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新しい「政治主体」の形成のために           かけはし2008.3.31号

民主労働党を中心とした大衆的進歩政党運動の歴史的終焉




党内論争がひと区切り

 2月3日、民主労働党非対委(非常対策委員会)の革新案が、いわゆる「自主派」の集団的な反対にあって否決された。続いて2月4日、シム・サンジョン非対委委員長をはじめとする非対委員全員が責任をとって辞退した。こうして先般の17代大選(大統領選挙)での敗北をめぐる民主労働党内部の論難は、ひと区切りがつけられた。
 だが2月3日に片が付いたのは「17代大選をめぐる評価」だけではない。87年以後、「韓国民主主義の最大の『制度的』成果」だったと評価されている、民主労働党を中心とした大衆的進歩政党運動も歴史的な区切りがつけられた。ところでその歴史的な区切りは労働者民衆運動の「新たな可能性」を創出するものではなく、ある議員が表現した「沈没するタイタニック」のように、事の終わりを告げるものだった。

「沈没するタイタニック」

 「自主派と思われる大多数の代議員たちが歓呼の声とともに革新案の否決を『祝いあった』という。非対委の革新案は「『従北』や一方的な責任押しつけ式の内容であり、事実上の『反北政党化』、『自主統一運動の全面否定』、『自主隊伍の不認定』で一貫」していると判断した、いわゆる自主派は、党大会を通じて組織的な結集力を誇示するとともに、「民主労働党内の最大勢力」であることを現実において再び立証してみせた。
 だが、そこまでだ。非対委を押し立てて大選での惨敗の責任をまぬがれ、またその非対委の革新案を否決させることによって自らの存在を実力によって立証し、「分裂分派主義の勢力を厳しく審判」したものの、まさにその審判の結果として彼らは沈没する民主労働党とともに歴史の深淵の中に沈み込むか、歴史の裏庭に消え去ることとなるだろう。もはや彼らが政治的にであれ組織的にであれ、多数であるがゆえに労働者民衆運動陣営を排他的に代表することは二度とないだろう。それは誰かをとがめることのできる問題ではなく、彼らの路線の現実的な結果なのだ。
 「革新案」の否決によって全員が辞退することになった非対委は「民主労働党に依然として古い秩序が強力に支配」しており、「変化は過去の代わりに未来を選択するとき可能」なのであり、その「未来」の姿は「国民の生活の中で(希望にあふれる)青い進歩を実現」することだ、と語った。また一部は「今、行うべきは沈没する船から脱出しようとする乗客を救助すること」だと語りつつ、新たな「進歩政党」という救命隊を自任して乗り出している。沈没する民主労働党が引き起こす激しい波を進歩政党という救命隊を通して切り抜けることができるかは、さらによく見守らなければならないが、その救命隊が労働者民衆陣営を「新たな」未来へと案内するのは難しいだろう。
 非対委であれ、「進歩政党」であれ、民主労働党の失敗あるいは大選での惨敗の原因について、「デモ党」、「民主労総党」、「親北党」という右翼的批判を全面的に受け入れ、評価したからだ。彼らは右傾化と改良主義化を「新たな未来」によって包装しているにすぎない。「第2の創党」、「独自の新党」であれ、その救命隊に合流したのは労働者民衆ではなく、一部の社民主義の政治勢力たちだけだ。彼らが新自由主義の世界化という巨大な資本の攻勢をかき分けて行くことが出来るのか、はたまた「国民の信頼」という名の下に資本の運動の下位パートナーとして便乗していくのかは、いずれにせよ彼ら自身の領分だ。

組織的再編が不可避

 今や、いわゆる「87年体制」はイ・ミョンバク政権の登場と民主労働党という改良主義的進歩政党運動の破綻によってひとつの区切りがつけられることとなった。労働者民衆運動陣営のどこであれ、また誰であれ、その責任から逃れることはできない。だが、以下の2点については、今や明らかな現実となった。
 まず、民主労働党は先の大選以後、党大会に至るまでに示した姿と態度とを通じてハッキリとさらけ出したように、もはや労働者民衆の政治的代表性を口にすることはできなくなった、という点だ。民主労働党はもちろん、民主労働党外の一部の論者たちが今日、民主労働党が直面した事態に接しながらも、依然として民主労働党は労働者民衆が守り維持していくべき大事な財産だという態度を示しているけれども、これは完全に時代錯誤的なものであり、手の平で空を遮れば太陽がなくなるとでも思い込んでいることにすぎない。民主労働党は少なくとも自分たち内部の問題でさえ手続き的あるいは形式的にも処理していく能力や意志がないことを満天下にそっくり暴露した。
 次に、今や労働者民衆陣営は民族主義陣営、社民主義陣営、反資本・社会主義陣営への組織的再編が不可避となった、という点だ。当分の間、それぞれは自らの立場と路線を整備し、組織をうち立て、さらには大衆的な検証を受けていくほかはない。これ以上、漠然とした「進歩」という名によってこのような政治路線の違いをごちゃごちゃにしてはならない。
 労働者民衆運動陣営の「団結」という名分の下に覇権主義的な連帯の秩序が強要されてはならない。今こそ自分たちの明確な政治的展望を前提として互いに論争し、競争し、また新たに連帯していけるようにならなければならない。その結果として今後10〜20年の労働者民衆運動を政治的に責任をとる新たな政治的主体が形成されなければならない。

