| シリーズ:G8サミットに異議ありB かけはし2008.6.2号 |
G8サミットは開催ごとに、その時期に懸念されている問題を主要議題に取り上げてきたが、アフリカに関してはこの十年間、主要議題の一つとして取り上げられ
続けている。二〇世紀の終わりには債務問題が、それ以降は貧困と感染症の問題が議論の中心に置かれてきたが、ここ数年、アフリカの資源、市場としてのアフリカが主要なテーマになっている。
G8はいま、IMF/世界銀行などの国際金融機関、超国籍企業など作り上げてきたアフリカを支配する構造を、新たに作り直そうとしている。なぜなら、急速な経済発展を遂げている中国やインドをはじめとする新興国によるアフリカへの進出が、歴史的に作られてきた構造を変えつつあるからだ。いまアフリカの新たな略奪をめぐって、何が起きているのだろうか。
グレンイーグルス以後
二〇〇五年のグレンイーグルズ(イギリス)サミット以降、アフリカをめぐる議論は、市場としてあるいは資源の供給地として、どのようにアフリカを開発していくのかが中心となった。二〇〇五年に当時のブレア首相が作った「アフリカ委員会」は、現首相のブラウンを中心にアフリカのエリートたちが集まって提言を作成し、サミットでG8は「アフリカの努力を支援する」ことを宣言した。
昨年のハイリゲンダム(ドイツ)サミットでは、アフリカからアルジェリア、ナイジェリア、セネガル、南アフリカなどのリーダーを招き、彼らとのパートナーシップの下に平和と安全、持続可能な投資、グッドガバナンス(良い統治)、感染症への取り組みなどを行うことを決めた。またアフリカの民間部門の成長を促進するため、金融市場の整備、貿易の促進を決めるとともに、二〇一〇年までに援助額を倍にするというグレンイーグルズ・サミットでの合意を再確認した。しかし援助額は実際には減少しており、貧困撲滅を掲げたミレニアム開発目標(MDDGs)の二〇一五年までの達成さえも、すでに実現不可能となっている。
新たな脅威、中国とインド
ハイリゲンダムではまた、中国、インド、ブラジル、南アフリカのリーダーたちと協議し、企業の社会的責任を含む投資の自由と投資環境の整備、エネルギーと技術開発、環境政策などについて、G8と共通の解決策を作るために責任をもって行動するよう圧力をかけた。なぜなら、これらの国、とりわけ中国、インドのアフリカへの進出は、G8を脅かすまでになっているからだ。特に中国の資源獲得を目的としたなりふり構わぬ投資は、アフリカの人々にとっても脅威として映っている。
中国は二〇〇六年十一月、「中国・アフリカ協力フォーラム首脳会議」を北京で開き、アフリカから四十八カ国の首脳を招いて援助増額、後発発展途上国の債務の一部帳消しや関税撤廃品目の拡大、投資促進のための基金設立などを決めた。中国の経済成長に必要な資源を確保するために、胡錦濤国家主席は二〇〇六年、〇七年と二年続けてアフリカを訪問している。
現在、中国の対アフリカ貿易は、総額七百三十億ドル(二〇〇七年)に達し、イギリスを追い抜いて、アメリカ、フランスに次ぐ対アフリカ貿易世界第三位である。今年に入ってからは中国商工銀行が南アフリカの四大市中銀行の一つスタンダード銀行の株式の二〇%を取得し、エネルギーや原材料への投資を進める基盤を固めようとしている。
中国は石油資源の確保のために、「史上最悪の人道危機」とも言われるダルフール紛争を抱えるスーダンへも「政治的条件を付けずに援助を行う」という対アフリカ政策の下で投資を続けて国際的な非難を受けているが、アフリカのエリートたちは、これまでのG8やIMF/世界銀行などによる条件付けへの反発から、この自由度の高い中国の援助や投資を歓迎している。
同じく経済成長を続けるインドも昨年十月、シン首相がアフリカを歴訪したのに続き、今年四月に「インド・アフリカ首脳会議」を開いてアフリカから十四カ国の首脳を招き、後発発展途上国からの輸入品の関税の撤廃などを発表し、インフラ整備や資源開発援助、技術支援などを行うことを決めた。今後も定期的に首脳会議を開催して、アフリカとの関係を強化しようとしている。インドの二〇〇七年の対アフリカ貿易額は三百億ドルと中国の半分以下だが、アフリカと歴史的な関係を持つインドの動きにも、G8は焦りをあらわにしている。
こうした中国とインドのアフリカ進出に対して、EUは昨年十二月、「EU・アフリカ首脳会議」をポルトガルのリスボンで開き、援助額を大幅に増額し、「対等なパートナーシップ」の下で関係を維持していくことを決めた。市場開放を求める経済連携協定(EPA)をめぐっては、アフリカ諸国から不満の声が続出し、先送りになっている。
