| 横須賀 原子力空母ジョージ・ワシントンは来るな! かけはし2008.5.26号 |
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住民投票条例制定運動の成果を生かし8月の母港化止めよう |
住民投票条例の市議会採択を
私たちのまちのことは私たち
で決める!と首都圏アクション |
五月十一日、「原子力空母母港化の是非を問う住民投票を成功させる会」は、横須賀・ヴェルニー公園で「原子力空母の是非と安全性を問う住民投票条例の市議会採択を求める首都圏アクション」を行い、労働者・市民など二千二百人が参加した。
八月十九日に米海軍原子力空母「ジョージ・ワシントン」が横須賀軍港に配備される予定だ。つまり横須賀に原発を設置するようなものであり、空母原子炉事故が発生した場合、その規模によっては三浦半島全域が致死被害の危険な状態に入ってしまう。「対テロ」グローバル戦争強化と称して横須賀をはじめ多くの市民の生命・環境破壊を強行しようとしている。米国の暴挙を追認する日本政府、横須賀推進派の敵対を許してはならない。
会は、すでに空母配備反対のために住民投票条例制定の直接請求の署名運動を三月から行い、52438筆を集めている。五月七日に横須賀市長に署名を提出し、十二日から始まる臨時市議会での採択をめざして集会が行われた。
集会は、請求代表者の呉東正彦さんのあいさつで始まり、住民投票条例制定にむけた署名運動が52438筆集まった成果を確認した。さらに、空母が原発並みの大きな原子炉二基を載せ、日常的に原子炉事故、放射性廃液たれ流し、放射能汚染が発生する危険な状態に入ることを止めるために、市議会傍聴、市会議員へのはたらきかけ、裁判闘争の勝利、全国的な反対世論の喚起を作り出し、八月十九日配備をストップさせようと訴えた。
続いて「よろずピースBAND」の音楽演奏による反戦・米原子力空母母港化反対のメッセージ、「このヨコスカだから」「住民投票で決めよう!」を熱唱した。
次は、会の仲間たちによる寸劇「ドラマ・住民投票でゲンキ!〜私たちのまちのことは私たちで決めよう〜」を熱演。参加者全体に配布された「いつやるの住民投票&YES」団扇を掲げ、市議会で「原子力空母の是非と安全性を問う住民投票条例」の採択を勝ち取るためにシュプレヒコールを繰り返した。
最後に集会決議を採択し、パレードに移った。参加者は、米軍横須賀基地ゲート前で基地内米兵にむけて反戦・米原子力空母母港化反対のアピールを続けた。解散地点の横須賀市役所前では、再度、参加者全体で市議会闘争にむけて闘いを強化していくことを誓いあった。 (Y)
横浜地裁横須賀支部
原子力空母のための工事
差し止め訴訟に不当判決
原子炉事故の
可能性を無視
五月十二日、横浜地裁横須賀支部は、「ストップ原子力空母母港裁判」を進める会(〇七・七・一設立、原告650人、50人以上の弁護団)が国に米原子力空母ジョージ・ワシントンの横須賀基地配備(8月19日配備予定)に伴う浚渫(しゅんせつ)工事の差し止め請求をした裁判において原告側の訴えを棄却する不当判決を出した。
地裁は、グローバルな日米安保体制の機能強化と擁護の立場から「日本防衛に役立つ原子力空母の入港を目的とする浚渫工事は公益性が高い」と全面的にバックアップし、あげくのはてに原子力空母の危険性について「工事を差し止めねばならないほどの具体的危険性は認められない」「工事に伴い平穏な生活を営む上で、受忍限度を超える危険はない」などと具体的な検証と科学的根拠を示すこともしないで判断した。
裁判で国は、安全性の証拠資料として米国製「ファクトシート」を土台とする外務省作成のパンフレットなどを提出し、「空母が事故を起こす危険性の有無は、工事の差し止め請求に関係ない。原子力空母の危険性は審理の対象外だ」と繰り返すだけだった。こんな稚拙な主張を認めてしまったのだ。希薄な根拠で住民の生存権、環境権、生命破壊の強行を追認したのである。
市民の主張に
正面から敵対
原告の主張は、こうだった。
