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日本マクドナルド訴訟に勝利              かけはし2008.2.11号

店長は「管理監督者」ではない!

残業代不払いは違法と判決
人間らしい生き方・働き方を


 一月二十八日、東京水道橋の全水道会館で、マクドナルド訴訟弁護団と東京管理職ユニオンが主催して「マクドナルド裁判判決報告集会」を開いた。
 日本マクドナルド店長の高野廣志さんは、月百時間以上(年間1000時間を超えた)の残業を強制され、過労死寸前になった。高野さんは管理職ユニオンにかけこみ、残業代支払いや労働条件の改善を要求したが、会社は高野さんを「管理監督者」として、これを拒否した。二〇〇五年十二月、裁判闘争に訴えた。判決は日本マクドナルドに残業代などとして七百五十五万二千四百七十八円の支払いを命令するものであった。

今回の判決の
社会的な意義

 集会の最初に弁護団の小川弁護士が判決内容について説明した(別掲)。次に管理職ユニオン副委員長の安部誠さんが次のように闘いを概括した。
 「マックとの闘いは@店長で働き続けながら闘ってきたAマクドナルドは世界で一番の外食産業である――点に意義がある。マクドナルドは組合なんかいらないという企業である。一つの極として対決している」。
 「二〇〇五年六月三十日に団交を行った。要求は@社員に対して、労基法を適用しろAアルバイトの残業代三十分賃金カットをやめろB店長に36協定を結んで残業代を支払え――であった。二〇〇五年八月に、日本マックは二年さかのぼって、アルバイトへの残業代として三十四億円支払った。その後の、日本マクドナルドユニオンの結成は裁判闘争の成果だ」。
 「今日の判決の成果は二つある。@社会的に波及するだろうAホワイトカラーエグゼンプションを阻止するための武器となる。政府・財界に対して、@8時間労働制を守れA中間搾取を排除する労働者派遣法の改正を」。

二人で闘えた
のが良かった

 続いて勝利した高野さんが発言した。
 「管理監督者でないと認知されても、サービス残業をするようだと何にもならない。家族のために働いてきた。今回の裁判闘争は家族のバックアップがあった。後ろを押してもらった。今回の勝利はいっぱい仲間がいたおかげだ。一個人が大会社を相手に勝てることを知らしめた。支援に感謝したい」。
 つづいて、高野さんの連れあいが辛かった日々を振り返って発言した。
 「おかしな働き方をさせられていた。家に帰ってくるのは深夜で寝るだけ。子どもと会話をすることもなくなった。非常にぎすぎすした状態だった。このままだと過労死してしまう状態だった。死ぬことを考えたら、ぜひ立ちあがらなければと思った。大きな会社を相手に訴訟を起こすのを迷った。子どもたちへの影響が心配だった」。
 「ボロボロの状態で一人で闘うことになった。過労死裁判は数年で終わるようなものではないと聞かされていた。それなら、死なないように闘わなければと決意した。今まで通り会社にいられないかもしれない。生きている間に、命のある間に立ちあがったのがよかった。ふたりで闘えたのがよかった」。
 「今は、生活もとても改善された。平凡であっても大事な一日がある。平凡なことが、どれほど幸せかと日々かみしめている。百時間を超える残業をさせられて悩んでいる人もたくさんいる。同じような思いをしている人は生きているうちに、おかしいと声をあげてください」。

コナカでも残業
代を支払わせた

 つぎに、東京東部労組須田書記次長が闘いの報告をした。
 「二〇〇七年二月、コナカ支部を結成し、一般社員の残業代九億円を支払わせた。しかし、店長の残業代は支払わなかった。全国署名などの運動の結果、一月二十二日に紳士服のコナカに、店長の二年分の残業代六百万円を支払わせた。また、二〇〇四年八月十五日、スカイラークの店長が過労死した。会社に殺されると組合に電話をしてきた次の日だった。彼は百八十時間を超えるサービス残業を強制されていた。チームリーダーと名をつけた管理職として、一円も残業代を払わない例が横行している。こんなことを許さない闘いを広げよう」。
 日本マクドナルド労組・若松書記長が闘いの報告をした。
 「昨年秋、神奈川の女性店長がくも膜下出血で亡くなった。もう少し早く、組合を作って運動を始めていたらこういう犠牲者は出なかっただろう。会社は組合を毛嫌いしているが、高野さんの闘いが火付け役で、われわれの組合の生みの親だ。平凡な生活ができるような会社を望んでいる」。
 安田浩一さん(『肩書だけの管理職』著者)の発言の後、全国ユニオンの鴨会長が「今回の勝利判決を社会的うねりとして、人間らしい働き方をつくるために闘い続けよう」とまとめた。(M)

小川弁護士の報告から
原告の主張が通った他の外食産業にも波及



 判決は原告の言い分を全面的に認める勝利判決だった。争点は高野さん(マック店長)が労基法41条―2号の管理監督者かどうかであった。判決は「労基法所定の割増賃金を支払うべきことはすべての労働者に共通する基本原則である。管理監督者については、労基法の労働時間等に関する規定は適用されないが、これは、管理監督者は企業経営上の必要から、経営者との一体的な立場において……重要な職務と権限を付与され、また、賃金等や待遇やその勤務態様において、他の一般労働者に比べて、優遇措置が取られている場合」である。
 この点からして「店長等に昇格していく社員を採用する権限はないし……労務管理に関し、経営者と一体的立場にあったとはいい難い。店長の職務、権限は店舗内の事項に限られるのであって、企業経営上の必要から、経営者との一体的立場において、労基法の労働時間等の枠を超えて事業活動することを要請されてもやむを得ないものといえるような重要な職務と権限を付与されているとは認められない」とした。
 「自らシフトマネージャーとして勤務することなどにより、法定労働時間を超える長時間の時間外労働を余儀なくされるのであるから、かかる勤務実態からすると、労働時間に関する自由裁量性があったとは認められない」。
 会社は原告の能力が劣っていたから、残業をせざるをえなかったと主張したが、これについても他の店長にも起きていると明確に個人の問題ではないことを認めた。
 今回の判決は、他の外食産業にも波及するだろう。現職の店長が裁判を起こして、サービス残業問題について社会に問うことができた。(発言要旨、文責編集部)

