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                            かけはし2007.10.8号

「民主化運動は勝利する!」

虐殺糾弾! 軍政打倒を訴えて在日ビルマ人が大使館へ雨中のデモ行進

燃え上がる
反独裁闘争

 「民主化運動は勝利する!」。冷たい雨が降る東京の街にビルマの人々の渾身の叫びが響いた。ビルマ(ミャンマー)軍事政権による民主化デモ弾圧に抗議する集会とデモが九月三十日、東京で行われ千人もの日本に暮らすビルマの人々(日本で暮らすビルマ人は約5300人)、そしてビルマの民主化闘争に連帯する日本の市民、労働者が結集した。
 一九八八年、軍事政権によって圧殺されたビルマの民主化闘争は今年八月再びビルマ全土で燃え上がった。九月には若い僧侶が反軍政に立ち上がり、九月二十四日にはラングーン(旧首都:軍政が「ヤンゴン」と改称している)で十万人が参加する巨大な民主化要求デモが行われた。だがタン・シュエ以下、軍政当局は銃弾によってこれに応え、これまでに死者が全土で数百人、さらに僧院を襲撃し僧侶七百人以上を拘束している(ビルマでは僧侶への尊敬の念はつよい)。二十七日の弾圧では取材中の日本人フリージャーナリスト、長井健司さんが治安部隊兵士に至近距離からライフルによって撃たれて惨殺された。

支援の日本人
も集会に合流

 デモの出発地点となった五反田南公園は裏通りにある小さな公園だ。しかし、集合時間の前から続々と人が集まってくる。多民族国家ビルマを象徴するように様々な民族衣装を着た人々、僧侶、ビルマ民主化運動の指導者アウンサン・スーチーさんの顔写真がプリントされたNLD(国民民主連盟)のTシャツを着た人、そして日本の労働者、市民……あっという間に公園は人で一杯になり入りきれなくなる。
 デモ出発前に簡単な集会が行われた。はじめに全員で弾圧の犠牲者への黙祷が捧げられ、つづいて日本で活動するビルマ人団体を中心に参加者からアピールがあった。最初に発言したビルマ民主化同盟からは日本からも僧侶の参加があったことに感謝が述べられた。在日ビルマ少数民族協議会からはビルマ国内で暮らす少数民族を代表し、「今は考えているときではなく行動の時だ。民主主義と平和なビルマのために日本の地から闘っていく」と訴えがあった。つづいてビルマ民主化ネットワーク、在日ビルマ労働組合などからのアピールがあり、日本からはビルマ市民フォーラム、日本山妙法寺の僧侶らが連帯のアピールを行った。ビルマ市民フォーラムからは「ビルマの人々をわれわれは見捨てない。一番怖いのは無関心であることだ。状況は必ず明るくなると信じる。明けない夜はない」。日本山妙法寺の武田上人からは読経とともに「ビルマ人の苦しみは私たちの苦しみです。ビルマの人たちの幸福が一日も早く戻ることを祈り行動していきたい」とメッセージが寄せられた。
 集会の最後に発言した全ビルマ学生連盟のメンバーからはビルマの民主化に賭ける熱い思いのこもったアジテーションが響いた。
 「雨が降っているがビルマのことを考えてくれ。雨が降ってもデモはやるものだ。傘とレインコートをとってNLDのユニフォームとスローガンを見せるんだ!」。
 結集した仲間は大きな拍手と歓呼でこれに応え、一斉に傘をたたんだ。

街頭からも
大きな注目

 孔雀をあしらった真紅のNLDの旗と僧侶を先頭にしてデモは出発した。ビルマ民主化支持、虐殺糾弾、軍政打倒のシュプレヒコールを行いながら品川・御殿山の「ミャンマー」大使館に向けてデモ隊が進む。
「独裁ミャンマー軍事政権は、民主化運動を行なっている僧侶と国民への武力弾圧を……」。
 指揮者が良く通る声でスローガンの頭の部分を叫ぶ。すると今度は全員で、「やめろ!やめろ!」と、さらに大きな声で応じる。ビルマ式のシュプレヒコールが雨のビル街に大きく反響した。
 「国連安保理と日本政府は、ミャンマー軍事政権が僧侶や国民を殺害していることをやめるために!」。「圧力を!圧力を!」、「ビルマ民主化運動は!」、「勝利するぞ! 勝利するぞ!」。
 ビルマの民主化を心から願う強い叫びは街頭を文字通り席巻した。通りの店からは客だけではなく店員まで仕事を放り出し「何事?!」とばかりに外に飛び出してきた。「日本のODAがビルマの軍政を支えているんです。日本の皆さんもっとビルマのことに目を向けてください!」雨に濡れながら日本の参加者が叫んだ。
 五反田をぬけ御殿山の坂をのぼったデモ隊は住宅街に入り「ミャンマー」大使館へと迫った。路地の突き当たりに大きなミャンマー大使館が見える。しかし、門は固く閉ざされ、機動隊が敵対してくる。冷たい雨にうたれ進んできたデモ隊は抗議の意志を込めて独裁者たちの写真を踏みつけ、大使館に向けてあらためて弾圧糾弾、民主化闘争勝利のシュプレヒコールをあげた。

