| リスペクトとイギリス地方選挙 かけはし2008.6.2号 |
ニュー労働党戦略の崩壊と終えん
アラン・ソーネット、ニック・ラック |
労働党の得票が大幅後退
ニューレーバー・プロジェクト(ニュー労働党の戦略)は崩壊しつつある。地方選挙(イングランドとウェールズ、五月一日投票)の結果はこの四十年間で最悪で、得票率はわずか二四%、自由民主党にも抜かれて第三位であった。これはブラウンにとって悲惨な結果である。ロンドン市長にボリス・ジョンソンが当選したこと、BNP(英国国民党)がロンドン市議会に一議席を得たことが、ロンドンの多文化的多様性を評価するすべての人々を困惑させがっかりさせるであろう。
労働党の得票の崩壊の最も直接的なきっかけは一〇%所得税率の廃止(すなわち、労働党が自らの中核的基盤の大部分に打撃を与えたこと)であったが、その背景に大きくのしかかっていたのは、信用危機、燃料価格の上昇や、社会の大部分の低賃金とは対照的に上昇する食料価格であった。これに加えてブラウンは、ニューレーバー・プロジェクトをブレアのように売り込むことができなかった。
これらのすべては、二〇〇九年欧州選挙のいっそうの敗北とその後の二〇一〇年総選挙の敗北、保守党政権の復活の可能性を提起している。
これらの状況を背景として、ニューレーバーの新自由主義的政策に対する左翼オルタナティブを構築するどんな展望や可能性があるのだろうか。どの領域で何を達成できるのか。
第一に、全般的政治情勢は、二〇〇四年のリスペクト結成時から基本的には何も変わっていない。伝統的な労働党支持者たちの多くはニューレーバーの右翼的政策に疎外感を感じ、幻滅し、意気消沈している。その一部は「変化」に解決の道を求めて保守党に投票している。さらに多くの人々が棄権し、両党に対して両方ともくそ食らえという態度をとっている。今日の英国における政党政治の性格はこんなところであり、メディアの報道においても主要政党の対立はトーク・ショーやパーソナリティ番組の一つになっている。
既成政党のすべてが新自由主義をすっかり支持しているので、イデオロギー的差異ははるか後景に退いている。差異はささいなものであり、わずかな得点の違いにしかならない。このような状況においては、基本的な政策の違いに対してではなく、不満を表すために反対派に投票する可能性がある。
同時に、物価上昇や最貧層に打撃を与える予算に対する広範な怒りが存在している。民営化に対する反対や、医療サービスや教育の将来に対する不安が存在している。イラクやアフガニスタンにおける戦争と占領は、問題としては薄らいではいるが、依然として何百万人もの人々の関心事である。
もちろん、すべてが同じ方向に向かって流れているわけではない。犯罪に対する不安や移民の問題は、右翼的立場への支持を呼び起こそうとする新聞や政治屋が利用する要因である。
しかし、全般的には、幻滅した労働者階級の有権者や中産階級の進歩的部分は、保守党には向かわないだろう。一部は自由民主党の社会自由主義に誘惑されるかもしれないが、真剣な実現可能な対案に出会わない限り、そして出会うまで、自分たちの投票を保留するだろう。保守党が勝利する恐れが生じたときには、その大部分は、憂鬱な心で鼻をつまみながら再びニューレーバーに投票するだろう。これが、ロンドン市長選挙におけるリビングストン(現職労働党市長候補)の得票の重要な特徴であった。このような態度は、保守党を阻止するためにニューレーバーを支持しなければならないことを主張するために、「ことを荒立てない」ように求める右翼労働組合指導者によっても演じられるであろう。
このような状況においては、ニューレーバーに対する左翼の対案を構築する可能性は存在するが、それは容易でもなければすぐにできることでもない。出発点は望ましいものではないかもしれないが、すべての道のりは今いるところから出発しなければならないのである。
最近の選挙における左翼政党の実績に関して記録すべき第一点は、そのようなプロジェクトに対する支持の基盤がそこにあることを確認することである。経験は非常に限られており、ロンドンの外部では良い結果はわずかしかないかもしれないが、これらの結果は、一貫した忍耐強い作業が投入されたところでは左翼候補への支持を獲得できることを示している。
リスペクトの得票
