もどる

ビルマ 未だサイクロンの被害実態が不明         かけはし2008.5.26号

広がる2次災害の危険性
政府は救援を受け入れろ

マーク・ジョンソン


 ビルマを襲ったサイクロン災害は、ビルマの軍事政権の発表によっても、すでに十三万人以上の死者・行方不明者を出す大惨事となっている。ビルマの軍事独裁政権は、被害の実態を隠し、各国からの支援物資を要請する一方で、タイなどの「友好国」を除く海外の支援要員、ジャーナリストなどの入国を拒否し、災害救援よりも憲法国民投票を強行するという民衆無視の本質をあらわにした。以下に掲載するのは、災害発生当時ヤンゴン(ラングーン)にいた「インターナショナルビューポイント」通信員からの報道である。このレポートは、民衆の生命や安全をかえりみようともしない軍事政権を厳しく批判しつつ、同時に帝国主義の意図やアウンサン・スーチーをシンボルとする親欧米の反政府勢力をも批判している。この評価については、より正確な分析が必要だと思うが、今回の災害をとらえる一つの視点を提供するものとして検討していただきたい。(本紙編集部)


飲料水、電気
食料もない                            

 二〇〇八年五月三日にビルマを直撃した熱帯性サイクロン「ナルギス」への対応策はあらゆるサイドの既得権益によって乗っ取られ、アジアで最も貧しい数百万人の民衆は、いかなる効果的援助もないままに放置されている。
 その最大の責任はビルマ軍事政権にある。彼らは住民に対してサイクロンの襲来を警告せず、いまだに効果的な災害対策プログラムを打ち立てていない。ビルマの巨大な軍と警察は、サイクロンが直撃してから二日後まで、ヤンゴン(旧ラングーン)の街頭に全く姿を見せておらず、市内の四百万人の住民は突然、電気、電話や飲料水を奪われ、膝までつかる水の中を絶望的にさまよいながら、家族と連絡を取ろうとしたり、食べ物、飲み物を見つけようとしたりしている。
 ヤンゴン市だけが、無料の飲料水の効率的な配給など、都市貧困層に対して一定のサービスを提供している。半政府組織であるミャンマー赤十字も、ある程度の支援やアドバイスを行っている。しかし全体として、今回の災害への対処は、ビルマ軍事政権の傲慢さ、連絡不能、寄生性、そして民衆の要求と権利にそぐわないことをまたも明らかにした。国際メディアや人道的支援組織は、政権が民衆を守ることができなかったことを正しくも非難した。

必需品の価格が
2倍〜4倍にも

 しかしビルマの実業界や中産階級――象徴的指導者であるアウン・サン・スーチーの下に結集する親欧米野党の主要な支持者――の振る舞いは、民衆からの否定しがたい支援にもかかわらず、この国を引き受けるには完全に不適切である。大小の商業企業は、サイクロン災害の直後にすべての必需品の価格を二〇〇%から四〇〇%もつり上げた。
 ビルマの五千万人の住民のほとんど――小農民――が一日一ユーロ(約160円)以下で生活している中で、この非情な暴利追求は、栄養面に恐るべき影響をもたらすだろう。とりわけ、マラリア、赤痢、飲料水を媒介とする病気といったサイクロンの副次的影響によってすでにきわめて危険にさらされている高齢者や幼い子どもたちに対してである。
 この国の貧困層に対する数少ない公共政策の一つ――政府によるガソリンやオイルの補助金――は、もしアウン・サン・スーチーの親欧米派・国民民主連盟が権力を取ることになれば廃止されるだろう。
 西側の利害は、サイクロンを利用して彼ら自身の課題を進めることでもある。すなわちカンボジアと同様の不平等な条件で西側に投資を開放し、ビルマの港湾へのアクセス権を中国に与えた最近の協定を撤回するような、より従順な政府を押し付けることである。五月六日、フランスのベルナール・クシュネル外相は、西側諸国はグローバルな「保護のための権利と義務」に訴え、ビルマ政府の同意ぬきに軍民の援助ミッションを派遣すべきだと示唆した。米国の当局は、今ゴーサインを待ってバンコクに集結している数百人もの援助活動家やジャーナリストとの調整の上で、体制変革のための米国の攻撃的計画の背後に人道的慈善要員とジャーナリストを整列させるために、過大に見積もられた犠牲者数を流し始めた。
 民間援助団体や慈善活動の多くを納得させる必要があるというのではない。英国植民地時代からビルマ国境地帯で活動し、ビルマ軍事政権が屈服した時には幾千万ドルものあぶく銭を手に入れようと期待しているミッショングループと緊密に結びついた援助産業のほとんどは、この地域における大国の利害と距離を置くことは不可能なのである。

