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マルクス=エンゲルスの共産主義と過渡期 ― 抜き書きとノート |
― 目 次 ―
T 「過渡期」と「共産主義社会」の二つの段階
1 マルクスの「ゴータ綱領批判」
2 プレオブラジェンスキーのとらえ方
3 レーニンとプレオブラジェンスキー
U 共産主義
1 「共同の生産手段」にもとづく「協同社会」
2 『資本論』の想定
3 資本主義社会から生まれたばかりの協同社会
4 協同社会の別の側面 − 分業と階級の廃止
5 分業の廃止と都市と農村の対立の廃止
V 資本主義から共産主義への過渡期
1 「一つの世界革命」
2 世界市場における資本主義の克服
3 階級的独裁と過渡期
4 コミューンの可能性
W 過渡期の諸問題
1 過渡期の問題への慎重なアプローチ
2 過渡的方策・施策・措置
3 資本の収奪と生産手段の国家への集中
4 農業の共同化と農民的土地所有
5 過渡期の経済管理を準備する資本主義
6協同組合による経営の可能性
X 過渡期と価値法則
1 過渡期の過程そのものについて
2 過渡期と商品経済
3 過渡期と価値法則の死滅
T 「過渡期」と「共産主義社会」の二つの段階
1 マルクスの「ゴータ綱領批判」
資本主義から社会主義への過渡期と共産主義の問題についてマルクスとエンゲルスが占める位置について見てみよう。
マルクスの「ゴータ綱領批判」(一八七五年)には「共産主義社会の第一段階」と「共産主義社会のより高度の段階」という有名な定式化があり、それは次のようにまとめられている。
@ 「資本主義社会から生まれたばかりの共産主義社会の第一段階」
「生産手段の共有を土台とする協同組合的社会の内部では、生産者はその生産物を交換しない。‥生産物に支出された労働がその生産物の価値として、すなわちその生産物にそなわった物的特性として現れることもない。‥いまでは資本主義社会と違って、個々の労働は、もはや間接にではなく直接に総労働の構成部分として存在している。」
「この共産主義社会は、あらゆる点で、経済的にも道徳的にも精神的にも、その共産主義社会が生まれ出てきた母体たる旧社会の母班をまだおびている。したがって、個々の生産者は、彼が社会にあたえたのと正確に同じだけのものを
− 控除したうえで − 返してもらう。個々の生産者が社会にあたえたものは彼の個人的労働量である。」
「たとえば、社会的労働日は個人的労働時間の総和からなり、個々の生産者の個人的労働時間は社会的労働日のうちの彼の給付部分、すなわち社会的労働日のうちの彼の持分である。個々の生産者はこれこれの労働(共同の元本のための彼の労働分を控除したうえで)を給付したという証明書を社会から受けとり、この証明書をもって消費手段の社会的貯蔵のうちから等しい量の労働が費やされた消費手段を引きだす。個々の生産者は、自分が一つのかたちで社会にあたえたのと同じ労働量を別のかたちで返してもらう。」
「ここでは明らかに、商品交換が等価物の交換であるかぎりでこの交換を規制するのと同じ原則が支配している。‥‥個人的消費手段が個々の生産者のあいだで分配されるさいには、商品等価物の交換の場合と同じ原則が支配し、一つの形の労働が別のかたちの等しい量の労働と交換されるのである。」「だから、ここでは平等の権利はまだやはり
− 原則上 − ブルジョア的権利である。」
A 「それ自身の土台の上に発展した」「共産主義社会のより高度の段階」
「個人が分業に奴隷的に従属することがなくなり、それとともに精神労働と肉体労働との対立がなくなった後、労働がたんに生活のための手段であるだけでなく、労働そのものが第一の生命欲求となった後、個人の全面的な発展にともなって、その生産力も増大し、協同的富のあらゆる泉がいっそう豊かに湧きでるようになった後、
− その時はじめてブルジョア的権利の狭い限界を完全に踏みこえることができ、社会はその旗の上に次のように書くことができる、
− 各人はその能力に応じて、各人にはその必要に応じて!」(以上、『マルクス・エンゲルス全集』一九巻、一九〜二〇頁)
この記述があるのは「ゴータ綱領批判」の第一章である。
そして最後の第四章では、さらに「国家制度は共産主義社会においてどんなふうに変わるか。‥いいかえれば、そこでは今日の国家機能に似たどんな社会的機能が残るか」と問題を提出し、次のように述べられている。
「資本主義社会と共産主義社会とのあいだには、前者から後者への革命的転化の時期がある。この時期に照応してまた政治上の過渡期がある。この時期の国家はプロレタリアートの革命的独裁以外のなにものでもない。」
これにつづいて、「この(ゴータ)綱領は、この後者(=「この時期の国家」)についても、共産主義社会の国家制度についても、なにも論じていない」と述べられている(以上、同上二八〜二九頁)。
ここで述べられている「資本主義社会と共産主義社会のあいだ」の「革命的転化の時期」、それに照応した「政治上の過渡期」、「国家」が「プロレタリアートの革命的独裁」である時期は、第一章で述べられている「資本主義社会から生まれたばかりの共産主義社会の第一段階」と区別された独自の時期として主張されているようである。
したがって、「ゴータ綱領批判」のマルクスは、資本主義から共産主義にいたる全過程について、「資本主義社会と共産主義社会のあいだ」の「革命的転化の時期」としての「過渡期」とそれにつづく共産主義社会の「第一段階」と「より高度の段階」に区分して考えていたといえるだろう。
このことは、マルクスの『フランスの階級闘争』(一八五〇年)にある次のような記述からも明らかだろう。
「プロレタリアートはますます革命的社会主義の周囲に結集しつつある。すなわち、ブルジョア自身がそれにたいしてブランキーなる名称をあたえた共産主義の周囲に結集しつつある。この革命的社会主義が主張するところは、革命の永続宣言であり、革命の階級的独裁である。すなわち、階級の区別一般の廃止、階級の区別の基礎となっている現在の全生産関係の廃止、これらの生産関係に対応する現在の全社会関係の廃止、そしてその社会関係から発生するすべての観念の変革のための必然的な過渡期としてのプロレタリアートの階級的独裁である。」(『全集』七巻、八六頁)
レーニンの『国家と革命』(一九一七年)は、その第五章「国家死滅の経済的基礎」で「ゴータ綱領批判」の国家と共産主義に関する部分を取り上げている。そこでは、必ずしも明白かつ意識的に指摘されていないが、やはり「資本主義から共産主義へ移行する特別の段階あるいは特別の時期」を「プロレタリアートの独裁、すなわち共産主義への過渡期」とし、「共産主義社会の低度と高度の段階」から区別しているようである。
また『国家と革命』では、「共産主義社会の第一段階」は、「生産手段はもはや個々人の私有でなく」「社会全体に属し」、「資本家はもはやなく、階級はもはやない」「社会主義」としてとらえている。やはり明白に述べられていないが、この「社会主義」のもとでは、一つの社会階級としての小ブルジョアジーはもはや消滅しているだろう。なぜなら、「生産手段はもはや個々人の私有でなく」、「階級はもはやない」ということであれば、資本家的所有者階級のみならず、独立的小所有者層としての小ブルジョアジーも存在しないことになるからである。
2 プレオブラジェンスキーのとらえ方
ところで、『新しい経済』の著者であるプレオブラジェンスキーは、一九二五年、ロシア十月革命と新経済政策(ネップ)の経験の上で、資本主義から共産主義にいたる全過程に関するマルクスとエンゲルスの考えをかなり包括的に検討しており、そこで当然にもマルクスの「ゴータ綱領批判」も取り上げている(プレオブラジェンスキー『社会主義とは何か
− 過渡期論の思想史的展開』、第二章「共産主義者たち」の「マルクスとエンゲルス」、柘植書房刊)。
プレオブラジェンスキーはその最初の部分で次のように述べている。
「完成された共産主義社会は資本主義と共産主義のあいだにある過渡期諸形態と絶対に区別されねばならないという考えを述べたのは、マルクスが最初である。……マルクスには、社会主義と共産主義のあいだの区別について確定的な叙述は見いだされない。しかし、後の一連の考察から、彼が社会の発展のこの二つの段階を区別していることが見てとれる。彼は、この二つを、社会主義ではなお階級が存在し、またその結果、国家も存在するという点だけでなく、社会主義と共産主義では生産と分配の制度が異なるという点でも区別している。さらに、これに加えて、マルクスには資本主義から社会主義への(共産主義へのではない)過渡期の諸施策と呼びうるものが見いだされる。」(同上書七一頁)
ここでまず目につくのは、社会主義に関するレーニンとプレオブラジェンスキーの違いである。
プレオブラジェンスキーによれば、「社会主義ではなお階級が存在し、またその結果、国家も存在する」のである。
しかし、レーニンの『国家と革命』が想定する社会主義には「階級はもはやない」のである。また、この段階の国家について『国家と革命』は次のように述べている
− 「どの階級を抑圧することもできないというかぎりでは国家は死滅する。しかし、国家はまだ完全に死滅したのではない」、「国家が完全に死滅するためには、完全な共産主義が必要である」、「生産手段の共有を保護しながら、労働の平等と生産物分配の平等を保護する国家の必要はなお残っている」と。
プレオブラジェンスキーは、「ゴータ綱領批判」を直接に取り上げた部分で、「共産主義社会の第一段階」について、それは「社会主義、すなわち、すでに搾取階級は基本的に解体されているものの、社会の階級分化はなお解消されておらず、まさにそれゆえに国家がなお存在し、分配制度もなお資本主義的秩序の“母班”をおびているような社会制度なのである」と述べている(一〇二頁)。「すでに搾取階級は基本的に解体されているものの、社会の階級分化はなお解消されて」いないとすれば、この「社会主義」のもとでは独立的小所有者層としての小ブルジョアジーが一つの社会階級としていまだ存在しているとことになる。
プレオブラジェンスキーは、このような立場から、「“共産主義の第一段階”が、マルクスが別の個所で、資本主義社会から共産主義社会への“革命的改造の時期”、“国家がプロレタリアートの革命的独裁以外の何ものでもありえない”時期と呼んでいる、まさにその時期であることは、この章句の意味からしてもまったく明白である」と述べている(一〇二頁)。
こうして、プレオブラジェンスキーの考えでは、マルクスが指摘している「資本主義社会から共産主義社会のあいだ」の「革命的転化の時期」、それに照応した「政治上の過渡期」、「国家」が「プロレタリアートの革命的独裁」である時期は、「共産主義社会の第一段階」=社会主義とそのまま重なり、そこに区別はないのである。
3 レーニンとプレオブラジェンスキー
マルクスが述べている「共産主義社会の第一段階」をめぐる「階級はもはやない」とするレーニンの「社会主義」と「社会の階級分化はなお解消されて」いないとするプレオブラジェンスキーの「社会主義」の相違について、どうのように考えるべきだろうか。
その鍵は、「ゴータ綱領批判」で「共産主義社会の第一の段階」について言及している部分の冒頭にあるだろう。そこでは、引用を繰り返すことになるが、次のように述べられている。
「生産手段の共有を土台とする協同組合的社会の内部では、生産者はその生産物を交換しない。……生産物に支出された労働がその生産物の価値として、すなわちその生産物にそなわった物的特性として現れることもない。……いまでは資本主義社会と違って、個々の労働は、もはや間接にではなく直接に総労働の構成部分として存在している」と。
ところで、「社会の階級分化はなお解消されて」おらず、生産・流通・サービス部門で独立的小所有者層が一つの社会階級としていまだ存在しているとすれば、そのような社会は、「生産手段の共有を土台」とし、「個々の労働」が「直接に総労働の構成部分として存在する」ような「協同組合的社会」というマルクスの想定と一致しない。
独立的小所有者層は生産・流通・サービスのための手段を私的に所有しているし、それらを手段とする労働は個別的・私的であり、生産手段の共有にもとづく「協同組合的社会」の「総労働の構成部分」として直接に存在するということはありえない。独立小所有者層の生産物やサービスは必然的に商品として提供され、結局のところ価値法則にもとづく商品市場を媒介にして社会の「共有」部門の生産物やサービスと交換されねばならない。つまり商品交換は存続しつづけるし、こうして「生産物に支出された労働がその生産物の価値として、すなわちその生産物にそなわった物的特性として現れることもない」ということは完全には実現されえない。
エンゲルスは、「フランスとドイツにおける農民問題」という論文(一八九四年)で、生産手段の「個別的所有」と「共同所有」について次のように述べている。
「生産手段の所有はただ二つの形態でしかおこなうことができない。すなわち、個別的所有 ― この形態はかつてどこでも生産者全体について存在したことはなく、また工業の進歩によって日ごとにますます不可能にされている
― としてか、それとも共同所有 ― この形態の物質的および知的諸前提は資本主義社会そのものの発展によってすでにつくりだされている
― としてか、そのどちらかである。だから、プロレタリアートの自由になるあらゆる手段で生産手段の集団的取得をたたかいとらねばならない……。」
「だから、ここでは生産手段の共同所有が獲得すべきただ一つの主要目標としてかかげられている。これは、そのための基盤がすでに整っている工業についてだけでなく、全体的に、したがって農業についてもあてはまる。……どのみち工業の進歩がそれを取りのぞくので、個別的所有を維持するのではなく、それを取りのぞくことが社会主義の利益である。個別的所有は、それが存在しているところでは、また存在しているかぎり共同所有を不可能にするからである。」(『全集』二二巻、四八七頁)
こうして、「協同社会」の基礎たるべき「生産手段の共同所有」は、農業部門における独立的小所有者層の克服もその前提として想定している。
さらに、先に引用している「階級の区別一般の廃止、階級の区別の基礎となっている現在の全生産関係の廃止、これらの生産関係に対応する現在の全社会関係の廃止、そしてその社会関係から発生するすべての観念の変革のための必然的な過渡期としてのプロレタリアートの階級的独裁」(『フランスの階級闘争』)というマルクスの記述からしても、社会主義についてはプレオブラジェンスキーでなくレーニンの『国家と革命』が正しいだろう。
また、プレオブラジェンスキーが想定している「すでに搾取階級は基本的に解体されているものの、社会の階級分化はなお解消されて」いず、まだ「階級が存在し、またその結果、国家も存在する」時期は、「共産主義社会の第一段階」=社会主義でなく、むしろ「資本主義社会から共産主義社会のあいだ」の「革命的転化の時期」としての過渡期、「国家」が「プロレタリアートの革命的独裁」である時期になるだろう。
こうして、プレオブラジェンスキーの『社会主義とは何か』の論述には、一定の理論的混乱がみられるようである。
