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サダム・フセインの死刑執行について           かけはし2007.1.15号

米国の戦争犯罪を隠ぺいし占領を正当化する不正裁判

米国お手盛りの
政治的茶番劇だ

 十二月三十日、イラクの独裁者だったサダム・フセイン元大統領が絞首刑を執行された。十二月二十六日の死刑判決確定からわずか四日後のことである。
 われわれは、今回のサダム・フセインの死刑執行を糾弾する。それはサダム・フセインが行ってきた民衆虐殺と人権侵害の犯罪を否定するためではない。サダム個人と彼の独裁体制の犯罪は、公正な戦争犯罪裁判所によってその全容が究明され、厳しく処罰されるべきであった。われわれは、死刑制度そのものに反対する。それが「殺人」の権限を国家の手に集中することによって、階級対立の上に立つ国家の暴力的機能を極限的な形で正当化することになるからである。死刑制度は民主主義と人権に根本的に対立する。
 しかし今回の死刑執行の問題点は、決してそれに止まるものではない。何よりもサダム・フセインの逮捕と裁判の過程は、最初から最後まで侵略者・占領者である米国の、戦争目的・占領目的を正当化するための公正さのカケラもない政治的茶番劇だった。二〇〇三年十二月にサダムを逮捕したのは米軍であり、サダムが拘束されていたのも米軍基地内であった。サダムの裁判を行ったのは、米軍の直接軍事占領下で米軍の資金と人員をつぎこんで設置されたイラク高等法廷(旧特別法廷)だった。「サダムに寛容」と批判された裁判長は、イラク政府によって交代させられた。
 国際刑事裁判所(ICC)で裁く案は、米国が同裁判所そのものを認めていないことによって拒否された。まさに米国による、米国のための裁判だった。

サダムと米国と
の結託の歴史


 サダム・フセインの死刑判決の理由とされたのは一九八二年にイラク中部でシーア派住民が虐殺されたドジャイル事件だけである。一九八八年にイラク北部でクルド人十八万人が殺されたとされるアンファル事件の審理は継続中であり、同年イラク北東部のハラブジャで化学兵器の使用によってクルド人五千人が殺されたとされるハラブジャ事件の真相も未解明である。
 これらの大規模なサダム・フセインの犯罪を明らかにしないうちに、ドジャイル事件だけで死刑判決を下し、早々に執行したのはサダムの「口封じ」のためだったとする説が有力である。
 一九八〇年から八八年にかけたイラン―イラク戦争の最中に米国政府は、イラン・イスラム革命の影響力が拡大することを恐れてサダム政権を支援し、米国はイランを対象にした衛星偵察情報をイラクに提供するとともに、サダム・フセインに巨額の軍事支援を行った。イラクが米国から購入した兵器の額は総額千八百億円に達している(ロシアの中東専門家マスロフ氏の話。毎日新聞06年12月31日)。そしてイラン・イラク戦争中にサダム・フセイン政権が使用した化学兵器についても米国は「見て見ぬふりをした」のである。他の大量虐殺事件については事実を究明しないまま、サダム・フセインの死刑執行を急いだのは、サダムの犯罪への米国の関与が明らかになることを恐れたからである。

