| 得をしたのは政府と資本だけだった――国民的興奮にかき消された労働界の苦闘 |
韓国サッカー代表チームがヨーロッパサッカーの高い壁を体力と精神力とで克服していく一カ月間、この社会の別の所で労働者たちは手配や拘束、損害賠償へと続く労働弾圧や社会的無関心の壁を越えるために全身を投げうっていた。だがW杯4強進出という韓国サッカーの成功とは違って、彼らは長期ストに伴う手配や損害賠償請求訴訟、そしてW杯以後に予想される公権力の投入に、再び緊張しなければならない立場におかれた。
五月中旬に始まった労働界の賃金・団体協約(賃団協)関連のストはW杯が開幕される前に終わるだろうとの期待とは違って、大型事業所を中心に一カ月以上、続いている。金属労組所属で最大事業所の昌原・斗山重工業は事業所を固く閉ざしたままストを続けており、コルト楽器、カブルプラスティックなど中小製造業の事業所のストも交渉がスムースに進められないまま解決の糸口を見いだせずにいる。またキョンヒ医療院や聖母病院(江南、汝矣島、議政府)など保健医療労組所属の大型病院などのストが長期化しており、民主タクシー労組も完全月給制の実施を要求し仁川地域を中心にストを続けている。
とくに、事業所を占拠して、いわゆる「玉砕スト」を展開している斗山重工業や必需公益事業所に分類されストを禁止されているため、不法ストを展開せざるをえない病院事業所などはW杯期間に国際的視線を憂慮して延期されていた公権力の投入が現実化するものと予想され、労働界を緊張させている。これとともに韓国シグネティクス、浦項製鉄雇用承継特別委員会(サンミ特殊鋼労組)など長期闘争事業所などが、W杯期間中に極端な闘争をしたにもかかわらず、世論の注目を受けられないまま闘争を整理し、W杯以後を期している。
当初、民主労総は毎年五月末から六月初めに集中していた賃団協をW杯期間を配慮して五月末と七月とに分けて実施することにした。とくに五月中旬に賃団協の時期を合わせた金属労組、保健医療労組、タクシー労組などはW杯を前に社会統合についての政府や使用者側の努力で賃団協をW杯以前にまとめあげられるものと期待した。労働界も「W杯特需」を期待していたわけだ。
しかし結果から見るとW杯特需は政府や使用者側にのみ利用されたものと分析される。W杯を前にした政府の労使平和宣言の動きなどが、むしろ使用者側の交渉回避を呼び起こしたのだ。「W杯を前に、そもそもストをするつもりなのか」という使用者側の態度は、W杯開幕とともに「これ以上、続けられるものか」という雰囲気に変わったが、いざW杯が終わるや長期ストの責任を労組側にのみ押しつけようとしている。仁川地域のタクシー労組のストを解決するために市民・社会団体までが乗り出して完全月給制の実施を要求しているが、使用者側は相変わらず黙殺を決め込んでいる。
保健医療労組イ・ジュホ政策局長は「例年と異なり民主労総ではW杯を避ける闘争を通じて賃団協を円満にまとめあげようとしたが、むしろ政府や使用者側がこれを逆利用し、労政関係が難しくなっている」「W杯の雰囲気の中で労使関係が協力的に展開されるというよりは対立的な葛藤として展開されている」と語った。また「政府の安逸な対応や使用者側の交渉回避によってストが長期化しているにもかかわらず、政府はW杯以後、公権力の投入にのみ依存してスト問題を解決しようとしている」と主張した。
W杯4強競技を翌日に控えた六月二十四日朝にはスト中のキョンヒ医療院や江南聖母病院に数十人の私服警察や数百人の戦闘警察(機動隊)が、逮捕状を発付されたチョ・ウンスク・キョンヒ医療院支部長ら労組幹部を逮捕するために突入したが、労組員らの抵抗によって、それは貫徹できなかった。同日午後には保健医療労組ヨム・ギヨン蔚山慶南地域本部長が組合事務所から連行され、翌日未明には明洞聖堂で籠城中のイ・ホドン委員長が警察に連行され拘束された。