だが、資本主義から社会主義への過渡期と社会主義ならびに共産主義に関するマルクスとエンゲルスの考えを全体的にとらえようとするとき、この著作は非常に重要である。
この点についてプレオブラジェンスキーは次のように述べている。
「『ゴータ綱領批判』のうちの当該の数ページと折りにふれての若干の考察を別にすれば、マルクスが未来社会の諸関係にふれている章句の大多数は資本主義制度の科学的分析の延長である。」「マルクスが、科学的予見というかたちで、また作業仮説というかたちで……社会主義について、少なくともその一般的諸傾向についてかなりまとまった観念を持っていたことは疑いない。しかし、…われわれがその著作に見いだすのは、断片か…きわめて一般的で最高度に抽象的な定式化だけである。とはいえ、これらの断片をすべて組み立ててみると、…この問題をとくに考慮することなくマルクスの著作をざっと読んだ場合よりも、はるかに多くのものをえることができる」し(六八〜七〇頁)、「一定の体系に整えられるならば、純粋の引用だけがこの問題に関する彼らの諸見解について正しい考えをわれわれにあたえる」と(同上、九七頁)。
この指示にしたがって、以下の論述を進めることにしよう。時期の違い ― とくに一八四八年革命期と一八七〇年代以降 ― がしばしば重要な意味をもつので、以下においてマルクスとエンゲルスから引用するさい執筆時期をできるだけ明記することにする。
U 共産主義
1「共同の生産手段」にもとづく「協同社会」
プレオブラジェンスキーの『社会主義とは何か』は、「社会主義的生産」と商品経済・価値法則の関係について次のように述べている。
「生産の社会主義的組織の問題とは、……同時に、……商品経済の止揚の問題、すなわち商品経済の内部にひそみ、それを自然発生的に規制している原理、つまり価値法則の廃棄とこの法則およびその作用を経済の社会的記帳によって交替するという問題である。マルクスとエンゲルスのさまざまな著作において、無政府的商品生産と計画化された社会主義的生産というまったく一般的に定式化された対照がひんぱんに見いだされる」と(『社会主義とは何か』八二頁)。
プレオブラジェンスキーはつづけてエンゲルスの『反デューリング論』(一八七六〜七八年)から引用しているが、そこでエンゲルスは次のように述べている。
「いったんその本性を把握すれば、協同社会に結合した生産者たちの手で、これらの生産力を悪魔的な支配者から従順な召使に変えることができる。……今日の生産力をついに認識されたその本性におうじて取り扱うようになれば、社会的生産の無政府性にかわって、全社会および各個人の欲望におうじた生産の計画的な社会的規制が現れる」と(『マルクス・エンゲルス全集』二〇巻、二八八〜九頁)。
また『反デューリング論』では、「社会が生産手段を掌握するとともに、商品生産は廃止され、それとともに生産者にたいする生産物の支配が廃止される。社会的生産内部の無政府状態にかわって、計画的・意識的組織があらわれる」とも述べられている(同上全集』二〇巻、二九二頁)。
そこで、「生産の計画的な社会的規制」、「商品生産を廃止」した「社会的生産」の「計画的・意識的組織」の方法はどうなるのだろうか。
プレオブラジェンスキーは、「生産の規制者としての価値法則の廃棄について、および社会主義社会ではそれぞれの生産物種類の生産に必要な社会的必要労働の規定を直接的な方法でおこなうことの必然性」について、まず最初に『反デューリング論』から引用している。
この点は「ゴータ綱領批判」でも取り上げられている重要な問題なので、プレオブラジェンスキーよりも詳細にエンゲルスから引用する。
「社会が生産手段を掌握し、生産のために直接に社会的に結合してその生産手段を止揚するようになったそのときから、各人の労働は、その特殊な有用性がどんなに様々であっても、はじめから直接に社会的労働となる。そうなれば、ある生産物にふくまれる社会的労働の量を回り道して確かめるには及ばない。平均的にどれだけの社会的労働が必要かということは、日々の経験が直接に示してくれる。」
「だから、……生産物に投入された労働量が社会には直接かつ絶対的にわかっているのに、その後も相変わらず、以前に便法としてやむをえなかった単なる相対的で動揺的で不十分な尺度、すなわちある第三の生産物でそれを表現し、その自然的で十全な絶対的尺度である時間で表現しないということは、社会にとって思いもよらないことである。」「社会は生産物にどんな価値も付与しない。」
「社会は、生産手段 ― これにはとくに労働力もはいる ― におうじて、その生産計画をたてねばならないだろう。結局は、種々の使用対象の効用が、
― それらをたがいに比較秤量し、またそれらの生産に必要な労働量とも比較秤量したうえで ― 生産計画を決定するだろう。人々は、高名な“価値”の仲立ちによらないでも、万事をしごく簡単にやっていくだろう。」
この最後の点について、エンゲルスは次のように付記している ― すなわち、「生産について決定をおこなう際に効用と労働支出を比較秤量することが経済学の価値概念のうちから共産主義社会に残るすべてであるということは、私がすでに一八四四年に述べたところである(『独仏年誌』掲載の「国民経済学批判大綱」)。だが、この命題の科学的基礎づけは……マルクスの『資本論』によってはじめて可能になった」と(以上、同上三一八〜九頁)。
この問題について、プレオブラジェンスキーはつづけてマルクスの『資本論』第一巻(一八六七年)から引用している。そこでマルクスは次のように述べている。
「共同の生産手段で労働し、自分たちのたくさんの個人的労働力を自分で意識して一つの社会的労働力として支出する自由な人々の結合体を考えてみよう。」「この結合体の総生産物は一つの社会的生産物である。この生産物の一部分は再び生産手段として役立つ。それは相変わらず社会的である。しかし、もう一つの部分は結合体成員によって生活手段として消費される。その分配の仕方は、社会的生産有機体そのものの特殊な性質とそれに対応する生産者たちの歴史的発展度につれて変化するだろう。」
「商品生産と対比してみるために、……各生産者の手にはいる生活手段の分け前は各自の労働時間によって規定されているものと前提しよう。そうすれば、労働時間は二重の役割を演ずることになる。労働時間の社会的に計画的な配分は、いろいろな欲望にたいするいろいろな労働機能の正しい割合を規制する。他面では、労働時間は、同時に、共同労働への生産者の個人的参加の尺度として役立ち、したがってまた共同生産物中の個人的に消費されうる部分における生産者の個人的分け前の尺度として役立つ。人々が彼らの労働や労働生産物にたいしてもつ社会的関係は、ここでは生産においても分配においてもやはり透明で単純である。」(『マル・エン全集』二三a巻、一〇五頁)
マルクスは、その少し後で、「社会的生活過程、すなわち物質的生産過程の姿は、それが自由に社会化された人間の所産として人間の意識的計画的制御のもとにおかれたとき、はじめてその神秘のベールを脱ぎ捨てる」と述べている(同上一〇六頁)。
『資本論』第一巻(一八六七年)で述べられている「共同の生産手段で労働し、自分たちのたくさんの個人的労働力を自分で意識して一つの社会的労働力として支出する自由な人々の結合体」と、『反デューリング論』(一八七六〜七八年執筆)で述べられている「社会が生産手段を掌握し、生産のために直接に社会的に結合してその生産手段を止揚するようになった」そのような「協同社会」は、どちらも「ゴータ綱領批判」(一八七五年執筆)で述べられている「共産主義社会の第一段階」としての「生産手段の共有を土台とする協同組合的社会」と同一である。レーニンは、この「共産主義社会の第一段階」が「社会主義」であるといいなおした。
2 『資本論』の想定
先に引用しているように、「ゴータ綱領批判」では次のように述べられている。
「この共産主義社会」において「社会的労働日は個人的労働時間の総和からなり、個々の生産者の個人的労働時間は社会的労働日のうちの彼の給付部分、すなわち社会的労働日のうちの彼の持分である。個々の生産者はこれこれの労働(共同の元本のための彼の労働分を控除したうえで)を給付したという証明書を社会から受けとり、この証明書をもって消費手段の社会的貯蔵から等しい量の労働が費やされた消費手段を引きだす。個々の生産者は、自分が一つのかたちで社会にあたえたのと同じ労働量を別のかたちで返してもらう。」
この記述が、『資本論』第一巻で想定した「自由な人々の結合体」における分配方式 ― 「労働時間は、同時に、共同労働への生産者の個人的参加の尺度として役立ち、したがってまた共同生産物中の個人的に消費されうる部分における生産者の個人的分け前の尺度として役立つ」
― の繰り返しであることは明白である。この点に関連して、『資本論』第二巻では次のよう述べられている。
「(資本主義的生産を克服した)社会的生産では貨幣資本はなくなる。社会は労働力や生産手段をいろいろな事業部門に配分する。生産者たちは、たとえば指定券を受けとって、それと引き換えに社会の消費用在庫から自分たちの労働時間に相当する量を引き出すことになるかもしれない。この指定券は貨幣ではない。それは流通しないのである」と(『全集』二四巻、四三八頁)。
そのような社会における二つの所有 ― 共同的・社会的所有と個人的所有 ― について、『資本論』第一巻で「資本主義的所有から社会的所有への転化」の問題として次のように述べられている。
「労働者がプロレタリアに転化され、彼らの労働条件が資本に転化され、資本主義的生産様式が自分の足で立つようになれば、それから先の労働の社会化も、それから先の土地やその他の生産手段の社会的に利用される生産手段すなわち共同的生産手段への転化も、したがってそれから先の私有者の収奪も一つの新しい形態をとるようになる。今度、収奪されるのは、……多くの労働者を収奪する資本家である。」「資本主義的生産様式は……それ自身の否定を生みだす。……この否定は私有を再建しない。しかし、資本主義時代の成果を基礎とする個人的所有をつくりだす。すなわち、協業と土地の共有、そして労働そのものによって生産される生産手段の共有を基礎とする個人的所有をつくりだす。」(『全集』二三b巻、九九三〜五頁)
この「個人的所有」は、「共同生産物中の個人的に消費されうる部分における生産者の個人的分け前」(『資本論』第一巻) ― 「社会的労働日のうちの彼の給付部分」から「共同の元本のための彼の労働分」を控除した「労働量」に対応する「消費手段」(「ゴータ綱領批判」)であるだろう。
そして、このような社会で必要とされる労働そのものについて、『資本論』第一巻では次のように述べられている。
「資本主義的生産形態の廃止は、労働を必要労働だけに限ることを許す。とはいえ、その他の事情が変わらなければ、必要労働はその範囲を拡大するだろう。なぜなら、一方では、労働者の生活条件がもっと豊かになり、彼の生活上の諸要求がもっと大きくなるからである。また他方では、今日の剰余労働の一部分は必要労働として、すなわち社会的な予備財源と蓄積財源の獲得に必要な労働に数えられるだろう。」(同上、六八六頁)
またプレオブラジェンスキーの『社会主義とは何か』には『資本論』第三巻から次のような引用がある。
「剰余労働一般は、与えられた欲望の程度をこえる労働としてはいつでもなければならない。資本主義制度や奴隷制度などのもとで、それはただ敵対的形態だけをとり、社会の一部分のまったくの不労によって補足される。一定量の剰余労働は災害にたいする保険のために必要であり、また欲望の発達と人口の増加に対応する再生産過程の必然的な累進的拡張のために必要であり、この拡張は資本主義的立場からは蓄積と呼ばれる。」(『全集』二五b巻、一〇五〇頁)
マルクスはさらに次のように述べている。
「資本は、……社会のより高度な形態のもとでこの剰余労働を物質的労働一般に費やされる時間のさらに大きな制限と結びつけることを可能にするような諸関係への物質的手段と萌芽をつくりだす。なぜなら、労働の生産力の発展しだいでは、剰余労働は総労働日が小さくても大きいことがありうる……。」「一定の時間に、したがってまた一定の剰余労働時間にどれだけの使用価値が生産されるかは、労働の生産性によってきまる。だから社会の富も、……その生産性にかかっており、それが行われるための生産条件が豊富であるか貧弱であるかにかかっている。」
つづけて、「ゴータ綱領批判」で定式化している「共産主義社会の第一段階」と「より高度の段階」について、「自由」の問題、「必然の王国」と「真の自由の王国」の問題として次のように述べられている。
「実際、自由の国は、窮乏や外的な合目的性に迫られて労働しなくなるときはじめて始まる。……それは当然にも本来の物質的生産の領域の彼方にある。未開人は、自分の欲望を充たし、自分の生活を維持し再生産するために自然と格闘しなければならないが、同じように文明人もそうしなければならないし、しかもどのような社会形態のもとでも、考えられるどのような生産様式のもとでもそうしなければならない。彼の発達につれて、この自然必然性の国は拡大される。というのは欲望が拡大されるからである。しかし、また同時に、この欲望を充たす生産力も拡大される。自由はこの領域のなかではただ次のことのうちにある。」
「すなわち、社会化された人間、結合された生産者たちが、……自分たちと自然の物質代謝……を合理的に規制し自分たちの共同的統制のもとにおくこと、つまり力の最少消費によって自分たちの人間性に最もふさわしく最も適合した条件のもとでこの物質代謝をおこなうことである。しかし、これはやはりまだ必然の王国である。この国の彼方で、自己目的として認められる人間の力の発展、真の自由の王国が始まるのである。しかし、それは、ただかの必然性の国をその基礎として、その上にのみ花を開くことができる。労働日の短縮こそが(その)根本条件である。」(同上、一〇五〇〜五一頁)
「社会化された人間、結合された生産者」が「自分たちと自然の物質代謝」を「合理的に規制し自分たちの共同的統制のもとにおくこと」
― これが「共産主義社会の第一段階」であり、しかし「これはやはりまだ必然の王国である」。
この点について、「ゴータ綱領批判」では次のように述べられている。
「ここでは明らかに、商品交換が等価物の交換であるかぎりでこの交換を規制するのと同じ原則が支配している。内容も形式も変化している。……しかし、個人的消費手段が個々の生産者のあいだで分配されるさいには、商品等価物の交換の場合と同じ原則が支配し、一つの形の労働が別のかたちの等しい量の労働と交換されるのである。」
「だから、ここでは平等の権利はまだやはり ― 原則上 ― ブルジョア的権利である。」「この平等の権利はまだつねにブルジョア的制限につきまとわれている。生産者の権利は生産者の労働給付に比例する。平等は等しい尺度で、すなわち労働で測られる。……この平等な権利は、不平等な労働にとっては不平等な権利である。」(『全集』一九巻二〇頁)
