| シリーズ:G8サミットに異議ありA かけはし2008.5.26号 |
「ODA2倍化」のからくり
「開発・援助」は、G8サミットにおいて毎回議論されるテーマのひとつであり、サミットへの政策提言を行うNGOや、サミットの存在自体への異議申し立てを行う社会運動にとっても重要な課題として位置付けられている。日本政府は、気候変動とともに、「途上国」とりわけアフリカの「開発」を今回のサミットの目玉の一つとしてアピールしている。
福田康夫首相は、一月にスイス・ダボスで開催された世界経済フォーラムにおいて、G8主催国として、アフリカ開発に力を注ぐとアピールした。五月二十八日から三十日まで、横浜で開催される第四回アフリカ開発会議(TICAD 4)にアフリカから四十二カ国の首脳を含むゲストを招聘し、アフリカ開発支援を討論し、七月の北海道洞爺湖サミットへのステップにしようとしている。
四月十六日、財務省はアフリカ向けの〇七年の政府開発援助(ODA)の実績が十七・一億ドル(暫定値、約一千八百億円)になり、〇三年の八・四億ドルの二.〇四倍となって、〇五年のグレンイーグルズサミットにおいて当時の小泉純一郎首相「アフリカ向け支援を三年間で倍増する」という公約を達成したと発表した。これは、四月はじめに経済開発協力機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)が発表した調査報告書と一ヵ月後に控えたTICADの開催を強く意識したものであった。
OECD│DACの調査報告書「二〇〇七年のODA」では、OECD加盟国によるODAの減少について警告を発している。とりわけ、日本については、次のように指摘がなされた。
「日本のODA(純額)は七十七億ドルで、対GNI(国民総所得)比〇・一七%となりました。これは実質ベースで(昨年比)三〇・一%の減少であり、……債務救済によって増加した二〇〇五年、二〇〇六年を除くと、日本のODAは二〇〇〇年以降、減少を続けています」。
この報告書を受けて、マスコミやNGOなどが一斉に日本政府のODA減少を問題としたことに対する反論を込めた宣伝が、先の財務省の「アフリカ向け支援を三年間で倍増するという公約の達成」である。しかしこれは見え透いた「大本営発表」である。
財務省が発表したアフリカ向けODA十七・一億ドルのうちのかなりの額が、実際の援助ではなく、アフリカ諸国が日本に支払っている借金の帳消しなのだ。現時点で〇七年度のODAの詳細は発表されていないが、財務省の言う「倍増」の基準年である〇三年、そして発表されている最新のデータである〇六年のアフリカ向けODAの内容を見れば、〇七年のODAの中身を推測することは難しくはない。
〇三年の対アフリカODA約八・四億ドルのうち、約三億ドルが債務救済の額であり、実際の援助額は約五・四億ドルに過ぎない。そして〇六年の対アフリカODAは、二十五・五八億ドル。債務救済を除いた額は五・一七億ドル。〇三年よりも減少している。
つまり、財務省は、債務救済を含めた額を基準に「倍増した」と言っているに過ぎないのだ。他の諸国は日本ほどにはアフリカに対して債権を保有していない。無償援助が中心だったからだ。日本のODAは借款が大きな割合を占めていることから、当然にも債務帳消しをした際には、多額のODAが生じるカラクリなのである。〇六年のアフリカ向けODA二十五・五八億ドルのうち、ナイジェリアに対する債務削減だけで約二十一億ドルにも上っている。すなわちナイジェリアを除くサブ・サハラアフリカ四十七ヵ国が残りの額を分け合っているに過ぎないのだ。
問われるべき具体的中身
このような「ODAのからくり」に対する批判は、古くから、そして広範に存在している。にもかかわらず、あえて「倍増」という公約にこだわる日本政府のアフリカ政策の根底には、札束で面をひっぱたけば言うことを聞く、とでも言わんばかりの傲慢な姿勢があるからだろう。福田首相は、ダボスで次のようにも発言している。「日本は、約束してきたことは着実に実行してきた国です」。
だがその「約束」の中身のデタラメさは問題にはならないようである。そして、この「約束」自体も、大幅に後退をしてきたし、また後退を続けている。〇五年の四月、アジア・アフリカ首脳会議に参加した小泉首相は、アフリカ向けODAについて次のように語っている。
「今後三年間でアフリカ向けODAを倍増し、引き続きその中心を贈与とする考えであることを表明します」。
しかしその三ヵ月後のグレンイーグルズサミットの記者会見では「三年間でアフリカに対する支援を倍増させよう、ということをこのサミットでも表明した」。約束をさらに拘束する「贈与」という条件を削除した。
