かけはし重要記事

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ベネズエラ                      かけはし2002.7.8号より

第3党に浮上した民主労働党は大統領選をどう闘うか

「地方選8・1%の得票で悩みは募る」


 クォン・ヨンキル民主労働党代表は極めて慎重だった。各メディアは民労党が6・13地方選挙で得た8・1%の政党支持率に大きな意味を付与したが、彼は違った。六月十六日、汝矣島の民労党事務所で会ったクォン代表は「8・1%の政党得票によって民労党は一層、困窮になった」と語った。「積極的支持勢力である組織労働者たちは、より強力な代弁者の役割を注文するだろうが、8・1%の中には、もっと柔軟でしなやかな姿を示してくれという欲求が混在している」とし、「相反する欲求をどのように調和させるのかによって限界のうちに閉じこめられることも、また一段階跳躍することもあり得る」と展望した。彼は進歩陣営が今年十二月の大統領選に出馬する単一候補選出の競選に合意するなら民労党は既得権を放棄するとし、「単一の大統領候補を推挙するための汎国民的推進機構」の結成を提案した。

相反する要求を
調整する困難さ

――今回の選挙結果に表れた有権者の意思は何か。

 われわれ庶民はこんなにも苦労しているのに、大統領の息子らも含め、政権の腐敗はなぜこんなにもひどいのか。それに対する反発の心理が何よりも強かった。

――ハンナラ党の腐敗政権審判論に有権者らが共感したという意味か。

 ハンナラ党がやってキチンとできたことは何もない。国民には選択する余地がさしてなかった。イ・フェチャン候補が腐敗政権の審判を語ったものの、ハンナラ党こそが腐敗政権の元祖だ。彼らがどうやって腐敗政権を審判するのか。それにもかかわらず国民は現時点で腐敗したこの政権をともあれ審判しなければならないと考えたし、その表現方法はハンナラ党に票を投じる方法以外にないと判断したようだ。そうでなければ結果を説明しようがない。

――民労党が得た政党支持率8・1%をどんな意味に解釈するのか。

 民主党に警告を与え審判はしなければならないが、ハンナラ党は到底、選択できないと考えた人、あれもダメ、これもダメなら今回は進歩政党を一度育てなければならないのではないかという人もいる。進歩政党の基本組織票が含まれていたことは改めて言うまでもない。このような諸要因が寄せ集まった結果だ。

――民主党の後退によって反射利益を得た側面もあるようだが。

 民主党候補が気にいらず政党支持を民主党へと結びつけず、いっそ民労党でも大きくしてやろうと動いた有権者もいるだろう。事実、民労党に来た票はさまざまな要素が混在している。徹底して冷静に分析してこそ党の進路を正確に設定できるだろう。「おめでとう」の言葉はありがたく受け取らなければならないが、これにおぼれては何にもならない。

――いずれにせよ8・1%の得票は相当の成果であることに間違いないが。

 確かに8%以上の政党得票を手にしつつ、民労党は一層困窮し、難しくなった。積極支持勢力である組織労働者たちは現在、絶望的な状況に置かれている。当然にもその声を代弁し、集会場などでともに行動することを要求する。そうでなければ「民労党よ、お前らが既成政党と違うのは何か」と叫ぶだろう。だが、もっと柔軟でしなやかな姿を示して国民の多数を支持者に引き入れよ、という欲求も明らかにある。相反した要求をどのように調和させるのかが最大の悩みどころだ。この宿題を解決できなければ民労党は一定の限界の中に閉じこめられるだろうし、うまくやれば大躍進も可能だろう。

――釜山は例外としてもイ・ムノク・ソウル市長候補をはじめ多数の各候補が出馬地域で政党支持度よりも少ない票だった。民労党が追求する大義には共感するけれども、それを体現する勢力や人物として民労党を信じられないのではないか。

 そういった面があることを完全に否定はできない。だがソウル市長を例にとると、イ・ミョンパク(ハンナラ党)、キム・ミンソク(民主党)両候補が予測不可能な対決を繰り広げている状況だった。この中でわれわれに来る票はなかった。民主党とハンナラ党が争点なしに死活をかけた対決となれば第三党に回る票はさしてない。それがわが党の苦悩だ。

――四半期ごとに一億三千余万ウォンの政党補助金(助成金)の支援を手にすることになった。カネはどのように使うのか。

 既成政党は国庫補助金を党運営費として使っている。国庫補助金は明らかに政策開発に使えとして渡されるカネだ。われわれは討論会を通じて政策を開発し広めることにのみ使うことになろう。

