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六ヶ所再処理工場                   かけはし2007.11.19号

海へ、空へ放射能を流すな

アクティブ試験即時中止求め全国からの署名を政府に提出


音楽家やサーフ
ライダーからも

 十一月五日、参議院議員会館で三陸の海を放射能から守る岩手の会などが今年二月から全国で集めてきた「海へ、空へ放射能を流さないことを求める署名」の提出行動が行われた。署名はあえて六ヶ所再処理工場でのアクティブ試験中止や本格操業に対する反対を主張してはいないが、「廃水・排気は、放射能除去装置で放射能を取り除いたのち放出する事」を求めており、昨年三月に開始したアクティブ試験の即時中止を求める主張である。
 署名活動は当初、青森・岩手・宮城の三陸三県の脱原発グループなどにより取り組まれたが、若者を中心にMixiなどのコミュニティで広がり、四月には各地のアースデイ会場などで署名活動が行われた。やがてサーフライダーや音楽家などにも伝わり、歌手のUA(ウーア)さんはライブのステージで再処理工場反対を唱え、ファンに署名協力を呼びかけた。八月末には全国一斉署名が行われ、アマチュアバンド街頭ライブとジョイントした青森県八戸市の行動では、一日で千名以上の署名が集まったという。このように、既成の運動体などに依存せずに集まった署名が約七万二千名分にのぼる。また、これに地元の岩手生協が取り組んだ二万名の署名が加わった。なお、この署名活動は今年末まで続けられる。

三陸沿岸の漁民
たちの怒りの声

 署名提出行動は三つの企画で行われた。まず、全国一斉署名に参加した市民の交流会。続いて、原子力政策「転換」議員懇談会の立会いによる政府への署名提出。会場の第二会議室には約百名の市民が集まり、大漁旗、横断幕が張られ、サーフボードが立てかけられた。さいごに議員会館から経済産業省前に移動し、街頭宣伝を行った。
 交流会では、三陸の海を放射能から守る岩手の会の永田文夫さん、豊かな三陸の海を守る会の田村剛一さん、宮古市のこどもたちの教育と未来を考える会会長の須賀原チエ子さん、そして日本プロサーフィン連盟選手会長の木下デイビッドさんらが発言した。
 山田町議でもある田村さんは「今年六月に再処理工場の本格稼動に反対する総会決議を採択した宮古市の重茂漁協はじめ、三陸の漁協ではずっと前から合成洗剤を使わず安全なせっけんを使う運動をするなどで海の環境を守ってきた」「岩手県内の十の自治体で、放射能海洋放出規制法の制定を求める請願が採択されている」と三陸沿岸の漁民を中心とした怒りの背景を全国から集まった市民に伝えた。今年七月にはじめて六ヶ所再処理工場の問題を仲間から聞いたという木下さんは、二・五メートル以上あるロングボードを議員会館に持ち込み、再処理工場が止まるまでたたかい続けると発言し、参加者から大きな拍手で激励された。

安全だと言うなら
海に入って確認を

 署名提出は、参議院議員の川田龍平さんによって進行された。参加した議員はほかに、東京選挙区でトップ当選した大河原まさ子さん、青森県弘前市が地盤の下田敦子さん、社民党からは新潟選挙区の近藤正道さんと気仙沼出身の菅野哲雄さんが参加した。福島みずほ事務所と小沢一郎事務所からは秘書が出席した。政府側からは経産省、環境省と農水省から計八名が参加した。
 署名の要求事項を読み上げ、総数を伝えた永田さんは「原発のゴミの後始末の施設によってまた東北の環境が破壊される。東北に対する差別である」と感じてきた怒りも国にぶつけた。木下さんは経産省の役人に対し「安全だと思うなら海の中に入って確かめてください」と要求した。会場からは「数年前の調査ハガキは六ヶ所村から房総半島の南端まで届いた。アクティブ試験で放出された放射能はすでに房総半島まで届いているのですね」などの質問がとびかい、予定していた時間をオーバーした。
 川田議員が自らの薬害エイズでの役人対応の経験をまとめとして話し、今後の協力を約束した。さて、署名用紙を役人だけでは持ちきれないため、サーファーをはじめ若者たちが経産省まで歩いて運ぶという「ハプニング」も。経産省前にも約五十名が集まり、街頭宣伝と二度目の署名提出を行った。

柏崎刈羽の五億倍
の量をたれ流す

 この日の行動は、地元「岩手日報」以外に取り上げなかった。日本原燃は署名提出行動にぶつけたかのように、十一月五日に六ヶ所再処理工場ではじめて開始された高レベルガラス固化の画像をマスコミに公開した。意図的に担当記者を六ヶ所現地に釘付けにしたのだろう。
 五段階で行われているアクティブ試験のうち、現在はその第四ステップ目。十一月八日には第四ステップで予定した使用済み燃料のせん断・溶解工程が終了したという。青森県議会で反核燃議員による追及で、何月何日に廃液を太平洋に垂れ流したかが翌月末に発表されるようになっている。最新の発表では、九月は二日、五日、八日、十四日、十九日、二十一日、二十六日、二十八日に、毎回六百キロリットル弱の放射性廃液を流した。
 七月の中越沖地震発生直後に柏崎刈羽原発六号機から海に漏えいした放射性物質は合計九万ベクレルであった。六ヶ所再処理工場が九月二十八日に海洋投棄された放射性トリチウムだけでも四十四兆ベクレル、柏崎刈羽の五億倍の放射能を垂れ流したことになる。新潟では旅館のキャンセルや海水浴客の減少などによる「風評被害」が発生した。青森や三陸方面ではまだ有形の「風評被害」はみられない。
 原発には濃度規制があるが、再処理工場には濃度規制がない。岩手の会はじめ三陸沿岸の市民の怒りの源泉のひとつは東北への迷惑施設の押し付けである。サーファーらの怒りの源泉は、地域住民とともに環境保護を積み重ねてきた生活のフィールドでもある海に放射能を垂れ流す仕打ちへの怒りばかりではなく、日本のプロスポーツのなかでプロサーファーの地位が低められているという差別への怒りでもある。
 