資料 
原告高野廣志氏の勤務実態について

原告の店長としての一日(2004年12月)
同月の時間外労働 112時間11分
休日労働     25時間04分
合計       137時間15分
同月は休みを1日も取れず 11月24日から翌年1月25日まで63日連続勤務となった。

4時10分 起床
4時半  自宅を出発
6時過ぎ 店舗入り 開店準備開始
7時   開店
8〜10時 車中で仮眠をとりつつ待機(時間帯責任者のアルバイトの出社が前提)
11時  昼食をとりながら店舗の裏で待機
昼食後〜夕方 昼食を取り次第店舗に戻り、客のランチ対応。アルバイトに指示を出しつつ調理、接客をこなす。時間帯責任者不在の場合、自ら接客して注文もこなす。
夕方 シフトアップしてタスクス業務。タスクス業務終了後再びシフト入り。
〜23時 店に立って調理、接客
閉店後  その日の売上確認
24時過ぎ 帰宅



講演学習会「地球温暖化への取り組み」
G8の枠組みではない市民の環境サミットを



 【兵庫】一月二十五日、神戸学生青年センターで「市民が提案するもう一つの環境サミット」の第一回プレイベント=講演学習会「地球温暖化と市民の取り組み」が行われた。
 今年の五月二十四日〜二十六日にかけて神戸市で、洞爺湖サミットの一環である環境相会議が行われることになっている。G8という大国の利害で行われる環境政策に疑問を持つ神戸市民が中心となって、環境相会議に向けて何ができるのかを昨秋来討議を重ねてきたのだが、「市民が提案するもう一つの環境サミット」実行委員会を立ち上げることになった。この日は第一回のプレイベントということもあり、まず自分たちが環境問題について学ぼうということで、NGOの「気候ネットワーク」事務局長の田浦健朗さんを招いて、「地球温暖化と市民の取り組み」と題しての講演学習会となった。
 司会の高砂市議、井奥正樹さんのあいさつの後、実行委員会を代表して「みどり ひょうご」共同代表の恩田怜さんは「環境大臣会議にあわせて国や県の行事がたくさんあるが、G8の枠組みで環境政策を決めていくことに疑問がある。五月二十四、二十五日の両日に国や県とは独立した市民の立場からの環境サミットを平行して行っていきたい」とこの会の設立の目的を説明した。

省エネナンバー
1というウソ

 講演に立った田浦さんは、IPCC(国連の機関)の第四次報告書に沿って、世界の平均気温の変化、今後の上昇予測、海面上昇などの温暖化の影響、健康や食料生産への影響など温暖化問題の基礎的な問題の説明をした後で、バリ会議(COP13)の成果に触れ、「バリ会議では数値目標を定めなかったと日本では報道された。確かに参加国全体の削減目標を定められなかったが、二〇二〇年までに二五〜四〇%削減するという先進国の数値目標が定められた。日本政府はこのことを隠したくて、外務省の報告書には意図的に載せなかった。そのためこのことが日本では報道されなかった」と、日本政府を厳しく批判した。
 ついで、洞爺湖サミットに触れ、「バリ会議は国連の会議であり、今回は多くの途上国も参加していた。しかし、サミットはG8という大国の主導で行われるので、先進国の数値目標を入れたバリ会議の成果を後退させようとする動きがでる恐れがある。日本政府も、企業も数値目標をいれたくない。ポスト京都とよく言われるが、日本など、数値目標を約束したくない国が、ポスト京都と言っている。ポスト京都ではなく、空白期間をおかずに京都議定書U+(第二約束期間)、第三約束期間と継続していかなければならない。そのためには洞爺湖サミットでバリ会議の決定を後退させず、二〇〇九年のCOP14、二〇一〇年のCOP15と発展させていかなければならい」と述べた。
 また、京都議定書の目標を達成するための政府の対応を批判して、「政府もマスコミも家庭の排出量の増加に責任を押しつけている。確かに家庭の使用量は増加しているし、家庭での削減は大事だ。私も市民共同発電所の設立など地域で活動している。しかし、自家用車の使用を含めても家庭の排出量は全体の一一%であり、その削減が全体に占める割合は少ない。排出量の大部分を占める産業界の削減をしなければ、目標は達成できない。日本は省エネナンバーワンと宣伝しているが、それは嘘であり、現在では他の国と並んでいる」と、政府やマスコミの報道のあり方を批判した。
 そして、田浦さんはドイツを中心としたEU諸国の取り組みに触れ、社会経済の構造的な変化が必要なのであり、そのことによって持続可能な社会を目指さなければならないと講演を締めくくった。

声を上げること
が何よりも必要

 講演の後の質疑では、戦争による環境破壊、軍事機密として隠されている軍事訓練によるCO2の排出、排出権取引、途上国も含めて一人当たりの排出量を公平にしていくというEUの考え方の重要性、ハンガリーからの大量の排出権の買い取りや植林の効果を過大に評価して目標を達成しようとしている日本政府の問題などが活発に討論された。
 最後にまとめに立った恩田さんは、「環境サミットに対して、市民が声を上げる事が大事であり、この取り組みを日本全体に呼びかけよう。フォーラムを行うだけではなく、デモやパレードも行って、自分たちの意見をアピールしよう」と参加者に呼びかけた。(J)


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