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                            かけはし2008.3.31号

組合つぶしのために解雇通告 不正に怒るアルバイトの決起

ガソリンスタンドユニオンの闘い


フリーター全般
労組の取り組み

 三月二十日、東京・新宿の管理職ユニオン事務所で、「なめてくれやがった礼はたっぷりさせていただく FxxK関東礦油!GSU(ガソリンスタンドユニオン)連帯集会」が通常使われている会議室にブルーシートを敷いて座り込んで開かれた。今回の組合結成は、テレビカメラが四台も入るなどマスコミにも注目されていた。
 フリーター全般労組・梶屋大輔副委員長が「フリーター全般労組の組合員は六十人程で約十件の団体交渉を抱えている。ガソリンスタンドユニオンの結成は初めての在職の組合だ。許しがたいことに、三月二十五日にガソリンスタンドの閉鎖と解雇を言い渡されている。今後、東京・仙台・札幌・松本・名古屋・京都・大阪・広島・福岡・熊本でゴールデンメーデーウィーク行動を行う」と主催者あいさつを行った。続いて、コミュニティユニオン、社民党福島党首、NPOもやい、反貧困ネットワーク、ユニオンぼちぼち、派遣ユニオンからの連帯メッセージが紹介された。
 次に、鈴木剛さんが闘争の経過報告を行った。
 「勝間田・現分会長が今年一月に相談に訪れた。二〇〇七年十一月末日をもって旧経営会社・松田商店がスタンド事業から撤退。関東礦油株式会社に経営が引きつがれる。その際これまでの時給・勤務時間などは変更しないと約束。しかし、一月のシフトより急激な労働時間の削減に遭う。また、松田商店、関東礦油とも割増賃金未払い、雇用保険・社会保険未加入。引継ぎの際、雇用契約書の開示と社会保険の加入を申し入れるも未対応」。
 「ガソリンスタンドユニオンは組合員五人。全員アルバイトだがここでの働きで生計を立てている。職場は十一人で八人がアルバイトだ。アルバイトが職場を回している。二月二十七日、組合結成を通知・団交に行ったが、会社役員がいながらもアポをとってくれと失礼な対応をとった。さらに、三月一日にアメリカのサブプライムローン問題などで経営が悪化したとして、三月二十五日、セルフ化にともない、休業・アルバイト全員の解雇予告を郵送で通告してきた。明らかに組合つぶしの攻撃であり、人間の尊厳を取り戻すために闘う」。
 勝間田分会長が「会社側はなめた通知書を送ってきた。非常に怒っている。アルバイトの時間を減らし、正社員に残業を増やした。正社員は月三百時間働いているのに、三十時間しか残業代がつかないからだ。店長は何店舗も兼ねていて、そんな中で大ケガをする労災事故も起きている。自分だけの問題でない、自分の店舗だけではない。不正は許せない、アルバイトでも変えさせていきたい。この闘いは第一歩だ」と決意を語った。
 次に矢部史郎さんの基調講演と三浦仁士さん(フリーター労組)との対談が行われた。矢部さんは「家事労働や外国人労働者の労働が疎外されてきた。その価値観を変えていく歴史的、思想史的な闘いとフリーターの闘いはつながっている」と提起した。三浦さんは「仕事がなくなり、生活が困るのは働く者の自己責任だとされる。経営者は不必要になったら、簡単に解雇してくる。都合のいい時だけ、スポット派遣のような形で働かせる。こんな身勝手なことはない。恥を知れと言いたい」と語った。

