| 瀋陽日本領事館駆け込み事件と日本の難民政策を問う かけはし2002.7.22号より |
七月七日、ペアーレ新宿で「瀋陽日本領事館駆け込み事件と日本の難民政策」講演会がAWC(アジア・ライターズ・クラブ)の主催で開かれた。
一九九三年から中朝国境の取材を続けてきたジャーナリストの石丸次郎さんが北朝鮮難民の置かれている過酷な状況を報告し、周辺諸国と話し合い日本が難民に対して受け入れを含めて支援をすることを訴えた(別掲)。
在日アフガン難民を支援している弁護士の土井香苗さんは、「インドシナ難民一万人を受け入れたのが最高で、九七年は二百人の申請に対して一人しか許可しなかった」ことに現されるように、難民を受け入れない日本政府の姿勢を批判した。
土井さんはまた、日本の難民政策は@入管法の「六十日条項」を理由に難民不認定としているA申請と同時に退去強制手続きを始めるB認定・不認定の理由が開示されないC異議申し立てが管轄の同じ法務大臣になっているD難民への公的援助をしていないE収容が原則となっている――として、難民法の改正を訴えた。さらに、日本政府が9・11テロ後、テロ対策としてアフガン難民を強制送還を前提に収容し、「テロ容疑者」のような過酷な取り調べを行った実体を明らかにし、日本の難民政策転換を訴えた。 (M)
石丸次郎さんの報告から
中朝国境地帯で取材した北朝鮮難民の現実
一九九三年から二十六回、中朝国境地域(中国から)へ行って取材をしてきた。九三年に、白頭山の頂上に中国側から登った。北朝鮮の兵士二人がいて、食べ物を求められた。私が持っていたパンを奪い取られた。その兵士たちはパンをガツガツ食べた。私はそれを見てショックを受けた。この頃には、食糧の欠乏から北朝鮮からの逃亡者がいた。
九六年から九七年にかけて、大量の北朝鮮難民が中国に流出した。この時期、日本のマスメディアでは、北朝鮮を「何をするか分からない。恐い。日本に攻め込んでくるのではないか」というような流言を伝え、憎悪をあおる報道があった。日本の中で北朝鮮批判をすると排外主義へ転化しやすい。差別に結びつくことがあり、チマ・チョゴリ引き裂き事件などが続出した。私はこの点をいつも考慮に入れながら、事実への地道な取材と検証、そしてサンプル数を増やすような取材をしている。
四月からすでに四千人が送還された
テレビで見ると難民といっても「身なりがいいではないか。太っている人もいる」などと質問を受けるが、私の知っている三十五歳の母親は九九年に脱出し、三カ月で元の体になったが、二〇〇〇年に北朝鮮に戻り、また出てきたらガリガリにやせていた。中国の服装をしていないと捕まってしまうので普通の姿になっていく。
アムネスティの調査によると、四月以降四千人が逮捕され、北朝鮮へ送還されている。去年からは一万人逮捕・送還されていると言われている。ものすごい数の北朝鮮難民が送り返されている。国境ではトラックに満載された難民が見られない日はない。難民狩りといっても過言ではない。
送還された人たちはどうなるか
保衛部(政治警察)の取り調べをまず受ける。尋問は最初に韓国人、キリスト教関係者に会ったか、他の外国人に会ったかどうかを聞かれる。もし、ここでそうした事実を認めれば政治犯として過酷な処罰が待っている。政治性がないとなれば、労働鍛練所(労働強制所)に一〜三カ月入れられる。そこでは、警察の管轄している畑を耕す、まきとりなどをやらされる。
根性を入れ替えるということで、グランドを走らされたり、金日成の歌を歌わされる。食べ物はトウモロコシのおもゆ、おから、野草をいためたものなど。狭い房にたくさんの人が入れられる。不衛生なのでしらみがたかるなどして、八十人のうち二カ月で二人死んだという話を聞いた。病気になっても治療をしてもらえない。
労働鍛練所は懲役刑ではないのでまだましな方だ。国外脱出の懲役刑は七年から死刑まである。九五年以前は厳しかった。公開処刑を見たと言う証言を何人もの人から聞いた。いまは厳しい処罰ではなく一週間で放たれる場合もある。懲役刑の場合は三カ月から六カ月いるだけで命をおとす危険がある。日本からの帰国者の場合は非常に厳しい罰を受ける可能性がある。
取り締まりが厳しくなっている
中国には北朝鮮難民は最低で五万人、多ければ十万人いるだろう。最近は北朝鮮から中国への脱出は激減している。ピーク時の十分の一くらいだろう。北朝鮮の国境地帯に接すること事態が難しくなっている。難民にもなれない状態だ。
九七・九八年に脱出した人たちが中国の中にたまっている。中国に来て、五年以上になる人もいる。一、二回捕まって中国に出てきている人もいる。簡単に出てこられるのではないかと思う人もあるだろうが、とんでもない誤解だ。北朝鮮に住めないからもう一回出てこざるをえなくなっている。故郷に帰っても住む家はない。職場復帰は難しい。配給も冷遇される。子どもたちも先行きに非常に不安を感じる。その結果、北朝鮮で生きてゆくのがいやになる。そして、中国の「自由な」生活を知るとなおさらだ。
脱北者の七〇%は女性だろう。中国の貧しい農村では嫁の来てがいないので、北朝鮮の女性を求めている。これがシステムになってしまっている。人身売買が介在している。ひどい場合は渡ってきた女性を掘っ立て小屋に監禁し出張売春させる。山賊が女性狩りをしている。北朝鮮の中で、売春は何でもない行為になっている。既婚者女性で六割ぐらいがやっているのではないかという共通の証言を受けた。
中国の朝鮮族は百九十万人いるが経済はうまくいっていない。農村に北朝鮮難民親子が行ったが数日後には出ていってくれと言われ、売春をやるしかなかった。北朝鮮の男性はどうかというと、北朝鮮は男尊女卑が根強く男は働かない。中国では北朝鮮人男性をかくまうことはしない。彼らは山の中で、テントを張って隠れているしかない。
越境した人たちはどう呼ばれるか
九五年以降、延べ百万人以上が越境したと言われている。北朝鮮に戻る人は越境者と言える。戻らない人は難民といえる。韓国では脱北者という言い方をする。しかしこれは条約上の概念ではない。日本では密出国者という言い方もされるが、これは庇護される対象者とされない。条約上の難民というべきだ。中国政府は難民ではなく不法移民と言い、調査を拒否し北朝鮮に強制送還している。中国は難民条約を批准しているのに、迫害した国に送り返してはならないという条約違反を行っている。経済難民という言い方を日本のマスコミはするが、経済的理由の「不法移民」と北朝鮮難民を同じにするものでこれは間違っている。
日本政府は北朝鮮難民を支援すべきだ
混乱があったとしても、北朝鮮難民が日本に一万人を超えて来ることはないだろう。しかし、日本には必ず来る。なぜなら、日本からの九万三千人の帰国者がいるからだ。この人たちは日本に帰りたいと思っている。中国政府は国際的にたたかれてすごくこまっている。韓国政府もこの間、ずっと早いペースで入ってきていて負担を感じている。日本政府は韓国を支援すべきだ。難民受け入れの経費の負担。学校教育や衛生でのケアセンター。そして、日本に行きたい人は保護してほしい。北朝鮮難民は、日本の植民地支配時代と同じくらい最悪の事態になっている。お隣さんが苦しんでいる時に、手を差しのべよう。(発言要旨。文責編集部) |