この点と関連して、プレオブラジェンスキーの『社会主義とは何か』は『資本論』第三巻からの次のように引用している ― 「資本主義的生産様式が解消した後にも社会的生産が保持されるかぎり、価値規定は、労働時間の規制やいろいろな労働の配分、最後にそれに関する簿記が以前よりもいっそう重要になるという意味ではやはり有力に作用する」と(『全集』二五b巻、一〇九〇頁)。エンゲルスは、「生産について決定をおこなう際に効用と労働支出を比較秤量することが経済学の価値概念のうちから共産主義社会に残るすべてである」と述べていた。
またマルクスの『剰余価値学説史』では次のように述べられている。
「たとえ交換価値が廃棄されても、労働時間は相変わらず富の創造的実態であり、富の生産に必要な費用の尺度である。しかし、自由な時間、自由に利用できる時間は富そのものである
― 一部は生産物の享受のための、一部は自由な活動のための」と(『全集』二六V巻、三三七頁)。
以上によって明白なように、マルクスが「ゴータ綱領批判」で述べている「共産主義社会の第一段階」と「より高度の段階」の内容は少なくとも『資本論』の執筆過程で理論的に整理されていたし、また生産手段の共有にもとづく「協同社会」に関する『反デューリング論』の記述は『資本論』の記述と内容的に一致している。
マルクスとエンゲルスによる共産主義の理論的定式化は、商品経済とその価値法則、そのうえで生産手段の私的所有に基づいて成立する資本主義生産様式の理論的把握と一体のものとしてある。したがってまた、その骨格は『共産党宣言』の時点ですでにまとめられていた。
マルクスとエンゲルスのものである歴史的唯物論とプロレタリア階級闘争の立場にもとづく共産主義理論の骨格は、マルクスのプルードン批判の書である『哲学の貧困』(一八四七年)でほぼ完成している。その『哲学の貧困』には以下のような記述がある。
「諸階級の敵対関係が消滅していて、もはや階級というものが存在しない来たるべき社会では、……様々な物に充当される生産時間がそれらのものの社会的効用の度合によって決定されることになるだろう。」(『全集』四巻九一頁)
「社会の全構成員が直接[/独立の(ドイツ語版)]労働者であると仮定すれば、物質的生産のために使用されねばならない労働時間の数量があらかじめ協定されているという条件においてのみ、等量の労働時間の交換ということが可能である。しかし、このような協定は私的交換を否定する。」「労働時間が万人にたいして平等であるのは、大工業の本性にもとづくものにほかならない。今日は資本と労働者相互間の競争との結果であることも、明日は
― もし労働と資本の関係が除去されれば ― 生産諸力の総和と現存の欲望の総和の関係を基礎とする一つの協定の産物となるだろう。しかし、このような協定は私的交換の廃棄宣言である。」「初めにあったのは生産物の交換ではなく、生産に協力する労働の交換である。生産物の交換様式は生産諸力の交換様式に依存する。……私的交換もまた一定の生産様式に照応している。そして、この生産様式そのものがまた諸階級の敵対関係に照応しているのである。だから、階級対立がなければ私的交換はありえない。」(同上一〇四〜五頁)
「労働者階級の解放の条件 ― それはあらゆる階級の廃止である。それはちょど第三身分、ブルジョア階層の解放の条件があらゆる身分とあらゆる階層の廃止であったのと同様である。[エンゲルスの注
― ここでいう身分とは、封建国家の身分、すなわち特定の制限された諸特権をもつ身分という歴史的意味のものである。ブルジョアジーの革命は身分をその諸特権とともに廃止した。ブルジョア社会は階級だけしか知らない。]」
「労働者階級は、その発展過程において、諸階級とその敵対関係を排除する一つの共同社会をもって旧い市民社会におきかえるだろう。そして、本来の意味での政治権力はもはや存在しないだろう。なぜなら、まさに政治権力こそ、市民社会における敵対関係の公式の要約[/公的表現(ドイツ語版)]だからである。」(以上、同上一九〇頁)
3 資本主義社会から生まれたばかりの協同社会
マルクスとエンゲルスが生産手段の共有にもとづく協同社会において想定していたのは、商品経済、価値法則、資本主義生産様式から解放された社会経済形態としての直接に共同的な社会的生産とそれにもとづく分配である。
自然的諸条件と結合して実現される人間労働(「生産者…と自然の物質代謝」)の成果である生産物が普遍的商品経済のもとで交換価値をもつ商品として独自の運動法則を獲得し、その価値法則にもとづいて生産手段の私的所有が資本としてあらわれ、そのもとで労働力もまた独特な商品であり、社会的再生産の全体的バランスが商品市場における交換をつうじて実現されようとする
― そのような資本主義生産様式の克服あるいは理論的批判として、生産手段の共有にもとづく協同社会(「共産主義社会の第一段階」)とその生産様式が想定されていた。
『反デューリング論』では、「社会が生産手段を掌握するとともに、商品生産は廃止され、それとともに生産者にたいする生産物の支配が廃止される。社会的生産内部の無政府状態にかわって、計画的・意識的組織があらわれる」と述べられていたし(前出)、『哲学の貧困』では「今日は資本と労働者相互間の競争の結果であることも、……労働と資本の関係が除去されれば……生産諸力の総和と現存の欲望の総和の関係を基礎とする一つの協定の産物となるだろう」と述べられている(前出)。
また「ゴータ綱領批判」では、「生産手段の共有を土台とする協同組合的社会の内部では、生産者はその生産物を交換しない。…生産物に支出された労働がその生産物の価値として、すなわちその生産物にそなわった物的特性として現れることもない。…いまでは資本主義社会と違って、個々の労働はもはや間接にではなく直接に総労働の構成部分として存在している」と述べられていたし(前出)、『反デューリング論』では、そのような社会における「各人の労働は、その特殊な有用性がどんなに様々であっても、はじめから直接に社会的労働となる」、「社会は生産物にどんな価値も付与しない」と述べられていた(前出)。
マルクスの『経済学批判』(一八五九年)には次のような記述もある ― すなわち、「商品が社会的労働の生産物として直接たがいに関連できるものと想像」し、「それを共同体的労働時間、あるいは直接に結合された個々人の労働時間だと想定」すれば、「金や銀のような特殊な一商品が他の商品に一般的労働の化身として対立することはできないし、交換価値は価格にならず」、「使用価値もまた交換価値にならず、生産物は商品にならず、こうしてブルジョア的生産の基礎が止揚されてしまうことになる」と(『全集』一三巻、六七頁)。
生産手段の私的所有にもとづく資本主義生産様式を生産手段の共有によって克服する協同社会は、その社会的生産と分配を商品経済とその価値法則から解放し、「生産諸力(これには労働力もふくまれる)の総和と現存の欲望の総和の関係」にもとづいて直接に組織し、意識的計画的に制御しようとする。
そこでは、当然、最大限に合理的で厳格な経済計算が要求されるし、その基準になるのは商品経済の価値法則から解放された労働そのもの
― その労働時間 ― である。「様々な物に充当される生産時間がそれらのものの社会的効用の度合によって決定される」し(前出)、「労働時間は二重の役割を演ずることになる。労働時間の社会的に計画的な配分は、いろいろな欲望にたいするいろいろな労働機能の正しい割合を規制する。他面では、労働時間は、同時に、共同労働への生産者の個人的参加の尺度として役立ち、したがってまた共同生産物中の個人的に消費されうる部分における生産者の個人的分け前の尺度として役立つ」(前出)。
ところで「労働者が二人いれば、たとえ同じ事業部門に属していても、彼らの一労働時間の価値生産物は労働の強度と熟練度におうじて常に異なるものになるだろう」
― 「私的生産者の社会では、私人またはその家族が熟練労働者の養成費を負担する」が、「社会主義的に組織された社会では、この費用を社会が負担する」し、「その果実、すなわち複合労働によってつくりだされたより大きな価値も社会に帰属する」(『反デューリング論』、『全集』二〇巻二〇八頁)。
「資本主義的生産様式が解消した後にも社会的生産が保持されるかぎり、価値規定は、労働時間の規制やいろいろな労働の配分、最後にそれに関する簿記が以前よりもいっそう重要になるという意味でやはり有力に作用する」し(前出)、「簿記は、過程の調整や観念的総括としては、過程が社会的規模でおこなわれて純粋に個人的性格を失うにつれてますます重要に」なり、「共同体的生産では資本主義的生産でよりももっと必要になる」(『資本論』二巻、『全集』二四巻一六五頁)。
この社会では「万人が労働しなければならず」、「たとえ交換価値が廃棄されても、労働時間は…富の生産に必要な費用の尺度」であり(『剰余価値学説史』)、全体としての社会的再生産について労働時間にもとづく厳格な経済計算が要求され、また「協業と土地の共有、そして労働そのものによって生産される生産手段の共有を基礎とする個人的所有」がまだ存在している(前出)。したがって、この協同社会は資本主義的生産様式のいわば直接の否定=克服を完成したばかりの段階にあり、まだ「必然の王国」の枠内にとどまっている。
4 協同社会の別の側面 ― 分業と階級の廃止
エンゲルスは、『共産主義の原理』(一八四七年)で「私的所有の廃止は一挙にできるだろうか」と設問し、次のように答えている。
「いや、できない。それは、いま現にある生産力を共同社会を打ちたてるために必要な程度にまで一挙に何倍にも増やせないのと同じことだ。したがって、おそらく来りつつあるプロレタリアートの革命は、現在の社会をただ徐々に変革し、そして…必要な生産手段の量がつくりだされたときに初めて私的所有を廃止することができる」と(『全集』四巻、三八九頁)。
したがって、少なくとも当時の資本主義と「共産主義共同社会」のあいだには、「プロレタリアートの革命」のうえで「現在の社会をただ徐々に変革し」、「必要な生産手段の量」をつくりだして「私的所有の廃止」を全面的に実現するにいたる一つの過渡的時期が想定されている。
『共産主義の原理』では、いわばそのうえで、「私的所有を最後的に廃止した結果はどうなるだろうか」という項で次のように述べられている。
「私的所有の圧迫から解放された大工業は非常な大きさに発達し、それにくらべると現在までにできあがった大工業も…きわめてこせこせしたものに見えるだろう。このような工業の発達は、すべての人の欲望を満たすにたりるだけの生産物を社会の用に供するだろう。…私的所有や土地分割の圧迫によって、これまでの改良や科学の発達による成果を取り入れることを妨げられていた農業もまったく新しい飛躍をして、不足なく十分な生産物を社会の用に供するだろう。このようにして、すべての成員の欲望が満たされるように分配を整備しうるほどに十分な生産物を社会はつくりだすだろう。」
「これとともに、社会がたがいに対立する種々の階級に分裂しているのは余計なことになる。…それは…新しい社会秩序と両立しないものにさえなる。なぜなら、工業生産と農業生産をいまいったような高さに引きあげるには、機械的な、科学的な補助手段だけでは十分でないからである。このためには、こういう補助手段を使いこなす人間の能力も同じようにこれに応じて発達していなければならない。……社会全体による生産の共同経営やそこからくる生産の新しい発展は、まったく別の人間を必要とし、またこれを生みだすだろう。」
「各人がただ一つの生産部門に従属し、その部門に縛りつけられ、その部門によって搾取され、他のすべての素質を犠牲にしてただ一つの素質だけを伸ばし、一つの部門あるいは生産全体の一部門のなかの一部門だけしか知らないような今日の人間では、生産の共同経営などやれない。……社会全体が共同で計画的に経営する産業は、あらゆる面で発達し、生産の体系全体を見とおせる人間をなによりも前提としている。……教育は、若い人々を…社会の必要や各人の好みに応じて生産部門の系列を順々に移ることができるようにするだろう。……共産主義的組織になった社会は、各人に彼らの全面的に発達した素質をあらゆる方面にのばす機会をあたえるだろう。……だから、共産主義の組織になった社会は、一方では階級の存続と両立しないし、また他方では、この社会の構造そのものがこの階級的差別をなくす手段をあたえるだろう。」
「ここから、都市と農村の対立もまたなくなるだろう。二つの違った階級が農業と工業を経営するかわりに、同じ人間が農業と工業を経営することは、まったく物質的原因だけからしても共産主義共同社会の必然的条件である。農村で農業を営む人口が分散し、これとならんで大都市で工業に従事する人口が密集していることは、工業と農業のまだ発達していない段階におうじた状態であり、これが将来のあらゆる発展の邪魔になることは今日すでに感じられている」と(以上、同上三九二〜三頁)
5 分業の廃止と都市と農村の対立の廃止
エンゲルスが以上のように主張したのは一八四七年である。それからちょうど三十年後、資本主義がその新しい生産力とともに帝国主義段階に入ろうとしていた時点で、基本的に同一の考えが『反デューリング論』において次のように述べられている。
「搾取する階級と搾取される階級、支配する階級と支配される階級のこれまでのあらゆる歴史的対立は、人間の労働の生産性が比較的に未発達だったという……事情によって説明される。実際の労働に従っている住民が自分たちの必要労働にあまりにも忙殺されていて、社会の共同事務
― 労働の指揮、国務、法律事務、芸術、科学など ― に従う時間が彼らに少しも残されていないかぎり、いつでも実際の労働から解放されてこれらの事務に従う特別の一階級が存在しなければならない。……大工業によってなしとげられた生産力の巨大な増大によってはじめて、例外なくすべての社会成員に労働を割り当て、そうすることによって各人の労働時間をいちじるしく短縮して、社会の全般的事務
― 理論的または実践的な ― にたずさわる十分な余暇がすべての人々に残されるようにすることが可能になる。だから、いまこそはじめて支配し搾取する階級はすべて余計なもの、それどころか社会発展の障害物になったのである。」(『全集』二〇巻一八八頁)
「社会の全員にたいして物質的に完全に満ちたりて日ましに豊かになってゆく生活だけでなく、さらに彼らの肉体的および精神的素質が完全に伸ばされ発揮されるように保障する生活を社会的生産によって確保する可能性、そのような可能性がいまはじめて存在するようになった。」(同上、二九一頁)
「分配は、それが純経済的考慮によって支配されるかぎり、生産の利益によって規制されるだろうし、そして生産を最もよく促進する分配様式は、社会のすべての成員がその能力を可能なかぎり全面的に発達させ維持し行使することができるような分配様式である……。」(同上、二〇七頁)
「ユートピア社会主義者たちは、すでに分業の結果を完全にはっきりと理解していた。すなわち、一方では労働者の発達が阻害されること、他方では労働活動そのものが同じ一つの行為を一生涯単調に機械的に繰り返すだけのものになり、その発達が阻害されることである。都市と農村の対立の廃止は旧来の分業一般を廃止するための第一の根本条件として、フーリエによってもオーエンによっても要求されている。……この二人のどちらにおいても、社会のすべての成員が農業と工業の双方に参加する。……二人とも、農業の内部でも、工業の内部でも各人の仕事をできるだけ様々に転換させるよう要求しており、それに対応してできるだけ全面的な技術的活動のための教育を青年に授けるよう要求している。」(同上、三〇一頁)
