| 韓国 今こそ階級、そして階級の政治だ! かけはし2008.3.10号 |
新自由主義政治の10年
韓国で自由主義の政治が思いっきり世の中を風靡する時代は過ぎ去っているようだ。地域での影響はまだ残っているとしても、民主改革の問題を基準として分かれていた投票行為は2007年の大選(大統領選挙)を起点として崩れ去ったようだ。
この10年間の自由主義の政治は、反共と分断が作り出した抑圧的、兵営的体制に対する歴史的、社会的負担を払い落とすことから始まっていると考えられる。こうして自由主義政治の歴史的役割はキム・デジュン、ノ・ムヒョンとともに後景へと退いている。
自由主義政治の最も重要な歴史的役目は、国家が主導し財閥を中心とする資本発展の戦略を解体し、地球的に全面化している「見えざる手」を招き入れ全一化することだった。これによって青年の失業、非正規職から失業という不安定労働を日常化し、貧困と2極化を生み出した。
結果的に自由主義政治は形式的、手続き的民主主義の問題をある程度は解消したものの、何よりも労働者大衆の生存権の問題が中心を成している社会的民主主義の問題を浮き彫りにしつつ退場している。「民主化」の問題は副次的問題となり、今は「階級」と階級問題に絡んでいる諸々の社会的抑圧―差別の問題が中心的な問題として浮かび上がっているのだ。
87年の民主抗争、労働者大闘争のとうとうたる流れを政治的に集めきったペッ・キワン以後、新たに始まった今日までの韓国社会での労働者の政治勢力化、進歩政党運動は96〜97年の労働法、安企部法ゼネスト闘争の成果と限界とを抱えて出発したと言っても過言ではない。
民主労働党の破産と分解
87年労働者大闘争の成果として全労協、民主労総をうち立てることによって可能となった労働者の全国的な闘争と強固なストライキ闘争があったことによって新たな進歩政党運動が出現することができた。同時に闘いの水路を「国民と共に歩む労働運動」へと転化させつつ「国会でわれわれを代弁する勢力」を作り出すために動き始めることによって、進歩政党運動の限界もまたその出発とともにそっくりさらけ出した。
資本は97年の通貨危機を好機として蓄積体制を完全に変えることに成功した。それまで一時代を謳歌していた財閥は超国籍資本へと変身することに成功した。世界市場と連動させながら輸出と内需は分離し、非正規職から失業に至るまで不安定労働がまん延する社会となった。あげくのはてに世界金融体制に編入するための手続きを踏んでいっており、これによって貧困と2極化はさらに極端になるものと見られる。
資本はすでに新たな蓄積体制への転換を成功させるに至ったばかりではなく、労働者に対する分割・統制にも成功している。韓国労総については今さら言うまでもないが、所属しているネクタイ部隊については言うに及ばず、すでに所属が上位20%以内に属している大工場、男性、正規職の労働者たちが中心をなしている民主労総さえも、資本の行く道の障害とはなっていない。
すでに焦土化してしまったヨーロッパの階級妥協体制を模倣した、資本運動が量産したものの結局は資本に匕首(あいくち)を突きつける非正規職や失業者を実際には包括できない時代錯誤的な産別体制の構築に集中している限り、そうならざるをえないだろう。
03年末、一寸先も見通しがたい労働者たちの自殺の政局を経て、最近では労働者たちの焼身自決が発生している状況にあっても民主労総が現場大長征以後、産別大長征に突入しているのは、民主労総がこの時期に要求されている民主労組運動の方向をキチンと認識できていないことを反映しているものだと言えよう。
排他的支持によって民主労働党と切っても切れない関係を結んできた民主労総が民主労働党にとって負担となっていることが民主労働党の内部でも提起され、論じられている。選挙前には比例代表2番を非正規職に割り当てることをあたふたと決定したが、今は労働部内の中央委員を民主労総にのみ割り当てるのではなく非正規職に広げるべきだとの話を投げかけている。こうしてみると、民主労働党は自らの限界が何であるのかを分かっているように思われる。
