NO!APEC
イラク占領反対
オーストラリア・シドニーにおいて九月五日から六日まで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)閣僚会議および八日から九日まで開催された首脳会議に対して、Stop
Bush Coalition(ストップ・ブッシュ連合) が、ブッシュが訪豪した四日から多種多様な抗議行動を展開し、八日の大集会では一万人が`NO
APECa`ブッシュを止めようa`イラク占領反対a`地球温暖化を促進する大国による世界支配反対aとAPECを包囲して意思表示した。
ストップ・ブッ
シュ連合結成
「ストップ・ブッシュ連合」は、左翼・NGO・労組・反戦・エコロジー・人権諸団体で構成する反APEC行動のためのいわば実行委員会で、「反ブッシュ」を最大の一致点に「アフガン・イラク占領反対・豪軍のイラク撤退」、「ストップ!地球温暖化」、「守ろう!労働者の権利」を基調にして形成された。そのなかで社会主義連合(Socialist
Alliance - DSP旧民主社会党・現DEMOCRATIC SOCIALIST PERSPECTIVE、青年組織・レジスタンス、グリーン・レフト、第四インター派トロツキスト、イギリスSWP系トロツキストなどによる左派連合政党)が大きなイニシアティヴを発揮した。また、オーストラリア政府と警察当局による「テロ対策」からいつの間にか「暴力デモが発生する」とすり替えた猛烈なネガティブ・キャンペーンと当初から予告された過剰警備に対して、「ストップ・ブッシュ連合」は「警官隊との衝突ではなく平和的手段と大動員による意思表示でAPECとブッシュを包囲する」という方針を定めていた。
高校生がスト
ライキに決起
シドニーでは、武装した警察官約三千五百人と豪軍テロ対策特殊部隊千五百人を動員し、APEC会場を囲んで全長五・五キロに及ぶ金属とコンクリート製のフェンスが張り巡らされるなか、ブッシュが訪豪した九月四日に「ストップ・ブッシュ連合」が百人で「不歓迎式典」を開催して一連の反APEC・反ブッシュのアクションの口火を切った。
社会主義派青年組織・レジスタンスが呼びかけた閣僚会議初日となる九月五日の大学、高校のキャンパスにおける「学内ストライキ・授業ボイコットで反ブッシュ街頭行動を!」は、とりわけ高校生の間から大きな反響を得ることとなった。警察は「ストライキを行ってデモに参加した者は高校生でも逮捕する」、あるいは「当日は三十人くらいしか集まらないだろう」などと恫喝と揶揄を交えた声明を発して若者の決起を抑えようとした。しかし、五日当日には`STRIKE
AGAINST BUSHa(ストライキでブッシュと闘おう)を合言葉に各地でストライキを決議してデモに参加した高校生を中心に、約千人の若者たちが大挙してシドニーの街頭に登場した。また、メルボルンでも三百人の高校生がストライキを行って、街頭に登場した。
ブッシュに尻を
爆弾ではなく尻を
九月七日にも、様々な行動が行われたが、とりわけ注目されたのはAPEC会場に近いハイド・パークでの「二千人が一斉に尻を出して、NO!
ブッシュの意思表示をするとともに、世界記録に挑戦する」とする`Bums for Bush,Bums not Bombs!a(ブッシュに尻を、爆弾でなく尻を)アクションだ。この行動は「私たちはブッシュには反対するが、ハワード首相には反対ではない」あるいは「厳戒態勢で重苦しいシドニーの街を皆が楽しめるアクションで明るくする」などとして多くの参加を呼びかけた。「ストップ・ブッシュ連合」はこのアクションも「反ブッシュ行動の一環」として連帯を表明した。当日は数百人の若者たちが`NO
WARa`STOP BUSHaなどと書かれた尻を一斉に出して意思表示したが、残念ながら世界記録達成はならなかったようだ。
「暴力デモ」の
デマを打ち破る
八日の大集会には、八日にはシドニー中心部に労組、学生、高校生、エコロジー、反戦諸グループによる一万人もの人々が集結した。デモ参加者たちは、多種多様で多彩な平和的行動によって五千人以上の武装した治安部隊と対峙し、オーストラリア当局の「暴力デモ」キャンペーンのデマゴギーを打ち破った。また、治安部隊の挑発と襲撃によって十七人が逮捕されたが、「ストップ・ブッシュ連合」の仲間たち百二十人が、逮捕者の即時解放を求めて警察署前で抗議行動を行った。「ス
トップ・ブッシュ連合」の代表的オルガナイザーおよびスポークス・パーソンとして活躍したアレックス・ベインブリッジさんは、「デモ参加者の振る舞いはすばらしかった。今日のデモは平和的に行われ、暴力ざたになるというのはデマであったことが証明された」と述べ「暴力や治安問題に焦点があてられることで、本当に問題にされるべき事柄から人々の注意がそらされた」(APP8日配信記事から引用)と政府当局を批判した。
世界を破滅させる
政府は退場を!