占領をやめろ!
ブッシュを裁け


 米国の戦争犯罪を隠蔽するためのサダム・フセインの絞首刑執行強行は、イラク国内の内戦的状況をさらに深刻化するであろう。その最大の責任はブッシュ政権、そしてそれに追随する「有志連合」諸国にある。安倍首相はサダムの死刑執行に対し「わが国は、イラクが国内の困難な課題を乗り越え、安定した国となることを期待しており、国際社会と連携しつつ引き続き支援していく考えだ」と述べ、麻生外相も「イラク政府が、これを機会に国民融和や治安改善などの難題を乗り越え安定することを期待する」とのコメントを出した。
 安倍首相は、航空自衛隊のイラク派兵を07年七月末まで延長するとともに、七月末に期限が切れるイラク派兵特措法をさらに二年間延長するという方針を固めているとされる。あくまで、ブッシュに追随してイラク占領支配に参加するというのだ。それが自らイラクの泥沼と民衆の悲惨をさらにに長引かせることしか意味しないのは明らかだ。
 われわれは直ちに占領を終わらせ、全外国軍の撤退を実現するとともに、この不法・残虐な侵略戦争と民衆殺害・人権蹂躪の責任者としてブッシュを国際刑事法廷の場に立たせることを訴える。米国とその同盟国は、イラクの民衆に与えた被害の実相を明らかにし、全面的に謝罪し、補償しなければならない。イラクの国民的和解と平和的再建の道は、それを不可避とするのだ。(06年12月31日 純)  
追記:サダム・フセインの死刑執行が米政府の「懸念」を押し切って、マリキ政権が強行したものであるという報道が「ニューヨークタイムズ」紙(1月7日)などでなされている。処刑の時期をめぐって米政権とシーア派主導のマリキ政権の間で齟齬があったことは事実であったとしても、フセイン裁判の全プロセスが基本的に米国の利害に沿った不正・不当なものであったという評価は覆されるものではない。


サダム・フセイン処刑についての記者発表
パキスタン労働党

 パキスタン労働党(LPP)は、サダム・フセインの絞首刑執行を非難する。有志連合諸国は、いわゆるイラク人裁判官なる者たちを通じた裁判がたんなるごまかしであることを見せつけている。それは冷血きわまる殺人である。それはアメリカ帝国主義の一国家に対する弾圧を示すものだ。
 サダム・フセインの絞首刑執行は、宗派主義やスンニ派・シーア派問題とはなんの関係もない。それは政治的暗殺である。今回の裁判は公正なものではなく、自らを防衛するという人権が侵害されてきた。
 サダム・フセインの裁判は、帝国主義の占領から解放されたイラク人民によってなされなければならなかった。彼は、ブッシュやプレアとともに民衆の戦争犯罪裁判所によって裁かれるべきだったのである。
 サダムの絞首刑執行の真の目的は、アメリカ帝国主義は全世界で自らの覇権に敢えて挑戦しようとするものを容赦しないというメッセージを、世界に向けて発することであった。「エディ・ウル・アザ」(犠牲の日)の聖日の死刑執行は、アメリカ帝国主義の全くの傲慢である。この絞首刑は、アメリカ帝国主義が、イスラム教徒の聖日についての感情に対していかに無頓着であるかを示している。
 パキスタン労働党は、誰に対する死刑判決にも反対である。死刑判決は犯罪を抑制する助けにはならない。それは逆にあらゆる方法で犯罪を促進するものである。それはその場限りの処罰である。
 われわれはサダム・フセインの犯罪に全面的に反対している。サダムが彼が権力の座にあった全期間を通じて行った憎むべき犯罪にはいかなる正当化や弁明の余地もない。しかし、アメリカ帝国主義は、同一の根拠に基づいて十倍も犯罪的である。イラクだけで五十万人以上にのぼる殺害に責任があるのはブッシュとブレアである。
 占領軍はイラクにおいて誰も裁判にかける権利などない。彼らは一国の占領者である。彼らは戦争犯罪者である。彼らは何万人もの人びとを殺してきた。彼らにはイラクに侵攻する正当な理由はなかった。彼らがイラクに侵攻した口実はすべて間違いだった。彼らはウソをついた。彼らは無実の人びとにサダム・フセインの罪悪の代価を支払わせた。ブッシュとブレアは絞首刑執行を喜んでいる。しかしそれは何も解決しないだろう。それはイラクでの内戦的状況を悪化させるだろう。それはイラクにおいていっそうの反応を引き起こし、イラク民衆の生命はいっそう危険にさらされるだろう。
 われわれはイラクとアフガニスタンの占領をただちに終わらせることを要求する。連合国はイラクから即時撤退しなければならない。

ファルーク・タリク(パキスタン労働党書記長)