アメリカのブッシュ大統領は今年二月、ベニン、タンザニア、ルワンダ、ガーナ、リベリアなど「潜在力を保持する民主的な新世代のリーダー」国家を訪問し、それまでの援助ばらまき型から貿易と投資に対アフリカ戦略を変更することを明らかにした。
フランスのサルコジ大統領も就任以来、歴史的に関係の深い北アフリカを中心に訪問を繰り返し、今年二月には南アフリカを訪問して二十五億ユーロの経済支援策を発表、またアフリカ諸国との防衛協定を見直してアフリカ連合(AU)を中心とした活動の支援を行うことを発表している。
受け皿はNEPADA
こうした動きをアフリカ側で受け入れているのが「アフリカ開発のための新しいパートナーシップ」(NEPADA)である。NEPADAは二〇〇一年、南アフリカのムベキ大統領、アルジェリアのブーテフリカ大統領、ナイジェリアのオバサンジョ大統領の三人によって作られた文書で、「アフリカ再生のための構想、戦略的枠組み」で、貧困を撲滅し、持続可能な成長と開発を実現し、グローバリゼーションから排除されることなく世界経済にアフリカを統合していくために、オーナーシップ、経済環境の整備などをアフリカ自身の手で行っていくとしている。
このアフリカのエリートが作り出した私的な文書は二〇〇二年七月に発足したアフリカ連合(AU)の基本文書の一つになった。この文書はIMF/世界銀行総会、ダボス会議、G8サミット、EUとの協議の中で作られており、発表直前まで市民社会とは一切話し合われていない。こうして作られたNEPADAの事業本部は、南アフリカにある南部アフリカ開発銀行内に置かれている。
G8のお墨付きで作られたNEPADAとは、言い換えるならば、アフリカのエリートたちが自らを窓口として、グローバル化した世界経済にアフリカ大陸を開放し、G8はこのエリートたちと密接に協力しながら、新たなアフリカからの略奪を行おうとするものに他ならない。
アフリカの略奪と搾取
アフリカの歴史は略奪の歴史である。一五世紀から始まった奴隷貿易で一千万人のアフリカ人がヨーロッパ、アメリカ、アジアへと強制移住させられ、人的資源、労働力が奪われた。植民地支配の中ではモノカルチャー作物の押しつけや天然資源が略奪された。一九世紀にはヨーロッパ諸国によってアフリカは分割された。これらの略奪を金銭的価値に置き換えるなら天文学的な金額になることは間違いないが、これらの略奪に対する賠償はいまだに行われていない。
一九六〇年代には脱植民地化を実現し、多くの国が独立を果たしたが、新国家建設が始まると大量の資金がアフリカに流れ込んだ。まず、戦後ヨーッロパに溢れて行き先を失ったドルが流れ込み一九七〇年代には中東のオイルマネーが大量に流れ込んだ。世界銀行の融資も含めたこれらの資金で国家建設プロジェクトが行われたが、一九八〇年代の世界的な経済後退、アフリカの主要輸出品である原材料費の価格下落、アメリカによる高金利政策などにより、債務は膨れ上がっていった。
為替危機に直面したアフリカ諸国に国際通貨基金(IMF)が介入し、構造調整政策という条件付けによってさらに債務は増え、各国政府は予算の大半を債務返済のために割くことを強制され、貧困が拡大した。一九八〇年に六百億ドル(対GDP比二三%)だったアフリカの債務額は、二〇〇〇年には二千六十億ドル(六六%)にまで膨れ上がった。
この重債務によって作られた構造は、資金移転の流れを大きく変えた。一九八〇年のアフリカへの資金流入は九百六十億ドル、資金流出は三百二十億ドルだったのが、二〇〇〇年には資金流入が三百二十億ドル、資金流出が九百八十億ドルになった。つまり、それがODAであろうと投融資であろうと、二〇〇〇年には、アフリカに一ドル資金が流れ込むと同時に三ドルが流れ出していく構造が作られた。
今年四月に発表されたマサチューセッツ大学の研究によると、一九七〇年から二〇〇四年の三十二年間に、サブサハラ・アフリカから総額で四千二百億ドル(二〇〇四年のドル換算)の資本が逃避した。これに利子分を加えると総額は六千七十億ドルになるが、この額はアフリカが抱える対外債務総額の二九一%に相当する。
これらのことは、実際に債務を負っているのは、アフリカではなく北の諸国であることを示している。
この構造の中で、アフリカの人々は貧困から抜け出すことすらできない状況が続いている。世界銀行によると、二〇〇四年にサブサハラ・アフリカの人口の四一%(約三億人)が一日一ドル以下で生活している。飢餓率が三五%を超える国が五十三カ国中、十八カ国。サブサハラ・アフリカのGDP総額の三六%を一国だけで占める南アフリカでも、人口の四八%が一日二ドル以下で生活しており、失業率は四〇%を超え、労働者の七六%が月収三百二十ドル以下しかない。