リスペクトの結果は、このことを確認するものである。バーミンガムのスパークブルック地区において、リスペクトのナヒム・ウラー・カーンは三〇三二票(四二・六四%)を獲得し、この地区におけるリスペクトの三人目の議員となった。バーミンガムの他の地区では、リスペクトはスプリングフィールドにおいて二五%、ネチェルスにおいて一七%を獲得し、モズリーとキングズヒースでは五%にわずかに及ばなかった。
これらは極めて重要な結果である。これらの結果は、選挙で非常に良い票を獲得する可能性を示しており、勝利が可能であることを示している。これらは、総選挙で都市においてリスペクトが成功する見込みがあることを示すものである。
マンチェスターのチータムヒル地区においては、地域コミュニティとの絆を築き上げる精力的な選挙運動によって、ケイ・フィリップは一四・四%を獲得した。リスペクトはモスサイド地区では五・八%、ウィーガン地区では六・八%を獲得した。リスペクトはブラッドフォードのマニンガム地区においては七・五%、ウォルソルでは七・六%を獲得した。もちろん、闘いが行われたのは非常に少数の地区であるが、これらの結果は、もしもっと広範に闘う勢力が存在すればどんな成果を得る可能性があるかを示す小さな兆候である。
左翼リストが獲得した数少ない結果も、左翼の同様な可能性を示すものであった。左翼リストは、プレストンで三七%、シェフィールドで二五%という非常に良い得票を得たし、マンチェスターでは一〇〜一二%であった。プレストンとシェフィールドの結果は、中心的活動家たちの広範な左翼選挙オルタナティブの構築を掲げた長期にわたる活動の成果であることは言及しておく価値がある。これは、SWP指導部の方法とはまったく異なるアプローチである。
ロンドンにおける最も印象的な結果は、シティおよび東部選挙区におけるアブドゥルムヒトの得票であった。ここでは二万六七六〇票(一四・五九%)を獲得し、労働党と保守党の間で票が割れる中で、七〇八五票(三六%)も得票を増加させた。これは、東部ロンドンの拠点においてBNPを打倒しリスペクトの位置を固めるすごい得票であった。
ロンドン全体では、リスペクトの得票はそううまくはいかなかった。リスペクトは、シティおよび東部選挙区以外では市長候補を立てることができなかった。ロンドン全体のリストにおいてはリスペクトの得票は五万九七二一票(二・四三%)で、必要最低限の五%を獲得して大ロンドン議会で最低一議席を得ることを望んでいた多くのリスペクト支持者をがっかりさせた。
ジョージ・ギャロウェイの高姿勢にもかかわらず、このような状況の中ではこれは常に困難な仕事であった。しかし、リスペクトのキャンペーンに対する反応は、資源の不足と首都における真の存在感の欠如のために限定されたものであったとはいえ、東部ロンドンにおける成功からさらに外に向かって構築することが可能であることを確認するものであったことは疑いない。
このような状況の中では、これは悪い結果ではなかった。ロンドンでは市長選挙をめぐって大衆的な二極化が発生し、小さな政党は明らかにこれに押しつぶされたのである。おそらくもっとも重要なことではあるが、戦争はもはや二〇〇四年のときのような争点にはならなかった。リスペクトは有権者が直面している広範な問題をカバーする広範な政策の組合せを持っているが、おそらく大部分の人々は、いまなおリスペクトを反戦政党と見ている。有権者にとってリスペクトが傷ものに見えた点でも、ロンドン全体で選挙運動を行う党の能力を弱めた点でも、リスペクトの分裂が党の将来性を大きく損なったことは疑いない。
われわれは市長候補を持たなかった。このことは、ロンドンの各世帯に配る冊子を作る手がかりを持たなかったことを意味する。選挙放送を行うこともできなかった。
残念ながら、ニューハムおよびタワーハムレット、サウスウォークや北部ロンドンのいくつかの地域を例外として、リスペクトは現場に組織を持った活動的な勢力として存在しなかった。これは、四年間の怠慢と昨年の分裂がもたらした結果である。昨年のサゾール補欠選挙の教訓が、これらの選挙においても再び示された。すなわち、リスペクトは、その地域において常に一貫した活動を行わない限り、重要な支持を得ることを期待できない、という教訓である。
リスペクトは、これらの困難を克服できなかった。この結果は、われわれがロンドンにおける真の勢力になりたいのであれば、すべての地区で支部を持ち、リスペクトを首都全体に構築しなければならないことを示している。しかし、シティおよび東部における得票は、他の地域においても、地域共同体の中で常に一貫した活動を行うことによって活動基盤を構築できることを示している。もちろん、われわれの優先地域は東部のタワーハムレットとニューハムであり、われわれはそこで建設と強化を続けなければならないが、全国政党は二、三の地域に限定された支持に基づいて建設することはできない。