 2006年12月30日


声明
4人の死刑執行に抗議する
死刑廃止フォーラム90

 12月25日、4人の死刑囚の死刑執行が強行された。一年三カ月ぶりの死刑執行は、14年ぶりに執行がゼロとなることを避け、死刑制度を維持しようとする法務省の強い意向の反映だとされている。われわれはあらゆる死刑制度に反対する。ここに死刑廃止国際条約の批准を求める死刑廃止フォーラム90の声明を転載する。

 本日、秋山芳光さん、藤波芳夫さん、福岡道雄さん、日高広明さんに死刑が執行されたことに対し、強く抗議する。

 日高広明さんは控訴せず一審で確定しており、三審まで裁判を受けておらず、十分な審理がなされていない。秋山芳光さん、藤波芳夫さんは部分冤罪を訴え、再審請求を行っていたが、いずれも本年1月に棄却され、次の再審の準備中であった。
 死刑確定から約20年の秋山さんは77歳、藤波さんは75歳という高齢で執行された。これらは、高齢者に対する死刑の執行を禁止し、死刑に直面させられている人に十分な権利保障を求める国際基準に反するものであって、強く抗議する。
また、過去6年は一度に1〜2名の死刑執行であったにもかかわらず、今回は4名という多数の執行であり、1人の法相が一度に4名の死刑執行を行ったのは97年8月の松浦功法相以来である。これは杉浦前法相が命令書に署名しなかったため昨年9月以降死刑執行が行われていなかったことを真っ向から否定するかのような行為であって、およそ許されるものではない。また、最近の常軌を逸した厳罰化の流れの中で、03年までは年間2〜7人だった死刑確定者が04年は14人、05年は11人、本年はすでに19人と激増し、確定者は100人に達しようとしている異常な状態を更に加速させようとするものであって不当である。さらに、今回の死刑執行は、国会閉会中で、しかも26日の名張毒葡萄酒再審請求事件の異議審決定の前日という日をあえて選んで行ったものであり、極めて政治的に行われた死刑執行である。

 死刑は、残虐な刑罰であり、民主主義の理念に真っ向から反するものである。死刑には犯罪抑止効果がないばかりか、かえって、社会の倫理観を荒廃させる。死刑に必ず冤罪があることは、免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件の再審無罪で証明されたところである。死刑は直ちに廃止されなければならない。

 死刑廃止は国際的な潮流であり、すでに世界の3分の2以上の国と地域で死刑は廃止されている。日本は、国連や欧州連合など国際社会から強く死刑廃止を求められている。今回の死刑執行はおよそ許されるべきものではない。

死刑は安倍内閣の再チャレンジという政策にも真っ向から反するものであり、今日の執行は安倍内閣の欺瞞性を暴露したものである。

 われわれは、日本政府および法務省並びに法務大臣に対し、今回の死刑執行に強く抗議するとともに、直ちに以下の施策を実施するよう求める。

1 死刑の執行を停止し、死刑廃止に向けて努力すること。
2 死刑に関する情報を公開すること。
3 死刑確定囚に対する処遇を抜本的に改善すること。
4 犯罪被害者に対する物心両面にわたる援助を拡充すること。