支援の仲間から
も大きな期待

 参加した団体から連帯アピールが行われた。
 全国ユニオン・管理職ユニオンの安部さん。「どのように闘うか楽しみだ。資金的にもサポートしていきたい」。全労連非正規センター。「勝間田さんがぼくらだけではない、正社員もひどい扱いを受けていると発言したようにピラミッド型の支配を打ち壊す闘いだ。非正規の闘いが非常に重要になっている。ともに闘いたい」。
 全石油昭和シェル労組。「関東礦油は特約店のひとつ。十二〜三年前の規制緩和によって、原油の輸入自由化が起こり、四千人いた社員が千人を割る大合理化が進められた。特約店との関係ももともとはビジネスパートナーと位置付けられて、支援をしてきた。今は特約店に厳しくなり、一リットルあたり数円しかアガリがない。ガソリンスタンドだけではやっていけなくなっている。それにもかかわらず、昭和シェルは九百二十七億円の利益を上げ、会長の退職金は数億円にもなっている。夢を持って働ける職場をつくっていかなくてはならない」。
 全統一光輪モータース分会。「若い人はおとなしい、怒らないと言われている。そんなことはない。この闘いによって世の中よくなったと言わせたい」。神奈川県央ユニオン。「東林間ガソリンスタンドに電話をした。すると休業に入るが解雇ではなく転勤だと答えた。中国人研修生が残業代時給四百円で十七時間も働かせられる実態がある。経営者のひどい働かせ方を許さず闘う」。
 学校事務職員労組神奈川。「学校の中で少数派の組合だがまともな組合だ。労働組合は役立つ。東林間ガソリンスタンドは近くなので、自分の問題として取り組みたい」。このほか、憲法カフェ、連帯労働者組合、アントニオ・ネグリ招へい委員会、東京ユニオンが激励のあいさつをした。
 次に、グッドウィルでスポット派遣で働いていた攝津正さんが津軽三味線で激励演奏をした。最後に、勝間田さんが「今日の集会でたいへん力づけられた。第一回の団交の時、アルバイトも正社員と同じ人間だから、きちんとした対応をしてほしいと言ったら、会社側は鼻で笑っていた。こんな会社と闘わない理由はない。困ったなということはあるがつまんない、面倒くさいということはない。やっと当事者になれた。今後楽しんで闘いをやっていきたい」と決意表明した。最後に「勝つまで、がんばろう」とシュプレヒコールで確認した。     (M)



荒川国際平和展を開催
平和運動への広範な結集めざし今年も充実した企画


 【東京東部】三月一日から二日、恒例の「荒川国際平和展」が東京・荒川区町屋駅前の「ムーブ町屋ギャラリー」で開催された。二〇〇〇年に始まったこの企画展も今年で八年、九回目の開催となる。東京大空襲があった三月十日を前後して会場が確保され、入場無料で参加できる。
 一日目の午後、映画「第五福竜丸」(新藤兼人監督・1959年)が上映された。一九五四年、ビキニ環礁の水爆実験で被爆した「第五福竜丸事件」の全容を再現した作品で、約三十人の参加者が鑑賞した。

第五福龍丸被曝
と「あたご」事件

 一九五四年、焼津港を出た漁船第五福竜丸は、三月一日の午前三時四十二分、ビキニ環礁においてアメリカの水爆実験に遭遇。二十三人の漁師たちは真っ白な「死の灰」を浴びる。三日後、船員たちの皮膚は黒色に変わり、吐き気や脱毛が始まった。帰港後、医師の診断により原爆症と判明。マスコミの報道、専門家の調査と診察。焼津は蜂の巣を突いたような大騒ぎになり、世界中の視線が焼津に集中した。
 宇野重吉、乙羽信子、殿山泰司らベテラン俳優が出演したモノクロ映画。観客を感動させるのは、作品そのものの力もある。奇しくも二月十九日には、房総半島沖で海自の最新鋭イージス艦「あたご」が漁船「清徳丸」に衝突するという許しがたい事故が起きたばかり。漁船の船体は真っ二つに裂かれ、乗っていた親子二人はいまだ行方不明だ。メディアが親子の無事を祈る地元の切実な声を伝える一方で、「軍の論理」に支配された自衛隊の横暴さが、またしても明らかになった。
 映画の中で、病状が悪化していく無線長の久保山愛吉さん(宇野重吉)の回復を祈る家族、漁師たち。全国民的な支援と激励運動に発展するその過程と、事故現場周辺で懸命の捜索を続ける地元漁協仲間の姿が、スクリーンで重なる。久保山さんが危篤に陥るクライマックス。どこからともなくすすり泣きが聞こえてくる。実行委は開催日が「ビキニデー」だとして、この映画を「あたご事件」以前に選んでいた。こうした名画に触れられるのも、平和展の魅力といえるだろう。

