| 天皇制国家イデオロギーにNO! かけはし2008.2.25号 |
許すな!戦争国家の「歴史偽装」
「在位20年」キャンペーンと対決し
「戦争も天皇制もいらない」運動を |
やりたい放題
右翼の跳梁
二月十一日、東京・全水道会館で「許すな!戦争国家の『歴史偽装』 2・11反『紀元節』行動」(主催・実行委)が行われ、百十人が参加した。
一九六六年、政府・与党は、天皇制強化のために「紀元節」を「建国記念の日」として復活させた。政府式典は二〇〇六年から中止したが、神社本庁、日本会議などは「紀元節奉祝中央式典」を開催してきた。今年も明治神宮会館の中央式典をはじめ全国で天皇制と侵略戦争を賛美する日として取り組んだ。すでに日本会議は、昨年十月六日、「日本会議設立10周年記念大会」を行い、教育改革の推進、新憲法制定運動、天皇陛下御即位20年奉祝運動の全国展開を宣言している。2・11式典においても三大運動の取り組みを再確認し、改憲に消極姿勢をとる福田政権に対して圧力をかけていくことを意志一致した。
この間、天皇主義右翼のいやがらせを口実とするグランドプリンス新高輪経営陣によるホテル宴会場使用契約を一方的に解除した日教組教研集会中止事件が発生(2・11)した。
「主権回復を目指す会」はつくばみらい市のドメスティックバイオレンス講演会企画を妨害し中止に追い込み(1・16)、「女たちの戦争と平和資料館」へのいやがらせ挑発まで行っている(1・26)。二月六日には大日本壮士塾構成員が反中国を掲げて外務省に火炎瓶を投げつけるパフォーマンスを演じている。
さらに天皇主義右翼は、関東規模の動員で、反天皇制集会とデモに対して計画的な妨害、破壊を繰り返している。いずれも権力の保護の下でやりたい放題の状態となっている。
こういった天皇主義右翼の突出した行動は、単なるエピソードではなく、「親中国」路線と改憲プロセスを後景化している福田政権に対する苛立ちと危機意識の表現だ。日本会議三大運動と連動して天皇主義右翼の動きが活性化していくことは間違いない。全国的な反天皇制運動、福田政権打倒にむけた取り組みを強化し、天皇主義右翼の攻撃を阻止する陣形を構築していこう。
軍隊「慰安婦」制度
への批判の広がり
2・11反『紀元節』行動は、〇八年の天皇制を賛美する「祝日」を許さない闘いのスタートしてかちとられた。
集会は、実行委の仲間による反『紀元節』行動の基調提起から始まった。
基調は、(1)「歴史偽装」という戦争・戦後責任回避を許さない(2)ポスト安倍で進む参戦国家化に抗議の声を(3)右派の動向と「天皇在位二〇年」(4)「環境」天皇制と洞爺湖サミット││について触れ、とりわけ「在位二〇年奉祝イベント」、サミット開催時の各国首脳を歓迎する宮中行事を首都戒厳体制のセットでどのように演出しようとするか警戒し、「戦争も天皇制もいらない」運動を広げていこうと呼びかけた。
北村小夜さん(元教員)は、戦争ができる国づくりにむけた「道徳」=愛国心教育の教材である「心のノート」や自治体による副読本が子どもたちに配布されていることを批判した。さらに沖縄戦における日本軍の集団自決強制の教科書記述や検定制度の問題、「尋常小學國史」の実態を取り上げ、改悪教基法にもとづく教育現場への具体化に反撃していくための方向性を問題提起した。
中原道子さん(「女性・戦争・人権」学会代表)は、戦前のグアム島のチャモロ
の人々に対する戦争中の日本軍の犯罪や性奴隷制を厳しく批判した。さらに昨年十月、UCLAカリフォルニアで行われた「日本軍『慰安婦』問題世界大会」を報告し、「国家犯罪として日本軍性奴隷制度が認識され、アジアの枠組みを超えた。戦時女性に対する暴力の不処罰の連鎖を断つ取り組みが広がっている」と強調した。
さらに連帯アピールが「三・一朝鮮独立運動89周年 今こそ日朝正常化を!日韓民衆連帯集会」実行委、「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会、市民意見広告運動、立川・反戦ビラ弾圧救援会、反天皇制運動連絡会、辺野古への基地建設を許さない実行委員会から行われた。
サミット警備
想定した態勢
集会終了後、参加者はデモに移った。すでに会場の反対車線には、右翼宣伝カー四台以上が違法駐車し、大日本愛国党構成員たちがメガホンを抱えて差別・排外主義に満ちたヤジと挑発を行っている。交通渋滞となっているにもかかわらず、国家権力は弱々しく規制するだけだ。さらにデモ隊列に右翼宣伝カーが突入を何度も試みてきた。人身事故の危険性があり、交通妨害をしているにもかかわらず権力は、なだめるだけだ。
機動隊はデモ隊列を二重に囲み、サンドイッチ規制を行ってきた。明らかにサミット警備を想定し、反天皇制デモをその訓練対象にしてきた。デモ隊列は、権力と右翼が一体となった妨害をはねのけ、毅然と闘争を貫徹しぬいた。 (Y)