APECそのものは、毎回恒例となっている「WTO(世界貿易機関)―FTA(自由貿易協定)による自由貿易の促進」と「テロ組織から金融システムを守る」などの宣言を発して今回も低調なままに終わった。大きな議題とされた地球温暖化対策については「三十年以内に現在のCO2排出量の二五%削減」という拘束力のない「努力目標」を掲げたのみだった。しかも「原子力を含む代替エネルギーの促進」などというまやかしの「対策案」を掲げるのみである(いうまでもないが火力発電との連動なくして原発は稼動できないのであり、おなじ発電量で原発の二酸化炭素排出量は海上風力発電の8倍である)。
また、ブッシュはほとんど「イラク政策の理解」を求めるためだけにAPECに参加したというところで、到着するなりハワード豪首相と会談して「イラク派兵継続」の言質を取り付け、首脳会議の途中で「反ブッシュ」の声に追われるようにシドニーを後にした。このように、APECは大国とりわけアメリカの戦争政策やWTOの「円滑な運営」を各国に強要し、あるいは再確認する機会として機能している。
そもそも、環境破壊政策・CO2大量排出の頂点たるイラク戦争・占領に参加し、協力する政府が「環境対策・CO2削減目標」を語る資格などない。世界を破滅に導く政府は退場してもらうしかない。そんな政府が集まるAPECなどいらない!
シドニーの反APEC行動の最大のトピックは、やはり高校生たちの大衆的なストライキによるデモへの参加だろう。社会運動が新たに若者とつながったときに新しい希望が生まれる。世界中で正義と平和のためにたち上がる若者たちが権力を包囲し、「もう一つの世界」の主人公となっていく。来年のG8洞爺湖サミットでも、日本の民衆がその「もう一つの世界」をつなぐ環として対抗行動を成功させようではないか。(F)
フランスAttac 夏期大学
希望を抱かせる成功
一層さまざまな社会運動への参加を
予想を超える
750人が参加
今年の八月の二十四日から二十八日まで、Attac全国指導部と連携しながら、Attacのトゥルーズ地区委員会が、参加者の受入れを担当する形で、Attac夏期大学が開催された。主催者側の期待は参加者が五百人のレベルを超えることであったが、参加者は約七百五十人にもなって、この夏期大学はすばらしい成功をおさめた。参加した若者の割合も無視し得ないほどであったのだが、やはり参加者の平均年齢はかなり高いものとなった。注目すべきは、はじめて、Attac会員以外にも夏期大学が開放されたことであり、約三十の社会運動団体が割り当てられたスペースに顔をみせたことである。
RESF(国境なき教育ネットワーク)、貧困地域社会フォーラム、エアバス社の労働者(エアバスは現在、一万人を超える労働者の人員整理、八つの工場の売却や分離の計画を強行しようとしている)、遺伝子組み換え植物の引き抜き志願隊の代表がこの大学の最初の催しに参加した。これは、Attacと闘いとを結びつけたいとする意欲を確認させるものであった。
Attacの代表団が八月二十五日にヴェルダン・スール・ガロンヌで開かれた遺伝子組み換え食品引き抜き志願隊の集会に出かけて行き、逆に、ジョゼ・ボベに率いられた引き抜き志願隊の代表団が夏期大学にやって来て、翌日、夏期大学で自分たちの闘いの現状を報告した。
夏期大学のカリキュラムは、Attacの『マニフェスト』の「七つの基本的柱」(再生Attacが内部での討論にもとづいて打ち出した七つの基本的要求から成るマニフェスト)を出発点にして編成された教育││討論のコースが盛り込まれ、魅力に富んだものであった。
多様性は損な
われなかった
討論は、Attacの危機(本紙06年9月18日号参照)と関連したいっさいの内部的緊張から解き放たれた友好的な雰囲気のもとに、さまざまなコース(全部で100コース)で展開された。そのことによって、多様性が損なわれることもなかったし、一部の問題をめぐって意見の相違(たとえば、教育と宗教との分離をめぐって)も見られた。
夏期大学のこの成功のおかげで、オーレリ・トルヴェとジャン・マリ・アリベイの二人の副代表がインタビューの中で「Attacの危機は過去のものである」と指摘することができるようになったのである。
この見解はベルナール・カッセンとは異なるものであった。カッセンは、『ヌーベル・オプセルヴァトゥール』誌の中で、「Attac、それは終わった」との評価を表明しているからである。本当に終わったのは、展望も示さずAttac内で政治的位置ももたない、ニコノフ=カッセンの元指導部である。
今後も多元主義
的な団体として
