| 李明博の大統領当選と南北関係の行方 かけはし2008.1.14号 |
北朝鮮再建の経済支援から
南北労働者民衆の自由往来へ |
「国家の最高経営責任者になる」
昨年十二月の韓国大統領選挙でハンナラ党の李明博(イミョンバク)候補が大差で当選を果たした。保守本流としてのハンナラ党への支持票は李会昌(元ハンナラ党総裁)へと流れ、李明博は浮動層の圧倒的支持を得て当選した。
戦災(朝鮮戦争時に米軍の空爆で姉と弟を殺害された)と貧困からはい上がり苦学の末に韓国・現代財閥のエリートコースを歩んだ立志伝中の人物、実務型指導者として「国家の最高経営責任者(CEO)になる」と豪語し「対北朝鮮政策を正す」とする李明博の大統領就任は今後の南北関係進展にどのように影響するか?
北朝鮮吸収の統一政策
李明博は大統領選を前にして自身の対北朝鮮政策の構想を明らかにしてきた。それは「北の核廃棄」を前提として改革・開放へと誘導するというもの。それは「非核・開放・3000」構想として次のようにまとめられている。
北朝鮮が六カ国協議を通して核問題を平和解決し、改革・開放へ向かうなら「住民の一人あたり国民所得を十年以内に三千ドルに引き上げる大規模支援を実施」し、その財政的基盤を四百億ドル規模の国際協力基金でまかなう。その具体策として
b自由貿易地帯五カ所の設置
b年間三百万ドル以上輸出可能な企業百社育成
b経済・金融・技術専門家三十万人養成
b主要都市十カ所に技術教育センター設置
b世界銀行などを通じた国際協力資金四百億ドル調達
bソウル〜新義州間の高速道路四百キロ建設
b食糧難解消
b医療スタッフ派遣
を挙げている。
もちろんこれらが実現されるには南北間で難題が山積しており、一見して非現実的夢想にすぎないようにも思われる。にもかかわらずこの李明博の「構想」を引用したのは、二〇〇〇年以降の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の「実利と打算」路線、金正日国防委員長の対南(韓国)依存路線の深化が李明博の実務・実用的な対北朝鮮外交路線と必ずしも矛盾するものではないからだ。崩壊した北朝鮮の再建プロセスを韓国の支援に託している金正日は当面は李明博に対する牽制外交を装うだろうが、最終的には「わが民族同士」という殺し文句で李明博の実務・実用路線への急接近を深めていくだろう。
北朝鮮は昨年十一月末に労働党統一戦線部長の金養建を訪韓させて、韓国大統領選情勢と李明博の対北朝鮮認識に関する情報を収集し、韓国次期政権への対応を模索している。李明博の大統領選当確予想の高まりとともに北朝鮮メディアによるそれまでの李明博候補への非難と罵倒は、一転して李会昌候補への非難・罵倒へとシフトした。
そして新年恒例の労働新聞の三紙共同社説では南北経済協力の推進を強調する一方で李明博の大統領選当選には全く触れず、また五日付の同紙でも「最近日本の反動勢力が南朝鮮の選挙結果について騒いでいる」「南朝鮮で誰が執権しようとわれわれには関係がない」として日韓関係にクサビを打ち込み、李明博への評価は慎重に避けている。また李明博も自身の株価不正捜査疑惑を巡る捜査が二月二十五日の大統領就任式前後まで続くために、新たな南北関係の進展はその先の春以降に持ち越されるだろう。
核廃棄プロセスはどう進むか
六カ国協議は昨年十月に北朝鮮核施設無能力化の合意文書発表に至った。そして十一月には米の作業チームが訪朝、また日本を含む六カ国協議構成五カ国の担当者も北朝鮮核施設の視察を終えており、米作業チームの何人かはピョンヤン常駐態勢にあるとも伝えられている。現在は合意事項の一つである北朝鮮による核計画の完全申告の〇八年への越年をめぐる米朝間の駆け引きが続いているが、核施設無能力化の大きな流れは始動したのだ。
李明博もこの六カ国協議の進展には現ノムヒョン政権以上に積極的に関与していくことになるだろう。北朝鮮としてはこの無能力化プロセスを最大限に利用して、どれだけの経済支援を取り付けられるかが当初からのねらいであり、この観点からのみ無能力化プロセスの進展のタイミングを調整していくことになるだろう。