すでに今回のW杯期間だけで病院スト関連で保健医療労組十八人、斗山重工業スト関連で二十二人など四十人の労組幹部らに逮捕状が発付されるとともに、労組に対する百億余ウォンの損害賠償請求訴訟が提起され、関係者らの財産が仮差し押さえされた。この数字は、これらの事業所に公権力が投入されるなら一層、大きくなるものと見られる。
長くは数年、短かくて数カ月間、使用者側の不当労働行為と社会的無関心の中で闘ってきた長期闘争の労働者たちの声も、W杯の熱気にかき消されているのも同然だ。十三の長期闘争の各事業所は五月二十二日、ソウルの主要都心で無期限路上籠城に突入し「W杯特需」を期待した。だがW杯を前にした社会統合の雰囲気や労働部(省)の努力によって事態を解決し作業場に復帰できるだろうという彼らの期待も、社会的無関心や使用者側のあいも変わらぬ態度によって再び水泡に帰した。
復職闘争六年目を迎えている浦項製鉄雇用承継特別委員会の熟年の労働者たちは、最後の闘争だとの覚悟で浦項製鉄ユ・サンブ会長の家の前などで二十余日間の籠城を展開したが、社会的注目を得られないまま後日を期し、六月初め、地域に戻らなければならなかった。大宇自動車のジェネラルモータース(GM)への吸収によって車両販売体系を地域店中心から代理店中心に転換しようとする構造調整に対決し闘っていた大宇自動車販売労組もW杯が開幕されるとともに、外国人らの往来が激しいホテルの周辺や市内都心で一人デモを展開したが、目に見える成果は得られなかった。六月十日、組合員らを現場に復帰させた後、逮捕令状が発布された労組幹部らだけを仁川タプトン聖堂に残し、籠城を展開している。
こればかりではない。六月十二日から、すでに三百日を超えるストを展開していた韓国シグネティック労組も、残った組合員五十余人全員が最後の闘争だとの覚悟で労使政委員会を占拠したまま十余日間、集団断食籠城を展開するとともに、会社との交渉再開を要求した。だが労組の要求を受けいれられないとする会社の頑強な立場は対話の余地を残さず、結局、労組はハンストでやつれきった体のまま二十一日、籠城を解き解散せざるをえなかった。
朝鮮日報の光州全南地域の新聞を印刷していた朝鮮日報の子会社・朝光出版労組の組合員らもW杯の熱気が熟していた五月二十八日、光化門の朝鮮日報社屋付近で籠城に突入した。だが光化門のどまん中に押し寄せたW杯の熱気は彼らの闘争の熱気を呑み込んでしまった。チョン・ヨンファン支部長は「良いチャンスだと考えて(W杯の街頭応援の際)車による広報を試みたけれども、応援団の熱気の中で、われわれの主張はあっという間にかき消されてしまった」ともどかしがった。
全国が韓国サッカー代表チームのW杯4強進出の熱気に包まれていた六月二十七日には全世界の労働者たちもが乗り出した。二十六カ国の韓国大使館前には数千人の各国労働者たちが集まった。
この集会は韓国サッカーの成功を祝うためではなく、拘束、手配、損害賠償請求訴訟に苦しめられている韓国の労働者たちと連帯して韓国政府の労働弾圧に抗議するためのものだった。すでに韓国労働界には四十五人の拘束労働者と六十二人の手配労働者たちがおり、使用者らの損害賠償請求に伴う仮差し押さえ額だけでも千二百五十億ウォンに達する。今回のストを通じて、大型病院事業所らも、これまでに例のない損害賠償請求訴訟によって労組の首を締めあげている。
政府は韓国サッカーの成功を国家的成功へと結びつけるために社会の全分野で世界的レベルに達するための対策を準備するとして奔走している。労働界は、その流れの中に韓国の労使関係も先進国のレベルに達することができることを希望している。
民主労総は七月の第一週までスト事業所に対する労働部の収拾策を求めている状態であり、それが中途半端なものである場合、七月第二週から再び強度の高い闘争に踏み切ると明らかにした。政府が公権力に依存した事態解決でなく、W杯で実現した国民統合の雰囲気にふさわしい事態解決策を出せるのか、労働界の耳目が集中している。(「ハンギョレ21」第416号、02年7月11日付、キム・ジェホン/「毎日労働ニュース」記者) |