「各人が解放されなければ、社会は自分を解放できない。だから、旧い生産様式は根底から変革されねばならないし、ことに旧来の分業は消滅しなければならない。それに代わって、次のような生産組織が現れねばならない。それは、一方では、なんびとも人間の生存の自然的条件である生産的労働にたいする自分の受持分を他人に転化することができず、他方では、生産的労働が人間を隷属させる手段でなくなり、各人に一切の肉体的および精神的能力をあらゆる方面に発達させ発揮させる機会を提供することによって人間を解放する手段となり、こうして、かっては重荷であった生産的労働が楽しみになるような生産組織である。」(同上、三〇二頁)
「都市と農村の対立を廃止することはたんに可能なだけではない。それは、工業生産そのものの直接の必要事となっており、同様にまた農業生産の面からみても、さらに公共衛生の面からみても必要なことになっている。都市と農村を融合させることによってのみ、今日の空気や水や土壌の汚染を取りのぞくことができるし、そうすることによってのみ今日都市で痩せおとろえている大衆の状態を変え、彼らの糞尿が病気を生みだすかわりに植物を生みだすために使われるようにすることができる。」
「資本主義的生産の制限から解放された社会は、さらに大きく前進することができる。全体としての工業生産の科学的基礎について理解をもち、その一人ひとりが多くの生産部門について始めから仕上がりまで実地の経験をつんでいる全面的に発達した生産者の一世代を生みだすことによって、この社会は遠距離から取りよせられる原料や燃料の輸送に費やされる労働をつぐなってはるかにあまりある一つの新しい生産力をつくりだす。」
「だから都市と農村の分離を廃止することは、大工業を全国にわたってできるだけ均等に分布させることがそのための条件になるという面からみても空想ではないのである。なるほど、文明はわれわれに大都市という遺産を残したし、これを取りのぞくためには多くの時間と労苦を要するだろう。だが、それがどんなに長々しい過程であるにせよ、大都市は取りのぞかれねばならないし、また取りのぞかれるだろう。」(以上、同上三〇四〜五頁)
こうして、マルクスとエンゲルスの共産主義はまた、第一次産業革命期における空想的社会主義者たちの鋭い資本主義批判を積極的に引きつぐことによって、その時代との関係できわめてエコロジー的だったといえるだろう。
プレオブラジェンスキーは『社会主義とは何か』の第一章「偉大な空想社会主義者」でサン=シモン、フーリエ、カベー、ロバート・オーエンについても検討しており、そのうえで次のように述べている
― 「都市と農村の矛盾という問題は、すべての空想的社会主義者たちがきわめて注意深く取り扱ってきたものである。しかしながら、彼ら功績は、その克服の道を切り開くというよりは、むしろこの問題を提起し、この分離の諸原因とその否定的結果を説明することにあった。マルクスとエンゲルスもまたこの問題に大いなる注意をはらった」と(一一一頁)。
『共産党宣言』には、この点と関連する次のような記述がある。
「(批判的=ユートピア的な)社会主義的および共産主義的著作は……現存社会のいっさいの基礎を攻撃している。だから、それらは労働者を啓蒙するためのきわめて貴重な材料を提供した。未来の社会についてそれら……が提出している積極的命題
― たとえば都市と農村の対立や家族や私的営利や賃金を廃止すること、社会的調和の宣言、国家をたんなる生産管理機関に転化することなど
― ……はすべて階級対立の消滅を言いあらわしたものに他ならない」と(『全集』四巻、五〇五頁)。
ところで「都市と農村の分離」の廃止について、プレオブラジェンスキーは、それは世界経済のあり方の問題として提起されているとして、次のように述べている。
「計画化された社会主義的世界経済のもとでは、当然にも、かつての資本主義諸国に工業が集積されている…ということから出発しなければならない。……ここでの問題は、高度に工業化された諸国の内部で大工業を全国土に配分することではなく、高度に工業化された集積中心を全世界に分散することである。未来社会にとって、資本主義が…その存在と発展の経済法則に適合して建設してきたような都市に住むことが義務でないとすれば、この社会にとっては、また同様に、現在おこなわれているような諸国のあいだへの工業の配分…を保持しつづける義務はない」と(同上一一三〜四頁)。
V 資本主義から共産主義への過渡期
1 「一つの世界革命」
マルクスとエンゲルスが想定した生産手段の共有にもとづく協同社会とそこにおける商品経済−価値法則−資本主義生産様式から解放された直接に共同的な社会的生産の実現は、すでに達成されている最高の生産力を基礎にして少なくともヨーロッパ規模において考えられていたし、生産力のさらに高度の発展をテコとして展望されていた。資本主義は世界市場において成立していたし、その克服は世界市場のレベルでしかありえない。この克服は、西ヨーロッパ諸国を中心とするプロレタリアートの国際革命を媒介して展望されていた。
エンゲルスは、一八四七年の一論文で、「民主主義は、すべての文明諸国においてプロレタリアートの政治的支配を必然的にもたらす。そして、プロレタリアートの政治的支配はあらゆる共産主義的施策の第一前提である」と述べている(『全集』四巻、三三三頁)。「共産主義の原理」では、「この革命」は「まず民主主義的国家制度を、そしてそれによって直接または間接にプロレタリアートの政治的支配を打ち立てるだろう。イギリスのようにプロレタリアがすでに人民の大多数を占めているところでは直接に、フランスやドイツのように人民の大多数がプロレタリアだけでなく小農民や小市民からなっている国々では間接に。……民主主義は、私的所有を直接に侵害しプロレタリアートの生存接続を保障するいっそう徹底した方策を遂行する手段としてただちに利用されなければ、プロレタリアートにとってまったく無益なものになるだろう」と述べられている(同上三九〇頁)。
『共産党宣言』では、「共産主義革命は旧来の所有関係とのもっとも根本的な断絶」であり、「労働者革命の第一歩はプロレタリアートを支配階級に高めること、民主主義を闘いとることである」と述べられ、「ブルジョア的生産関係の廃止」は「革命的方法によらなければ実行できない」と主張されている。
この革命の国際的性格について、「共産主義の原理」は次のように述べている。
「大工業が世界市場をつくりだし、すでに地球上のすべての人民、とりわけ文明国の人民を互いに結びつけているので、どの国の人民も他の国で起ったことに依存している。……共産主義革命はけっして一国だけのものでなく、…少なくともイギリス、アメリカ、フランス、ドイツで同時におこる革命となるだろう。この革命は、これらの国々で、どの国がより発達した工業、より大きな富、また生産力のより大きな量をもっているかに応じて、急激に、あるいは緩慢に発展するだろう。……それは、世界の他の国々にも同じように著しい反作用をおよぼし、それらの国のこれまでの発展様式をまったく一変させ、非常に促進させるだろう。それは一つの世界革命であり、したがって世界的地盤で起るだろう。」(同上三九一〜二頁)
このことは、『共産党宣言』では次のように述べられている。
「諸民族が国々に分かれて対立している状態は、ブルジョアジーが発展するにつれて、また貿易の自由がうちたてられ、世界市場が生まれ、工業生産やそれに照応する生活諸関係が一様化するにつれて、今日すでにしだいに消滅しつつある。プロレタリアの支配は、この状態の消滅をいっそうはやめるだろう。少なくとも文明諸国だけでも共同して行動することが、プロレタリアの解放の第一条件である。一個人による他の個人の搾取が廃止されるにつれて、一国民による他の国民の搾取も廃止される。一国民の内部の階級対立がなくなれば、諸国民のあいだの敵対関係もなくなる。」
2 世界市場における資本主義の克服
ところで、マルクスは、『フランスにおける階級闘争』(一八五〇年)において、「ブルジョアジーと協力して(一八四八年の)二月革命を遂行した」フランスの「労働者は、ブルジョアジーとならんで自己を解放できると思っていたように、その他のブルジョア諸国民とならんでフランス国家の壁のうちでプロレタリア革命を完遂できると考えていた。しかしフランスの生産諸関係はフランスの対外貿易によって、世界市場におけるフランスの地位と世界市場の法則によって制約されている。フランスは、世界市場の専制君主であるイギリスにはねかえって打撃をあたえるヨーロッパ的革命戦争なしで、この生産関係をどうして打ち破れるだろうか」と述べ、さらに次のようにつづけている。
「社会の革命的諸利益をその一身に集中している階級は、ひとたび立ち上がるや、直接に自分自身の地位のうちに自分の革命的活動の内容や材料を見いだす。すなわち敵を打ち倒し、闘争の必要によって命じられる措置をとる。彼らの活動の帰結が、彼らをさらに先へのと駆りたてる。彼らは、自分自身の任務について理論的探求などをこころみない。フランスの労働者階級はこのような立場にいなかった。彼らは、まだ彼ら自身の革命を遂行する能力を欠いていた。」
「産業プロレタリアートの発達は、一般に産業ブルジョアジーの発達によって制約されている。産業ブルジョアジーの支配のもとで産業プロレタリアートははじめて自己の革命を国民的革命にまで高めることのできる広範な国民的存在となる」し、「産業ブルジョアジーは近代工業がすべての所有関係を自分自身に適合させて形成するところでのみ支配することができ、そして工業はそれが世界市場を征服したところでのみその力を獲得する。」「ところが、フランスの工業の大部分は、国内市場でさえ多少とも修正された禁止的関税制度によってようやく維持しているにすぎない。だから、フランスのプロレタリアートは、革命の瞬間にパリで事実上の権力と影響力をもち、そのために彼らのもつ手段以上の行動に駆り立られる」としても、「発達した近代的形態における……産業ブルジョアジーにたいする産業賃金労働者の闘争はフランスでは局部的事実」である(『全集』七巻、一六〜八頁)。
「フランスでは、正常ならば産業ブルジョアジーがなすべきことを小ブルジョアがやり、正常ならば小ブルジョアの任務であることを労働者がしている。それでは、労働者の任務は誰が解決するのか。誰も解決しない。それはフランスでは解決されない。……フランス社会内部の階級戦は、諸国民が相対峙する世界戦争に転化する。その解決…は、世界戦争によってプロレタリアートが世界市場を支配している国民、すなわちイギリス国民の先頭に立たされる瞬間にはじめて始まる。革命はこの国で終結せず組織的に始まるのだが、それは息の短い革命ではない。今日の世代は……一つの新世界を征服しなければならないだけでなく、新世界に対処する人に席を譲るために滅んでゆかねばならない」と(同上七六頁)
マルクスはまた、「賃労働と資本」(一八四九年)の冒頭で、一八四八年の革命について次のように総括している。
「革命的労働者の敗北とともに、ヨーロッパはその旧い二重の奴隷制、すなわちイギリス的=ロシア的奴隷制に逆もどりした。」「すべて革命的反乱は、たとえその目標がまだどんなに階級闘争から遠く離れているようにみえても、革命的労働者階級が勝利するまで失敗する以外にないこと、すべての社会改良はプロレタリア革命と封建的反革命が一つの世界戦争で武器をもって勝敗を決するまでユートピアにとどまることを証明した。」
「賃労働と資本」の冒頭では、さらに「世界市場の専制的支配者であるイギリスによってヨーロッパ諸国のブルジョア階級が商業的に隷属され搾取されている」と言及されている。
こうして、イギリス、フランス、ドイツの労働者が中心的推進力となるべきヨーロッパ規模の国際革命を舞台として、イギリスにおいてブルジョアジーを政治的に打倒し、プロレタリアートの階級的政治支配を実現することが、資本主義的生産様式から共産主義
― 生産手段の共有にもとづく協同社会とその生産様式 ― へむかう過渡期の本格的開始の条件として想定されていた。資本主義は世界市場の形成と一体であり、イギリスにおいて最先端的に成立していたし、この中心部においてその歴史的克服のテコを獲得しなければならない。プロレタリアートの「革命はこの国(イギリス)で終結せず組織的に始まる」が、それは世界市場をともなって成立している総体としての資本主義を克服しようとする新らしい広大な過渡期の開始であり、これは「息の短い革命」たりえない。
イギリスが占める位置について、マルクスは第一インターナショナルの一文書(一八七〇年)で次のように繰り返している。
「革命的イニシアチブはおそらくフランスによってとられるだろうが、真剣な経済的革命のテコとして役立ちうるのはイギリスだけである。イギリスは、もはや農民が存在せず、土地所有がほんの少数の手に集中しているただ一つの国である。また資本主義的形態
― すなわち資本主義的企業家のもとに大規模に結合された労働 ― がほとんど全生産を支配しているただ一つの国である。また、人口の大多数が賃金労働者からなっているただ一つの国であり、階級闘争と労働組合による労働者階級の組織化がある程度の成熟と普遍性を獲得しているただ一つの国である。さらに、その世界市場の支配によって、その経済関係におけるどんような革命も直接に全世界に作用を及ぼさざるをえないただ一つの国である。地主制度と資本主義がこの国に古典的本拠をもっているとすれば、他方ではこれを破壊する物質的諸条件がここでもっとも成熟しているわけである。(第一インターナショナルの)総評議会が、現在、プロレタリア革命のこの大きなテコを直接手中にするという幸運な地位にある……。」「イギリスはたんに他の諸国とならぶ国として扱われるべきではない。
― イギリスは資本の本国として扱われるべきである。」(『全集』一六巻、三八〇〜一頁)
マルクスとエンゲルスは、『共産党宣言』の時期から第一インターナショナルの時期、さらに第二インターナショナルが準備される時期にいたるまで、ヨーロッパにおけるプロレタリア革命を常にイギリス、フランス、ドイツの三国における革命を基軸に考えたし、一九世紀資本主義ヨーロッパの中枢部分をこれら三国のプロレタリアートが革命的に奪取するものと想定していた。両人は一九世紀後半におけるこれら三国の状況と相互関係の推移をヨーロッパ―世界の枠組のもとで不断に追跡しているが、ここでは立ち入らない。この点については、『第二インターの革命論争』(一九七五年、紀之国屋書店刊)の解説論文「エンゲルスと第二インターナショナル」を参照していただきたい。
ここでは、エンゲルスの一八八二年の一手紙から、ヨーロッパとアメリカの社会主義と植民地問題について述べている部分をあげておこう。
「ただ統治されているだけで、土着民が住んでいる国々、インドやアルジェリア、それからオランダやポルトガルやスペインの諸領地は、…プロレタリアートによって受け継がれてから、可能なかぎり急速に自立の方向に導かれねばなりません。」「インドは革命を起こすかもしれないし、…それは非常にありそうです。そして、自分を解放しつつあるプロレタリアートは植民地戦争をすることはできないので、…成り行きにまかせておくよりほかはないでしょう。……同じことは、もっとよそでも起きるかもしれません。たとえばアルジェリアやエジプトにおいても。そして、われわれにとっては、たしかにそれが最善でしょう。われわれには本国でしなければならないことが一杯あるでしょう。」