それにもかかわらず非正規職を包括できない民主労総の産別と、これにこたえる民主労働党の戦略を転換・廃棄しない以上、抜本的な解決策はできない。非正規職の撤廃をどんなに声高に叫んでも、正規職の所得を非正規職と分けあっていくことによって解決されるものではないことを、誰もが知っているからだ。
進歩政党運動は当初、大衆的に多くの共感を作り出した。前回の総選挙では予想外に1議席の地域区と8議席の比例代表を獲得して第3党となった。だがその結果はむしろ運動を後退させた。国会議員の事務室は苦情処理室となり、国会の開会ともなればつつましいストライキのひとつさえ構えることなしに、ああだこうだという要求を掲げたテントだけが絶えず軒をつらねた。今や闘いなしに請願にしがみつき国会議員の個人的負担が大きいものとならざるをえないというある議員の繰り言そのままに、議会主義、代理主義は体系的かつ大衆的に位置づけられている。
議会主義が体系化した中での排他的支持こそは労働組合運動、農民運動の指導者が国会に行く安定的な道の要所の役割をするだろうし、同時に議会主義を一層強化させる役割をはたすだろう。
どんなに排他的支持という囲いを立てても、組合員にとっては強制力として働きこそすれ、労働組合の幹部にとっては何の縛りにもならないことは先の大選において克明に示された。
民主労総陣営でのソン・ハッキュ、イ・ヘチャン、チョン・ドンヨン支持宣言は二の次としても、イ・ミョンバク支持宣言まで出てきた。労働者密集地区で当選し、その象徴性だけででも民主労働党の中心となるべき者がソン・ハッキュを支持するというとんでもないことが起きたりもしたが、それを彼個人の限界とするには傷は余りにも深い。
労働者大闘争の象徴であり、全労協の事務総長を担った者はニュー・ライト労働運動によってイ・ミョンバクの核心的幹部となり、排他的支持を声高に叫びつつ民主労総の事務総長をしていた人物は統合新党の議員バッジを付けている。韓国労総だけでなく民主労総を含めて労働組合幹部の座が、運が良ければバッジを付けることのできる場所となっていることを反証している。
官僚主義は、ここに極めて深く根を下ろしている。そして前回の総選挙で「道を歩いていたら財布を拾った」ようなものと発言したある議員の表現そのままに、財布を拾おうと列をなす者が増えれば増えるほど官僚主義や覇権主義は、その極に達するだろう。民主労働党での昨今の覇権主義論争も、これと全く無関係ではありえないだろう。
94年、通貨危機を迎えている当時の大選で、「立ち上がれ、コリア」という憂国主義、民族主義的スローガンによって内紛を迎えたことを皮切りに、「コリア連邦共和国」というもうひとつの民族主義、いや彼らの表現通りに従北主義的スローガンによって内紛を経たことこそ、最も象徴的だ。
窮極の経済危機をイデオロギーとしてIMFによる構造調整のプログラムを受け入れ、これを通して危機を突破しようとする資本を助けてやる、いわばその当時のハルモニ(母)の金のかんざしや子どもらの安物の指輪を引きぬいた失業克服運動と何ら変わらない国民動員のイデオロギーを自らのスローガンとして掲げようとして内紛に陥ったのだ。
北韓(北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国)は利潤率低下を乗り切るための、過剰資本の解消のための空間として南韓(韓国)資本に下位配置している。これは分断の壁を壊した自由主義政治の役割だった。「コリア連邦共和国」によって内紛を経た民主労働党が、それこそ自由主義政治と運命を共にした背景ではないのか。さらに憂慮すべきは、加速化される世界化の経済体制にあって、民族の名によって、また愛国の名によって国民を動員する仕組みになりはしないだろうか、ということだ。