もちろん「贈与」が良くて「借款」は悪い、と単純に区別することはできない。「贈与」であっても日本政府のように債務救済がかなりの額を占める場合もあるし、また贈与の場合はいわゆる「ひも付き援助」と呼ばれる日本企業にカネが還流する手法が認められている。要は、その具体的中身が問われなければならない。
G8―正統性のない談合
G8サミットの際に、NGOを中心に、政府への政策提言活動が活発になることは日本でも珍しくなくなってきた。NGOの側からは、ODAプロジェクトや資金の流れの透明性など、粘り強い改善のための提言が行われている。しかしODAの闇はあまりに深い。「岸基金」と呼ばれた海外経済協力基金(OECF。現在の国際協力銀行=JBICの前身)から現在のパシフィック・コンサルタンツ・インターナショナル(PCI)によるODA不正支出事件など、政官財の国境を越えた犯罪ネットワークは国家権力を盾に、その全容は依然としてどす黒い闇の中である。
ODAという庶民の税金が、回りまわって、日本企業、援助先政府高官のポケット、そして自民党森派(現町村派)の有力議員への闇の政治資金へと姿を変えているといわれている。NGOの政策提言は、この闇を浮かび上がらせるためにも重要ではあるが、ODA政策を根本から変革するためには、「審議会政治」への参加や「政府とのパートナーシップ」では不可能であり、それは逆に大きな足かせとならざるを得ないだろう。
ODA改革の一環としてG8サミットの機会に提言活動を行うということは、心情的には理解できなくはないが、それは徒労に終わるだけでなく、何ら民主的な正統性のない談合に、あたかも何らかの積極的な存在意義を民間の側から与える行為であると言わざるを得ない。「G8の発するメッセージとは`誇示a`権勢a`服従aといったものなのである。それに対して、抗議運動のメッセージとは、G8は不当なものであるということ、そして、いかなる役にも立たないということである」。スーザン・ジョージによるこの評価に、何ら付け加えるものはない。(『オルター・グローバリゼーション宣言』93頁、作品社)
話をODAに戻そう。ODAそれ自身の存在の意味を再検討する必要があるだろう。世界の金持ち人口二〇%が世界の富の八〇%を保有している状況の中で、ODAを通じた「北」から「南」への富の再分配は否定されるべきものではない。だが援助を「する側」「される側」の関係を前提とした改良のみにとどまっていてはならないだろう。
それはODAなどの開発援助のコインの表裏の関係にある債務問題に焦点を当てることで明らかになる。
継続する構造調整政策
二〇〇六年の途上国の対外公的・私的債務は五千四百億ドル、政府の返済義務を負う公的債務だけでも二千八百億ドルに達している。この額は一九七〇年代に比べて四十倍にのぼる。援助国のODAの内、政府貸付などの借款は、そのまま援助受入国の債務となる。しかし日本を含むOECD諸国が「援助する側」で、これら途上国が「援助される側」かというとそうではないのが、債務問題の核心である。現在の債務返済国が、どのように債務返済のアリ地獄に陥ったかについては『世界の貧困をなくす五〇の質問』(ダミアン・ミレー/エリック・トゥーサン著、大倉純子訳、柘植書房新社)を参照していただきたい。
アフリカ諸国の平均では、政府支出の三〇〜四〇%が、債務返済にまわされ、人々の生活や福祉に必要な予算が確保できず、基礎的な社会サービスには一〇%〜二〇%程度の予算しか回せていないという現状が、アフリカをはじめとする世界の貧困問題解決をさらに困難にさせている。
「先進国はそのような貧困を解消するために、毎年多額のODAを拠出しているのではないのか」という質問が飛んできそうだが、現実には、ODAによる資金貸付よりも、途上国からの借金返済額が上回っているのが、一貫した世界的資金の流れである。
命を犠牲にする債務返済に対する道義的な憤りは世界的な債務帳消しキャンペーンとなり、一九九九年のケルンサミットで、重債務貧困国(HIPC)に対する債務救済措置がとられることが約束され、〇五年のグレンーグルズサミットまでに救済対象を拡大してきた。現在までに四十一の国が重債務貧困国として認定され、今後の努力次第で債務削減が実施される。
しかし、G8諸国が認めたこの債務救済方法とは、より一層の構造改革を三年から六年間実施することが条件であり、それは長年批判にさらされてきた世界銀行や国際通貨基金(IMF)による構造調整プログラムのミレニアム版でしかない。だが、〇五年のグレンイーグルスサミット以降、G8は債務問題は解決済みとでも言いたげに、主要議題のうちには入れようとはしていない。もちろん今年の洞爺湖サミットでも、事前にはほとんど話には上らない。
