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                            かけはし2008.4.7号

「集団自決」体験者が沈黙を
破って発言してくれた成果だ

大江・岩波沖縄戦裁判一審完全勝訴


 【大阪】大江・岩波沖縄戦裁判は十二回の口頭弁論を経て、六十三年前に渡嘉敷島で「集団自決」が起きたと同じ三月二十八日に判決が言い渡された。被告大江健三郎氏・岩波書店の全面勝訴となり、名誉毀損は成立せず、書籍の出版差し止めの理由もないとした。
 午後二時から裁判報告会が開かれ、主催者である支援三団体から、村上明義さん(沖縄から平和教育を考える会)と、俵義文さん(首都圏の会)があいさつをした。村上さんは、「喜びは半分だ、文科省の検定意見の撤回まで闘う」と述べ、俵さんは、「文科省が教科書検定の根拠とした梅沢元隊長の陳述書が信用に値しないと判断したことは、文科省が誤っていたということだ。先進国のどこにもない日本の検定制度は、なくすか抜本的に変える必要がある」と述べた。
続いて、原告側の三十人の弁護団に比べ、わずか三人で法廷闘争を闘った大江・岩波側弁護団の報告に移った。秋山弁護士が判決の内容を説明した。
秋山弁護士は次のように語った。
 「昨年三月に教科書検定が発表され、そのことが重荷になった。判決のいろいろなパターンを考えたが、最高の判決だった。検定により、今まで沈黙していた多くの体験者が証言してくれたことが大きい。原告の梅沢陳述書、隊長は命令していないとの知念(元副官)・皆本(元中隊長)証言は信用できない、それに比べ、援護法適用のためねつ造されたと原告がいう「鉄の暴風」(沖縄タイムス社)、金城・吉川証言は信用できると判断した」。
 「被告側証言は、具体的で迫真性があり充分信用できるとした。『沖縄ノート』には隊長名の明示はないが、梅沢・赤松であると読めるとした。その上で、『太平洋戦争』・『沖縄ノート』は個人の中傷を目的としたものではなく、公益をはかるために出版されたとした」。

手りゅう弾配布は
命令なしに不可能

 「沖縄の三十二軍は防諜を重視していたこと、軍は上意下達の組織であること、大城訓導、米軍に保護された二少年、投降勧告に来た伊江島の男女六人が処刑されていること、米軍に捕まる前に自決せよと島で唯一の武器である手榴弾を配布していること、貴重な武器は隊長の指示なしに配布はできないこと、日本軍のいないところでは『集団自決』は起きていないこと、阿嘉島の野田隊長は自決せよと訓示した等の事実をあげて、隊長命令があったことが推認されるが、命令の伝達経路が判然としないため、命令それ自体まで認定することはできないとした」。
 「また、二〇〇五年度までの教科書検定の対応、学説では、隊長命令の存在は通説だったと指摘し、『太平洋戦争』では梅沢隊長命令の記述があるが、それが真実であると信じるについての相当の理由があると判断した」。

高く評価される
踏み込んだ判決

 近藤弁護士は次のように述べた。
 「踏み込んだ判決だ。その基礎には沖縄の人たちの証言がある。理論的には安仁屋政昭先生(沖縄国際大名誉教授)の合囲地境の論理を認めた。沖縄出張尋問は非公開ではあったが、判決に大きな影響を与えた。裁判官は多くの学説もよく研究してくれた」。
秋山弁護士は「自分はまだ若いが、沖縄の人たちの思いを直接肌で実感できた。若い世代では非常に少ないことだと思う。原告代理人が、法廷で『集団自決』を美しい死であったと笑みを浮かべて述べているのを聞いて、気持ちが悪かった。そのとき、こちらの主張が通ると思った」と感想を語った。
続いて、岡本厚さん(岩波書店)があいさつした。「被告は大江・岩波だが、真の標的は、軍隊は住民を守らないという沖縄戦争観だ。一番心配していたのは家永三郎さんの『太平洋戦争』だった。これは今や近代史の古典だ。これが出版差し止めにでもなれば、表現の自由・研究の自由が否定されことにもなる。検定は梅沢陳述書を根拠にしたが、文科省は判決をどう考えるのだろうか。裁判は次に続くが、今日は大勝利を喜びたい」と語った。