なによりも国際
的な支援が必要

 より少数の国際連帯キャンペーンが、この人びとを落胆させるパターンに抗している。アジア全域の仏教徒グループは、ビルマの僧院、寺院――そこはサイクロン被災者の多くのシェルターになっている――を通じた支援の回路を見つけた。他の人びとは、亡命者や地下活動を行っている学生、民主派グループと連携してきた。亡命者サークルに向けた米国の魅力的な攻勢やドルの贈り物によって、そのすべてがだまされているわけではないグループとの連携である。
 来る数週間は、サイクロン「ナルギス」によってホームレスにさせられた数十万人の人びとや、政権の無能力と米国主導の制裁、そして地域的な暴利の追求の組み合わせによって今や緩やかに餓死しつつある幾百万人の人びとを支援するための闘いを見るだけにとどまらないだろう。われわれはまた、おそらくこの国の憎むべき軍事支配の崩壊をふくめてビルマの輪郭そのものを再定義するための闘いをも見ることになるだろう。

(マーク・ジョンソンはチェコとスロバキアにおける「インターナショナルビューポイント」の通信員だが、彼はサイクロン「ナルギス」が直撃した時ヤンゴンにいた。現在彼は隣国のタイで援助の調整活動を行っている。)
(「インターナショナルビューポイント」08年5月号)


EU内での「企業の自由」を禁止するキャンペーン
投機と危機:もううんざりだ!
ATTACフランス


 ATTACは、EU内での資本の流通の自由を廃止するために発したヨーロッパの経済学者の署名を支持するとともに、その拡大普及に中心的役割を果たしている。われわれは、すべての市民がこれに署名し、自分たちの周りで署名を行うよう訴えるものである。

 規制緩和された金融が社会を破壊している。北でも南でも、日々、株主が、よりいっそう多くの収益を得るために、企業を、すなわち、労働者を、ひそかに、搾り取っている。先鋭な危機の中で凄まじい光景が吹き荒れており、そこでは、途方もないほどの過剰な投機のどん欲さがむき出しの形で明らかになっており、それが経済活動と雇用に跳ね返り、失業と不安定化と不平等の増大が見られる。労働者と最も貧しい人々は、それが投機であろうと、それに続く株の大暴落の打撃であろうと、その犠牲となる運命にある。
この二十年来、世界の金融がたどって来た道は長い危機の連続でしかない。一九八七年の株価の大暴落、一九九〇年のアメリカ、ヨーロッパ、日本の不動産危機、一九九四年の米国債の暴落、一九九七年と一九九八年の国際金融危機、二〇〇〇年〜二〇〇二年のIT業界の危機、そして最後に、二〇〇七〜二〇〇八年の不動産危機ならびにおそらく全世界的な危機。
 なぜこのように危機が繰り返されるのだろうか? 資本流通と金融「革新」に対するいっさいの障害が廃止されたからである。バブルが膨らむままに放置してきた中央銀行について言えば、それは、流動性の不足に苦しむ銀行と投機基金を急いで救済する以外に道がもはやない。
 われわれは、何もせずにこのまま次の危機を待つつもりも、さらにまた、市場の金融が増殖させている法外な不平等をもはや長きにわたって耐え続けるつもりもない。なぜなら、この不安定性というのは、金融規制緩和に内在する本質的なものだからである。「透明性を確立し」、「モラルを正す」べきだとするお粗末な訴えは、何であろうと事態を変え、同じ原因が、再び、同じ結果をもたらすのを、どうにして阻止できようか? それに終止符を打つのは、「ゲーム」の中枢に介入すること、すなわち、構造を根本的に変革することが前提にならなければならない。ところが、EU内では、いっさいの変革は、諸条約がよいことだと信じて金融資本に対して提供している途方もない保護と衝突する。
 だから、われわれヨーロッパ市民は、要求する:
 b金融資本の運動に対するいっさいの制限を禁止し、社会への圧倒的影響力を金融資本に対して与えているリスボン条約第五六条の破棄を。
 さらにわれわれは要求する:
 b資本が自分たちに最も有利なところに移動する機会を許し、金融機関がロンドンのシティーなどに逃避の場を見出すことができるようにする「企業の自由」(第四八条)の制限を。
 もし「自由」ということが、今日、金融界に体現されている支配的な権力がそれ以外の社会を従属させる自由だと理解しなければならないとすれば、われわれはただちに言おう。われわれはそんな自由を望んでいない、と。われわれはむしろ、金融の収益性という束縛を逃れて生きる民衆の自由を望んでいるのだ。