北は市場経済化の前に敗退
昨年来の米ブッシュ政権の対北朝鮮「融和政策」への転換については、イラク侵略戦争の泥沼化で支持率急減にあえぐ政権末期のブッシュが次期選挙をにらみ局面打開をかけて踏み切ったものとする見方が一般的だ。はたしてそうだろうか? 視点を北朝鮮の内政に切り替えてみてみよう。
金正日が経済再建の願いを託して二〇〇二年七月に打ち出した社会主義経済管理改善措置(7・1措置)は機関や企業の独立採算制、分権化の導入によって「管理された市場」の下で実利獲得、経済活性化を企図したものだった。しかし結果として価格改定に伴うハイパーインフレと極度の所得格差構造を生み出し闇市場、闇の経済行為の構造的広がりを助長するものとなった。
「現在の北朝鮮における市場経済は放任的市場経済、自力更生的市場経済と規定することができる。すなわち国家が市場経済活動に対して何の資源も提供してくれない状態で住民が自発的に運営する市場経済だ」「そのような状態では北朝鮮当局が過去の計画経済に回帰しようとしても無理である。なぜなら国家が計画経済を維持することができる手段、工場・農場などに下す命令を遂行することができる手段、つまり資源と資本を保有することができないからだ」「計画経済の正常化は現在の条件の下では不可能に近い。市場経済活動が合法の領域か不法の領域かという差があるのみで一定レベル以上の市場経済活動は今後も存在せざるをえないのである」(『北朝鮮は、いま』岩波新書/ヤン・ムンス論文)。
米国に秋波、北の「核実験」
住民統制のための配給システム復活という金正日の絶対的願望は市場経済活動の無政府的拡大という現実の前に敗退した。内政で暗礁に乗り上げてしまった金正日にとって残された道は巨額の経済支援をなんとしても取り付けること以外になくなった。
ここに米ブッシュを呼び込むために残された手段は一つ。核実験強行という「朝鮮半島危機」を再々演出し、落としどころを用意した上で米ブッシュに秋波を送る。一方で十五年間もの曲折に富んだサシの米朝外交交渉で硬軟織り交ぜた北朝鮮の外交パフォーマンスの表裏を見抜いている米国務省は北朝鮮の意図を酌んだ上で昨年一月の米朝ベルリン協議に臨んだ。そして米朝間で今日に至る「北朝鮮の核施設無能力化」と「巨額のエネルギー支援」を密約的に合意した。
そもそも米国の外交政策の基本はその優先順位からして中東・パレスチナ紛争、カシミール紛争、バルカン半島、中央アジアでの民族・領土紛争などに利害関心があり、朝鮮半島についての利害関心はその下位に位置する。米国の対北朝鮮政策の変遷をその内政、外交に関連させて論じ、それがすべてであるかのような分析は末期にさしかかった北朝鮮・金正日独裁支配体制に対する冷静な認識の妨げになるだけだろう。
崩壊から再建へ
よく語られる「北朝鮮金正日体制ははたして崩壊するのか」という類の視点はもはや意味を持たない。なぜなら北朝鮮は九〇年代を通してすでに崩壊し去った体制であると認識するほうがより現実的だからだ。
朝鮮労働党の領導の下で食糧の配給システムを基礎として成立していた朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は崩壊した。韓国の「労働者の力」誌最新号は「もはやこれ以上堕落しようにも堕落できないほどに経済的に深刻な状態にある事実上の破産国家」(本紙第2003号)と北朝鮮を規定した。餓死者(病死者を含む)三百万人、脱北難民十万人、工場稼働率の極度の低下、合法・非合法を問わない市場の無政府的拡大、国内流通通貨の混在(ドル、ユーロ、元、円そしてウォン)、こうした事象が体制崩壊の指標でなくしてなんであろう。