この夏期大学は、したがって、Attac にとって新たな出発点を画するものである。再生Attacの発展力学を本当に働くかどうかは、来るべき時期にかかっている。というのも、Attacの組織状況はいぜんとして脆弱なままにとどまっているからである。一万五千人の会員という目標はまだ達成されていない。これは、財政を均衡させ、Attacがさまざまな部門に配置されて運動に参加していくことができるのに必要な目標なのである。社会運動へのAttacの参加、これはとても重要である。なぜなら、サルコジ政権の政策が社会運動の動員を必要とさせるものだからである。参加すべき運動の優先順位は今、計画されている二つの集会・デモの過程で討論されるだろう。ひとつはAPE(経済連携協定)をめぐる九月二十七日の集会であり、もうひとつは、医療改革、環境グルネル会議をめぐるイニシアチブ、新たな欧州条約案に反対する行動や署名運動が展開される九月二十九日の統一行動である。
組織内部民主
主義を強化
内部の面では、リヨンで十月十三日と十四日に開催されるAttac全国総会が次の会合である。この総会は、組織の内部民主主義の強化を可能にするとともに、ニコノフ=カッセン指導部の暗い時代から決定的な袂を分かつことができるものでなければならない。Attacは、当然ながら、多元主義的な団体として、新自由主義に対するオルタナティブをめぐる論争に不可欠な組織として、その位置を再び見出すことができるであろう。
(「ルージュ」07年9月6日号)
読書案内
「ルポ最底辺―不安定就労と野宿」生田武志 著 ちくま新書 740円
著者の経験を通して生き生きと描く
考えるための
角度を提供
生田さんは学生のときに釜ヶ崎を訪れて以来、二十年になるという。生田さんというと、ホームページの斜め読みによって、「野宿者問題」授業の画期的試みのほかに哲学的論考、音楽批評の印象がまずあった。この著書は野宿者、日雇労働者という場から「フリーター」「格差社会」などという最近のキーワードを捉え返すには絶好の、平易で工夫されたテキストである。
野宿、ワーキングプアを論じて分析に終始した本が多い中で、本書はまず、生田さんの聞き取り、授業などを通して寄せられた意見を軸に、厚労省等の官庁データ、マンガも含めたメディアの記録、全国の支援団体の記録などを、限られた紙幅で的確に引用している。生身の人間と出会う中で、「最底辺」の問題を考えるさまざまな角度が提供されている。
野宿者の医療、襲撃、都市雑業、生活保護行政、ピンハネビジネス、就労、社会的排除の実態は、当事者、支援者が長く問題としてきたことだが、活動してきた人でも本書を一読してなるほどと考えさせられる部分が多いのではないか。
自分にとっては、大阪圏のことをあまり知らないということによって、本書への興味をかきたてられたとも言える。
10年、20年後
の野宿者問題
第四章「野宿者の社会的排除と行政の対応」などでは、自立支援センター設置とからめた公園からの野宿テント排除、行政代執行、住民票削除、長居公園の取り組みなどという新しい動きも紹介されている。
そして九〇年西成暴動の経緯、バブル期以前の釜ヶ崎の街の様子が、生田さんの関わりを通して生き生きと記され、なかでもみずから原発などを含む日雇労働で生計をたてた経験が、本書全体の力強い導入ともなっている。
第五章で若年野宿者、女性野宿者の実例を紹介する中で、日雇派遣、ネットカフェ宿泊で生活する層は十年、二十年後野宿問題という本番に行き着くことを展望する。ここで、二十世紀が難民の世紀だとすれば、二十一世紀はホームレスの世紀となるかもしれないという言葉さえ使っている。今以上に、資本が推進する標準化と人間の疎外がきわまった時を想像する上で参考になる言葉である。
「最底辺」にある
人のもつ豊かさ
本書に対する信頼の根拠は、行政権力との闘争の部分も含めて網羅的に分かりやすい説明を試みている点と、もう一つには野宿生活、日雇生活を送る人に対する温かみのある肯定感があらわれている点である。「最底辺」にある人がもつ、ある種の豊かさを認めずに当事者を支援する運動を続けることは無理をともなう。その意味で「その人は何というか、天から降って来たような優しい人だったが、」などという記述に出会うと、安心を覚える。
九五年、戎橋から道頓堀に突き落とされて亡くなった藤本さんについて通りがかりの人へアンケートを求める活動なども欠かせない。理不尽な出来事が起こった時、抗議し、被害者への共感を表明する場を作る活動は、各地で続けられているが、当事者個人への肯定感が失われていけば運動の力は色あせる。
素朴だった支援活動が徐々にビジネスへと比重を移し、生活保護を含む公的社会保障制度が当事者を直接保障する機能を放棄しつつある現在において、当事者への肯定感に貫かれながら、一方で民間ビジネスと行政の横暴に辛らつな批判を展開する本書は、私たちにとってよき指標となるだろう。 (海)
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