| グローバルジャスティス運動の経験を交流し希望のための連携を かけはし2008.1.1号 |
1・26グローバルアクションデーへ
連絡先:ピープルズプラン研究所、すぺーすアライズ、ATTAC Japan(首都圏) |
ビジネスのおしゃ
べりはおしまいに
二〇〇七年十二月十五日、国連の「気候変動枠組み条約第十三回締約国会議」(COP13バリ会議)が「バリ・ロードマップ」を採択して閉会した。バリ・ロードマップは、二〇一二年に期限の切れる京都議定書後の温室効果ガスの新たな削減枠組みを話しあう工程表である。しかし、今回の会議では、なんら具体的な数値目標を盛り込むこともできず、危機に瀕する地球環境の改善にむけての道筋を阻む「抵抗勢力」によって、骨抜きにされたといえるだろう。この「抵抗勢力」とは、いうまでもなく京都議定書からそうそうに離脱した世界最大の排出国であるアメリカ政府であり、そしてそのアメリカ合衆国のスタンスに加担しつづけた日本政府である。福田康夫首相はバリ会議の結果を受けて「まとまって、とても良かった。すばらしい成果だった」と評価した。
日本政府は二〇〇七年六月にドイツ・ハイリゲンダムで行われたG8サミットにおいて「2050年までに世界全体の温室効果ガスの排出量を現状に比べて50%削減する」ことを提案した。しかし二〇〇五年度の排出量は九〇年に比べて七・八%増加しており、京都議定書で課せられた六%削減を達成することさえもままならない日本が「2050年には」と声高に叫んだとしても、それは「永久に削減などしない」と言っているのと同じである。日本政府のスタンスはアメリカに配慮したものであると同時に、排出量の規制に対して「行政による官僚統制では効果が出ない」として一貫して数値目標の設定に反対してきた日本の産業界の意向を強く反映したものであった。
だが、これほど明確にこの惑星の未来を閉ざすことに平然とする日米両政府の「悪役」ぶりをしても、排出権取引という、環境問題を金儲けの手段とすることを公然と主張することでノーベル平和賞を受賞したアル・ゴア元米副大統領の欺瞞を覆い隠すことはできなかった。バリ会議の会場の周辺で「ビジネスのお喋りはおしまいにしろ!」と叫ぶ数千人の抗議のデモが登場したからだ。
このデモは、ビアカンペシーナなどによるパラレルアクション「クールな地球のためのソリダリティ・ビレッジ」が呼びかけたものだ。十二月六日から十日まで開かれたこのソリダリティ・ビレッジにはインドネシアをはじめ、ブラジル、コロンビア、メキシコ、インド、スリランカ、タイ、ネパール、フィリピン、香港、韓国、インドネシア、イギリス、日本から参加者が集まり、気候変動と新自由主義の問題について討議し、日米政府の反動的スタンスはもちろんのこと、COP13で議論されている交渉内容の欺瞞性にも批判の声をあげた。
香港からバリ
そして洞爺湖
この会議に参加したオルタグローバリゼーション運動の活動家たちは、口々にこう述べたという。「これまでは『香港から洞爺湖へ』であったが、『香港からバリ、そして洞爺湖へ』にしよう、と。
「香港」とはいうまでもなく二〇〇五年末に香港でおこなわれた世界貿易機関(WTO)に対抗する一連のアクションである。巨大多国籍企業とその意向に添った政府によって新自由主義の貿易ルールをWTOを通じて世界に押し付けようとした香港会議は、新自由主義にあえいできた各国政府代表のみならず、農業、労働、漁業、学生、女性、移民などの問題に取り組む世界中の社会運動が「交渉合意を認めない!」と香港の街頭をデモ行進し、民衆は大国主導のWTO交渉に反対する、という姿勢を世界にアピールした。
連日に及ぶワークショップや街頭アクションなどが香港民衆の心をとらえ、「世界から人々が集まり反対の声をあげているWTOとは何なのか?」という疑問を人々の中に芽生えさせた。最終日前夜、韓国農民を中心に千名近い活動家が香港警察に包囲され、連行され、翌最終日の最後の街頭行動の実施が危ぶまれたが、街頭には香港市民を中心に千五百人を越す人びとが登場した。
WTO交渉それ自体は、ブラジル、そして中国などの「途上国」の中の大国の「裏切り」によって、決裂は回避された。現在も米国、EU、ブラジル、インドのG4による少数国会合が継続され、ドーハ開発ラウンドを最終合意に持っていこうという圧力は働いている。しかし香港会議で最終合意ができなかったという事実は、その後のWTO交渉においても大きな影を落としている。影があるところには光もある。その光こそ、新自由主義の被害を受けてきたすべての国々の民衆の怒りである。新自由主義に抗する希望と闘争のグローバリゼーションは、とりわけアジアにおいては、香港の闘争によって復活の兆しをみせたといえるだろう。