日本のODAが
軍政を支える

 大使館付近の公園で総括集会を行い、ビルマの民主化運動勝利の日まで在日ビルマ民衆と日本の民衆はともに闘って行くことを誓い合った。夕方からは大使館前でビルマ軍政による弾圧犠牲者追悼のキャンドル行動、渋谷の国連大学前では民主化運動への国際的支援をもとめて四十八時間のハンガーストライキが闘われた。
 日本政府は長年ビルマの軍事政権を政治的に支持するだけではなく、多額のODAなどさまざまな経済援助によって実質的に民主化運動弾圧を手助けしてきた。八八年の軍クーデタによる市民大量虐殺の時も、いちはやく現軍事政権を承認したのは日本政府だ。ビルマ(ミャンマー)民主化闘争への連帯はわれわれにとって現在進行中の日本帝国主義といかに向き合うかの問題である。過酷な弾圧が続くなかでも、ビルマの民主化闘争は現在なお継続中だ。ビルマの労働者、市民に対する軍政の血の弾圧をやめさせるために在日ビルマ人の闘いを支援し、日本の闘いを盛り上げていこう。   (半田しのぶ)




立川・反戦ビラ入れ裁判
必ず勝利をかちとる! 元気一杯の「無罪大行進」

 九月三十日、立川・反戦ビラ弾圧救援会の呼びかけで最高裁での無罪判決をかちとるために「無罪大行進Vol2」が行われ、五十人が参加した。
 二〇〇四年二月二十七日、立川署・警視庁公安二課は、立川自衛隊監視テント村の仲間三人が立川市内の自衛隊官舎へのイラク反戦ビラ入れたことを「住居侵入罪」だとして不当逮捕した。その後、裁判闘争がねばり強く取り組まれ一審は無罪判決(04年12月16日)をかちとり、二審の高裁では、「表現の自由が尊重されるべきものであるとしても、他人の権利を侵害していいことにはならない」などと主張し、罰金有罪刑の不当判決を言い渡した(05年12月9日)。被告たちは、上告趣意書を最高裁に提出し(06年5月31日)、無罪判決をかちとるために奮闘している。
 最高裁は、公判が開かれず、密室審理で突然、判決を出してしまうシステムだ。
 だから被告と救援会は、最高裁での無罪判決を実現するために、上申書運動、無罪要求署名運動、最高裁情宣行動を軸に取り組んでいる。
 「無罪大行進」は今回で二回目。一回目の時は、音楽隊を先頭に「反戦ビラ無罪」を立川一帯にわたって響かせた。ところがこの日は、早朝から大雨で、寒いというおまけ付きだ。出発の曙町一丁目公園には、悪天候をはねのけ、断固として大行進を貫徹しようと、テント村の仲間、救援会の友人たち五十人が集まった。
 「最高裁は無罪判決をだせ〜」と元気一杯のシュプレヒコールを合図にデモが出発。先頭は太鼓と笛の音楽隊だ。「テロ特措法延長反対、新法もいらない」「反戦ビラは無罪だ」「自衛官だって反戦ビラを読みたいんだぞ」などなど立川の市民に訴えていった。沿道の人々には、リーフレット「ビラ配りが犯罪だって? 立川・反戦ビラ弾圧裁判 最高裁で無罪判決を!」を配布し、次々と受けとってくれた。傘をさしているなかでも、丁寧に読んでくれる人もいた。
 東立川駐屯地に到着。立川反戦ビラ弾圧の抗議やイラクから航空自衛隊が即時撤兵することなどの申し入れを行った。自衛隊側が申し入れを受け取るということで係の隊員が出てきているというのに、警察が妨害してきた。全体で抗議し、申し入れ文の読み上げ、自衛隊に手渡すことを貫徹した。
 さらに大行進は、住宅街を進み、国立市の一橋大学方面に向かい、付近の谷保公園で解散した。最後に、「最高裁は無罪判決を出せ」とシュプレヒコールを上げ、明日からの行動提起を確認した。    (Y)

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