「まず第一にヨーロッパが改造されて北アメリカに及べば、それが巨大な力ともなれば模範ともなって、半文明の諸国はまったくひとりでに引きずりこまれるわけです。すでに経済的必要だけから見ても、そういうことになります。しかし、それらの国々が同じように社会主義的組織に到達するまでに、どのような社会的および政治的諸段階を通らねばならないかについては、われわれは今日……かなり無意味な仮説をたてることができるだけだ、と私は思います。」「ただ一つ次のことは確実です。すなわち、勝利をえたプロレタリアートは、他の民族にたいしてどのような恩恵をも……自分自身の勝利を台なしにすることなしに押しつけることはできないということです。といっても、もちろん、これによっていろいろな種類の防衛戦争はけっして排除されていないのです。」(『全集』三五巻、三〇七頁)
3 階級的独裁と過渡期
少なくとも西ヨーロッパ規模におけるプロレタリア革命 ― プロレタリアートの政治支配の実現
― によって、「資本主義社会から共産主義社会」への「革命的転化の時期」としての過渡期が開始される。これは、「階級の区別一般の廃止、階級の区別の基礎となっている現在の全生産関係の廃止、これらの生産関係に対応する現在の全社会関係の廃止、そしてその社会関係から発生するすべての観念の変革のための必然的な過渡期としてのプロレタリアートの階級的独裁」の時期の全面的な開始である(前出)。
マルクスは、一八五二年の一手紙で、「近代社会における諸階級の存在を発見したのも、諸階級相互間の闘争を発見したのも」自分の独自の功績ではなく、自分が新たに証明したことは「(一)諸階級の存在は生産の特定の歴史的発展諸段階とのみ結び付いていること、(二)階級闘争は必然的にプロレタリアートの独裁に導くということ、(三)この独裁そのものは一切の階級の廃絶、階級のない社会への過渡期をなすにすぎないこと」であると述べている(「ワイデマイヤーへの手紙」、『全集』二八巻、四〇七頁)。
またエンゲルスは、『住宅問題』(一八七二年)において、パリ・コミューンにおいて「たんなる政治的革命家から一定の綱領をもつ社会主義的労働者フラクションになろう」としたブランキー主義者は「プロレタリアートの政治的行動の必然性や、階級とそれとともに国家の廃止への過渡としてのプロレタリアートの独裁の必然性に関するドイツの科学的社会主義の見解をほとんど文字どおりに宣言した」が、それは「すでに『共産党宣言』において表明されており、それ以来いくどなく表明されている」ものであると述べている(『全集』一八巻、二六二頁)。
プロレタリアートの階級的闘争としての政治行動、その勝利的帰結としてのプロレタリアートの政治支配=プロレタリアートの独裁の実現、そしてこの階級的独裁のもとにおける「階級のない社会への過渡期」という考えは、まさしくマルクスとエンゲルス独自のものであり、その共産主義理論の政治的骨格をなすものである。また、プロレタリアートの独裁についての考えと「階級のない社会への過渡期」という想定はマルクスとエンゲルスにとって一体のものだった。
『共産党宣言』は、「労働者革命の第一歩はプロレタリアートを支配階級に高めること」であるとし、さらに「本来の意味の政治権力は、一つの階級が他の階級を抑圧するための組織された暴力である。プロレタリアートは、ブルジョアジーとの闘争において必然的にみずから支配階級となり、そして支配階級として強制的に旧生産関係を廃止するのであるが、他方また、この生産関係の廃止とともに、階級対立の存在条件、一般に階級対立の存在条件を、それによってまた階級としての自分自身の支配をも廃止するのである」と述べている。
マルクスは、まさにその意味するところについて、バクーニンの『国家と無政府』からの抜書きノート(一八七三年)で次のように説明している。
「“<支配身分まで高められた>プロレタリアートとは…どういうことか?”(バクーニン)それは、プロレタリアートが、個別的に経済的特権階級と闘うかわりに、彼らにたいする闘争で一般的強制手段を用いるだけの力と組織をかちとったということである。だがプロレタリアートが用いることができるのは、賃金労働者として、したがって階級としての彼ら自身の性格を揚棄するような経済的手段だけである。…彼らが勝利するとともに彼らの階級としての性格は終わり…、彼らの支配もまた終わる…。」(『全集』一八巻、六四三頁)
「他の諸階級、とくに資本家階級がなお存在するかぎり、プロレタリアートが資本家階級と闘うかぎり ― なぜなら、プロレタリアートが政府権力を握っても、その敵と旧い社会組織はまだ消滅していないので
― 、プロレタリアートは暴力手段を用い、したがって政府手段を用いなければならない……。プロレタリアート自身がまだ一階級であり、階級闘争と諸階級の存在の基底をなしている経済的諸条件がまだ消滅していないとすれば、それは暴力をもって排除または改造されねばならず、その改造過程は暴力をもって促進されねばならない。」(同上六四一頁)
「旧社会を転覆するための闘争の時期にはプロレタリアートはまだ旧社会の基盤のうえで行動し……、……なお多かれ少なかれ旧社会に属していた政治的諸形態をとって活動するので、この闘争の時期中はプロレタリアートはまだ彼らの最終的体制には到達しておらず、解放の後には用いられなくなるような解放のための手段を行使する……。」(同上六四六頁)
「労働者とたたかう旧世界の諸階層にたいする労働者の階級支配が存続しうるのは、階級の存在の経済的基礎が廃絶されるまでのことである。」(同上六四五頁)
ここでは「過渡期」という用語は直接に用いられていない。しかし、「プロレタリアートが政府権力を握っても、その敵と旧い社会組織はまだ消滅していない」し、「階級闘争と諸階級の存在の基底をなしている経済的諸条件がまだ消滅していない」ような時期、つまり「階級の存在の経済的基礎が廃絶されるまで」の時期が「資本主義社会から共産主義社会」への「過渡期」にあたることは明白である。
プロレタリアートの政治支配の実現をもって始まる過渡期において、資本主義社会から引き継いだ経済的諸条件とそこに物質的基礎をもつ社会的諸階級の存在が直ちに廃止されるわけではなく、プロレタリアートの階級的独裁のもとで旧社会に属していた経済的諸条件と社会的諸関係を諸階級の廃止にむけて意識的に改造しなければならず、この過程
― 過渡期 ― が基本的に完了するまでは諸階級の相互関係としての階級闘争は存続しつづけるし、そのかぎりにおいて階級的政治支配の組織としての国家も消滅しない。
エンゲルスもまた、「権威について」(一八七二年)という短い文章で、当時の無政府主義との関連で次のように述べている。
「すべての社会主義者は、政治的国家が、それとともに政治的権威が来るべき社会革命の結果として消滅するだろうという点で、すなわち公共的機能はその政治的性格を失い、真の社会的利益のために配慮する単純な行政的機能に変化するだろうという点で一致している。だが反権威主義者たちは、権威的な政治的国家がそれを生みだした社会的諸条件が破壊される以前にさえ一挙に廃止されることを要求している。彼らは、権威の廃止が社会革命の最初の行為となることを要求している」と(『全集』一八巻三〇四〜五頁)。
4 コミューンの可能性
プロレタリアートの独裁と過渡期の問題に関してさらに興味深いのは、パリ・コミューンとコミューンの可能性についてのマルクスの主張である。
『フランスの内乱』(一八七一年)では、「コミューンは本質的に労働者階級の政府であり、占有階級にたいする生産者階級の闘争の所産であり、労働の経済的解放を達成するためのついに発見された政治形態である」として、すぐつづけて次のように述べられている。
「生産者の政治的支配と生産者の社会的奴隷状態とは併存できない。だからコミューンは、階級の存在、したがって階級支配の存在の根拠たる経済的基礎をくつがえすためのテコの役割をはたすべきものだった。いったん労働が解放されるならば、あらゆる人間が労働者になり、生産的労働が一つの階級につきものであるということもなくなる。」
「コミューンは……労働を奴隷化し搾取する手段となっている生産手段、すなわち土地と資本を自由な協同労働の純然たる道具にかえることによって、個人的所有を事実にしようと望んだ。……もし協同組合の連合が一つの計画にもとづいて全国の生産を調整し、…それを自分の統制のもとにおき、資本主義的生産の宿命である不断の無政府状態と周期的痙攣を終らせるべきものとすれば……、それこそは……“可能な”共産主義でなくてなんであろうか。」
「労働者はコミューンに奇跡を期待しなかった。……自分自身の解放をなしとげ、それとともに現在の社会がそれ自身の経済的作因によって不可抗的にめざしている……より高度な形態をつくりだすためには、労働者階級は長期の闘争を経過し、環境と人間をつくりかえる一連の歴史的過程を経過しなければならないことを彼らは知っている。彼らは実現すべき理想をなにももっていない。彼らのなすべきことは、崩壊しつつある旧いブルジョア社会そのものの胎内にはらまれている新しい社会の諸要素を解放することである。」(以上、『全集』一七巻、三一九〜二〇頁)
ここでは、「労働の経済的解放を達成するためのついに発見された政治形態」としてのコミューンのもとで労働者階級が「長期の闘争」として経過しなければならない「環境と人間をつくりかえる一連の歴史的過程」
― すなわち長期の歴史的過程としての過渡期 ― が主張されており、また「労働者階級の政府」としてのコミューンのもとで「一つの計画にもとづいて全国の生産を調整」しようとする「協同組合の連合」がその過渡期における可能性として指摘されている。
『フランスの内乱』のための草稿が残っているが、その第一草稿といわれるものでは次のように述べられている。
「コミューン…は、国家権力が社会を支配し圧服する力でなく社会自身の生きた力として社会によって、人民大衆自身によって再吸収されたものであり、この人民大衆は自分たちを抑圧する組織された強力にかわって彼ら自身の強力を形成するのである。」
「それ(コミューン)は、社会的解放の政治形態、労働者自身によってつくりだされたか、あるいは自然のたまものであるような労働手段の独占者たちによる簒奪(奴隷制)から労働を解放するための政治形態」であり、「労働者階級の社会的運動」の「組織的な行動手段」である。「コミューンは階級闘争を廃止するものではない。労働者階級は、階級闘争を手段としてすべての階級と……すべての階級[支配]を廃止することにつとめる。……コミューンは、この階級闘争がその様々な局面をもっとも合理的で人道的なしかたで経過できるような合理的環境をつくりだす。コミューンが激烈な反動とまた同様に激烈な革命をよびおこすこともありうる。」
「労働者階級は……階級闘争の様々な局面を経過しなければならないことを知っている。労働の奴隷制の経済的諸条件を自由な協同労働の諸条件とおきかえることは時間を要する漸進的仕事でしかないこと……、そのためには分配の変更だけでなく生産の新しい組織が必要であること、……現在の組織された労働にもとづく社会的生産諸形態……を奴隷制のかせ、その現在の階級的性格から救いだして……、全国的および国際的に調和あるしかたで結合する必要があることを彼らは知っている。」「現在の“資本と土地所有の自然諸法則の自然発生的作用”を“自由な協同労働の社会経済の諸法則の自然発生的作用”とおきかえることは、……新しい諸条件が発展してくる長い過程をつうじてはじめて可能になることを彼らは知っている」と(同上、五一四〜八頁)。
ここでは、コミューンは「すべての階級の廃止」をめざす「労働者階級の社会的運動」の「組織的な行動手段」であり、それが「様々な局面をもっとも合理的で人道的なしかたで経過できるような合理的環境」であると主張され、また「組織された労働にもとづく社会的生産諸形態」を資本主義的的性格から解放して「全国的」のみならず「国際的」にも「調和あるしかたで結合する必要」が指摘されている。
「資本と土地所有の自然諸法則の自然発生的作用」を克服して「自由な協同労働の社会経済の諸法則の自然発生的作用」でおきかえることは「新しい諸条件が発展してくる長い過程をつうじてはじめて可能になる」のであり、これはまさに「環境と人間をつくりかえる一連の歴史的過程」であり、この過渡期をつうじて「今日の世代」は「一つの新世界を征服しなければならない」が同時に「新世界に対処する人に席を譲るために滅んで」ゆくことになる(前出)。「社会全体が共同で計画的に経営する産業は、あらゆる面で発達し、生産の体系全体を見とおせる人間をなによりも前提にしている」し、「都市と農村の対立」の廃止ならびに「社会化された人間、結合された生産者…と自然の物質代謝」の合理的規制と共同的統制にむけて前進しなければならない。
W 過渡期の諸問題
1 過渡期の問題への慎重なアプローチ
「労働者階級の政府」 ― プロレタリアートの政治的支配の実現 ― としての「コミューンは階級闘争を廃止」せず、そのもとで「階級闘争の様々な局面」が展開され、「労働者階級は階級闘争を手段としてすべての階級を…廃止することに努める」が、「労働の奴隷制の経済的諸条件を自由な協同労働の諸条件とおきかえることは時間を要する漸進的仕事」であり、それは「環境と人間をつくりかえる一連の歴史的過程」である(前出)。
このような「資本主義社会から共産主義社会」への過渡期について、マルクスとエンゲルスがその内容を具体的に想定する言及や指摘は非常に少ない。マルクスとエンゲルスは、プロレタリアートの階級的独裁と一体のものである過渡期の存在とその基本的課題について理論的あるいは概念的にきわめて厳格だったが、その具体的な想定や細目については非常に慎重であり、また柔軟だった。そして、この慎重さは意識的なものだった。
エンゲルスは「住宅問題」で次のように述べている。
「将来の社会の仕組みについてユートピア的学説を編みだすことはわれわれの仕事ではない」(『全集』一八巻二一九頁)、「現存の社会の対立やその他のなんらかの対立が解決されるべき形態を“現存の諸関係から出発して”あえて指定しようとするとき…ユートピアが生まれる」(同上二七八頁)、「われわれがなしうることは、…従来のすべての生産様式の基礎的諸条件の認識から出発して、資本主義的生産の没落とともに従来の社会のある種の取得形態が不可能になることを確認することだけである。(労働者階級による政治支配の実現とともに実施されるべき)過渡的方策でさえ、どこでも当面存在している諸関係に適応しなければならないだろうし、小土地所有の諸国では大土地所有の諸国とは本質的に違ったものになるだろう、等々」と(同上二八三頁)。
エンゲルスはまた一八九一年の一手紙で、「共産主義社会への過渡段階は熟考にあたいする問題」だが「いちばん難しい題材」であり、「諸条件はどんどん変化する」し、「たとえば新しいトラストができるごとに…諸条件を変化させます。…十年ごとに攻撃点がすっかりずらされます」と述べている(『全集』三八巻、一〇一頁)。