世界社会フォ
ーラムの挑戦
バリ会議に結集したアジアの闘うエコロジストたちは、香港での経験を共有し、そしてバリにつないできた。そして、このネットワークをさらに強化し、新自由主義グローバリゼーションの横暴を暴くための闘争の舞台として、G8洞爺湖サミットに焦点を当てている。
新自由主義グローバリゼーションへの抵抗は、もうひとつの巨大な挑戦に踏み出した。抵抗のために、そして未来へ希望をつなぐために、運動が出会い、戦略を討論する場として、二〇〇一年から毎年続けられてきた世界社会フォーラムおよび無数の地域フォーラムがそれである。
世界社会フォーラムは、毎年一月末に多国籍企業やその代弁者である政治家などがスイスの保養地ダボスに集まって開催される世界経済フォーラム(通称ダボス会議)に対抗して、同じ時期に「南」の国々で開催されてきた。それは帝国主義に抑圧され搾取されてきた地域であると同時に、資本主義の歴史の最初から現在まで絶え間なく続く人々の闘いの歴史が刻まれてきた地域でもある。
二〇〇一年から〇三年まではブラジルのポルトアルグレ、二〇〇四年にはインドのムンバイ、二〇〇五年はポルトアルグレ、二〇〇六年はベネズエラのカラカス、マリのバマコ、パキスタンのカラチの三地域に分散して開催され、二〇〇七年にはケニアのナイロビで開催された。そこでは資本主義と家父長制と闘う世界各地の社会運動が無数のワークショップやセミナーを行ない、情報を共有し、闘いの戦略を討論してきた。
一九七〇年代後半からの世界的な階級闘争の衰退は、一九九〇年代初頭のソ連邦をはじめとするスターリニズム諸国の崩壊以降決定的になり、「階級的敗北感」が全世界に広がった。そして、人類が選択することができる唯一のシステムとして提示されたのは新自由主義という名のむき出しの資本主義であった。
だがその薄っぺらい希望のモデルは、一九九四年一月一日、アメリカとメキシコの北米自由協定発足の初日のサパティスタ民族解放軍の蜂起によって突き破られた。南米やアフリカをはじめ、世界各地では、独裁政権によってしか根付かなかった新自由主義モデルの破綻は歴史的事実であった。帝国主義諸国においては、八〇年代からすすめられた新自由主義改革の負の影響が大衆的に明らかにされてきたのは九〇年代終わりからであり、「南」の民衆の闘いと「北」の民衆の苦悩が合流するには一定の期間が必要であった。
一方でベトナムにおけるアメリカ帝国主義の敗北および変動相場制への移行に示される資本主義の国際的金融システムの激変は、帝国主義支配の不安定さを一層推し進めた。民衆の希望を裏切り、そして見放されたスターリニズムの崩壊によっても、帝国主義の世界的支配は依然として動揺と抑圧と危機を回避することはできていない。その不安定さはますます深まる一方である。それは資本主義システム自身が抱える構造的問題と同時に、人びとの抵抗が決して止む事がなかったことの現われでもある。
世界社会フォーラムに見られる抵抗運動の階級的復活は、いまだ不安定なものである。エリートや多国籍企業による介入や分断など予断を許さない。だがこの歴史的チャレンジが進む方向性を決定するのは他でもない、戦争と搾取と家父長制に反対し、政治的、経済的民主主義をもとめる世界各地の民衆の粘り強い闘争によってである。闘う前から結果が決まっていることなどあり得ないのだから。
アジアの運動が
飛躍する機会
近年、新自由主義に抵抗する闘争の舞台になってきたのは、シアトル(1995年WTO)、ジェノバ(2001年G8)、ロストック(2007年G8)などの主に欧米で開かれた国際会議であったり、あるいはベネズエラやボリビア、エクアドルなど、アメリカ政府に支援された独裁政権と新自由主義に抗して第一歩の勝利をつかんだ南米諸国である。
だが、冒頭でも述べたように、アジアのオルタグローバリゼーション運動は二〇〇八年を、アジアにおけるオルタグローバリゼーション運動の飛躍の年にしたいと考えている。日本ではここ数年、小泉改革に象徴される新自由主義政策の強制により格差が拡大し、人々の生活が切り崩され、人々が社会的に生存するうえで欠かすことのできない公共サービスが、利潤最優先の企業に切り売りされてきた。先の参院選において、有権者は、新自由主義と国家主義を掲げてきた安倍自公連立政権にNOを突きつけた。東京選挙区では人びとの怒りと希望が三十一歳の若い青年を国会に押し上げた。参院では与野党逆転なったこと、そして近々行われるであろう解散総選挙をまえに、自公連立政権は、これまでのように数に任せた国会運営はできなくなっており、アメリカの侵略戦争に正々堂々と加担するため新テロ特措法の成立もままならない。だがいまだ運動の側がこの状況を主体的に組織する状況には至っていない。