――使用内訳の細部公開も可能か。

 当然、公開することになろう。そうでなければ党員たちが納得しない。民労党は国庫補助金を受ける前から党運営や財政の透明性を強調してきた。
 
汎国民候補を選出
するためにも模索

――「8・8国会議員再補選」は重大なヤマ場だ。どう対応するのか。

 まだ方針は決まっていない。国民がどう評価するにせよ、再補選はハンナラ党と民主党勢力が極めて強力だ。動員された組織票のほかに他の参加者はそれほどいない。率直に言って、そのような条件の下で、わが党が地方選挙で得た票ほどに得票するのは簡単ではない。

――選挙を放棄はできないのではないのか。

 もちろんだ。ただ全面参加か、部分参加か、あるいはどこに集中するかを論議しなければならない。

――十二月の大統領選はどうするのか。

 大統領選への参加は、さらに難しい問題だ。今回の選挙でわれわれは百三十三万票を結集させた。大統領選でこのぐらいの票を集めたら影響は大変なものがあるだろう。けれどもペッ・キワン候補が出馬した八七年の選挙の時から進歩陣営内には「魔の三十万票」という言葉があった。いつも、その範囲にとどまった。今回は、その壁を破ったが……。

――では、大統領選でそのぐらいの票を得られるのか。

 (しばらくの間、とても困った表情を浮かべた。そして言葉を継いだ)。大統領選は政党に対する投票というよりは候補個人に対する傾向が強い。相当レベルまで落ちる可能性もある。余波も大きいだろう。地方選挙の時の票は、それこそバブルであり虚像だったと規定するだろう。また「望みあり」と叫んで前に進もうとしていた人々は、どんなにしてもダメだという挫折感に陥るだろう。これをうち破らなければならないのだが……。本当に難しい。

――「進歩陣営の単一候補を推挙するための汎国民的推進機構」の結成を提案するものと伝えられているが。

 進歩陣営は、その〜、何と言うか、ひたすら論議に論議を重ねて時を送る習性があるが、今回もそうならダメだ。地方選挙の政党名簿得票率を見て、早く決定し幅広く活動しなければならない。保守は腐敗して滅び、進歩は分裂して滅ぶという……。そのワクをぶち破らなければならない。汎国民候補の選出を提案することになろう。論議をダラダラと引きずってはならない。機構の結成段階からずるずるとやっていたら進歩陣営が大統領選を放棄せざるをえない状況が来かねない。

――クォン・ヨンキル代表が今度の大統領選にも出馬するのか気にする人々が多いが……。

 出馬しなければならないとの考えはあるものの公式に態度を明らかにする段階ではない。民労党候補として決定されても汎国民推進機構が実施する進歩陣営の予備競選に出る予備候補の一人にすぎない。けれども他の進歩陣営では民労党が大統領選の局面を一方的に引っ張って行こうとしていると誤解するだろう。

――進歩政党をまとめるために党の既得権に固執しないということか。

 そうだ。

――クォン代表でなく別の大統領選候補を擁立すべきだと言う人々もいる。

 そのような論議があるのなら直接、競選に出て競争することが党発展の力となる。どんな選挙であれ競選は美しく、美しく執り行われれば組織は発展する。

――民労党が大統領選候補を出すのは結局ハンナラ党の執権を手助けする行為だとの非難もあり得るが。

 ハンナラ党は腐敗の元祖だ。ハンナラ党自体が財閥政党であり、本人らはそうではないと言うけれども財閥構造を作りつつ成長したし、その上で執権し既得権を維持してきた。だが民主党と民労党の違いも極めて大きい。イ・フェチャンとノ・ムヒョンの違いはあるものの、ノ・ムヒョンとクォン・ヨンキルの違いはもっと大きい。

――民主党と政策連合を試みることもありえるが。

 不可能だ。政策連合は力が対等でなければ成功しない。仮にクォン・ヨンキルが候補になればノ・ムヒョン候補は連帯を望まないだろう。連帯してもノ候補の当選にさしたる力にならない。党内の競選でイ・インジェ氏がノ・ムヒョンは民労党の候補となって然るべき人なのに、どうして民主党候補になったのか、と攻撃した。選挙戦で民労党と連合した候補であれば内外が騒々しくなるだろう。ハンナラ党もまた、じっとしているだろうか。両者の連合は力にならない。

民主党との政策
連合は不可能だ

――独自候補論に固執するのか。

 それなら民労党は候補を出してはならないということではないか。候補を出さなければわが党の存在が無意味になる。民労党が一歩ずつ進み出ることが政治発展の力となる。歴史の発展に責任をとると言っている民労党がこれを受けいれられるだろうか。