ロンドンの選挙結果
保守党の勝利も、ロンドン市議会のBNPの議席も、ニューレーバーに代わる左翼の建設の必要性と現実的可能性の主張と矛盾するものではない。実際、この選挙結果は、そのような党の必要性をこれまで以上に示している。ニューレーバーの新自由主義的政策は、一部の者に保守党を試してみようという気を起こさせ、労働者階級反動派を人種差別主義でファッシスト的なBNPの腕の中に追いやりさえするだろう。この流れを変える唯一の道は、大企業ではなく労働者人民に利益をもたらす政策を支持する党である。
選挙は政治的発展のスナップショットに過ぎず、これらの結果を全般的な右傾化と見るべきではない。権威を持った左翼政党が存在しなければ、少しでも物事が良くなることを望んで多くの有権者が「他の」党に投票することは驚くべきことではない。
しかし、伝統的な労働党支持者の大多数は、依然として労働党に投票するか棄権している。労働者階級の有権者のかなりの部分、特に低賃金の職についている新しい移民労働者は、もはや労働党への忠誠心を持っていない
ジョンソン(新ロンドン市長)の当選やBNPのロンドン市議会議席獲得にもかかわらず、ロンドン地方選挙結果は、単なる右傾化の反映ではなく情勢が非常に複雑であることを示している。
リビングストン(現職労働党候補)の第一回得票は二〇万八三三六票増加した。リビングストンの第一回と第二回投票の得票を合わせると三四万〇三五八票増加した。ニューレーバー政策とリビングストンの個人的パフォーマンスに対する圧倒的な不満にもかかわらず、ジョンソンの勝利への恐れが、リビングストン支持者の数を大量に増加させたのである。
残念ながら、リビングストンの得票の増加は、保守党の得票の増加に及ばなかった。保守党は、二〇〇四年の結果を五十万票以上上回った。指導者としてキャメロンが選出されて以降、保守党は政策の中心軸をシニカルに転換し、特にサッチャー主義を知らない新しい世代に向けたアピールを強めていた。
それとともに、市長候補としてジョンソンを選んだことが、特に郊外の保守党支持者に自信をよみがえらせた。リビングストンは、疲れきり、年老いて、選挙運動で守勢に回っているように見え、保守党は勝利のチャンスを感じ取った。彼らは勝利をもぎ取るために全力をあげた。
このことが市長選挙での保守党の僅差の勝利をもたらした。英国の政治的対立が個人的性格を持つ傾向が強まっているにもかかわらず、ここでは依然として明確な左右対立が起こったことを示している。投票者の大部分はこのことを理解していた。左派の支持者の多くがリビングストンに対して抱いていたかもしれない重大な懸念は問題にならなかった。ジョンソンを負かさなければならないことが明確に理解されたのであった。
中心部のリビングストンの得票は増加したが、一部の郊外選挙区で倍増した保守党票には追いつかなかった。市長選挙は歴然とした階級投票であった。投票には明確にイデオロギー的側面が見られ、保守党支持の「イブニング・スタンダード」を先頭にした大量のリビングストン攻撃がこれを激化させた。ロンドンの多文化的性格と公共サービスが深刻な危機にさらされていることが理解された。ジョンソンの勝利によって、その心配がどの程度当っていたかがすぐに示されるだろう。これは保守党にとっては巨大な勝利であり、特にBNPが市議会に入ったことを考えれば、ニューレーバーだけでなくその左側にいるすべての人々にとっての敗北であった。
欧州の広範な趨勢の一部
ニューレーバーの敗北は、ニューレーバー・プロジェクト自体の直接の結果である。それは欧州レベルにおける社会民主主義の方向にかかわる広範なより根本的な全体像の一部である。過去二十年間にわたり、欧州の社会民主主義は例外なくその伝統的なルーツを放棄し、新自由主義的政策を全面的に採用してきた。いまや次々に、これらの政党はこの反動をこうむり、混乱に陥っている。イタリアが最も最近の例であるが、ここでは中道右派のプロディ政権との破滅的な連立の後、社会民主主義は崩壊し、いまやベルルスコーニ政権とファシストのローマ市長が登場した。フランスは、中道左派政権が右翼にドアを開けてやったもう一つの例であり、サルコジが政権の座に着いた。ドイツでは初期の段階でアンゲラ・メルケル首相をもたらした。