日本帝国主義の抑圧の歴史を歪曲する文科省に抗議する沖縄民衆の怒りや米軍再編に協力しないことを理由に補助金をカットした政府に対して抗議した岩国市民の集会など、福田政権に対するさまざまな抵抗が続いている。また格差や貧困などの問題に取り組む新しい試みが持続している。ジェンダーバッシングやドメスティックバイオレンスの問題に取り組む女性達の粘り強い闘いも継続している。これらすべての闘いは、戦争と搾取と家父長制が支配するいまの世界を変革し、かつて世界的な規模で資本主義に闘いを挑んだ民衆の歴史の昨日から明日へと続くたくさんの道のりのひとつひとつである。
課題を整理し
交差点の発見へ
アジアのオルタグローバリゼーション運動が、香港そしてバリ会議での成果を洞爺湖でさらに発展させるには、日本におけるこれらたくさんの抵抗運動のつながりが決定的に重要である。二〇〇〇年に沖縄で行われたG8サミット以降の七年間、日本の階級闘争をもう一度振り返り、成果と課題を整理し、世界のオルタグローバリゼーション運動の闘いとの交差点を見出さなくてはならない。
二〇〇八年は世界社会フォーラムが開催されない。毎年、一箇所に一週間近く集まる労力を削減し、世界社会フォーラムが培ってきた成果と課題を各地で検証し共有するためである。七月にドイツ、ロストックで開かれたG8に対抗するアクションの中で、世界社会フォーラムに結集する社会運動団体が、二〇〇八年一月二十六日を最終日とする一週間のなかで、もうひとつの世界を目指す人びとが各地で新自由主義に反対するアクションを起こすよう呼びかけた。
1・26全世界
行動の成功を
十二月中旬現在、世界三十箇所で一月二十六日のアクションが取り組まれる。その多くが、ヨーロッパと南北アメリカ大陸であり、アジアではわずか三地域のみである。日本では東京で準備が進められている。
これまで世界社会フォーラムに参加してきたグループ、自由貿易や戦争の問題に取り組んできたグループ、地域で粘り強く活動をつづけてきた良心的な活動家、国家主義や日の丸・君が代の問題に取り組む人々、公共サービスを労働者民衆に取り戻す闘いをつづける団体、資本と権力の弾圧に抗して闘う労働組合、社会的排除とたたかうグループ、家父長制支配と格闘する女性と男性たち、支配的な国際金融の不当性を訴えてきたグループなど、世界社会フォーラムの規模にははるかに及ばないが、多様で経験豊な人びとが取り組みを準備している。このプロセスを積み重ね、横断的につながることが、深くそして力強い、社会運動のネットワークをつくりあげることにつながるだろう。
そして七月の洞爺湖サミットにむけた様々な取り組みの中の重要な一歩にもなるだろう。洞爺湖サミットでは、これまでの世界の、そしてとりわけアジアのオルタグローバリゼーションの経験の蓄積と日本のさまざまな社会運動の現状を交差させてたがいに共鳴しあうことで、帝国主義諸国がG8や国際金融機関などを通じてすすめる新自由主義という名の資本主義の延命策の欺瞞性を社会的に暴露し、そして洞爺湖サミット後の、日本における社会運動の社会的な再登場を促さなければならない。
任務は巨大である。だが搾取と抑圧の資本主義システムを終わらせようとする自覚的な左翼の力量はきわめて弱体化していることもまた事実である。多国籍資本の代弁者は、その暴力装置を最大限活用して、オルタグローバリゼーション運動の社会的登場を妨害しようとするだろう。帝国主義の暴力装置による弾圧を許さず、G8に代表される帝国主義諸国の反動性を暴露し、そしてもうひとつの世界に向けた希望を実現するための幅広い連携を実現する。われわれを含めた日本の左翼ははさらに広く、そして深く反資本主義左翼の再結集を討論しなければならない。課題は何重にも課せられている。かなりの極限にまで弱体化した日本左翼はその重責を担うことができるのか。それはやってみなければわからない。人類の未来をかけた闘いの新たなサイクルはすでに始まっている。
(早野 一)
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