だが、債務にあえぐ国々は重債務貧困国と呼ばれる四十一カ国(うち三十三カ国がサハラ以南アフリカにある)だけではない。アジアや中南米においても債務返済に巨額の資金をとられて必要な社会的支出ができない国々がたくさんある。「援助」資金が一ドル「南」の国へ流れると、四〜七ドルが「北」へと逆流する構造もそのままである。貸し手の側の政府と企業の、そして借り手側の支配層の都合のみで膨れ上がった債務返済の負担を、貧しい人々が担わなければならないこと、その構造自体が不当である。そしてこの構造はG8サミットによって解決することも、改善することもできない。そもそもG8諸国がサミットのたびごとに世界に向けて発表する「約束」は、貧しき人々に対する約束などではない。それはサミットに集う政治家と多国籍企業の仲間内に対する約束なのである。
エクアドルからの挑戦
いま世界では、債務問題の解決に向けたラジカルで、そしてより具体的な取り組みが進行中である。
長年にわたり新自由主義政策の抑圧に抵抗を続けてきた労働者農民と世界資本主義の最初から徹底的に抑圧され続けてきた先住民たちの闘いに押し上げられた、エクアドル大統領、ラファエル・コレアによる債務監査委員会の活動がそれである。それは、「国民の利益にならなかった融資や違法な経緯で契約された債務で、その結果`不当であるaと認定された債務については完全に返済を拒否する」(『岐路に立つラテンアメリカ エクアドルからの証言』パンフ)というものである。
今年七月までに、対外債務の契約や融資プロジェクトの成果などについて監査を行ない、上記の条件にあう「不当」な債務の返済を拒否する。同国は、昨年、世界銀行とIMFの代表を国外に追放した。コレア大統領は「二度とこれらの国際官僚機構に関わりたくない」とコメントしている。エクアドルの民衆は、G8諸国や世銀/IMFに頼ることなく、闘争と連帯によって自らの代表を国家権力の座に押し上げ、債務問題の解決に向けて動き出している。「自らが変革の主体たろうとする民衆の力」と「世界の社会運動・市民運動の支援」こそが、このチャレンジの成功の鍵を握る、と同パンフは述べる。
七月の北海道洞爺湖G8サミットにむけて、ODA・債務問題を問い直す作業の中で重要なことは、この問題が日本をはじめとする「北」の国々のごく一部の専門家たちのみで共有されるのではなく、「南」の諸国に対して長年にわたって牙を剥いてきた新自由主義グローバリゼーションが、「北」の民衆にも牙を剥いているのだということを暴露し、世界の貧困を解消するために、「北」の社会運動、とりわけ賃金労働者の運動を通じた政治社会変革こそが決定的であることを、国際的な運動の内外で宣伝することである。
(早野 一)
全自交吾妻分会が集会
組合つぶしを目的とした偽装解散・不当解雇を糾弾
【福島】五月十八日、福島市の教育会館で5・18「あづまタクシー事件」の早期救済命令を求める集会(主催、全自交吾妻分会)が開かれ三十人余りが集まった。全自交吾妻分会は福島市の「あづまタクシー」のタクシー・ドライバーで構成されている労働組合で、現在組合員二十三人、長い人では勤続四十年になる組合員もいる。
ところで会社側(社長、下田穣一郎)は二〇〇七年三月三十一日、「債務超過のため、あづまタクシーを解散する」との理由で話し合いもないまま一方的に従業員を全員解雇した。ところがその翌日の四月一日から、吾妻分会の組合員以外の「親会社」従業員を、売却されたとする「子会社(飯坂吾妻交通)」に再雇用して「あづまタクシー」は営業再開された。組合つぶしを目的とする偽装倒産・不当解雇だった。
全自交吾妻分会は不当解雇と組合員全員の職場復帰を求めて、福島県労働委員会に労働組合法による不当労働行為救済申し立てを行い闘ってきている。地労委ではこの間、五回の調査、五回の審問が行われ、六月には地労委命令が予定されており、それを前にしてこの日の集会が開かれた。
木村嘉二書記長の司会で始まった集会で主催者あいさつに立った阿部利広分会長は、この一年間の支援に感謝しつつ、経過を報告し仲間とともに胸をはって生きていく決意を述べた。地労委審査の中では「解散・解雇」がいかにギマン的なものであったかが次々と明らかにされた。@二つ存在する株主総会の「解散議事録、三つ存在する「会社解散日」A「子会社」を買い取ったはずの新「社長」が「何を買ったのか理解していない」との証言B「親会社」の車、営業施設などを「子会社」に無償供与などC全自交福島地本に吾妻分会への統制処分を会社側がもちかけたとの証言など。
引き続き、地労委で吾妻分会の補佐人をつとめた全金本山労働組合の青柳充さんの連帯あいさつ、全金港合同・大和田幸治さんからのメッセージ、電通労組、学校事務労組、ふくしま連帯ユニオンが連帯あいさつを行い、全員で力強く「団結ガンバロー」を唱和した。
地労委の審問過程で会社側の「偽装解散・不当解雇」の実態はことごとく明らかにされた。下田社長は、不当解雇を撤回し、組合員全員を職場に戻せ! (S)
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