アフリカに流れ込んでくる資本は、結局のところエリートたちの懐を潤したら直ちにアフリカから投資家たちの下に戻っており、そのために貧富の格差はますます拡大している。G8はこの間のサミットで、アフリカに対する援助増額や債務救済などの約束を繰り返してきたが、それは茶番以外の何ものでもないと言えるだろう。
官民一体の日本の戦略
TICADIVと洞爺湖サミットを前に、政府は無償資金協力を中心に対アフリカODAを五年間で二倍にすることを決めた。また四月に東京で行われた「アフリカ・パートナーシップ・フォーラム」で高村外相は、産業多様化を実現し、また民間投資を引きつけるための環境整備がアフリカにとって重要だとして、ODAへの民間企業提案の案件を認める方針を示している。明らかに中国とインドを意識したこの動きは、日本も資源の確保へ向けて、官民一体でアフリカを食い物にしようとするものだ。
債務帳消しと
賠償こそ必要
アフリカの人々は、いまなお世界の流れから周辺化され、とり残され続けている。G8や国際金融機関、超国籍企業、そしてアフリカのエリートたちによる、新たな略奪を許さない闘いを、アフリカと世界を貫いて発展させていく必要があるだろう。
アフリカからの略奪を許すな。すべての債務の即時無条件帳消しを。歴史的な人的資源、天然資源の略奪に対する賠償としての援助の大幅増額を。
(寄稿:福島康真/在南アフリカ)
西サハラ問題を通して考える
日本の政策は変わったのか
横浜でTICADの学習会
【神奈川】五月十六日、横浜からG8とTICAD〈アフリカ開発会議〉を考える会は、西サハラ問題研究室の高林敏之さんを招いて、学習会を開いた。テーマは「日本の対アフリカ政策は変わったの? ││西サハラ問題を通して考える」である。横浜TICADW開催に際して、日本に住む者はどのように考えたらいいのか示唆に富む発言だった。五月二十五日のTICADに対抗する集会・デモにつながる学習会だった。詳細はアフリカ日本協議会が発行する「アフリカNOW」の80号に掲載された高林さんの文章でもうかがえる。 (海)
高林敏之さんの講演から
アフリカで行ってきた
ことへの清算が必要だ
TICADにおいて日本政府はアフリカとのパートナーシップ、アフリカのオーナーシップをうたっているが、その前にアフリカで行ってきたことへの歴史的清算が必要ではないか。南アフリカにおいて「名誉白人」扱いを受け、アパルトヘイト占領下のナミビアからウランを不法に輸入し続けた日本のことを、多くのアフリカ人は忘れていない。
その上で日本は非常に不純な動機によってG8に従属させたTICADを開催しようとしている。中国が二〇〇〇年から同様のフォーラムを開催し、アフリカから四十カ国以上の元首を集めたことは、資本進出をにらむ日本にとって無視できない動機といえる。同様のフォーラムは韓国、インド、トルコなどとも開かれている。
日本がいかに不誠実な姿勢でTICADにのぞんでいるかということはアフリカ諸国が国連に対して提出した決議をことごとく否定したり、曲がりなりにもアフリカを地域として代表するアフリカ連合〈AU)の存在をTICADの枠組みにおいては無視していることに現われている。
国単位の問題としては、モロッコに占領されている西サハラ・アラブ共和国を外交の相手として認めていないことがそうである。西サハラにはポリサリオ解放戦線を阻む名目で、日本列島の全長に匹敵する地雷付き砂の壁が築かれ、アルジェリアなどへの十七万以上の難民と家族離散を生み出している。この占領を黙認しながら、西サハラ産のタコ、農薬用リンが西サハラから輸入されているということは、過去のアフリカにおける歴史的犯罪を清算していないことの証拠だ。
難民への直接援助より、日本政府のそうした姿勢を追及するための申し入れなどに活動の重点を置いている。
今回のTICADも外務省が設けた土俵にすぎないため、良心的なNGOの政策提言が試みられたとしても、「市民参加」とは名ばかりの審議会政治に終わってしまう可能性が強い。
アフリカが開発のための融資になびきやすい、「援助の対象」としか見ない風潮を見直していきたい。(報告要旨、文責編集部)
【訂正】本紙前々号(5月19日号)4面反「昭和の日」集会、デモの記事見出し「歴史偽装」を「歴史偽造」に、同大阪メーデー記事写真説明「橋本」を「橋下」に訂正します。
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