もどる

ユニオンYes!キャンペーンキックオフ         かけはし2007.10.1号

権利をかちとり貧困をなくす労働者の新しい文化活動へ


みんなでユニオン
をつくり出そう

 九月十八日、なかのゼロ視聴覚ホールで「ユニオンYes!キャンペーンキックオフ集会」が開かれ、百人が参加した。
 最初に伊藤彰信さん(キャンペーン代表)が、なぜユニオンYes!キャンペーンを始めたかを提起した。
 「アメリカでは職場の過半数を組織しないと組合に交渉権が発生しない。このために『ユニオンYes!キャンペーン』を行い、組合の組織化を行っている。アメリカに見習い日本でもやろうと決めた」。
 「日本の労働組合法はすぐれていて、二人以上集まれば組合ができ、団体交渉権を申し込めば、会社はこれを拒否できない。ストライキなどの組合活動で会社の生産や運営に支障が起きても、刑事責任を問われない。労働組合を活用すれば、要求を実現できる」。
 「ワーキングプア問題がとりあげられ、その当事者が組合をつくって、闘いはじめたから、マスコミも報道し、脚光を浴びている。三分の一が非正規労働者になっている現実を変えるために、仲間づくりを行いユニオンづくりにつなげていきたい。今回の試みは労働者の新しい文化活動だ。今後、ユニオンチューブ(ネットでビデオ映像を配信する)、レイバー映画祭、レイバーフェスタそして労働相談、一斉情宣活動を計画している。みんなでユニオンをつくり出していこう」。
 次に、最新のユニオンチューブ映像が上映された。プレ集会で試作的に上映されたものより、今回の作品は格段と優れていて、胸にグッとくるものがあった。首都圏青年ユニオンの作品を紹介しよう。
 「ハンバーガーショップ店長が一方的に解雇を通告したのに対し、当事者と仲間十人が社長と団交する様子が映し出される。当事者の女性は理由もなく解雇を言い渡されたのが、どれほどの精神的ショックなのかを涙ながらに語った。社長は『解雇を確認していない。店長が勝手にやったことだ。もし戻りたければ戻っていい』と言うが、彼女は『職場の仲間はいい人たちだ。職場にも戻りたい。だけど、こんなひどい目にあって戻れない』と拒絶した。団交を終えて、ホッとして路上でうち合わせをしている若者の姿に『ユニオンYes』が重なった」。
 この他に、阪急トラベルサポートの派遣添乗員の闘い、日野自動車へ派遣されていた日研総業ユニオンの社前集会など優れた作品が上映された。

リレートークで
たたかいの紹介

 続いて、参加した組合によるリレートークが行われた。
 郵政ユニオン赤羽局のゆうメイト。「ゆうメイトの組合員は三人。郵政職場には班長がいて、その人が一つの会社の社長のように、すべての権限を持っている。班長が代わるたびに、休暇や配置の問題が出てくる。班長に言えば、課長に言えという、課長に言えば班長に聞けというありさまだ。そうした状態をなんとかしたいとゆうメイトで郵政ユニオンに参加した。今は、郵政ユニオンの仲間が庁舎前で要求のチラシをまいて突きつけている。ユニオンに入って良い感じ。自分の周りから直していきたい」。
 阪急トラベルサポートユニオン(東京東部労組)。「通常ツアコンと言われている派遣添乗員。全国でおよそ一万二千人いる。雇用保険や社会保険、年金にも入っていない。不安な派遣の仕事で、二十年以上働いても、年収三百万円にならない。国内で一日九千円、海外で一万二千円。十八時間ぐらい働いても、超勤手当がつかない。責任はツアコンにすべて負わされ、会社から損害賠償を請求されることもある。絶対に選んではいけない職種だ。こんなひどい状況を変えるために、今年の一月に組合を結成した。二年間の残業代を払えと労基署に訴えた。さらに、全国に署名を訴え国交省に提出した。九月には上野駅頭でツアー客に向けてアピール行動を行った。最初、組合に偏見があったが、組合をつくって、労働条件が改善されつつある」。
 ヘラルド朝日労組(全国一般なんぶ)。「朝日の英字新聞を編集していた。九年間働いたが、日給・月給で社会保険もなしだ。五年前に十八人で組合を結成した。そうしたら、朝日は激しい組合つぶしを行い、四人を不当解雇した。組合は、『団結、闘争、シュプレヒコール』があり、真面目で近寄りがたかった。組合にのめりこみたくなかった。でも、今では、9・12東京総行動のように激しい雨の中でも一日行動を行い、朝日の社前でマイクで訴えた。問題が起こったら組合に駆け込むのではなく、問題が起こらないように組合を事前に組織しておくことが重要だと指摘され、その通りだと思う」。

ユニオンを知れば
救われる人がいる

 首都圏青年ユニオン。「美容院に勤めていた二十三歳の労働者。労働時間は午前七時半から二十三時半まで。休憩は昼に三十分のみ。そのうち、午前十時から二十三時半まで、渋谷駅頭でずっとビラくばりをやらされた。彼は椎間板ヘルニアになった。労災申請をしたが認められなかった。月二百時間を超える残業代は払われていない。彼は死ななければ労災が下りないのですか、と言っていた。青年ユニオンで年間五十社と交渉している。その中で牛丼チェーン店のすき家と闘った。牛丼の帽子を作ったり、さまざまなキャンペーンをやりたいようにやった。若者流にユニオン活動をやっている」。
 日研総業(ガテン系連帯)。「ユニオンを立ち上げるのに不安はあったが、声をあげれば変えられる。つくってよかったと思う。いろんな人と出会い、行動ができた。ひとりでは闘えない」。女性ユニオン。「警備会社で働いていたが解雇された。うつ病になっている人がたくさんいる。七回団交している。ユニオンの仲間に支援されて勇気と自信をもらった。感謝している。これから交渉を自信をもって進めていきたい。苦しんでいる女性がいる。少しでもユニオンを知れば救われる人がいる。広めてほしい」。
 「鉄建公団訴訟原告団・家族を守る会へ参加しよう」、「イラク平和テレビ局in Japanを見よう!(http://peacetv.jp/)」と呼びかけのアピールが行われ、一部を終えた。