第一に、浚渫される大量のヘドロの中に、有毒なダイオキシン、水銀、砒素、鉛、トリブチルスズ、硫化水素を発生させる硫化物等が含まれており、港内で奇形の魚が発見されたり、過去に周辺で浚渫による漁業被害が発生していることから、浚渫工事により、横須賀港周辺で活動する原告らに著しい生命身体健康の被害や、漁業被害が発生する具体的危険性がある。
第二は、浚渫工事の目的である原子力空母配備による原子炉事故及び放射能漏れが起こる危険性だ。具体的には、大地震が横須賀に発生した場合に、海面が低下したり、陸上からの電力や水の供給が同時に遮断されることにより、原子炉が冷却できなくなってメルトダウンを起こす。海難事故、艦内の弾薬や燃料の爆発事故、内部要員の破壊行為や外部からのテロ攻撃等によって、原子炉の炉心や格納容器が破壊され、放射能が原子炉から放出される。このような危険性が想定されるにもかかわらず、国は安全審査を行っていない。
さらに原子力空母の原子炉事故が起これば、放射能が風下一体を汚染することとなり八キロ以内では全数致死、十三キロ以内では半数致死等、横須賀周辺百六十五キロ以内に住む原告らすべてに、著しい生命健康の被害が発生する具体的危険性があるため、一人一人の人格権に基づき浚渫工事が差止められねばならないと主張してきた。
ところが地裁は、住民の主張をまともに認めることもせず排除しながら、国に対して「放射線被曝の不安を抱いている住民の不安を解消するため、外交交渉という効果的な手段を行使して米軍保有の情報の入手・提供に努めることが望まれる」「安全性情報を入手せよ」などと明らかに矛盾した意見を述べるという欺瞞的なポーズで逃げ切ろうとしているのだ。こんな滅茶苦茶なふざけた地裁判決を絶対に認められない。
判決を受けて防衛省南関東防衛局は「国の主張について裁判所の理解が得られた。米原子力空母の交代は日米安保体制を確保する上で大変重要なものと認識しており、引き続き地元の理解を得られるよう努力する」などと居直り、米国のグローバル戦争に参戦する自衛隊作りを加速させていこうとしている。
結局、判決は、五万二千四百三十八筆を集めた空母配備反対のために住民投票条例制定の直接請求の署名運動や十一日の「原子力空母母港化の是非を問う住民投票を成功させる会」の集会(二千二百人)の成功に真っ向から敵対するものとなった。原告は控訴する方針だ。不当判決を糾弾し、二審裁判闘争に連帯しよう。
この日に、住民投票条例の審議のための横須賀臨時市議会が始まっている。これまで蒲谷亮一市長は、「原子力空母配備の問題は国が判断すべきものだ。住民投票はなじまない」などと敵対発言を繰り返してきた。今回も同様の反動発言を繰り返し、保守派も否決にむけて立ち振る舞うことが予想される。十六日(金)の午前十一時本会議、午後採決の予定だ。事態は緊迫している。市議会は、五万二千四百三十八筆の署名要求を受け入れ、住民投票条例を制定せよ。8・19米原子力空母横須賀配備に反対していこう。 (Y)
政府言いなりの母港化推進
許すな!横須賀市議会が
住民投票条例案を否決
五月十六日、横須賀市議会は、「原子力空母母港化の是非を問う住民投票を成功させる会」が八月十九日の米海軍原子力空母ジョージ・ワシントン横須賀配備に反対にむけて提出していた住民投票条例案を否決した(定数43、反対33、賛成8)。グローバル日米安保体制と基地利権パイプの強化の立場から蒲谷亮一市長と配備推進派(自民、公明、保守、民主党系)は、二〇〇七年二月の直接請求否決に続いて共同で敵対した。
議会で推進派は、「国家として日米安保を堅持する限り、原子力空母の受け入れは自然なこと」「国家的要請と自らの繁栄について現実を直視して判断してきた。二者択一形式の住民投票を実施しても、市政の将来に大きな混乱要因を残すだけだ」などと自らの利権確保をなんらためらうこともなく発言したり、最も優先されなければならない市民の生存権、環境権、人権を否定する暴言を繰り返した。また、蒲谷亮一市長にいたっては、住民投票条例案に対してむきだしの敵意を示し、「国の専権事項である空母問題は、市に最終決定権がないため住民投票になじまない」と意見書を提出し、市民の安全・環境を守る立場である市長自らが破壊推進者としてイニシアチブを取り、立ち振る舞った。市長・推進派の暴挙を絶対に許してはならない。
