| フランス 野宿者問題をめぐる攻防 かけはし2007.1.29号 |
| 多くの市民がテント生活を体験政府が居住権を認める法案を約束 |
CPE撤回闘
争に続く勝利
野宿者支援団体の「ドンキホーテの子どもたち」が、昨年十二月初めから、パリのセーヌ河畔にあるサンマルタン運河の堤防に、野宿者のためのテントを大量に設営して、政府に対して野宿者の居住権を要求する闘いを展開してきた。「ドンキホーテの子どもたち」が開始したこの闘いには多くの社会運動団体が参加したので、運動は急速に広がっていった。多くの市民や著名人もまた、一晩のテント生活を「体験」することを通じて、この闘いに参加するようになり、堤防沿い地域は二百以上のテントが林立し、この地域の堤防はテントで占拠されるに至った。
この運動と並行して、DAL(住宅権利協会)などの社会運動団体の支援するホームレスの人々による空家占拠運動もまた展開されてきた。この一連の運動の広がりの圧力によって、フランス政府はついに、野宿者に居住権を認める法案の提出を約束せざるをえなくなった。居住権の保障を政府に義務づけるというこのような法律は、世界的にもこれまでスコットランドで二〇〇三年に成立した法律以外に類を見ないものであり、その意味で、画期的なものである。フランスの社会運動にとって、これはCPE(初期雇用契約制度)撤回に続く、実に大きな勝利である。
以下に紹介するのは、このセーヌ河畔の今回のテント闘争についてのホームレス委員会(CDSL)のジャン・イブ・コタン議長に対するインタビューである。居住権を求める闘いを一躍、社会問題にする上で決定的役割を果たしたのは、一九九五年の大統領選挙直前の一九九四年にドラゴン通りの空家を占拠した闘争であった。CDSLは、この闘いから誕生した組織であり、DAL(住宅権利協会)とともに、今や伝説となっているこのドラゴン通りの空家占拠闘争を担った組織である。
コタン議長は、居住権を獲得したこの闘いの意義と次の何が必要とされているのかについて語っている。
――今回の闘いはかつてのドラゴン通りの闘いを思い起こさせるが?
そうだ。「世界の医師団」は、パリでテントを設営するのは正当であり、そうしたからといって警官隊の弾圧を受けることはないのだ、と主張している。われわれは、昨年の夏からバルミー河畔でテントをはってきたが、この闘いは野宿者のためのテントの問題を広く社会に知らせるのに役立った。これによって、二十八人の人が住宅の提供を受けることができた。われわれは、この行動をパリのオーステリッツ駅においても再開しようとしているところだ。
しかし、「ドンキホーテの子どもたち」の行動は、もっと広範な、市民的な大衆動員と河岸地域住民の連帯を可能にしたのである。そのために、われわれは今ではあり余るほどの食料と物資の提供を受けている。しかし、マスコミの報道次第で、こうした市民の好意的反応は変わる可能性もある。
大統領選の最中
再度デモが必要
――社会運動団体相互間の共同戦線が成立しているのか。
われわれは、サンマルタン河畔の野宿者の総会の中で作成された(居住権を求める)「サンマルタン憲章」に政府が承認署名するよう要求して活動してきた。政府に対して、空家の収用や住宅の提供などを要求するなどして、自らの経験を蓄積してきた。
私が今恐れているのは次の点である。すなわち、公権力は要求があれば宿泊センターを提供するだろうが、それは働いている人々だけにしか提供されないのではないか、という点である。しかし、十年前にわれわれが運動を出発させた時の主張は、要求があれば居住権を認めるべきだ、というものであった。にもかかわらず、欧州憲法は、宿泊権だけで満足している。そして、この点では内容は後退し続けている。
なぜなら、サルコジ首相の特使、アルノ・クラスフェルトは、宿泊に関する問題を処理する権限しか与えられていないからである。働いている野宿者は宿泊の権利を得るだろうが、サンパピエ(正式滞在許可証を持たない移民)の野宿者にはこうした権利はまったく与えられないだろう。サルコジは、こうした考えの模範をアメリカに求めている。アメリカでは、労働者は昼間働き、夜には宿泊センターで眠る。そこでは、区分がなされており、権利の選別がなされているのである。貧しくて宿泊施設に泊まっているが家はないという労働者に対しては、権利が認められるのである。
――宿泊施設は五〇%増やされることになるのだろうか。
それはその通りだが、すべては非常に高くつくのである。最低家賃は一人当たり一晩に三十九ユーロであり、これは月間で千二百ユーロ(現在の為替相場で18万円から19万円に相当)になる。人々にそれにふさわしい居住権を提供するという点は少なくとも満足すべきものなのだが。他方で、今回の運動に参加している多くのサンパピエを忘れてはならない。サンパピエの人々の情況は悲惨なものになっている。
――この運動をどのようにして深化させていくべきなのだろうか。
このテント闘争に参加したすべての人々の総会をもっと頻繁に開く必要がある。さらに、私はデモが必要だと考えている。この闘いは、一九九四年十二月のドラゴン通りの闘争、あるいは一九九七〜一九九八年冬の失業者の闘争と同等の深まりに達している。ドラゴン通りを占拠するために三万人がデモを行った。大統領選挙戦の最中にこのような規模のデモを再び展開することが必要だろう。 (『ルージュ』07年1月4日)
住宅は人民の基本的権利だ
野宿者問題は都市の「治安」問題ではなく「雇用」問題
ギュイ・モンタン
二〇〇六年末から二〇〇七年初めにかけて、画期的な出来事が起こった。路上で生きる貧しい人々に画期的な出来事が起こったのは、野宿者の大衆動員とそれに対する支援のおかげである。この運動は、この一カ月間、パリのセーヌ川沿いのサンマルタン運河の堤防にキャンプを設営して闘ってきたが、このようなキャンプの闘いはパリだけにとどまらず、トゥルーズやリヨンやニースなどの地方でも展開された。