マルクスも一八八一年の一手紙で次のように述べている。
「将来の一定の所与の時点でなすべきこと、直接になすべきことは…行動がとられる所与の歴史的事情のいかんに…かかっています。」「未来の革命の行動綱領の純理的で必然的に空想的な先取りは、現代の闘争をそらすものでしかありません。……進行しつつある支配的社会秩序の解体にたいする科学的洞察と、政府という旧い妖怪…によって…激高へかりたてられる大衆、同時に巨大な進展をとげつつある生産手段の確固たる発展
― これらは、実際にプロレタリア革命が勃発する瞬間に、その…直接的な、すぐ次の行動様式の諸条件があたえられていることを保証するのに十分です。」(『全集』三五巻一三一〜二頁)
マルクスのこの主張は、先にみた『フランスの階級闘争』における次のような記述とも一致している。
「社会の革命的諸利益をその一身に集中している階級は、ひとたび立ち上がるや、直接に自分自身の地位のうちに自分の革命的活動の内容や材料を見いだす。すなわち敵を打ち倒し、闘争の必要によって命じられる措置をとる。彼らの活動の帰結が、彼らをさらに先へと駆りたてる。彼らは自分自身の任務について理論的探求などをこころみない。フランスの労働者階級はこのような立場にいなかった。彼らはまだ彼ら自身の革命を遂行する能力を欠いていた。」(前出)
しかし、マルクスとエンゲルスには、プロレタリアートの政治的支配下における過渡期とその課題について一定の重要な指摘がある。ここでは、そのいくつかについて見てみよう。
2 過渡的方策・施策・措置
労働者階級の政治支配 ― プロレタリアートの階級的独裁 ― の実現が過渡期の開始の前提であり、さらにパリ・コミューンの経験にもとづいて、コミューンが「労働者階級の政府」として「労働の経済的解放のためについに発見された政治形態」であり、過渡期における「階級闘争が…様々な局面をもっとも合理的で人道的なしかたで経過できるようような合理的環境」をつくりだすと主張されている。そして、この過渡期における方策・施策・措置について、どのような指摘や言及がなされているだろうか。
エンゲルスは一八四七年の論文で「プロレタリアートの政治的支配はあらゆる共産主義的施策の第一前提である」と指摘していたが(前出)、そこでドイツの「共産主義者…が私的所有廃止の準備として提案しているような社会改革」について述べている。
「競争を制限し、個々人の手に大資本が堆積するのを制限するあらゆる施策、相続権のあらゆる制限または廃止、国家の側からする一切の労働の組織
― これらすべての施策は革命的施策として可能であるばかりでなく、また必然でさえある。それが可能なのは、蜂起した全プロレタリアートがその背後にあって武力をもってそれを維持するからである。経済学者がこれに反対して主張するあらゆる難点や弊害にもかかわらず、それが可能なのは、まさにこの難点や弊害こそがプロレタリアートを駆って先へ先へと進ませ、自分の既得権を二度と失わないためにもついには私的所有の完全廃止へとおもむかせるからである。それは、私的所有廃止のための準備として、過渡的中間段階として可能なのである。しかしまた、それ以外のものではない。」「これらの諸施策」は、「工業、農業、商業、交通の発展から、これに依存するブルジョアジーとプロレタリアートの階級闘争の発展から自生的に必然的に生まれる結果として考えられる」のであり、「最終的施策としてでなく、暫定的な階級闘争そのものに由来する暫定的な社会救済策として生まれるものである。」(『全集』四巻、三二九〜三一頁)
エンゲルスは、一八四七年の別の論文でも、「現行の富の生産と分配の様式を本質的に変えるような措置 ― すなわち、時の経過とともに一国の生産力の支配権を全人民にあたえ、一切の個人的“雇い主”を一掃すべき措置」について言及している(同上、四四九頁)。
ここで主張されている「私的所有廃止の準備として、過渡的中間段階として可能な」革命的施策とは、「まずもって政治的支配を獲得して国民的階級の地位に」のぼるプロレタリアートが即座に実施すべき過渡的方策・施策・措置・政策
― あるいは「社会改革」 ― である。
『共産党宣言』は、このことについて次のように述べている。
「プロレタリアートは、その政治的支配を利用して、ブルジョアジーからしだいに一切の資本を奪いとり、一切の生産用具を国家、すなわち支配階級として組織されたプロレタリアートの手に集中し、生産力の量をできるだけ急速に増大させるだろう。…このことは、はじめは所有権とブルジョア的生産関係への専制的侵害によって、したがって経済的には不十分で長続きしないと思われる方策によらねば不可能であるが、しかし、これらの方策は運動の進行につれてそれ自身の枠をこえて進むものであり、生産様式全体を変革するための手段として避けることのできないものである。」(前出)
『宣言』は、その上で、「これらの方策は国によって異なる」が、「最も進歩した国々で…全般的に適用できる」諸方策として、“土地所有の収奪と地代を国家の経費にあてること”、“強度の累進税の実施と相続権の廃止”、“亡命者・反逆者の財産の没収”、“国家資本による国立銀行をつうじた信用の国家への集中”、“全運輸機関の国家への集中”、“国有工場と生産用具の増大ならびに単一の協働計画による土地の開墾と改良”、“万人平等の労働義務と産業軍
― とくに農耕産業軍 ― の設置”、“農業経営と工業経営を統合し、都市と農村の対立の漸次的除去に努めること”をあげている。
またマルクスとエンゲルスが起草した「ドイツにおける共産党の要求」(一八四八年)では、当時のドイツの状況に対応した一七項目にわたる方策が提出されており、それらは国家組織のあり方に関する政治的方策、封建的遺制の廃止ならびに様々な過渡的社会経済方策の三つによって構成されている(『全集』五巻、三〜四頁)。
これらは労働者階級による政治権力奪取と直接または間接に結びつけられた過渡的政策の体系であり、マルクスとエンゲルスはこの基本的方法を最後まで堅持している。
マルクスは第一インターナショナルの総評議会への報告(一八六九年)で次のように述べている。
「相続法を問題とする場合、当然にも生産手段の私的所有が存在しつづけることを前提している。……だから、相続権に関するあらゆる措置は、社会的過渡状態、すなわち一方では社会の現在の経済的土台がまだ改造されてないが、他方では労働者大衆が社会の終局の根本的変革の実現を目標とする過渡的措置の実施を強制するのに十分な力をすでにたくわえるにいたった状態にかかわるものである。この見地からするとき、相続法の変更は、この同じ目的をめざすその他多くの過渡的措置の一部をなすにすぎない」と(『全集』一六巻、三六一頁)
またエンゲルスは、一八八一年の手紙で「われわれ自身は…国家による地代のこの取得をほかの多くの過渡的方策の一つとして取りいれた。これらの方策は、同じく『宣言』のなかで述べてあるように、それ自体矛盾にみちており、またそうあらざるをえない」と述べており(『全集』三五巻、一六六頁)、さらに一八八六年の手紙では「御料地(国有地)に生産協同組合をつくる」というエンゲルス自身の提案に関連して次のように説明している。
「われわれが積極的提案をおこなうとき、実行可能な提案だけおこなうべきだということは、まったくそのとおりである。しかし、それは、実質上、実行可能だということでなければならず、現在の政府にそれがやれるかどうかはかかわりない。いや、……われわれが資本主義的生産の転覆にみちびく社会主義的方策……を提案するとき、実質上は実行可能であるが現政府にはやれないような方策だけを提案しなければならない。」「国家の指導のもとに自主経営をおこなう協同組合に大領地を
― さしあたっては賃貸地として ― 引きわたし、こうして国家がひきつづき土地の所有者にとどまること、これこそ、大土地所有が存在するかぎりわれわれがあらゆる事情のもとで推進しなければならない方策であり、そしてわれわれが政権を掌握するとき直ちに自分で実行しなければならない方策である」と(『全集』三六巻、三七二〜三頁)。
ここで読者は、レーニンが一九一七年十月の前に権力奪取のための闘いと結びつけて提出した「さし迫る破局 ― それとどう闘うか」の立場、コミンテルン三・四回大会がプロレタリア統一戦線と労働者政府のための闘いと結びつけて提出した過渡的諸要求についての指示、さらにトロツキーが一九三〇年代において労働者階級による権力奪取のための闘争の行動綱領として提出した過渡的綱領についての考えを想起するだろう。
3 資本の収奪と生産手段の国家への集中
「プロレタリアートの政治的支配」が実施すべき過渡的方策 ― 私的所有の廃止という「社会の終局の根本的変革の実現を目標とする過渡的措置」あるいは「資本主義的生産の転覆にみちびく社会主義的方策」
― の中心をなすはずのものは、「ブルジョアジーからしだいに一切の資本を奪いとり、一切の生産用具を国家、すなわち支配階級として組織されたプロレタリアートの手に集中する」方向にむかう方策であるだろう。『フランスの階級闘争』では、「資本にたいする強力の背後には生産手段の取得、結合した労働者階級の支配下に生産手段をおくこと、すなわち賃労働と資本の撤廃およびこの両者の関係の撤廃がある」と述べられている(『全集』七巻、三九頁)。
『宣言』が当時の「最も進歩した国々」で「全般的に適用できる」諸方策としてあげている項目を先にあげておいたが、そこには“土地所有の収奪”と地代の国家への引渡し、“信用の国家への集中”、“国有工場と生産用具の増大”などが明記されているが、工業生産手段の国家による直接的収用はふくまれていない。
またエンゲルスの「共産主義の原理」では、「地主、工場主、鉄道所有者、船主の財産」を「国営産業の競争」または「政府紙幣による賠償」によって「漸次的に収用する」こと、そして「プロレタリアートの労働または業務を国有地、国有工場、国有作業所において組織し、こうして労働者間の競争をなくし、また工場主がいる間はその工場主に国家が支払うのと同じ高さに引き上げた報酬(労賃)を支払わせる」こと、さらに「国家資本をもつ国有銀行をつうじて信用制度と貨幣取引を国家の手に集中し、すべての個人銀行や金融業者を禁止する」こと、そして「国有の工場、作業所、鉄道、船舶の増加」と「国家の手に一切の運輸機関を集中する」ことなどが主張されている(『全集』四巻三九〇〜一頁)。
また「ドイツにおける共産党の要求」の過渡的社会経済方策の部分では、“すべての私的銀行の廃止と国立銀行の設立(信用制度を全国民の利益のために統制し、大金融業者の支配を掘りくずす)”、“すべての交通機関(鉄道、運河、汽船、道路、郵便など)を国家の財産とする”こと、“国立作業所の設置”などとなっている。
こうして、プレオブラジェンスキーは、「“党宣言”と“共産党の要求”の項目……から明らかであるように、マルクスとエンゲルスは、われわれの通語でいえば、プロレタリアの権力奪取後の時期については極度に穏健なネップをもって、しかもわれわれの現在のネップよりもはるかに穏健なネップで始めるよう助言をあたえた」と述べている(『社会主義とは何か』七三〜四頁)。
他方、「共産主義者同盟への中央委員会の呼びかけ」(一八五〇年)では次のように述べられている。
「次の運動のさいには民主主義者が支配権を握るだろうし」、そのさい「民主主義者を強制して、できるだけ多くの方面で既存の社会制度に侵害を加えさせ、……できるだけ多くの生産力、運輸手段、工場、鉄道等々を国家の手に集中するようにしむける。」「労働者は…民主主義者の提議を極端まで押しすすめ、私的所有にたいする直接の攻撃にかえなければならない。…小ブルジョアが鉄道や工場を買い上げようと提議したら、労働者はこれらの鉄道や工場を反動分子の財産として国家がそのまま無償で没収するように要求しなければならない。民主主義者が比例式租税を提議したら、労働者は累進税を要求する。民主主義者自身が軽度の累進税を提案したら、労働者は大資本がつぶれるほどの急角度で税率が高くなってゆく租税を主張する。民主主義者が国債の整理を要求したら、労働者は国家の破産を要求する。……労働者の要求はいつでも民主主義者の譲歩の方策の程度におうじて決めるべきである。」(『全集』七巻、二五八〜九頁)
またエンゲルスは、一八五〇年の一論文で、「住民の三分の二が産業プロレタリアであるイギリスにおける普通選挙権は、労働者階級の独立的な政治的支配とそれと分かちがたい社会状態のあらゆる革命的変革を意味する」し、「イギリスにおけるプロレタリア革命の最初の結果は、国家すなわち支配者としてのプロレタリアートの手中への大工業の集中だろう」と述べている(『全集』七巻、二四七〜八頁)。
一八七二年の「住宅問題」で、エンゲルスは、「プロレタリアートが権力を掌握するとき、生産用具、原料および生活手段をあっさり暴力的に奪取するかどうか、また…補償をすぐに支払うか、それともその所有権を長期の賦払いによって償却するかということは、問題ではない。そのような問題に前もってどんな場合にも当てはまる答をあたえようとすることは、ユートピアを製造することである」と述べている(『全集』一八巻、二八〇頁)。
4 農業の共同化と農民的土地所有
農業の問題に関連して、「共産主義の原理」は、「プロレタリアートの労働または業務を……国有地において組織する」ことを主張し、また「国民の共同団体のための共同住宅として国有地に大住宅をつくる。この共同体は工業と農業を営み、田園生活と都市生活の長所を結合し、その両生活様式の一面性と不便を免れる」と主張している(『全集』四巻、三九一頁)。『共産党宣言』は、“土地所有の収奪”、“単一の協働計画による土地の開墾と改良”、“農耕産業軍の設置”、“農業経営と工業経営を統合し、都市と農村の対立の漸次的除去に努めること”を主張している。
「ドイツおける共産党の要求」は次のようになっている ― 「これまで農民を苦しめてきたあらゆる封建的負担、あらゆる貢租、賦役、十分の一税などは、なんらの補償なしに廃止される」、「王侯領その他の封建的領地……は国家の財産にする。これらの領地では、農業は大規模に、科学の最新の方法を用いて全国民の利益のために経営される」、「農民の地所に設定された抵当権は国家の財産であると宣言される。農民はそれらの抵当権の利子を国家に支払う」、「小作制度の発達した地方では、地代または小作料は租税として国家に支払われる」、そして以上の「方策はみな、国費の支弁に必要な手段をせばめることなく、生産そのものを傷つけることなしに、農民と小作人にたいする公共の負担その他の負担を軽減するために実施されるものである」と(『全集』五巻)。
そして「共産主義者同盟への中央委員会の呼びかけ」では、いわば「ドイツおける共産党の要求」の説明として次のように主張されている。