控訴審に向けて
運動の強化を

この後、安仁屋政昭さんが講演した。
 「裁判が始まったときは、沖縄の人も関心を持っていなかった。弁護士さんが何度も沖縄に来て、辛い話を聞いてくれた。それまでは、村史の編集が終わったらそれで終わりで、みんな読んでいなかった。へえ、そんなこともあったの?証言を深めてくれたのは沖縄高教組、歴教協、平和委員会、全国の九条の会。日本科学者会議は米国の資料を発掘してくれた。『正論』の攻撃にさらされながら、沖縄タイムスと琉球新報は新しい資料を発掘してくれた」。
「『集団自決』という言葉を若い世代が聞くと誤解する。戦前は自決といわず玉砕と言った。それを、『鉄の暴風』の編集の時、玉砕ではあまりにもむごすぎるといって、自決という言葉を使った。本当は強制集団死だが、それ以降『集団自決』は定着した」。
 「戦中、クリスチャンはスパイだと思われていた。だから処置された。沖縄の住民は信用できない、だからスパイになると思われていた。聴覚障害者は、砲弾が落ちても音が聞こえないから平気でいる。弾が落ちてくるところを知っていると思われスパイだと疑われた。軍は疑わしいものは処置する。この状況を具体的に知る必要がある」。
 「『集団自決』は虐殺と同じだ。親族殺し合いを『集団自決』と言ってきた。赤ん坊までが自決するか?それは強制・誘導による死だ。だから、『集団自決』という言葉は合わない。『集団自決』は座間味・渡嘉敷島以外でもある。サイパン、テニアン、満州でもあった。砲弾が飛び交う中で、命令に文書は使わない。口頭だ。地をはうように見るのも必要だが、俯瞰するように見るのも必要だ。控訴審に移るようだが、原告たちに、あそこまでやらなければよかった、と思わせるようにやりたい」。
このあと、質疑応答や意見表明が続き、最後に小牧さん( 沖縄戦裁判支援連絡会)が今後の運動について、@支援する会の組織を三つ以外にも全国に広げるA高裁に、事実審理はもう充分にされたから、事実審理をするなという趣旨の署名運動を展開するB沖縄の心を全国に伝えていくC教科書検定意見の撤回D研究・運動・教育の結合、の五点の提起をした。(T・T)


沖縄・米兵の性暴力に抗議する緊急行動
県民大会と連帯し銀座デモ

 三月二十三日、中学生の少女に対する米海兵隊員による性暴力事件に対する抗議の県民大会が沖縄県北谷町で開催されているのと呼応して、東京でも沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックが呼びかけた実行委員会が主催して「沖縄・米兵による性暴力事件に抗議する緊急行動」が、銀座の水谷橋公園で開催された。
 集会では、アジア女性資料センター、沖縄と連帯する神奈川女性の会、ふぇみん婦人民主クラブなど女性たちの運動団体が次々に発言した。アジア女性資料センターの本山央子さんは、事件の中で浮かび上がる性差別、被害者の分断を許さない、と訴えた。
 大雨の中で六千人が結集して開催されている北谷町の集会現場からは、基地・軍隊を許さない行動する女たちの会の高里鈴代さんから電話でのメッセージが届けられた。
 「超党派の集会にはなりませんでしたが、子どもや孫を連れた女性、赤ちゃんを抱いた母親などが次々に集まっています。PTAで参加しているところもあります。集会では日米両政府への要望として、日米地位協定の抜本的改正、米軍による人権犯罪の根絶、実効性ある再発防止策が打ち出されていますが、沖縄だけではなく日本全体の問題です。軍事に依存しない平和をつくることが私たちの目指すところです」。
 このアピールに大きな拍手で参加者が応えた。またフィリピン移住女性の組織である「ミズランテ日本支部」からも、フィリピン人女性への米兵による暴力に抗議し、共に闘おうというメッセージがよせられた。
 集会参加者は、百三十人で数寄屋橋交差点を通り日比谷公園までのデモを行い、チラシを配りながら道行く人々に訴えた。 (K)


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