北朝鮮水害被害
者への救援活動

 引き続き、「北朝鮮人道支援ネットワーク」(ハンクネット・ジャパン)による報告が行われた。ハンクネットは二〇〇〇年から北朝鮮の子供たちへの粉ミルク支援を続けてきたグループ。昨年も平和展に参加し、北朝鮮の現状をビデオも交えて報告した。
 〇七年八月上旬、北朝鮮では未曾有の大水害が起こった。死者・行方不明者六百余人、被災者九〇万人、全半壊の家屋二十三万四千戸。農地の一一%が水に浸かった。
 ハンクネットの米津篤八さんは昨年十月下旬から十一月初旬にかけて緊急支援で訪朝した。日本政府の経済制裁によって万景峰号が新潟に寄港できないため、高価な航空便を、しかも四回も乗り継いで現地に赴いた。スクリーンに映る平壌の街は秋の深まりを感じさせる。市内を見る限りでは水害の影はない。目的の平壌市育児院では、前回訪問時よりも子供たちの顔色がよく、大きくなっていた。カメラは平壌市内、施設をめぐり、帰路のモスクワ行き国際列車の車窓の風景を映し出す。上映後、参加者との質疑応答も活発に行なわれた。
 〇五年に起きたアメリカのハリケーンは、日本でも繰り返し大きく報道され、官民あげての支援や募金が行なわれた。しかし隣国北朝鮮の昨年の水害は――しかも被害はアメリカより深刻――ほとんど伝えられず支援も行なわれていない。それどころか経済制裁によって、在日の人々の往来すらままならない。米朝が和解への歩み寄りを始め、欧米各国は直接的な北朝鮮支援を続けている。日本政府のこの冷淡さはいったい何を意味するのか。近いうちにアメリカは北と国交を結ぶ。その時に日本政府はいったいどうするのか。「人道支援」とは、まさに政治問題と切り離して、無条件に行なわなければならない性格のものだ。
 米津さんはこのように述べ、北朝鮮に対する日本政府の対応を批判した。

子供たちの合唱隊
が公開レッスン

 二日目のプログラムは「区民平和音楽祭」。過去何度か参加した荒川少年少女合唱隊は今回、「公開レッスン」を披露。演目は組曲「生命の木、空へ」と「ぞうれっしゃがやってきた」の二曲。指揮者から厳しくも暖かい指導が飛ぶ。後者は戦時中、激しい空襲に遭った名古屋で、軍の支配下に置かれ、動物の処分命令を受けた東山動物園の物語。園長や飼育係の必死の努力で命を守られた動物たち。それをひと目見ようと全国から子どもたちの夢と希望を乗せた「ゾウ列車」が、名古屋へ向けて走り続けた。
 合唱指導は参加者の想像を超える、厳しく細かいものだった。一生懸命に歌う子供たちの澄みきった力強い歌声に、スタジオ内は本番のような感激に包まれた。来る三月二十三日には、サンパール荒川大ホールで「未来へのひびき2008」と題するコンサートが開かれ、子供たちは「平和のひびき」というプログラムで合唱曲の本番を迎える。同合唱隊では過去、丸木美術館や千鳥が淵・昭和館などを訪れるツアーを企画したり、原爆についての勉強会などを開催し、戦争と平和の意味を考える機会を意識的につくっている。
 一月の「1・26グローバルアクション」でも参加者を魅了した東京朝鮮第一初中級学校舞踏部の民族舞踊が披露された。続いて浅見洋子さんによる東京大空襲を語り継ぐ詩の朗読。幡ゆきさんのギター演奏。締めくくりはおなじみ「風見鶏」によるナツメロ合唱。今年も「イムジン河」「りんごの歌」など数曲を合唱した。
 常設展示も充実。イラク・パレスチナ・チェチェンの子供たちが描いた絵が広く飾られた。東京大空襲、尾久初空襲はもちろん、昨年の沖縄での「十一万人集会」や高江のヘリパッドに反対する闘いの写真。初回からの平和展の様子を記録した写真は今回初めて展示された。読書コーナーでは、なかなか入手できない反戦運動や平和運動の豊富な書籍、資料集が多数置かれ、自由に閲覧できる。
 会場側からのさまざまな規制が強化されるなか行なわれた今年の平和展。変わるものがあり、変わらないものもあり、無事に閉幕した。毎年、さまざまな市民団体が参加し、展示や報告を行なっている。単調に見える展示物も各団体が持ちより、会場に溶け込ませている。
 私は実行委員として初年度から参加している。毎年開催日が迫るとあわてて準備をする。それでもこの企画展では必ず新しい発見や、得るものがある。慣れ親しんだスタッフのあうんの呼吸。終わったあとの祝杯と総括が、次年度へのエネルギーにもなる。四月二十日午後二時から、尾久橋の荒川区側高架下で「尾久初空襲の犠牲者追悼会」が開催される。この集いも平和展とセットで毎年行なわれている。    (S)


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