「ブルジョア民主主義者が労働者と衝突する第一の問題は、封建制廃止の問題だろう。小ブルジョアは、第一次フランス革命のときのように封建的領地を農民に自由な所有としてあたえ…、農村プロレタリアートをそのまま残すと同時に、小ブルジョア的農民階級をつくりだそうとするだろう。この階級は、いまなおフランス農民がたどっているのと同じ貧困化と負債化の循環をたどることになろう。」「労働者は、農村プロレタリアートの利益とさらに自分自身の利益のために、このような計画に反対しなければならない。労働者は、没収された封建的所有をそのまま国有地とし、労働者入植地にあてるよう要求しなければならない。結合した農村プロレタリアートが大規模農業のあらゆる利点を用いてそれを耕作する。こうすれば、ぐらついているブルジョア的所有関係のまんなかで共同所有の原理がただちに強固な基礎を獲得することになる。民主主義者が農民と結ぶように、労働者は農村プロレタリアートと結ばねばならない」と(『全集』七巻、二五六〜七頁)。
エンゲルスは、「フランスとドイツの農民問題」(一八九四年)で、「生産手段の共同所有」という「主要目標」は「そのための基盤がすでに整っている工業についてだけでなく、…農業についてもあてはまる」とし、「個別的所有は、それが存在しているところでは、また存在しているかぎり、共同所有を不可能にするからである」と説明している(前出)。
だがエンゲルスは、大土地所有と農民的小土地所有の取り扱いを区別していた。エンゲルスは、同じ論文で、「われわれが国家権力を握るとき、大土地所有者についてやらねばならないように小農を力ずくで収奪する……などということはとうてい考えられない」、「小農にたいするわれわれの任務は、…力ずくでなく、実例とそのための社会的援助の提供によって小農の私的経営と私的所有を協同組合的なものに移行させることである」と述べている。
そして、マルクスの「バクーニンの著書『国家制と無政府』概要」(一八七三年)において、農民にたいするプロレタリア革命の実践的立場が以下のようにまとめられている。
「農民が私的土地所有者として大量に存在しているところ……では、次のようなことが起こる。すなわち、農民が、これまでフランスでやってきたように、あらゆる労働者革命を妨げ挫折させるか、あるいはプロレタリアートが(私有者としての農民はプロレタリアートに属せず、またその状態からいってプロレタリアートに属する場合にも自分では属していないと信じているから)政府として、農民の状態が直接に改善され、そのために農民を革命の側に獲得するような諸方策をとらねばならないか、どちらかである。しかも、その諸方策は、土地の私的所有から集団所有への移行を萌芽状態において容易にし、その結果、農民がおのずから経済的に集団所有に進むような諸方策であって、たとえば相続権の廃止を布告したり、農民の所有の廃止を布告したりして、農民の気を悪くするようなことをしてはならない。後者のようなことができるのは、(イギリスにおけるように)資本家的借地農業者が農民を押しのけてしまい、現実に土地を耕す者が都市労働者と同じようなプロレタリア、賃金労働者となっており、したがって都市労働者とまったく同一の利害を間接にではなしに直接にもつようなっている時にかぎられる。バクーニンの革命戦役のさいのように、単純に大きな領地を農民にとりこませて分割地を大きくすることによって分割地所有が強化されるようなことをしてはならない。」
「徹底した社会革命は、経済的発展の一定の歴史的諸条件と結びついている。それらの条件は社会革命の前提である。社会革命は、したがって、資本主義的生産とともに工業プロレタリアートが少なくとも人民大衆のなかで相当の地位を占めるようになったところではじめて可能である。そして、彼らがなんらかの勝利のチャンスをもつためには、彼らは少なくとも、フランスのブルジョアジーが彼らの革命にあたって当時のフランス農民のためにしてやったのと同じ程度のことを必要な変更をくわえて直接に農民のためにしてやることができなければならない」と(『全集』一八巻六四一〜三頁)。
5 過渡期の経済管理を準備する資本主義
プロレタリアートの政治的支配下における経済の管理と運営について、マルクスとエンゲルスはどのように想定していただろうか。この問題に関する両人の直接の言及はますます少なくなる。ここでは、資本主義的生産様式がいわば過渡期の経済管理・運営のための要素を準備する側面について『資本論』第三巻で述べられている部分をみてみよう。
まず資本主義生産様式下の「監督と指揮の労働」に関連して、『資本論』第三巻の二三章「利子と企業者利得」に以下のような記述がある。
「資本主義的生産それ自身は、指揮の労働がまったく資本所有から分離して街頭をさまようまでにした。……この指揮労働が資本家によっておこなわれる必要はなくなった。音楽指揮者がオーケストラの楽器の所有者であること」も「楽士たちの“賃金”」にかかわりをもつことも、「指揮者としての彼の機能に属しない。協同組合工場は資本家が生産の機能者として余計になったことを証明している……。」「資本家の労働」が「社会的労働としての労働の形態」つまり「一つの共同の結果を生むための多数人の結合と協業から生じるかぎりでは、この労働は資本とかかわりないし」、それは「この形態そのものが資本主義的外皮を破れば資本とかかわりがないのと同様である。」
「管理賃金は商業的管理者にとっても産業的管理者にとっても企業者利得からまったく分離してあらわれるし、労働者の協同組合工場でも資本家的株式企業でもそうである。」「協同組合工場」では「管理者は労働者たちから給与を受け取り」、「労働者たちに対立して資本を代表する」ものではない。「信用制度とともに発展する株式企業は、一般に、機能としてのこの管理労働を、自己資本であろうと借入資本であろうと資本の所有からますます分離してゆく傾向がある。」「信用の発展につれて……貨幣資本そのものが社会的性格をもつようになり、銀行に集中されて、もはやその直接の所有者からでなく銀行から貸し出されるようになることによって、他方では、借入れによってであろうとその他の方法によってであろうとどのような権原によっても資本の所有者でない単なる管理者が機能資本家に属するすべの実質的機能をおこなうことによって、残るのはただ機能者だけになり、資本家は余計な人物として生産過程から消えてしまう。」(『全集』二五a巻四八四〜七頁)
また株式会社制度に関して、『資本論』第三巻の二七章「資本主義的生産における信用の役割」に以下のような記述がある。
「株式会社の形成」によって「生産規模の非常な拡張がおこなわれ、個人資本には不可能だった企業があらわれた。同時に、従来は政府企業だった…企業が会社企業になる。」「生産手段や労働力の社会的集積を前提している資本が、ここでは直接に個人資本に対立する社会資本(直接に結合した諸個人の資本)の形態をとっており、このような資本の企業は個人企業に対立する社会企業としてあらわれる。それは、資本主義的生産様式そのものの限界内における私的所有としての資本の廃止である。」
「現実に機能している資本家が他人の資本のたんなる支配人、管理人に転化し、資本所有者はたんなる所有者、たんなる貨幣資本家に転化する…。」「株式会社では、機能は資本所有から分離されており、したがってまた労働も生産手段と剰余労働の所有からまったく分離されている。このような資本主義的生産の最高の発展の結果こそ、資本が生産者たちの所有に、といっても、もはや個別の生産者たちの私有としてでなく、結合された生産者……の所有、直接的社会所有としての所有に再転化するための必然的な通過点である。それは、他面では、これまでまだ資本所有と結びついている再生産過程上のいっさいの機能が結合生産者たちのたんなる機能、社会的機能に転化するための通過点である。」
ここのところで、エンゲルスは一八九〇年代の時点で次のように書き加えている。
「以上のことをマルクスが書いてから、……株式会社の二乗三乗を表わすような新たな産業経営形態が発展してきた。」「競争の自由もついに終末に達し、その公然たる不面目な破産を自分自身で告げざるをえない。しかも、どの国でも、一定の部門の大産業家が生産の調節のためにカルテルを結成することによってである。一つの委員会が各経営の生産すべき量を決定し、結局は入ってくる注文を分配する。しかも、いくつかの場合には、一時的に国際カルテルさえできた。」「このような生産の社会化の形態もまだ十分ではなかった。……生産規模がそれを許したいくつかの部門では、その事業部門の総生産を集中して統一的管理機関をもつ一つの大きな株式会社にするまでになった。」「これは、イギリスの全アルカリ生産をただ一つの事業会社の手に収めさせた。……技術上の指揮はこれまでと同じ人々の手に残されているが、事業管理は役員会の手に集中されている。……こうして、全化学産業の基礎をなしている部門でイギリスでは独占が競争にとってかわり、全社会による、国民による将来の収奪のためにもっとも好都合に準備されている。」
そのうえで、マルクスによる次のような記述がある。
「これは、資本主義的生産様式そのもののなかでの資本主義的生産様式の廃止であり、したがってまた自分自身を解消する矛盾であって、この矛盾は、一見して明らかに、新たな生産形態へのたんなる過渡点としてあらわれる。このような矛盾として、それはまた現象にもあらわれる。それは、いくつかの部面では独占を出現させ、したがって国家の干渉を呼び起こす。それは、新しい金融貴族を再生産し、企画屋や発起人や名目だけの役員の姿をとった新しい寄生虫を再生産し、会社の創立や株式発行や株式取引についての思惑と詐欺の全制度を再生産する。それは私的所有による制御のない私的生産である」と(以上、同上五五六〜九頁)
『資本論』第三巻の三六章「資本主義以前」には、さらに信用・銀行制度に関して以下のような記述がある。
「銀行制度は、形態的な組織や集中という点からみれば、……およそ資本主義的生産様式がつくりだす最も人工的で最も完成した産物である。それだからこそ、イングランド銀行のような機関が商業や産業の上に巨大な力をふるうのである。といっても、商業や産業の現実の運動はまったくこのような機関の領域の外にあり、この運動にたいしてこのような機関はまったく受動的関係にある。たしかに、それとともに社会的規模での生産手段の一般的な簿記や配分の形態はあたえられているが、しかし形態だけである。」
「信用・銀行制度は、……産業資本家に社会のあらゆる処分可能な資本、そして潜勢的でまだ現実には使用されていない資本までも用立てるのであり、したがってこの資本の貸し手もその充用者もこの資本の所有者でもないし生産者でもないのである。このようにして、この信用・銀行制度は資本の私的性格を廃棄するのであり、したがって潜在的に、ただ潜在的にのみ資本そのものの廃棄をふくんでいる。銀行制度によって、資本の分配は私的資本家や高利貸しの手から一つの特殊な業務として、社会的業務として取り上げられている。」
「最後に、資本主義的生産様式から結合労働への移行にさいして信用制度が強力なテコとして役立つであろうことは、少しも疑いない。とはいえ、それはただ生産様式そのものの他の大きな有機的諸変革との関連のなかで一つの要素として役立つだけである。」しかし「生産手段が資本に転化しなくなれば(このことのうちに私的土地所有の廃止もふくまれる)、信用そのものにはもはやなんの意味もない…。」(『全集』二五b巻七八二〜三頁)
6 協同組合による経営の可能性
株式会社制度に言及している『資本論』第三巻の二七章では、先の引用につづいて「協同組合工場」について次のような記述がある。
「労働者たち自身の協同組合工場は、旧い形態のなかでではるが、旧い形態の最初の突破である。……それは、どこでもその現実の組織では既存の制度のあらゆる欠陥を再生産しているし、また再生産せざるをえない。しかし、資本と労働の対立は、この協同組合工場のなかでは廃止されている。たとえ、初めはただ労働者たちが組合として自分たち自身の資本家であるというかたち、すなわち生産手段を自分たち自身の労働の価値増殖のための手段として用いるというかたちであるとしてもである。」
「このような工場が示していることは、物質的生産力とそれに対応する社会的生産形態のある発展段階で、どのように自然的に一つの生産様式から新たな生産様式が発展し形成されるかということである。資本主義的生産様式から生まれる工場制度がなければ、協同組合工場は発展できなかっただろうし、また同じ生産様式から生まれる信用制度がなくてもやはり発展できなかっただろう。信用制度は資本主義的個人企業がだんだん資本主義的株式会社に転化してゆくための主要な基礎をなしているが、それはまた多かれ少なかれ国民的規模で協同組合企業がだんだん拡張されてゆくための手段も提供する。」
「資本主義的株式企業も協同組合工場と同じように資本主義的生産様式から結合生産様式への過渡形態とみなしてよいし、ただ一方では対立が消極的に、他方では積極的に廃止されているだけである。」(『全集』二五a巻、五六一〜二頁)
ここで取り上げられているのは資本主義体制の枠内における「労働者自身の協同組合工場」である。この点について、マルクスは第一インターナショナルの一文書(一八六七年)で次のように述べている。
「われわれは、協同組合運動が階級対立に基礎をおく現在の社会を改造する諸力の一つであることを認める。この運動の大きな功績は、資本にたいする労働の隷属にもとづき窮乏を生みだす現在の専制的制度を自由で平等な生産者の連合社会という福祉をもたらす共和的制度とおきかえることが可能なことを実地に証明する点にある。」
「しかし、協同組合制度が個々の賃金奴隷の個人的努力によってつくりだせる程度の零細な形態にかぎられるかぎり、それは資本主義社会を改造することはけっしてできないだろう。社会的生産を自由な協同組合労働の巨大で調和ある一体系に転化するためには、全般的な社会的変化、社会の全般的条件の変化が必要である。この変化は、社会の組織された力、すなわち国家権力を資本家と地主の手から生産者自身の手に移す以外の方法ではけっして実現できない」と(『全集』一六巻、一九四頁)。
ところで、マルクスの『フランスの内乱』では、前に見たように、「労働者階級の政府」としてのコミューンのもとで「協同組合の連合が一つの計画にもとづいて全国の生産を調整し」、「それを自分の統制のもとにおき、資本主義的生産の宿命である不断の無政府状態と周期的痙攣を終らせる」とすれば、これこそ「可能な共産主義」であると述べられていた。
マルクスの「土地の国有化について」(一八七二年)という短い論文には、「生産手段の国民的集中は、合理的な共同計画にしたがって意識的に行動し、自由で平等な生産者たちの諸協同組合からなる一社会の自然的基礎になるだろう。これこそ、一九世紀の偉大な経済的運動がめざしている目標である」という記述もある(『全集』一八巻、五五頁)。
またエンゲルスは、一八八一年の一論文で、農業の問題に関連して「われわれをどうしても土地の国有化と、国民的管理のもとで協同組合によるその耕作に向かわせざるをえないだろうというのが、その結末だろうし、また結末でなければならない」と述べている(『全集』一九巻、二六五頁)。さらに先に引用したエンゲルスの一八八六年の手紙では次のように述べられている。