人々は、フランスの第一の問題が都市「治安」問題であると思い込んでいった。ところが、思いがけないことに、実際には、雇用についで人々を不安に陥れているのは、住宅問題なのだ。そこで、政治家たちは自分の立場を表明することになった。
サルコジ首相は、住宅に関して、「デービッド・コッパーフィールド」に出てくる人物(ディケンズの小説「デービッド・コッパーフィールド」の中に登場する、抜け目のない偽善的な悪人)を気取って、野宿者をなくすと約束した。そう言っただけなのだ。なぜなら、サルコジ流というのは、何もしないでただ言うだけのやり方なのである。
社会党の大統領候補セゴレーヌ・ロワイヤルは、われわれに対してそれよりももう少し控え目なやり方をしてみせる。彼女はある晩、サンマルタン運河に立ち寄り、テントに泊まっている人々を訪れてみせる。だが、彼女にはこの問題に何の関心もないのだ。そのことは、彼女の選挙綱領を見ればお見通しだ。
シラク大統領について言うならば、彼は人々の請求にもとづく居住権の考え方を今になってようやく再発見したのである。この十数年来、闘いの中で社会運動団体がこの権利を要求し続けてきたのに、今ようやくそのことを再発見したというわけである。すべての政治家が大急ぎで「ドンキホーテの子どもたち」の憲章に賛同署名している――その大部分は心にもない約束にすぎないのだが。
貧困と不安
定雇用が原因
劣悪な住宅環境の深刻さについては実に悲惨な情況が続いている。緊急で臨時の措置が約束され、実施されるが、劣悪な住宅環境におかれている人々がよく知っているように、臨時の措置がなされたままで、何もなされずにそのままの状態が続くのだ。この数年来、ホテルの部屋に泊まったり、狭くて非衛生的な部屋に宿泊したり、路上で生活したり、HLM(低家賃の公共住宅)の提供を待っていたりする、住宅を求める人の数はどれだけなのだろうか。三百万人以上なのである。
HLMの提供を求める人々の数は、現在、百三十万人いるが、その数は増え続けている。不足住宅数は、九〇万戸になると見積もられている。家計の中で家賃に割り当てられる部分の負担はますます重くなってきている。
この情況の主な原因は、ヨーロッパの至る所に見られるものである。それは、貧困と失業と不安定雇用の爆発的な増加であり、一九七〇年代以来の住宅建設からの国家の撤退であり、公共支出を削減して個人住宅建設市場へ国家が介入しないようにするための住宅への公的支援の放棄であり、さらには、不動産の価格と投機の自由化である。
問題の深刻さに直面させられている現政府は、最大限の見せかけとアナウンス効果によってこれに対応しようとしているのであって、住宅問題が「国家的大義である」と宣言している。ところが、具体的に見ると、住宅関係の予算は、二〇〇六年度に比べて二〇〇七年度は二・六%も後退しているのであり、二〇〇五年にはわずか七万戸の社会住宅しか建設されず、家賃の爆発的な値上がりがたえず進行し、現在と将来の資産家への贈り物は増えているのに対して、二〇〇七年一月のAPL(住宅個人援助)の一・八%の引上げによって最も貧しい人々に対してごくわずかの再分配がなされたにすぎない。この引上げも二〇〇一年以来なされてこなかったものをようやく実施したにすぎない。
選挙綱領に明記
しない社会党
しかし、この数日、政府は各人の請求にもとづく居住権という考えを適用すると誓っている。この権利は、もしそれが本当に法律に盛り込まれるなら、市民の権利に対応する形で住宅提供の義務を果たすよう、人々が裁判所に訴え出ることができる可能性が切り開かれることになる。この原理は、教育を受ける権利と同じものである。この権利はすでにスコットランドで法律の中で認められている。だが、この権利が単なる慈悲深い願望にすぎないものに終わらないようにするためには、この権利の適用を保障する手段を用意しなければならない。
ところが、目下のところ、政治家たちの約束は漠然としており、たとえば、社会的混成という考え方がどのような形で利用されているのかを見るとき、その約束の実施に疑問をもつのは当然なのである。平等への希求に応えるものとして提起された社会的混成という考えは、住宅の割当てをふるいにかけ、社会住宅が大きく集中している地区を再編して、適正な「社会的均衡」を保障するとしてこの同じ地区への中産階級の入居を促進するための手段であることが明らかになっている。そこではもはや貧困に対する闘いが追求されてはいない。庶民地域に中産階級の一部の家庭を散りばめること、あるいは富裕地域に貧しい人々を混ぜることが貧しい人々にとって利益であり、それが貧しい人々の「教化になる」だろうと考えられているのである。
しかしながら、解決策は存在している。解決に必要なのは、真の政治的意欲と既存の法規の条文の適用である。短期的、中期的には、すべての空家の収容を義務づけた一九四五年のオルドナンス(命令)を適用すべきである。
非衛生的な住宅を修復し、借家人の追い出しを停止し、家賃を据え置かなければならない。HLMの取り壊しと売却という政策を放棄し、基本的人権としての、そして各人の請求にもとづくものとしての居住権を法律として明文化しなければならない。
長期的には、公権力からの資金提供にもとづく社会住宅建設の大規模な計画に着手しなければならない。家計収入の二〇%を上回るような家賃を許さないよう家賃の上限を定め、公共社会住宅のための資金のうちの一%を経営者に負担させ、空家や使用されていない住宅の住宅契約の締結と賃貸しを義務づけ、住宅建設と修復のために公共資金を利用しているすべての住宅を提供しなければならない。(『ルージュ』2007年1月4日号)
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