2006年12月25日

死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90


反天皇制運動連絡会が集会
新たなファシズムか!? 安倍政権下のナショナリズム

日米同盟原理と
極右的国家主義

 〇六年十二月二十三日、反天皇制運動連絡会は、東京・渋谷勤福で「新たなファシズムか!? 安倍政権下のナショナリズム」をテーマに集会を行い、八十二人が参加した。
 極右である安倍晋三が首相につき、政権を組織して以降、これまでの主張と立ち振る舞いを「修正」するかのごとく中国・韓国訪問、「村山談話」「河野談話」の継承の表明などの「豹変」に焦点をあてながら情勢分析と指針を練り上げるために、そして「天皇誕生日」という国民統合強化の一環である天皇制賛美日に抗議して、反天連は集会を設定した。
 問題提起は、武藤一羊さん(ピープルズ・プラン研究所)、山口素明さん(靖国解体企画)、井上森さん(昭和天皇記念館廃館準備委員会)、天野恵一さん(反天皇制運動連絡会)から行われた。
 武藤さんは、「安倍政権の正統化原理と日米同盟」と題して、政権の弱点、任務を提起した。安倍政権は、「極右が初めて反対派から『当権派』になったが、アジア、米国、財界との関係で極右主張の維持ができず、一時的に挫折せざるをえなかった。結局は米国原理へと純化せざるをえない。具体的には、軍事化の全面的推進、米日再編、北朝鮮独自制裁、原理抜きの国家中心主義、教基法改悪と教育再生会議、改憲だ。さらに格差社会の拡大、労働権利の否認、公安警察による選別的弾圧が進行している」ことを明らかにしていった。
 そして、「米国原理と日本の継承原理の衝突。反テロ戦争の挫折。社会的不正義の広がり。支配政治勢力の分裂」を把握し、「反改憲を軸にした複合的な抵抗線を形成しながら、同時に民衆のための新たなイニシアチブを構築していかなければならない」と強調した。
 山口さんは、民衆の現政権への「無条件の肯定」と「迷惑をかけない」(迷惑をかける者たちへの排除)というアプローチからの自己確認の論理が強まっていることを切り口にテーマに接近した。また、労働ビッグバン問題、少数派労働組合排除の仕組みの導入批判や日本経済団体連合会の非正規雇用層拡大路線を批判しながら、格差社会、不安定を前提としたナショナリズムの基盤が広がっていることを提起した。そして、「安倍は、閨閥の出身であり、民衆の感覚を持っていないことをもつと暴露し、当面、そういう連中による政権が続くことを明らかにし、絶対に認めないぞという取り組みをしていくべきだ」と提起した。

有事住民動員
をめぐる攻防

 森さんは、「現代の大衆運動=有事コミュニティの形成とナショナリズム・天皇制」という問題設定から「ファシズム」問題も合わせて分析した。とりわけ現実に進行している「全国に広がる防犯住民組織」が全国二万団体百万人以上に組織されていることを浮き彫りにし、有事に対応するためにコミュニティが再形成されつつあることを分析した。そして、「防犯という実践から、このコミュニティはすでにつくられてきている。しかもその性格は、行政、警察よりも己の力を確認させながら独自組織を作ろうというエネルギーもあることも注目しておく必要がある。単純な戦前の隣組的なものではない。新住民が統合されていく性格もある」ということを指摘した。
 天野さんは、皇室スキャンダルを取り扱った「週刊朝日」が宮内庁の抗議で謝罪したり、「週刊金曜日」主催の集会で皇室パフォーマンスを行ったことに対して「週刊新潮」が批判し、天皇主義右翼のいやがらせの集中によって「謝罪」するという事態に追い込まれていることを紹介しながら、歴史的に右翼テロによって皇室批判の言論が圧殺されてきたことの総括と教訓を押し出した。
 さらに、「天皇制は裏(平和)表(戦争肯定)の顔を持っており、この矛盾したあり方が露呈しながら安倍政権下におけるナショナリズムを把握する必要がある。9・11米国同時テロ以降、さまざまな強権的支配強化が世界的に進行した。それを『グローバルファシズム』と言ってもいい。だからこそ現実の進行事態と『ファシズム』問題をリアリティに論議していくことが重要ではないか」と問題提起した。
 さらに討論は会場参加者も交えて行われたが、集会の論点は、こうだ。安倍政権誕生以降、@政権のすすむ道、それは外との顔と内の顔とを使い分ける伝統的な手段への回帰なのかA政権内部の新たなあつれきと分化は、どのように生み出されていくかBこの間の対応のように、これからも政治的譲歩が繰りかえされるのかCこれらの現象から「新たなファシズム」が始まっているのか否かD「アメリカ製の象徴天皇制」は、どのような役割を担い、「変容」していくのか――である。
 これらは、過去・現在・未来を対象化しながら安倍政権のグローバル派兵大国と新自由主義路線強化と対決していく勢力にとって欠かせない分析課題である。このスタートを共有化していきたい。     (Y)


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