「僕の提案は、既存の生産のなかへ協同組合を根づかせることを要求しているのである。協同組合に土地をあたえるべきであり、さもなければその土地は資本主義的に利用されることになる。パリ・コミューンが要求したように、労働者は工場主たちが休止させている工場を協同組合的に経営しなければならない。……そして完全な共産主義経済への移行に当って、中間段階としてわれわれが協同組合的経営を広範囲に応用しなければならないだろうということ、このことについてマルクスも僕も疑問をもったことはなかった。ただ問題は次のように取り計らわねばならない。すなわち、社会が、したがってまず国家が生産手段を所有し、そうすることによって協同組合の特殊利益が社会全体に対立して設定されないようにしなければならない。」(『全集』三六巻、三七五頁)
X 過渡期と価値法則
1 過渡期の過程そのものについて
マルクスとエンゲルスは、プロレタリアートの階級的政治支配を実現する一つの政治革命としてのプロレタリア革命をもって資本主義社会から共産主義社会への「革命的転化の時期」が始まるし、それは「階級の区別一般の廃止、階級の区別の基礎となっている現在の全生産関係の廃止、これらの生産関係に対応する現在の全社会関係の廃止、そしてその社会関係から発生するすべての観念の変革のための必然的な過渡期としてのプロレタリアートの階級的独裁」の時期であると主張している。
また、「まずもって政治的支配を獲得して国民的階級の地位に」のぼるプロレタリアートが「私的所有廃止の準備として、過渡的中間段階として」即座に実施すべき過渡的方策・施策・措置・政策
― あるいは「社会改革」 ― についても、『共産党宣言』の時期のマルクスとエンゲルスには積極的な主張がある。その後、両人はこの問題について非常に慎重になるが、それでも重要な指摘や言及を見いだすことができる。
さらに、「現在の全生産関係の廃止」のうえで実現されるべき「生産手段の共有」にもとづく「協同社会」 ― 「資本主義社会から生まれたばかりの共産主義社会の第一段階」
― についても、その概念的な想定や規定が「共産主義の原理」と『共産党宣言』、マルクスの『資本論』と「ゴータ綱領批判」、エンゲルスの『反デューリング論』などで主張されている。
こうして、マルクスとエンゲルスは、プロレタリアートの階級的独裁の実現をもってする過渡期の開始とその過渡期のうえで実現される共産主義的「協同社会」に関する概念的な想定や規定について述べている。
だが、過渡期の開始から共産主義的「協同社会」にいたる中間の過程 ― 過渡期の過程そのもの ― に関する言及はほとんど見られないようである。この問題に関連して、エンゲルスは一八九〇年の一手紙で「未来社会における生産物の分配」方法をめぐる討論について言及し、次のように述べている。
「奇妙なことに、分配方法は本質的にはやはり分配されるべきものがどれだけあるかにかかっていること、そしてこの分量はやはりおそらく生産と社会的組織の進歩につれて変化するだろうし、したがっておそらく分配方法も変化するだろうということには誰も気付かなかったのです。……“社会主義社会”は不断の変化と進歩をたどるものとしてでなく、不動でそれきり変わらないもの、したがってまた、それっきり変わらない分配方法をもつべきものと思われているのです。だが分別をもってやれることは、ただ(一)初めに採用する分配方法を発見しようと試みること、(二)それ以後の発展がたどる一般的傾向を見いだそうと努めることだけです」と(『全集』三七巻、三七九〜八〇頁)。
エンゲルスは、ここで、過渡期の最初の課題と方策に関する実践的な想定だけが現実的であり、以後の発展については一般的傾向の予見しかできないと主張している。先に見たように、マルクスとエンゲルスは過渡期の過程そのものについて非常に慎重であり、同時に柔軟だった。
2 過渡期と商品経済
ところで、過渡期の問題の一つとして、過渡期の過程そのものにおける商品経済と価値法則、その様々な経済的カテゴリーの位置はどうなるだろうか。
マルクスとエンゲルスは、プロレタリアートによる政治権力の獲得と同時に生産手段の私的所有が全面的に廃止されると考えなかったし、商品生産様式とその前提である私的所有制の完全な廃止・克服を共産主義的協同社会にいたる過渡期の課題として想定していた。
エンゲルスは一八四七年の一論文で「私的所有廃止の準備として、過渡的中間段階として可能な」革命的施策を主張していたし(前出)、また「共産主義の原理」では「プロレタリアートの革命は、現在の社会をただ徐々に変革し、そして……必要な生産手段の量がつくりだされたときに初めて私的所有を廃止することができる」と述べていた(前出)。
『共産党宣言』では、プロレタリアートはその政治的支配を利用して「ブルジョアジーからしだいに一切の資本を奪いとり、一切の生産用具を……支配階級として組織されたプロレタリアートの手に集中し、生産力の量をできるだけ急速に増大させるだろう」し、「発展が進むにつれて、階級の差別が消滅し、すべての生産が協同した諸個人の手に集中されると、公的権力は政治的性格をうしなう」と主張されていた(前出)。
そして『共産党宣言』と『共産党の要求』で主張されている過渡的方策について、プレオブラジェンスキーは、「われわれの通語でいえば、プロレタリアの権力奪取後の時期については極度に穏健なネップをもって、しかもわれわれの現在のネップよりもはるかに穏健なネップで始めるよう助言をあたえた」と述べていた(前出)。
またエンゲルスは、一八五〇年の一論文で、「イギリスにおけるプロレタリア革命の最初の結果は、国家すなわち支配者としてのプロレタリアートの手中への大工業の集中だろう」と述べていた(前出)。先に『資本論』から引用している株式会社制度に関するマルクスの記述も、当時の大工業における大規模企業のプロレタリア政治権力による急速な収用を示唆していたといえるだろう。『反デューリング論』では、「株式会社への転化も国家的所有への転化も、生産力のもつ資本という性質を廃止するものではない」し、「生産力の国家的所有は衝突の解決ではないが、そのなかには解決の形式上の手段、手掛りが隠されている」と述べられている(『全集』二〇巻、二八七〜八頁)。またエンゲルスは、一八九四年に、大土地所有では「あからさま資本主義的経営」があり、「わが党が国家権力を握るやいなや、党は大土地所有者をあっさり収奪しなければならないことは、工業における工場主の場合とまったく同じである」と述べている(『全集』二二巻、四九頁)。
だが、工業における基幹的生産手段、全国的通信・運輸・流通手段、大土地所有などのプロレタリア権力による国有化も、生産手段の私的所有の完全な廃止を意味しないし、また商品生産様式とその価値法則の全面的な廃棄・克服をただちに実現するものではない。
様々な生産部門と流通部門において多種多様な中小規模の経営があり、またヨーロッパの大陸諸国においては様々な独立的小農民経営とその小土地所有があった。土地をふくめた生産手段と通信・運輸・流通・サービスなどの手段がすべて共同的な社会的所有に転化しないかぎり、少なくともその度合において商品交換とそれを支配する価値法則は残りつづける。
エンゲルスは、一八八六年に、「パリ・コミューンが要求したように、労働者は工場主たちが休止させている工場を協同組合的に経営しなければ」ならず、「完全な共産主義経済への移行に当って、中間段階としてわれわれが協同組合的経営を広範囲に応用しなければならないだろう」と述べていた(前出)。
そして、様々な経済部門における中小規模の企業体においてこそ協同組合的経営が広範囲に応用されるだろうし、マルクスとエンゲルスは独立的小農民経営の協同組合経営をつうじた自主的で漸次的な共同化を積極的に主張していた。また、生産手段が国有化されていても、国家から委託または貸与される生産手段にもとづく個別の協同組合企業は独立した経済的経営単位であるだろう。プロレタリア国家による何らかの統制があるとしても、そのような協同組合企業は基本的に商品経済という枠組を前提とし、少なくとも一定の範囲で価値法則にもとづいて経営される以外にない。したがって、そのかぎりにおいて、過渡期における協同組合的経営方式のもとでも、資本の再生の基盤になりうる「資本蓄積」の要素の完全な排除は理論的にありえないことになる。
エンゲルスは、一八七〇年頃のドイツを前提にして、「農村労働者が彼らの恐ろしい貧困から救われることができるのは、なによりも彼らの主要な労働対象である土地そのものを大農民やさらに大きな封建領主の私有からとりあげて社会的所有にかえ、農村労働者の協同組合が自分たちの共同の勘定でそれを耕作するときである」と述べている(『全集』一六巻、三九四頁)。
エンゲルスの「住宅問題」(一八七二年)では、さらに次のように述べている。
「労働人民による一切の労働用具の“現実の奪取”、全産業の掌握(がなされた場合)……“労働者人民”は家屋、工場、労働用具の総体的所有者にとどまり、それらのものの用益権は少なくとも過渡期のあいだは費用の補償なしに個々人または協同組合に引き渡されることはおそらくないだろう。それは、土地所有の廃止が地代を廃止することではなく、かたちを変えて地代を社会に譲渡することであるのとまったく同様である。だから労働人民による一切の労働用具の現実の奪取は、賃貸借関係の維持をけっして排除するものではない」と(『全集』一八巻、二八〇頁)。
「完全な共産主義経済」へ移行する「中間段階」として「協同組合的経営を広範囲に応用しなければならない」と述べている部分で、エンゲルスは「社会が、したがってまず国家が生産手段を所有し、そうすることによって協同組合の特殊利益が社会全体に対立して設定されないようにしなければならない」と主張していた(前出)。
つまり、自然発生的には、「社会全体」に対立する「協同組合の特殊利益」といわれていることのなかに過渡期における資本蓄積の可能性が潜在しているといわねばならないだろう。
3 過渡期と価値法則の死滅
「共産主義の原理」−『共産党宣言』−「共産党の要求」は、銀行・信用制度の国家への集中を非常に重視しており、「国家資本をもつ国有銀行をつうじて信用制度と貨幣取引を国家の手に集中し、すべての個人銀行や金融業者を禁止する」(「原理」)、“国家資本による国立銀行をつうじた信用の国家への集中”(『宣言』)、「すべての私的銀行を廃止し、一つの国立銀行を設立する。その発行する銀行券は法定通用力をもつ」(「要求」)と主張していた。
この点について、「共産党の要求」は、「この方策は信用制度を全国民の利益のために統制することを可能にし、……大金融業者の支配を掘りくずす。この方策は金銀を徐々に紙幣に代えることによって、ブルジョア的流通に欠くことのできない用具、一般的交換手段を安あがりにし、金銀を対外的に使用することを可能にする。最後に、この方策は保守的ブルジョアの利害を革命に結びつけるために必要である」と述べている(『全集』五巻、三〜四頁)。
また前項で引用しているように、エンゲルスは、過渡期において「“労働者人民”は家屋、工場、労働用具の総体的所有者にとどまり」、そのうえで「賃貸借関係の維持」を排除せず、「土地所有の廃止」が「かたちを変えて地代を社会に譲渡する」ことであると主張している。ところで、労働者人民の総所有制にもとづく「賃貸借関係」
― 家屋、工場、労働用具の「用益権」を「費用の補償」にもとづいて「個々人または協同組合に引き渡す」こと ― は、過渡期において信用関係が存在することを意味する。
ところで、先に『資本論』から引用している協同組合工場に関する部分で次のように述べられていた。
「資本主義的生産様式から生まれる工場制度がなければ、協同組合工場は発展できなかっただろうし、また同じ生産様式から生まれる信用制度がなくてもやはり発展できなかっただろう。信用制度は資本主義的個人企業がだんだん資本主義的株式会社に転化してゆくための主要な基礎をなしているが、それはまた多かれ少なかれ国民的規模で協同組合企業がだんだん拡張されてゆくための手段も提供する。」
この後で、さらに「信用制度に内在する二面的性格、すなわち一面では資本主義的生産のばねである他人の労働の搾取による致富をもっとも純粋で、もっとも巨大な賭博・詐欺制度にまで発展させ、社会的富を搾取する少数者の数をますます制限するという性格、しかし他面では新たな生産様式への過渡形態をなすという性格」と述べられている(『全集』二五a巻、五六三頁)。
先に引用している信用・銀行制度に関する部分では次のように述べられていた。
「銀行制度は、形態的な組織や集中という点からみれば、……およそ資本主義的生産様式がつくりだす最も人工的で最も完成した産物」であり、「それとともに社会的規模での生産手段の一般的な簿記や配分の形態はあたえられているが、しかし形態だけである。」また「資本主義的生産様式から結合労働への移行にさいして信用制度が強力なテコとして役立つであろうことは、少しも疑いない。とはいえ、それはただ生産様式そのものの他の大きな有機的諸変革との関連のなかで一つの要素として役立つだけである。」しかし「生産手段が資本に転化しなくなれば(このことのうちに私的土地所有の廃止もふくまれる)、信用そのものにはもはやなんの意味もない」と。
信用と銀行制度は、普遍的商品−貨幣経済様式と価値法則にもとづく経済的存在である。こうして、過渡期におけるプロレタリアートの政治支配はそのような経済的カテゴリーを積極的に利用し、意識的に制御しなければならない、とマルクスとエンゲルスは主張していたわけである。
ところで、マルクスとエンゲルスが生産手段の共有にもとづく協同社会において想定していたのは、商品経済、価値法則、資本主義生産様式から解放された経済的社会形態としての直接に共同的な社会的生産とそれにもとづく分配である。
「生産手段の共有を土台とする協同組合的社会の内部では、生産者はその生産物を交換しない」し、「生産物に支出された労働がその生産物の価値として、すなわちその生産物にそなわった物的特性として現れる」こともなく、「個々の労働はもはや間接にではなく直接に総労働の構成部分として存在している」おり(「ゴータ綱領批判」前出)、そのような社会における「各人の労働は、その特殊な有用性がどんなに様々であっても、はじめから直接に社会的労働」となり、「社会は生産物にどんな価値も付与しない」のである(『反デューリング論』前出)。そこでは、全社会的な経済計算と経済計画は商品経済の価値法則から解放された労働そのもの
― その労働時間 ― にもとづいておこなわれる。
それでは、少なくとも過渡期の当初における商品経済と価値法則にもとづく様々な経済的カテゴリーの存在と、他方、共産主義的協同社会における商品経済・価値法則を全面的に克服した労働時間計算制の実現のあいだの関係はどうなるのだろうか。
商品経済と価値法則 ― 市場を貨幣 ― を暴力的・行政的に圧殺しつくすことはできないし、労働時間計算制を機械的・行政的に導入することはできない。過渡期においてプロレタリアートの政治支配が経済を管理制御する能力を経験的過程をつうじて獲得しつつ、同時に社会的生産力の発展が農業をも統合しつつ新しい段階に入ることをつうじて、商品経済と価値法則の完全な克服・廃棄が準備されなければならないだろう。それは、国家と同じで、死滅の過程をたどる以外にないだろう。
〔1993年に『世界革命』紙上で最初に発表 ― 2007年10月〕
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