 労働者の力も、この過程で反資本・社会主義の一政治勢力として自らの責任を果たしきるために努力していくであろう。
 2008年2月5日
 労働者の力

タン・ビョンホ国会議員が宣言
民主労働党脱党、総選挙不出馬、民主労総指導委員を辞任


 2月20日、タン・ビョンホ国会議員が民主労働党脱党を宣言した。あわせて来る総選(総選挙)に出馬せず、民主労総の指導委員も辞任する、と発表した。タン・ビョンホ議員は記者会見で、労働者の政治勢力化のために国会に入って行くと約束したが、その約束をキチンと守ることができなかったとして、すまないとの気持ちを伝えた。
 タン議員は、脱党の結論を下さざるをえなくなったのは民主労働党が危機の本質を洞察できていないからであり、その危機の本質は「労働者の政治勢力化の失敗がその第1」だと語るとともに、党の綱領や基本政策、それに当面の政治方針をもって労働現場で日常的に政治活動を遂行できる党員はいないし、また労働者大衆は行事や選挙の際、そして財政を調達するのに必要な対象へと転落してしまった、と批判した。
 また民主労総の(民主労働党への)排他的支持と民主労働党の労働部門での割り当て制は、結果的に党の質的発展を阻む逆機能として作用したのであり、タン議員自身が委員長だったときに民主労総がそのような決定を下した点についても反省しているという趣旨の評価をした。タン・ビョンホ議員は、「今やひとりの平凡な労働者に戻る」けれども、それが政治活動の中断を意味するものではないし、キチンとした労働者の政治勢力化のためにさらに身を賭していく、として記者会見を終えた。

政治勢力化の
失敗が理由

 4年前、国会の前で涙を流していたタン・ビョンホ議員の姿が思い出される。彼が願っていた政治勢力化を実現したからだったのだろうか。4年が過ぎた今日、タン・ビョンホ議員は、また涙を流している。あれほどに願っていた政治勢力化を実現できなかったこととともに。タン議員が流した今日の涙は、未来に再び流す悔恨の涙として再現されないことを望みたい。労働者の政治勢力化の道は「進歩政党」によって国会に進出するからといってできるものではない、という点を本当に知ることとなれば、そうすることができるだろう。(「労働者の力」第141号、08年2月26日付、「ヒム・ニュース」より)

「イ・ミョンバク政権」の発足によせて
「成功の時代」に対する社会的
沈黙と隠された「不都合な真実」

 イ・ミョンバクが大統領に当選するとともに多くの大衆がイ・ミョンバクの「経済再生政策」に対する期待感を表している。けれども年末のサムスン・原油流失事件から始まって利川での火災の惨事、国宝1号崇礼門(南大門)の火災事件、軍ヘリコプターの墜落死亡事故が1〜2カ月の間に堰を切ったように発生しているという状況にあっても、保守政治諸勢力の無視、責任放棄の行動は続けられてきた。
 最近の状況は、まるで90年代初めのキム・ヨンサム政権の執権初期にも似た状況が展開されているのではなかろうか、との心配さえしている。奴らの「リップサービスの饗宴」の中で、労働者民衆の実質的な安寧はいつも無視され後ろに追いやられており、成長第一主義による「危険社会」の徴候は至る所ではじけ出て恐怖の影を示している。
 「イ・ミョンバク政権」は、このような一連の事件、事故などが、自分たちが現在一層拍車をかけている新自由主義の柔軟化政策―各種の資本に対する規制緩和や社会的公共性を破壊する―の結果であることをあえて無視するか、あるいは目をつぶっている。いや、ノ・ムヒョン政権からさらに一歩進んで、資本に対する無制限特恵の保障のための方便とみなしているだろうことを隠してはいない。
 そして労働者民衆には「主人(持てる者たち)に付き従ってこそ、おこぼれをもらって生きていける」という脅し、過去数十年間、繰り返し使ってきた支配者たちの古い「成長のパイ」だけを乱発している。

新たな労働者
民衆の政治を

 「経済再生」の談論の核心的根拠である「成長(第一)主義」のために、社会的に必要な基本権、社会福祉と分配の正義、労働者民衆の暮らしの安定性や生態環境の保全の価値などはすべて無視されるか、副次化されている。これに加え、誰もがみんな知っているイ・ミョンバクの不正疑惑についても同様に、社会的に当然にも「隠してやるべき傷」ぐらいに考える。新政府の顔色うかがいはしないとしていたイ・ミョンバク特検チームの大言壮語も、ギマン的な「無嫌疑」によって終わった。大統領もお目こぼしなら総理や各大臣の投機や不正疑惑ぐらいは、奴らにとっては屁でもないのではないのか? そして攻守を変えた与野党の「取り引き政治」の中で今後、事件の背後にある真実は適当に隠され、再び縫合されるだろう。
 このような「不都合な真実」に対して無視しながら進められるイ・ミョンバク式の「成功の時代」に対する社会的沈黙は、「サムスン原油流失事件」と同様に西海(黄海)岸の白砂の中深くにしみ込んだ「油かす」のように、遠からずわれわれの暮らしと未来を破綻させる社会的災いとして舞い戻ってこざるをえない。われわれの暮らしと未来を破壊する新自由主義成長主義の亡霊、破局を招いている新たな支配勢力に抗して「反資本主義の旗じるし」を新たに掲げなければならない。
 ギマン的キム・デジュン、ノ・ムヒョン式のえせポピュリズムに10年間だまされ、再び「さらに悪い奴ら」のパイ遊びに労働者民衆の暮らしを抵当にとられることはできない。民主党、そして破産した民主労働党運動にとって代わる新たな労働者民衆政治の新風となって、凶暴な新自由主義の波状攻撃をかいくぐっていかなければならない。アプロ(前へ)!アプロ!(「労働者の力」第141号、08年2月26日付、コラム「ヒム・イヤギ」より)


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