ジャン・マリ・アリベイ(ATTACフランス共同議長)に聞く
金融資本の激しい利潤追求を全面的に統制しよう!


 ATTACのメンバーを含むヨーロッパの経済学者たちが三月末に開始したアピール、「投機と危機、もううんざりだ!」は、すでに一八〇〇〇人以上の署名を集めた。経済学者でもあり、ATTACフランスの共同議長であるジャン・マリ・アリベイにインタビューして、このキャンペーンについて説明してもらった。

50数人の経済学
者が呼びかける

――どのような経緯でこのアピールを出すことになったのか?

 この署名の始まりは、フランス国立科学研究センター(CNRS)研究員のフレデリック・ロルドンと私が、五十数人のヨーロッパの経済学者にコンタクトを取り、金融危機の重大性について、そして、金融資本主義の利潤追求の激しい熱中に終止符を打つ緊急の必要性について、警告を発することのできるイニシアチブを取ることを目指した。この金融資本主義のもとでは、過剰な投機が横行し、資本の所有者がわが物顔で尊大に振る舞い、それに比例する形で世界の不平等が激化しているからである
 実際、この危機は、「金融市場の透明性の欠如」でも取引の証券化の手順の失敗でもモラルの欠如のせいでもない。それは、資本主義の進展の最も純粋で最も野放図な論理への帰結である。その論理の究極の最終的目的は、資産を株主に返すことであり、資本の運動の自由化、規制緩和、金融製品の急速な拡大や証券化、中央銀行が金融市場により奉仕するようにするための中央銀行の非政治化、である。
 このような論理は支持できない。なぜなら、それは労働力への搾取の強化をほしいままにし、賃金を生産性と切り離し、結局のところ世界の南でも北でも社会を金融に従属させながら、社会的保護と労働の権利を弱めてしまうからである。
中央銀行の
コントロール

――署名は何を要求しているのか?

 直接の要求はとても簡単である。金融化の核心は、資本に対して与えられる流通の全面的自由であり、ヨーロッパのすべての条約が資本の流通にいささかの障害をもうけることをも禁じているのであるから、今や、まさに禁じることを禁止する条項と「企業」の自由を明記した条項の両方の廃棄を要求すべき時である。企業の自由とは、企業に最も有利な条件があるどこででも操業できる可能性を与えるものである。
 根本的には、今回の金融危機という機会を捉えて、金融システムに対する、そしてまず何よりも中央銀行に対する公的なコントロールを確保することが緊急に必要であることを示して、有用なサービスと雇用を実現しなければならない。約三十年間の新自由主義の政策を経て、これが、労働者により有利な形で所得を分割するための必要条件である。
ヨーロッパから
全世界へ拡大

――これは、新自由主義のヨーロッパを拒否するキャンペーンの一環なのだろうか、また、それはATTACの由来となっているトービン税という要求とも連続性があるのだろうか?

 トービン税との共通点は、われわれが資本の流通の問題に立ち向かわなければならないという点である。だが、今回については、全体の運動の進め方は、ヨーロッパ規模であるが、その使命は全世界にまで拡大されるものであって、単なる市場の規制という目的を超えたものである。そこに賭けられているものは、人間活動と共有資産の全面的な商品化を見直すことである。
 このような全面的な商品化の最終的目的は、金融上の収益性が公共の利益に達するよき導き手であると主張することを通じて、人類と地球の運命を思うがままに決定している少数派でしかない階級の手中に富を蓄積することなのである。
聞き手 ステファニー・トレイエ
(「ルージュ」2247号、2008年4月10日付)


もどる

Back