来年二月からの
本格稼働阻止へ

 岩手の会に続く全国的な署名は現在、三件が取り組まれている。重茂漁協が開始し、田老町、大浦、織笠、山田湾、船越湾と宮古市と山田町内の五漁協がよびかけに団体となった全国署名。これに呼応し、日本消費者連盟や大地を守る会、生活クラブ生協やグリーンコープなど六団体のよびかけで七月末に発足した『六ヶ所再処理工場』に反対し放射能汚染を阻止する全国ネットワーク(以下、全国ネット)の署名。漁協と生協などは、産直の生産者と消費者という関係でもあり、二種の署名を同時に集めている。そしてサーフライダー・ファウンデーションジャパン(以下、SFJ)がはじめた署名がある。いずれも、「今年十一月」といわれていた本格稼動までに署名を集約〜提出する計画で開始されたが、本格稼動が来年二月に延期されたため、それぞれ集約と提出は来年の通常国会開始後を予定しているという。
 日本の原水爆禁止運動の出発点のひとつが、一九五四年のビキニ環礁での原爆実験と原爆マグロ事件などをきっかけとした東京・杉並の女性たちによる署名活動であった。二千八万人が署名、名簿は百二十五キロとなったという。全国ネットよびかけ団体のひとつ、生活クラブ生協発足のバックボーンのひとつがこの署名運動であったとされている。
 岩手の会の署名とこの三署名は、再処理工場の問題点である核拡散問題やMOXなどのプルトニウム利用問題には一切触れずに、「海に空に放射能を流すな」の一点で取り組まれている。六ヶ所再処理工場では九月末までに約九百二十トンのプルトニウムが分離された。この分離されたプルトニウムを「核兵器にするな」「原発で使うな」と言うことはたやすい。分離されたプルトニウムはIAEAによる監視下にあり、日本が核兵器に転用するのはNPT体制から脱退することであり、現実として想定することはむずかしい。また、六ヶ所で分離されたプルトニウムをMOX燃料に加工する工場の着工は今年十月であったが、次の着工時期を明らかにできないで延期となっている。すでに現実として、昨年三月末からはじまった最終試験の開始により、海に空に放射能が放出され始めている。生活の基盤である海に放出され始めたことによって四つの署名運動がはじまった。
 全国ネットをよびかけた六団体の会員・組合員を合計すると八十万世帯にのぼるという。日本のサーファー人口は二百万人ともいわれている。核燃マネーが流れ込む青森県の世帯数が約五十万、人口が百五十万弱であるから、これら三署名を軸とした運動の伸張が、来年二月の本格稼動を阻止するために重要である。(SK)



「持たざる者」の国際連帯行動
貧困と社会的排除に抗し生きる権利をかちとろう


 十一月四日、今年で五回目となる、[持たざる者]の国際連帯行動が行われた。参加者は百十人。
 代々木八幡区民会館において一時半より行われた集会ではまず、司会の仲間が「二〇〇三年に持たざる者というキーワードで最初にこの集会をやったときには、いわゆる格差や貧困の問題なども世間ではほとんど取り上げられてはおらず、デモをやっても何のデモなのか? という状況だった」と振り返り、「いま、小泉、安倍の負の遺産ともいうべき貧困と格差が大きな社会問題に」なっている中で、「持たざる者」の闘いをつくりあげようと発言。
 続いてこの集会に寄せられた、AWC(アジア共同行動)韓国委員会代表のホン・ヨングさん、参議院議員の川田龍平さん、同じく参議院議員で社民党党首の福島瑞穂さん、フィリピンのアナク・バヤン全国議長のレングアさん、のメッセージが紹介された。
 続いて参加団体のアピールに移る。アジア共同行動日本連絡会議、在日アジア人労働者と共に闘う会、ジャマルさんを支援する会が発言。約十分の休憩をはさんで稲葉奈々子さんよりパリの銀行通り24番地での闘いの報告が行われた。十月三日、百九十家族が銀行通り24番地にテントを設営し、「住宅への権利法」の適用を要求して占拠闘争に突入。俳優やラッパーなども現場を訪れるなど連帯は広がりを見せながら、現在も闘いは継続中である。十一月九日には、日本でもフランス大使館への行動が呼びかけられている。
 続いてAPFS労働組合、十月二十八日に反貧困の集会・デモを闘った、反貧困名古屋ネットワークの仲間、そして弾圧を跳ね返して闘いぬいている釜ヶ崎パトロールの仲間が発言。
 さらにATTACジャパンの仲間がG8サミットへの闘いを訴え、全国「精神病」者集団のメッセージが代読された。対都行動を闘う全都野宿労働者実行委員会と山谷労働者福祉会館の仲間が発言し、東京都の「ホームレス地域生活移行支援事業」が、野宿者の多い地域のテント生活者だけに限定して行われていることはテントを減らすことにほかならないし、テントも持たずに野宿している仲間はますます厳しい現実にさらされている実態を明らかにし、路上から「居宅」での生活保護をかちとっていくこと、テントのない仲間と共に新たなテントを作り、広く社会へとアピールしていくことの二つの闘いへの連帯が呼びかけられた。
 さらに、地域共闘交流会、反戦と抵抗の祭り〈フェスタ〉実行委員会の発言を受けて集会を終え、渋谷・宮下公園までのデモを行った。       (板)

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