全ヨーロッパの社会民主主義諸政党は中道に移行し、中道右派政党とのイデオロギー的違いは消失した。政策は「キャッチコピーと売り文句」に切り縮められた。英国では、ニューレーバーは伝統的な選挙基盤全体を拒否し、当初は首尾よくイングランド中産階級の支持を手に入れ、その支持で三回の選挙に勝利した。しかし、この支持は現れたときと同じぐらいすぐに消え去ることができる。政府はイデオロギー的な中核的支持基盤を確保していない限り、たえず政治情勢の流動に揺さぶられ、反対陣営の妨害に苦しむことになる。
このことはニューレーバーの終わりを意味するのだろうか。そうではない。急速に権力の座から退陣するという意味でニューレーバーの特定の段階の終わりを意味しているのである。しかし、新自由主義の道が誤っていたとか、ある種の古い労働党モデルに回帰するという考え方は出現しそうにない。
これは、来週か再来週に新しい政策レビューが発表されると明確になるだろう。最もありそうな結論は、十分に徹底的でなかった、保守党から有権者を取り戻す道はさらに市場を受け入れることである、というものであろう。
全欧州的なこの右翼路線に対する左翼の対応は、十分に明確なものでなければならない。広範な社会主義的政策に基づいた、政治的オルタナティブを求めるすべての人々を受け入れるように工夫された、広範な左翼政党を建設することの必要性を鋭く提起することである。このことをいくら強調しても強調しすぎることはない。これは容易なプロジェクトではない。これには決意、気力、開放性、忍耐、そして一貫性が要求される。しかし、これを成し遂げなければならない。
選挙後に進むべき道
左翼の現在の分裂状況にもかかわらず、またロンドンの選挙における得票の減少にもかかわらず、広範な左翼の複数主義的政党の基盤は明確に存在している。バーミンガムおよび東部ロンドンにおける非常に良い結果、およびロンドンの外部におけるいくつかの他の結果やロンドン選挙リストで種々の左翼政党が獲得した三・六%の得票を考えれば、これまで建設されたものよりはるかに大きな党を建設する基盤は明確に存在する。したがって、リスペクトは、選挙後の情勢においては二重の任務を持っている。すなわち、バーミンガムおよび東部ロンドンにおける重要な中心的基盤を固めることと、組織の全国的展開を確立する目的を持って、外に向かって他の地域への拡大を開始することである。
これには、選挙運動から党建設活動にすばやく戻り、粘り強い精力的で活発な地域活動を展開するとともに、われわれの全国的存在を強化する必要がある。われわれは新しいメンバーを獲得して強化し、まだ存在していない地域に支部を建設する必要がある。リスペクトの構造を強化しなければならない。新聞を活用して多くの支持者を獲得する必要がある。組織を強化し他の人々に呼びかける大会を秋の初めに開催する準備を行う必要がある。
われわれは、選挙中にともに活動してきただけでなく選挙後もともに活動する新しい分野を見つけた共同体のすべての人々に対するアプローチを一新しなければならない。われわれは、左翼オルタナティブの構築を望んでいる他のすべての左翼の人々、環境運動の若者たち、人種差別主義やイスラム差別に反対する人々や地域共同体の活動家たちに呼びかけ、ともに活動するという約束を繰り返さなければならない。
このことはまた、リスペクトより幅の広い再編成を主張している労働組合員や左翼の他の部分に対しても呼びかけることを意味する。それは左翼の全面的な可能性の反映であり、労働者階級の代表の危機により適切に対処することであり得る。われわれは、「左翼代表者会議」のような取り組みに参加する必要がある。左翼のまじめな団体との結びつきを強化することは、容易なことでも、すぐにできることでもないが、われわれは、より大きな統一左翼政党を建設するプロジェクトにかかわって他の人々ととも活動していることを示さなければならない。当面、われわれは、開かれた排他的でない仕方で支持を築くために活動しなければならない。
▲ アラン・ソーネットは国際社会主義グループ(第四インターナショナル・イギリス支部)の指導的メンバーで、リスペクトの全国評議会のメンバーである。
▲ ニック・ラックは、リスペクトの創立大会議長で、現在は全国評議会のメンバーである。リスペクトの分裂時に英国社会主義労働者党から除名された。
(「インターナショナル・ビユーポイント」08年5月)
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