「生きさせろ!」
の訴えを伝えよう

 次に、雨宮処凛さんが「ユニオン作って、生きさせろ!」と題するトークショーを行った。
 「地味で、こわい、オッさんというのが旧来の労組のイメージ。会議が終われば、三千円で飲み屋に行く。これをホッピー系労組と名付けた。こうしたあり方に私は驚いた。いま、三千円払ったら餓死する若者がいっぱいいる。フリーターユニオンは飲みたければ公園で飲む。本当に食えなくなった人が立ち上がっている」と雨宮さんは状況を紹介した。
 雨宮さんは、自らがフリーターとして働き、問題に突き当たっていた時、昨年のフリーターメーデーに参加して、世の中がなぜこんなになっているのか、その歴史的背景や新自由主義グローバリゼーションのことを理解した。そして、「生きさせろ」の運動に参加している。
 雨宮さんが現在の若者の働き方に疑問を感じる直接のきっかけは、弟がヤマダ電気で長時間労働を強制され、過労死寸前に陥ったことだった。弟さんは、夜十時三十分にタイムカードを押して、一日十八時間働かせられた。一日一食の時もあった。職場が戦友状態になり、抜けたら友だちに迷惑がかかるとがんばってしまった。
 「失われた十年と言われるバブル崩壊後に世の中で働き出した世代は、親の世代が死ねば野たれ死を強制されている。過労死裁判を傍聴していて分かったことは、派遣社員は死ぬ要員として危ない仕事をさせられているということだ。がんばったら、死ぬしかない。がんばらないようにしよう。ニートはすばらしい。ユニオンをつくるのも、この現状を打破するひとつの手だ」と雨宮さんは語った。
 質疑応答の後、木下武男さんが「昨年に新しい若者労働運動が立ち上がり、下層労働者の組織化が始まった。ユニオンYes!キャンペーンもこれに寄与したい」と閉会のあいさつを行った。キャンペーンでは缶バッジを一個百円で販売し、賛同人も募集中。(M)




新任教員免職事件控訴審
この闘いは国家の進める「教育改革」との対決だ

 【大阪】二〇〇四年四月一日、大阪市立小学校教員として採用された伊澤さんは、条件付き採用の期限が切れる年度末に、不採用という免職処分になった。同年に処分取り消しを求めて裁判が提起され、〇七年五月二十一日に原告の請求を棄却するという判決あったが、九月十一日大阪高裁でこの事件の第1回控訴審口頭弁論があり、伊澤さんが意見陳述をした。(1審判決については、本紙6月4日号に掲載)
伊澤さんは、教育には愛情を持ってやっていたことを認めていながら一方では非常にストレスに弱いタイプだったと断定した一審判決にふれて、「教員に採用される前に六年間大阪市職員として勤務していたので採用試験も大阪市を受験し、あこがれていた教員に念願通り採用された。一年間この職業に誇りを持ってやってきた。しかし一年後の大阪市教委の仕打ちはひどいものだった。はやく教室に戻りたい」と訴えた。
弁護を担当する在間秀和弁護士は、「一審判決の裁判官は国の進めている教育改革に沿ってものを考えている。控訴審はこの教育改革に対する闘いであると考えている」と裁判の位置づけを語った。
この後、一審判決の翌日に提出した抗議と申入書に対する回答を受け取りに、参加者全員が大阪市教委に出向いた。責任者は今年度の教員採用試験の面接の仕事のため不在であり、係争中のことなので申入書には回答できないとのことだったが、それは何の答えにもなっていない。
 春日井市学校労働者組合や横浜学校労働者組合からの連帯のあいさつや大阪全労協、おおさかユニオンネットワークからの連帯のあいさつがあり、最後に伊澤さんの所属する大阪教育合同労組の山下委員長があいさつをして、裁判は勝利を目指して闘うが、労使間の交渉での解決を目指して行くと決意を表明した。

校長の恣意性
市教委の無責任

 地公法二十二条によると新規採用の公務員は六カ月間は条件付き採用期間とされているが、教育公務員特例法十二条でそれが一年間に延長された。今から考えると、六カ月の時は年度途中になるので学校運営上なかなかできなかった不採用が、年度替わりでしやすくなるように改悪されたことになる。しかしよほどのことがない限り、一年たつと自動的に正式採用されてきたのが現実である。
 伊澤さんの場合はそうではなかった。校長の恣意性と指導力不足、それをそのまま認めた市教委の無責任さがこの事件の根底にある。新任の伊澤さんは以前から荒れている学年だった五年生の学年を担任させられた。
 学校現場では、「しんどい」学年やクラスを新任が持つことは避けるのが一般的である。教育現場に勤務評価査定制度が導入されてだんだんそのような作風がなくなっていくとはいえ、新任に対しては教育現場全体が支えて行くのが今でもふつうの姿である。この事件を裁いた裁判官は、このような学校現場の実情について理解しようという姿勢がなく、校長や市教委の言葉をそのまま鵜呑みに、政府の教育改革に共鳴したように思える。裁判の行方を注目しよう。
 次回口頭弁論は十一月八日に開かれる。 (T・T)


もどる

Back