「日の丸・君が代」強制反対ホットライン大阪
「君が代」不起立解雇許すな
根津さんの闘いを支えよう
【大阪】二月十一日、「建国記念の日」反対!「君が代」不起立解雇を許すな!「日の丸・君が代」強制反対ホットライン2008大阪集会が、大阪市立住まい情報センターで行われ、教育労働者をはじめ約百人が参加した。この集会は、「国旗・国歌法」制定以降、「日の丸・君が代」強制反対ホットライン大阪の主催で毎年行われてきたもので、今年で九回目の開催となった。
集会は、ホットライン事務局の伊賀さんの司会で始められ、まず最初に黒田伊彦さん(大阪樟蔭女子大学教員、ホットライン事務局)が、「建国神話と公共の規範ー皇后美智子の弟橘媛への想いをめぐって」というテーマで、「建国記念の日」をめぐる今日的状況について問題提起を行った。
黒田さんは、二〇〇一年扶桑社版「新しい歴史教科書」の記述を引用しながら、「この教科書を採用した東京都は採択の参考資料として、天照大神やスサノオの命などの神話・伝説上の存在を歴史上の人物として扱っている。日本武尊が九州を平定したあと、東の乱をしずめるために出向き、浦賀水道を渡るとき、波が荒くて船を進めることができない。そのとき妃の弟橘媛が海に身を投げて海を鎮めて尊を救ったという神話がある。この神話の感想を、子ども時代の読書の思い出として皇后美智子が書いているのだが、神話上の人物を民族共通の先祖として扱い、夫を救った弟橘の自己犠牲の行為を美談として評価している」と述べた。また、三島由紀夫が天皇を「日本の美=雅の象徴」と位置づけて、「文化概念としての天皇」の復活を主張し、「天皇と軍隊を栄誉の絆でつないで置くことが必要だ」と言ったことに触れながら、政府の側が「国民は国のために何をすべきか」と問うていることに対置して、「国は国民のために何をしなければならないか」を今こそ問うべきだと提起した。
枚方「君が代」
訴訟勝利報告
続いて、昨年十一月三十日に勝利判決をかちとった枚方「君が代」訴訟=スミ塗り裁判「教員編」について、スミぬり裁判をすすめる会の松田さん、裁判の原告の福山さんが特別報告を行った。この裁判は、枚方市教委が二〇〇二年の入学式で「君が代」斉唱時に起立しなかった教員の氏名、不起立の理由を収集したことに対して、教員二人が記録の削除と慰謝料を請求したものであった。大阪高裁は「市教委の調査は、思想、信条に関する個人情報の収集に当たる」と明確に判断して、そのような情報の収集を禁じた個人情報保護条例違反で、原告二人に十万円ずつ慰謝料支払いを命じたのである(記録は判決に先立って、市教委が削除)。
松田さんは、勝訴判決の内容を紹介しながら、「思想、信条及び信仰に関する個人情報の収集等が許されるとすると、(……)教職員に関する限り、市教委がいかなる個人情報も収集等することが可能となり、いわゆる『思想調査』も無制限に容認されることとなりかねず、そのような結論は到底採り得ないからである」とまで言及して、実質的な憲法判断に踏み込んだことの意義を強調した。また、福山さんは、「この判決を本当に生かすには、現場での闘いが必要だ。判決に対する現場でのリアクションは、なかなか返ってこないが、現場は私たちのものという気持ちで、何とか少しでも変えていきたい」と勝訴を受けての決意を述べた。
ここで、ホットライン事務局の井前さんが、東京で「君が代」不起立解雇の攻撃に直面している根津公子さんからのメッセージを紹介した。都立南大沢学園養護学校の根津さんは昨年、「君が代」不起立で停職六カ月の処分を受け、次の「不起立」処分では懲戒免職が狙われている状況にある。さらに、八年間着用し続けてきたトレーナー(英文で「日の丸・君が代」反対と表示されている)について、突然問題とされ、この件でも処分の策動が続いている。井前さんは、集会参加者一同名で都教委に申し入れ書を送るとともに、都教委へのハガキ集中行動、解雇阻止の意見広告への協力などを訴えた。
この後、各地からの闘いの報告に移り、靖国無断合祀取り消し訴訟原告の松岡さん、箕面で市教委、市議会への申し入れ行動に取り組んでいる恩地さん、京都「心の教育」はいらない!市民会議の蒔田さん、東豊中高校「日の丸・君が代」処分撤回裁判原告の中野さん、こどもの権利条約を生かす大阪市の会の松尾さん、教職員への人事査定制度に対して裁判闘争を闘っている吉田さんから、それぞれのとりくみが報告された。
休憩を経て、第二部では、ノンフィクション・ライターの田中伸尚さんが、「法制化八年、精神の自由への想像力」というテーマで約一時間にわたって講演した。(講演要旨は別掲)
集会の最後に、ホットライン事務局の寺本さんが、今年のホットライン活動への参加、協力を訴え、さらに根津さんの「不起立」解雇を許さない都教委申し入れを採択した。