キツツキは自分が死ぬとも知らずに自分の木をつつき続ける、と言葉があるのではないか。政治的自由主義者たちは、彼らが設けた罠に自らはまって倒れた。彼らがあれほどまでに願っていた資本の無限自由主義がはびこるとともに、彼らのいるべき所はなくなった。時代的役割が尽きたのだ。民主労働党もまた、政治的自由主義と共に寿命が終わったのだ。資本の無限自由主義から始まった非正規職から失業に至るまで苦しめられている者たちに政治勢力化のバトンを渡すべき時だ。今こそ労働者階級の政党だ。これが時代的要請だ。
迫りくる試練と階級の課題
いわゆるイ・ミョンバク時代。常々、冷たい風を受けてきた非正規職は言うまでもなく、金融部門、公共部門の労働者たち、そして公務員にとっても試練の時代になるものと思われる。イ・ミョンバク政権の意図するものはノ・ムヒョン政権の作品に基づいている。韓米FTAにドライブをかけたノ・ムヒョン政権が任期末に提出した資本市場統合法は、韓国社会を金融化体制に変化させる会心作だった。
これに対しイ・ミョンバク政権はその後続として資本の相互出資を許容し資本を強化させる一方、金産分離法を緩和し産業資本の金融資本支配を許容しようとする。そして産業銀行、ウリ銀行の民営化、甚だしくは郵政・郵便局の民営化まで振りかざしながら投資銀行を主導的に創設し、巨大金融資本を構築するための銀行、保険、証券会社などの資本統合を煽り立てつつ金融的再編を急きょ押し進めるものと判断される。いわゆる年金改革によって金融化を通して資金を調達し、公共部門を民営化することによって金融化のための市場を拡張しようとしている。一方、企業に対する規制を縮小ないしは廃止することによって政府機能を縮小することを意図している。
併せて、それなりに存在していた不動産投機に対する規制を縮小し、高校入試さえも競争へと追い立てることによって私教育を拡大し、MBCを民営化し新聞や放送の兼業を許容することによって言論の公共性としての社会けん制機能を抹殺しようとしている。そして非正規法案に対する今一度の改悪があるものものと予想される。
その結果、財閥支配は強化され、金融および不労所得者が増える反面、貧困と2極化がさらに深まることは自明だ。一方、二重の苦痛にさらされている女性はさらに無視され、大運河構想をめぐる論争は環境の名の下に持続されるものと見られる。これによる社会の不安定性に対処するために集会、デモおよび表現の自由を極度に制限し、民主主義の名によって民主主義を抑圧するだろう。
昨年の非正規法通過以後、イレリンド・ニューコア労働者たちの闘争は解雇反対、正規職争取という彼らだけの闘争というよりは、はるかにそれ以上のものがあった。あえて闘争の焦点を単純にイレンド資本に限定しようとしても、他の各資本が解雇をする際に周囲を気にするようにさせ、非正規法案が持っている本質的な問題に対する提起へと結びついていった。これに加え、今年の7月1日になれば100人以下の事業所にも非正規法案が適用されることとなる。7月以前に数多くの非正規労働者たちが解雇されるだろうことは火を見るよりも明らかだ。このような環境の中で政権や資本は来年、もうひとつの7月がやって来る前に契約期間を延長したり、あるいはどのみち非正規法案に手を加えようするだろう。
今や暗黙の合意、威力を伴わないストではなく、実質的な対応と闘争とが実現されなければならない時だ。併せて、このような闘争の成果が、2010年へと引き延ばされた企業単位レベルでの複数労組の許容を要求する闘争へと結びつけなければならない。非正規、失業などのような不安定労働の闘争とその組織化は、最小のレベルでも安定性を確保できる法的装置が用意されるべきであることを意味し、どこにあっても阻まれている彼らの組織を建設する団結権が保障されなければならないことを意味する。韓国労総が一方的にシャットアウトし、民主労総の側が仕方なしに認めてきたこれまでの2回の事例を今や乗り越えなければならない。今こそ民主労総がその先頭に立って複数労組を許容する運動に踏み出さなければならないし、その闘いのまっただ中で民主労総は生まれ変わらなければならない。
