かけはし重要記事

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読書案内『脱 北 者』韓元彩著、晩聲社発行、1200円 かけはし2002.7.22号より

亡命寸前に送還され殺された北朝鮮難民が残した手記

北朝鮮から逃げられなかった男

 『脱北者』(韓元彩著、晩聲社発行、1200円)は、一九九八年八月、北朝鮮から中国への脱出を図った韓元彩さん(57才)が、強制送還されてから三度目の脱北を果たすまでの体験をつづったものである。中国東北部で暮らしながら手記を執筆し、日本の「北朝鮮難民救援基金」と中国のキリスト教会関係者にコピーを手渡した。二〇〇〇年九月、韓さんは同基金の支援で、韓国への亡命を実現する寸前で中国公安に捕まり、北朝鮮に送還され三日目に拷問を受け死亡した。妻の申錦鈴さんは激しい拷問により廃人と化し、行方不明になってしまったと伝えられている。その後、三人の子どもは多くの人の助けを受けて韓国に亡命した。
 韓さんは朝鮮人民軍直属のパルプ企業所で設計士を行っていた。さらに、国家保衛部秘密工作員も務めていた。しかし、韓さんの父が朝鮮戦争直後に越南したことや伯父が国家保衛部で処刑されたことなどから、「出身成分」が悪いとして差別を受けた。韓さんが家族をあげて亡命を決意した理由のひとつだった。

凄惨な監獄での体験

 最近では、北朝鮮の高官の亡命手記はめずらしくなくなったが、北朝鮮の監獄の様子や飢えに苦しむ庶民の姿をこれほど詳細に報告したものはほとんどないのではないか。
 韓さんの手記は涙なしには読むことができない。これほど、ひどい社会・世界がどこにあろうか。かつてソ連のラーゲリ(収容所)の記録を読んだことはあるがこれほどではなかった。以下、韓さんが記した内容の一部である。
 「殴られ、蹴られ、転がされ、血が飛び散る。こんな惨状が監房のなかでは一日たちとも途絶えることはない」「最小限の自由もなく、最低限の人権もない。すべてを蹂躙され、虫けらのように圧殺される社会――これほどまでに残酷で凄惨な状況が、北朝鮮の監房の現実なのだ」。
 軍人・警察官たちは囚人たちをあらゆる暴力で痛めつける。そればかりではなく、集団的に責任を負わせるということで、囚人同士で集団リンチをさせる。食事は六日間で五食ということもあり、警官たちの気紛れによって、いつでも食べさせないこともできる。食事といっても、トウモロコシに薄い汁をかけたものや腐った野菜が入ったもので、すぐに囚人たちは栄養失調でガリガリにやせ細ってしまう。監獄は不潔でシラミ、ノミなどがたかり、かゆくて夜も眠れないほどだ。
 これほどの残酷な監獄の世界を作りあげているのは監獄だけのことではなく、社会全体の腐敗・堕落を示している。いかに、法律がなく、人権がないかを表現している。社会がすさんでしまっているのだ。

人民軍の堕落

 朝鮮人民軍だけはピョンヤン市民などと同じく特権的に飢えから逃れていると思っていたがそうではなかったことだ。人民軍の堕落・崩壊ぶりを韓さんは以下のように記している。
 「人民だけでなく、銃を握った軍隊までもが飢えに苦しんでいる。そのため軍人たちは、手近にいる市民を殴ってポケットの金を奪い、道行く車を止めて強制的にガソリンを抜き、それを売った金で買い食いして空腹を埋める。いまや軍隊は、飢えた虎のように村や街を回り、人民の生命や財産をかたっぱしから強奪する無法な集団になり下がってしまった」。
 逮捕された人々を管理する軍人や警察官が自分たちの飢えをしのぐために、彼らに奴隷労働を強制している。それも共同農場から盗みを働かせしたりするのだ。

中国でもひどい拷問

 そして、これは北朝鮮だけの話ではない。韓さんは中国へ脱出し、中国で逮捕された。その時の中国の警察の取り調べのすごさを次のように記している。
 「肉がこそげ落ち、鞭で打たれた傷跡がただれ、膿だらけの体があざでまっ黒になった。……奴は高圧電気棒を持ちだし、身体のいたるところに押し当てる。……体の局部に電気棒が触れると、絶えられない苦痛と恐怖が走った。その日からほとんど毎日、高圧電気棒による拷問がくりかえされた」
 「ここでの一八日間は、つらい拷問の日々であった。そしてなによりも民族的屈辱と怨恨を胸に抱いて過ごした悲憤の一八日だった。中国漫江辺防隊の非人間的処置――反人権、反人倫に根ざした行為を私は世界の前で断罪する」。
 この手記を読んで驚くべきことは、越境したことがどのような法律に触れ、どのような刑期になるかということや、そうしたことが裁判によって決められるプロセスがないことだ。それ以前の段階で警官や軍人によって勝手に奴隷労働を強制され、殺されていっていることだ。
 中国に滞留している北朝鮮脱北者たちを国際社会は難民として認定し、緊急に援助の手を差し伸べなければならない。北朝鮮内において、脱出もできずに飢えに苦しむ人々を救わなければならない。(滝山五郎)

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