唯一にして絶対の領導政党であるはずの朝鮮労働党の党大会は二十七年間にわたって開かれず(規約上は5年に1回)、また党中央委員会全員会議も十四年間にわたって開かれず(規約上は6カ月に1回以上)、北朝鮮の人々の生存と社会生活の根幹をなしていた食糧配給システムは崩壊して久しい(一部の特権層を除いて)。だが北朝鮮の人々は金正日独裁支配体制によって抵抗の意志を削がれているのではない。逆に人々は自力で生活を再建する術を体得することで統制を徐々に無力化させているのだ。「北朝鮮はすでに崩壊した。そして現在は再建の途上にある」。こう立論すれば二〇〇〇年の南北首脳会談以降の北朝鮮の一連の動向がよりよく理解できるだろうし、この再建プロセスへの周辺諸国の官民挙げての支援と協力の必要性もよりよく理解されるだろう。
そして韓国と六カ国協議構成各国からの経済支援は再建のための車の両輪となっている。本年は私たちがこの北朝鮮再建の大きな流れの中にどう関与していくことができるのかが問われる年になる。日本政府の北朝鮮経済制裁を直ちに止めさせ、北朝鮮再建のための経済支援こそを要求していこう。
日朝交渉再開のために
北朝鮮は六カ国協議の場で「行動対行動(同時履行)の原則」論に依拠して局面を打開し米との交渉のテーブルについた。頓挫している日朝交渉についてもこの原則論に見合う方策を日本政府が提示できれば交渉再開の糸口となるだろう。元日朝国交正常化交渉日本政府代表の遠藤哲也は「日本も拉致問題の『解決と進展』という一般的な主張を行うだけでなく段階的に解決する具体的なロードマップを考えるべきであろう」とも指摘している(朝日新聞08年12月13日)。
日本政府は北朝鮮経済制裁を即時撤回し、死亡拉致被害者の真相再調査と国交交渉再開の同時履行のために積極的行動に移るべきだ。そのためには北朝鮮政府の「八人死亡」説を頭から否定する「生存する拉致被害者全員の帰国」という要求への拘泥はやめ「八人死亡」を前提とした交渉への転換が必要だ。その場合の交渉局面は今以上に険悪でより厳しいものとなるだろうけれどもこれは避けて通れない関門となる。願望に依拠した外交ではなく現実に即した外交を。ないものねだりで交渉の機会を逃す愚は許されない。
韓国左派の南北統一論
南北首脳会談、そして南北経済交流と南北統一についての韓国左派による分析と問題意識が昨年末の本紙「韓国は、いま」欄に連載された。
論点は多岐に及ぶが主な点を見てみると「彼ら(左派民族主義者)の基本認識は北が今日の経済的困難に直面するに至った決定的原因を米国の対北封鎖政策だと見ている。北の体制自体から発生した側面についてはあえて無視するかその意味を弱めようとしている」として民族主義左派を批判。「労働者民衆にとって南北経済協力とかかわる核心的事案」は「南北経済協力が原則的に北朝鮮の人民の生活改善と経済的自生力を育む観点からなされなければならない」こと、「南北経済協力は必然的に南の労働者や労働組合との連結の環を結ぶことになる………労働者民衆は観客ではなく当事者、つまり主体としての権利を行使しなければならない」こと、「労働者民衆運動陣営が掲げなければならない要求として南北の自由往来がある。資本の進出だけが許容され労働者民衆の往来は統制される現実を変えなければならない。北の受諾と関係なく、まず韓国政府に向けてこのような要求を貫徹させるための闘争を蓄積していかなければならない」ことなどを指摘。
韓国左派陣営にとって「南北労働者民衆の自由往来」という要求は核心的スローガンとなるだろう。また韓半島平和定着の問題では「駐韓米軍の撤収は南北軍縮とセットで要求すべき」という指摘、「現実の東北アジア、韓半島情勢は労働者民衆運動陣営が後追いしがたいほどに素早くかつ広範に進行する可能性が高い」という情勢認識は私たちの漫然とした問題意識に覚醒を促す指摘ともなっている。
本年は李明博新政権の下で進展していくことになる南北経済交流とともに韓国の左派自身の南北統一論、南北労働者民衆自身の連帯と協同についての論議が活性化する年ともなるだろう。 (荒沢 峻)
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