先の大選は労働組合運動が理念的運動として再編される可能性を実に明確に示した。選挙以前からハンナラ党の政策や組織動員体系を形成してきていたニューライト労働運動がまさにそうであり、韓国労総のイ・ミョンバク支持と政策連帯宣言がそうだ。今や民主労総は単純に革新のレベルを超え階級性を回復し、自らの立つべき位置を再確立することこそが今後の階級運動の主要なカギとなるだろう。
前回の民主労総委員長選挙において、すでに業種の産別が、地域産別なのかが争点になった。これにより社会連帯戦略および民主労働党と韓国進歩連帯との関係定立問題が同時に核心的争点だった。民主労組運動の進路に関連する主要なイシューが民主労総内部で問題になったのだ。非正規職や失業を包括する産別や階級政党の名によって、そして社会化の旗じるしの下、大衆的な公論の場を形成し、階級的に再定立することこそが階級政治の重要な土壌となるだろう。
政党建設に踏み出そう
民主労働党は破産宣告を受けた。マヌーバーを動員して再び息を吹き返すとしても、あるいは総選挙では大選よりもよりよい票数を得るとしても、労働者大衆の階級的利益を代弁することはできない。大選の評価をいかに従北主義、覇権主義として自覚したとしても、彼らは現実の資本主義を乗り越えようとする階級的展望を持つことができないからだ。
この10年間の失敗した進歩政党運動を超えて労働者階級の政党運動を新たに始める時だ。これは民主労働党の内紛に乗じて提起するわけではなく、従北主義や覇権主義との闘争で民主労働党を脱党する人々を見つめて提起しているわけでもない。新自由主義や資本の矛盾と限界を乗り越える政党を建設することをこれ以上、遅らせてはならないからだ。
労働者階級の政党は、生きることの岐路に立たされている労働者たちと共に闘いを通じて建設していかなければならないだろう。公的基金を投入して生き残ったウリ銀行はもちろん、産業銀行、企業銀行などを民営化していくという、そして金産分離政策をうち壊していくというイ・ミョンバクの政策に対して、既存の国有銀行は維持し、民営化された銀行さえ国有化し産業を統制し市場中心体制を変えないことには金融労働者はもちろん、労働者階級全体の未来はない。ロンスターの外換銀行の吸収・合併などによって誰もが問題があることを知っている投機的金融資本と多国籍企業の権利を制限しようという提案は、闘争の中で自然に提起されている。
国民年金をはじめとする諸般の年金が金融部門に流入するのに反対し、年金「改革」を阻み立ちあがらなければならない。無償医療、無償教育を提起することと同様に、水、電気、通信、道路、鉄道のような国家の必須サービスを国家が維持するのは、単に公務員の食いぶちを守るための闘争ではなく、労働者民衆が息を吹き返すことのできる土壌だ。そして競争ではなく互恵と連帯に基づいた社会を作ること、そのために非正規職を含む不安定労働を撤廃することだけが現実の矛盾を乗り越える道だという点は、誰もが分かっている。
社会化、社会的統制を武器として抑圧の現実を、いや資本主義を乗り越えるために階級政党が要求されている時だ。さらにこの新しい階級政党は、同時に環境問題はもちろん階級問題にすべてが還元されない諸般の社会的抑圧や差別をなくすために先頭に立って闘う政党とならなければならないだろう。
今や労働者階級の政党は活動家、知識人の枠を超えて大衆的に提起されており、したがって労働者階級、大衆、彼らが中心となって踏み出さなければならない。地域と部門を包括する労働者たちに労働者階級の政党建設に踏み出すことを呼びかけることから始めよう。同時に労働者階級と連帯する社会運動と知識人運動の進歩的部分に新しい変革的階級政党の主体として踏み出すことを呼びかけよう。社会主義的変革を願うすべての人々が共に行動することを信じて疑わない。(「労働者の力」第140号、08年2月1日付、イ・ジョンラヒ/進路戦略会議(準)運営委員、「労働者の力」中央執行委員)
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