代にとっては一層そのことが言える。
靖国神社に合祀されている戦没者の二百六十四万六千余柱の御神体といっても、その戦没者のほとんどは第二次大戦(太平洋戦争)の死者で、それが合祀された時期は神道指令後五、六年たってからのものがダントツに多い。戦中ならいざ知らず、戦後になってからでも合祀は遺族の合意なしに行われていた。どのようにして民間の一宗教法人にそのようなことができたのか、多くの人は疑問すら持たないできた。
戦争で死んだと言っても、天皇の側に立って死ななかったもの、戦線逃亡したとみなされたもの、戦争に貢献しても民間人は合祀されていない。戦没時に「日本人」だった植民地出身の軍人軍属は合祀されている。また空襲などの戦災で死亡した人は含まれない。また米軍の魚雷攻撃で沈没した沖縄の疎開学童船対馬丸の学童たちも合祀されているが、このことを知っている人も多くはないだろう。
靖国神社は明治天皇の命により建立されが、天皇は戦後も、一九四五年十一月の招魂祭、そして象徴天皇となってからは一九五二年から七回も靖国神社に参拝しているが、このことを知っている人は今はあまりいないだろうし、象徴天皇という国家機関が、一宗教団体の靖国神社に参拝することを国会で問題にした例もない。
靖国神社国家護持法案が何度も廃案になり現在に至っているなかで、靖国神社は、できるだけその本当の姿を顕わにせず、ただ抽象的な次元で、もう六十年以上も昔の戦争で国のために戦い亡くなった人の魂をまつる神社という程度のところにとどまってきた。とはいっても、結局靖国神社と戦争は切っても切り離せない。戦争のできる国づくりをめざす支配層にとって、ますます靖国神社的な慰霊施設の必要は大きくなっている。
様々な立場の人
が映し出される
映像は、戦前・戦中・戦後の靖国神社の姿を非常にわかりやすく見せてくれる。忘却されていた記憶・歴史をよみがえらせてくれる。「靖国神社は戦争の神社だったのか」、若い世代はそのように受け止めるだろう。たとえばこのような場面が展開する。
八月十五日靖国神社に軍服姿で隊列を組んだ一団が、太平洋戦争は侵略戦争ではなく、祖国防衛戦争・アジア解放戦争だったという文字を書いた幟をかかげてきて、神殿に向かい最敬礼をする。彼らの多くは戦後世代だ。中には自衛隊の服装をした一団もいる。大和魂の必要を演説する年配の軍隊経験者。彼は、「今日の日本の危機を乗りこえるには大和魂が必要だ。大和魂とは、国のために戦い死んだ人たちの思いをわがものとすることだ」と、力説する。これらの光景はまるで戦中のようだ。戦中の白黒の記録映画で、昭和天皇が軍上層部を従えて参拝する映像、出征していく兵士が集団で参拝する光景も映し出される。
小泉元首相が参拝について会見する映像もある。彼は、戦没者への感謝と敬意を捧げるために参拝することがなぜいけないのか理解できないという(彼は、憲法が国家権力の権利を認めたものではないことを知らないのだろう)。二十万参拝運動をかかげ追悼集会をやっている集団も映る。その会場の演壇で石原都知事が大和魂を取り戻す必要を演説していた。映画の上映自粛に大きく貢献した稲田朋美議員が二十万参拝運動の推進の決議文を読み上げている場面もある。南京虐殺は支那中共のでっち上げだと、虐殺を否定する署名運動を行っている人たち。百人斬りはえん罪だと、署名を頼む人たちも出てくる。
一方では、小泉首相の靖国参拝に抗議するデモ(靖国の闇へキャンドル)、合祀取り下げを求める台湾原住民の人たちも登場する。高金素梅さんが、「二世代にわたり犠牲になった。第一世代は土地と尊厳を守ろうとして殺され、第二世代は軍国主義教育を受け高砂義勇隊として南洋戦線に送られ、死んだ後は魂まで閉じこめれている。われわれは日本人ではない」と訴える場面もある。
浄土真宗遺族会事務局長の菅原龍憲さんの家の仏間が映る。普通仏間の写真は黒枠の遺影だが、菅原さんはあえて軍服姿の父の写真をかかげている。菅原さんたちが合祀取り下げを求めて靖国神社におもむくが、靖国神社の責任者は会おうとしない。神社側は、明治天皇のつくられた神社だからそれはできないという。
またこんな場面も。追悼集会に乱入に靖国神社参拝を糾弾する若者が数人の男にとりかこまれて暴行されけがする。その青年に向かって「中国人は中国に帰れ」と執拗に叫び続ける参拝者の男性、けがをしているにもかかわらず、パトカーで連行されていく青年が映る。片手に「小泉首相を支持します」という看板を、もう片手には星条旗を持っている米国人を取り囲んだ参拝客が、彼を支持する側と、星条旗を揚げていることから彼を批判する側とに意見が分かれて対立する場面も。
精神的象徴と
しての靖国刀
映画は、今述べたような場面を間に挿入しながら、鍛冶場で靖国刀を打ち続ける現役最後の刀匠の姿を映していく。その刀匠刈谷さんに監督が、靖国刀は戦場でどういう役割をしたかと聞くが答えはない。無言の刈谷さんをずっと映し続ける。その間、何度か日中戦争で将校が現地人の首を切っている映像や日本軍の南京入城式、広島原爆の映像などが挿入される。
刈谷さんは、靖国刀を鍛錬し、研ぎが終わると自らを靖国一心子として自分の名を刻み込む。仕事の休みにはどんな音楽を聞きますかと聞かれた刈谷さんは、一九六八年の明治百年記念式典での昭和天皇のスピーチのカセットテープを取り出して、デッキに挿入する。「明治維新以来の先人が英知と勇気を持って……」昭和天皇のあの独特の声が流れる。
映画の最後は、刈谷さんが、水戸光圀作と言われる詩吟「日本刀を詠ず」を詠じている場面でおわる、「……容易に汚すなかれ日本刀」。この映画で、靖国刀は、靖国神社の精神的象徴として使われている。日本の中で世論を二分する問題の一つである靖国問題。監督の李纓さんは中国人だが、十年もの歳月をかけてこの問題と取り組んだ。その成果がこの映画である。(津山時生)
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