今回の住民投票条例の制定を求める直接請求有効数は、四万八千六百六十一人(市内有権者数の7人に1人にあたる)だった。これは前回の〇七年一月時の直接請求数三万七千八百五十八人よりも約一万人も増えており、明らかに原子力空母配備に対する不安、危機感が強まっていることの現れである。推進派は、この流れが強まっていることをよく知っているがゆえに従来から使ってきた「国家的使命と基地利権」をふりかざし、四万八千六百六十一人の声をゴミ箱に捨て去ったのである。これは地方自治政治の放棄であり、破壊である。
なお推進派は、直接請求数が前回より大幅に上回ったためさすがに日米政府への忠実ぶりを示すだけではまずいと思い、国にむけて「原子力空母の安全性の確保、防災体制の強化、米兵犯罪の再発防止をもとめる意見書」にアリバイ的に賛成せざるをえなかったのである。意見書は、議会全会一致で採択した。
住民投票を成功させる会の呉東正彦弁護士は、「否決が負けとは思っていない。市民の不安が議員一人一人に無視できないものになったからこそ意見書につながつた。五万人の意思表明を米政府と米海軍も無視できないはずだ」と述べ、今後の運動の方向性を訴えている。
仲間たちに8・19原子力空母配備阻止の闘いを強化していくために今回の事態をただちに報告し、全国的な配備阻止にむけた陣形を広げていこう。 (Y)
コラム
立ち飲み屋
泊り明けの朝、仲間たちと立ち飲み屋に寄ることになった。いつもの店だ。近頃の立ち飲み屋はひと昔前と違って、なかなかのものである。そのメニューの豊富さは目をみはるものがある。もちろん「地酒」も置いてあり、値も手頃だ。なによりも、バラ銭しかなくても心落ち着けて飲めるのが良い。和風のショットバーといったところか。
梅田でよく知られているのは、JR大阪駅から地下街へ降りた階段横の立ち飲み屋である。串かつが中心だが、良い場所にあるので何時も混んでいて、ダークダックス状態でないと飲むことすらできない。立ち飲み屋の数は、この何年かの間に急速に増え、実に千差万別だ。個性的で、安くあげることのできる店を探し出すのが、中高年の密かな楽しみにさえなっているという。
その背景には、もちろん社会の格差が拡大し、貧困層の増大がある。誰でも、座布団や畳の上に座り、刺身や鍋で飲みたいのは言うまでもない。だが、それを可能にするだけの懐具合も時間的余裕もない。`働けど、働けど、我が暮らし楽にならず……aである。
ほんのひと時、いくばくかの金で疲れた心と体を休めることのできる立ち飲み屋は、今後も廃れることはないように思われる。「立ち飲み文化」なんぞが生まれるかもしれない。
「…あのマチムラとかイブキというのは何様じゃ。とぼけたフクダも首にせんとあかん。オザワも嫌いやけど」。小銭しかなく生気のなかった仲間の一人が活気づいてきた。「やっと元気が出てきたな。もう一杯で終われ。これからが本番やからな」と別の仲間が押さえにかかる。向かいのカウンターで、かなり酔っているオヤジがアルバイトの中国人留学生に噛み付き出した。「おまえとこ(の国)はどうなっとるんじゃ」。反論したくとも、かたことの日本語しか喋れない中国人留学生は睨みかえしている。「ここではその話はないことに」と店長が割って入った。「お、そうだった。ゴメン、かんにんな」。
今日は何時になく騒々しい。「つりは要らないよ」。数人の背広族がやっと店を出た。静かさを取り戻した店内で、客たちは互いに目を見合わせながら苦笑している。立ち飲み屋にもそれなりのルールがあるというものだ。そこには、我が黒沢の言う「唯我独尊」の入り込む余地はない。「あのつり銭で二杯は飲めるなー」。我が小銭の仲間が客たちの笑いを取ったところで店を出た。
それから、仲間たちはそれぞれ予定されたコースにしたがって散って行く。家路についた私もまた、これからが本番である。 (灘)
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