――ノ・ムヒョンとクォン・ヨンキルにはどんな大きな違いがあるのか。

 民主党と民労党、ノ・ムヒョンとクォン・ヨンキルは違う。この時代の進歩は理念的によく納得されず、国民もその違いを完ぺきに認識できていない。私は国際通貨基金(IMF)が要求した一方的金融開放、公企業および重要な大企業の民営化が海外売却、労働市場の柔軟化によって包装された大量解雇を受けいれらるのかどうかによって、この時代の本当の進歩と保守とが区別されると考える。
 進歩陣営は、これを断固として拒否する。これを受けいれつつ進歩主義だの進歩候補だのと言うのであれば、それはウソだ。南北関係においてハンナラ党のイ・フェチャン候補より少し先を行っているということを進歩だと主張してはダメだ。ノ・ムヒョン候補が、このような要求を拒否できるのか。できない。なぜか。大統領になれないからだ。
 (彼は声を高めた)。受けいれざるをえないノ候補の立場を理解してやるべきだと言う人もいる。だが、これを受けいれれば千三百万人の俸給生活者の生存権は奪われる。すでにこれらの人々のうち六〇%が契約職、嘱託職によって脅かされている。これを放置することは労働者ばかりか国民生活全体を放棄することだ。これをどう放棄していくのか。これが民労党と民主党、ノ・ムヒョンとクォン・ヨンキルの違いだ。(「ハンギョレ21」第414号、02年6月27日付、シン・スングン記者)

16強より大事なこと

 W杯の期間中に犯罪が著しく減少したと言う。祝祭がもたらした、もう一つの贈り物です。新聞の社会面も事件や事故の記事がなりをひそめ、「赤い悪魔」(韓国チームのサポータグループの一つ)であふれています。
 しかし六月十三日、京畿道楊州で女子中学生二人が米軍車両にはねられて亡くなったことは、そのまま埋もれさせてはおけない悲劇です。その日は、あたかも地方選挙の日で、事件は余りにも簡単に報道されました。
 チョヤン中学校二年生のシン・ヒョスン、シム・ミソンの二人は午前十時四十五分ごろ、道を歩いていて米軍工兵隊所属のキャタピラ車にはねられ命を失いました。事故が起きた道は幅三百四十センチの片道一車線の地方道で、キャタピラ車の幅はそれよりも広い三百六十七センチでした。
 警察は当時、十余台の米軍車両が訓練のために一定間隔で進行中だったとし、そのうちの三番目の車両が向かい側から来た装甲車とすれ違うために道路端に寄せながら進行していて歩行帯を歩いていたシンさんらに覆いかぶさったものと見ています。
 米軍側は、キャタピラ車が通常的に進行していたとし、運転手は前を歩いていた中学生らが見えず、助手席の管制将校が見て停止命令を出したけれども運転手には聞こえず事故が生じたと発表しました。遺族らは、事故車両が対抗してきた装甲車を避けるために急にハンドルを切り起きた殺人行為だと主張したけれども、米軍側は公務中に起きた事故だとして一方的に自主調査を行い、真実を明らかにするのは困難だというのが現実です。
 二人の少女は六月十五日に学校で葬式が行われ、ひと握りの灰となりました。友達のチョ・ユリンさんは朗読した弔辞で「いまだ死という言葉は十五歳である私たちにとって似つかわしいものではなく、ひたすら恐ろしいという言葉というほかはない」「いったい何者がミソンやヒョンスンを私たちのところから奪っていったのか、きょうのこの葬式をもたらしたのか、ただ恨めしいばかりだ」と語りました。
 米軍がいなかったなら少女らはこの世を去ることはなかっただろうし、米軍が注意していたなら葬式はなかったでしょう。事故に対する処罰を厳重にしていただけでも、悲劇は起きなかったかも知れません。
 仮に過失だとしても真っ昼間に歩行帯を歩いていた歩行者をはねた事故を、わが当局が消極的に対応してはダメでしょう。米軍による交通事故は年間四百件を超え「毎日の行事」のようになったけれども、わが国の裁判所の裁判権行使は、そのうち十件にも充たないと言います。
 白日の下、見るに忍びない若者の死だと思います。しかも顔は判別できないほどにむごいものだったと言います。
 二人の少女のとんでもない死をW杯の16強進取と取り替えてよみがえらせることができるものなら、喜んでそうしたいです。そうであれば、われわれが一体となって16強進出に喜んだ以上に、心を一つにして二人の魂を慰めなければならない事件です。
 過ちのない死、経過がキチンと分からない死、このようなことが一隅で続けられるのであれば「あ〜、テーハンミングック(大韓民国)」と叫んでみても、むだな事でしょう。(「ハンギョレ21」第414号、02年6月27日付、チョン・ヨンム編集長)
 注 「朝日新聞」6月28日付「地球24時」によれば、この事故について市民団体でつくる対策委員会は二十七日、真相究明のための調査団設置を決めた、と伝えられる。


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