集会後、参加者は天神橋筋六丁目から梅田まで、「卒業式、入学式に日の丸・君が代はいらん」という横幕を掲げながら、元気よくデモ行進した。 (O)
一カ月前に「靖国」という映画の試写を見た。八月十五日の靖国、一九三〇年から四五年にかけて「靖国刀」を作っていた刀匠の二つに焦点を当てて、静かに語りかける映画になっていた。
八月十五日の靖国を見ると、日本の戦後はなかったのではないかという思いがする。この映画の中では、近現代の日本で初めて靖国を問うている人々もきちんと映像化している。「天皇の国のための死とは何か」という問いかけの中に、私は希望を見ている。この暗澹と希望の重なり合いを、靖国を知らない人にぜひ見て欲しい。
国旗・国歌の法制化から八年が経過した。一九九九年、広島の世羅高校長の自殺を決して忘れてはいけない。この取材を通して、私は『日の丸・君が代の戦後史』を書き上げた。この本の「はじめに」の中で、「法制化によって、強制が学校だけでなく、社会に押し出されていくのではないか。それに対する異議申し立て、せめぎ合いが続くだろう」「シンボルが法制化で壁化するのをどのように溶解させるのか。戦後史を見る中で手がかりがつかめるのではないか」ということを書いた。今どうなっているのか。京都「君が代」訴訟において、ダグラス・ラミスさんが意見書に書いたように、自覚のあるなしに関わらず、服従、受容が広まっていった。
抵抗の最前線
に立つのは個人
ある東欧の劇作家が服従について、「嘘を生きる」というエピソードを書いていた。心の中では「起立したくない」と思いながらも、さまざまな理由をつけて起立してしまう。慣れてしまうと、服従の自覚がなくなってしまうのだ。この服従、受容の広がりは、暴力的抑圧だけでなく、法の持つ効果でもある。元号法について言っても、元号というものが、私たちの生きている時間軸を天皇の存在で決めるという天皇制の刷り込みに他ならないのに、西暦記入が新鮮に感じられるほど、元号に違和感がなくなってきている。
法制化の前と後ろとでは状況が様変わりしている。「日の丸・君が代」に対する組織的抵抗が後退して、個人が抵抗の最前線に立たざるをえなくなっている。法制化の前は、組合などの組織の指示での抵抗(起立しない、歌わない)で、確固たる思想、信条に基づいてはいなかったのかも知れない。しかし、法制化の後では、個人個人が判断することを求められる、言い換えれば私の選択、決定という面が明確になった。精神の自由が抵抗の根拠として注目されるようになり、認識もいくらか高まったのではないか。
さらに、抵抗の舞台が学校から法廷へと移ってきている。学校では、一人で意見を言う人がいれば違うのだが、職員会議で意見を言う人がいなくなってきている。しかし、抵抗が法廷に移ったということは、問題が社会化されたとも言える。問題が外から見えるようになった。司法も、何らか考えざるをえない契機にはなっている。たとえば、二〇〇六年の難波判決が出たりするようになった。靖国参拝をめぐる裁判でも、違憲判決はいくつか出ているが、合憲判決は一つもない。そういう意味では、法制化によって、問題を考える契機にはなった。
天皇制の役割と
裁かれる信念
「私の自由」と国民国家との関係として、「日の丸・君が代」を考えると、一九一〇年の大逆事件を想起せざるをえない。この事件では、二十四人に死刑判決が出され、その半数が無期懲役に減刑されている。これは、「天皇の恩寵」によるものとされて、天皇の特別な機能を社会に印象づける役割を担った。
その天皇の役割は今も全然変わってはいない。大逆事件はでっち上げによる社会主義への弾圧ではあるが、その核心は「思想、信条を裁いて死刑にした」という点にある。一部しか公開されていない公判資料からもそれは読み取れる。たとえば、検事の論告の中で「動機は信念にある」と書かれ、まさに動機を裁く、信念を裁く基準に据えている。
では、なぜ信念を裁いたのか。国民国家における「良き国民」とは、国のために死ねる人である。それから外れる輩はもっとも危険であり、許すことはできないのだ。それは、神奈川県教委が不起立者の氏名収集を続ける理由、つまり「一人の信条にしたがって教育現場で不起立などの行動をされては大きな支障が出る。職務として規律は守るべきだ」と共通している。
これは、大日本帝国憲法二八条「日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス」と同じ考えに他ならない。大日本帝国憲法が今でも生きているのである。その意味で、枚方のとりくみの先駆性、画期性に注目しよう。(講演要旨、文責編集部)
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