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「世界の人々とともに 戦争は最大の環境破壊、人権侵害」 かけはし2007.9.24号

武力で平和はつくれない

Peace Day Tokyo 2007@東京タワー下
アフガニスタンやイラク民衆を殺すな! 米軍撤退を

23団体のブース、
1200人の参加

 九月十五日、東京・芝公園でWORLD PEACE NOW、NGOや市民団体、人権組織、環境団体、労働組合などは、「武力で平和はつくれない/世界の人々とともに 戦争は最大の環境破壊、人権侵害」を掲げ、「9・15 Peace Day Tokyo2007@東京タワー下」を行い、延べ千二百人が参加した。
 六年前の9・11米同時テロ以降、米ブッシュ政権は対テロ・グローバル戦争と称してアフガニスタン、イラクへと軍事侵略を強行した。イギリス、日本をはじめ多くの帝国主義支配者たちは、支持し、参戦してきた。そして今日、アフガニスタン、イラク民衆に対する暴力が続き、泥沼化を深めている。
 こんな否定的現実に抗して、戦争と暴力を許さず、非軍事社会をめざす世界の民衆たちは、帝国主義者たちの侵略戦争に反対し、「アフガニスタンやイラク民衆を殺すな!米軍撤退」!を合言葉に各国各地で反戦運動を取り組み続けている。この日は、米グローバル戦争を支持し、派兵大国作りを行ってきた安倍政権が崩壊するという状況下、自民党・公明党政権にNO!を突きつけ、世界の反戦のうねりと結びつき、真の平和を実現するための新たなステップとして行われた。
 会場には早朝から演壇舞台、ブースの設営が開始され、二十三団体のブースが立ち並んだ。厳しい炎天下、果敢に宣伝活動が行われる。集会は主催者あいさつから始まった。芦沢さん(基地はいらない!女たちの全国ネット)は、「勝手に吹っ飛んだ安倍政権は、改憲手続き法、教基法改悪、テロ特措法などやりたい放題を行ってきた。数々の悪行を忘れることはできない。真の平和を創っていくという思いをこめて今日一日を実りある集会にしていこう」と元気にアピール。
 続いて、みんなでつくろう「PEACEの壁、核廃絶の壁」の紹介(原水禁)、東京タワープロジェクトからオリジナル企画の紹介。

フリートークで様
々な課題を訴える

 「フリートーク」に入り、沖縄一坪反戦地主会関東ブロック、ふぇみん婦人民主クラブ、ピープルズ・プラン研究所、日本消費者連盟、ATTACジャパン、VAWW―NETジャパン、基地はいらない!女たちの全国ネットから活動報告と反戦平和にむけた発言が行われる。
 川田龍平参議院議員は、「平和を自ら作っていくことを国会議員として皆さんとともに仕事をしていきたい。9・11首相官邸前、キャンドル・ピースの取り組みが実を結んで、翌日、安倍首相の辞任表明につながった。国民の声が安倍首相を辞任に追い込んだと確信している。平和な社会を作っていくために憲法九条を世界に、非戦の世界・アジアを目指していきたい。生きるって楽しいと思える社会をともに実現していこう」と訴えた。
 福島みずほ社民党党首は、「安倍政権の丸投げを許さない。この間、防衛省への昇格、教基法と教育三法の改悪、改憲手続き法の成立まで強行した。憲法審査会が設置されているが、これを絶対に動かさせない。テロ特措法延長反対、イラクから自衛隊は帰れ、在日米軍基地・自衛隊の強化は許さないと国会で訴え続けていきたい。民主党を『脅かし・励まし・炊きつけ』て頑張っていき、国会で成果を上げていきたい」と発言した。
 「フリーライブ」では、反戦・平和・憲法九条改悪反対の思いをこめて大塚譲二さん、松浦キノコさん、太田武二さん、MUSEBAND、I・K・Bが熱く歌い踊った。
 「メインスピーカー」に入って、反原発運動を取り組む原子力情報室、沖縄米軍基地の撤去と教科書改悪を訴える沖縄・高教組、自公政権によって作り出された格差社会と弱者切り捨てを許さない反貧困運動から湯浅誠さん、アフガニスタン現地において民衆NGOの経験から平和と連帯について谷山博史さん(日本国際ボランティアセンター)、地球温暖化と環境破壊を作り出している諸大国の傲慢さを厳しく批判する星川淳さん(グリンピース・ジャパン)、人権侵害や外国人排外主義の問題を草の根で取り組む川上園子さん(アムネスティ・インターナショナル)から次々と報告や問題提起が行われた。

ピース・パレー
ドに400人

 「ピース・パレード」に移り、四百人の参加者があった。参加者たちは、手作りの反戦プラカード、市民団体旗・横断幕、労働組合旗を掲げながら「武力で平和はつくれない」「憲法改悪反対」「テロ特措法延長を許さない」「自衛隊はイラクからすぐ帰れ」など元気一杯にシュプレヒコールを芝公園周辺に響かせた。
 再び芝公園に戻り、集会を再開し、「フリートーク」に入った。テロ特措法反対を訴えるWPNアピールとして国富建治さん、原子力空母母港化に反対する横須賀市民、ピースオン、原水禁などからアピールが続いた。
 最後に、高田健さんが主催者を代表して終わりの挨拶。高田さんは、「イラク反戦のパレードが今なお続いている。六年前の参加者の十分の一だが、イラクの人々にメッセージを送っている。決して忘れていない。そして、エネルギーはいろいろな形で続いている。その成果として所信表明を行ったにもかかわらず安倍内閣が倒れた。多くの人々のヤメロコールが届いたと言える。私たちの力をさらに生かしていくことを確認しよう。テロ特措法延長反対の取り組みを強化していこう」と力強く訴えた。    
         (Y)


「豊中九条の会」結成2周年講演会
「憲法を泣かせるな!」
澤地講演会に千五百人

 【大阪】九月八日、大阪府豊中市の「豊中九条の会」結成二周年記念講演会が豊中市民会館で開かれ、千五百人の市民が参加した。主催は、伊丹空港で働いている客室乗務員、保育園、主婦、医療関係、教職員、養護学校、大阪大学などさまざまな地域や職場で働く市民でつくる十四の九条の会が集まってできている「豊中9条の会」でつくる実行委員会。
 はじめに実行委員会作成のDVDによって、「豊中九条の会」二年の歩みが上映された。続いて楠本悠紀子さん(9条の会・豊中いちばん星)が主催者あいさつをした。楠本さんは、「二〇〇四年に大江健三郎さんら九人によって九条の会がでつくられた。この九月に、大阪で開催された九条の会の講演会に参加し、井上ひさし、澤地久枝、小田実の三氏の話を聞いて、これからの人生を改憲阻止の運動にかけようと決意した」と語った。橋本さんは「昨年デモ行進の場にひょっこり姿を見せてくれて、旗にサインを頼んだらしてくれた」と小田実さんの思い出を披露した。
 続いて、関西紫金草合唱団による、合唱朗読構成「紫金草物語」が上演された。この歌は、中国の南京を攻略した日本の陸軍兵士が、南京の紫金山に咲いていた花の種を日本に持ち帰ったことがきっかけでこの花は紫金草と名付けられ、平和と友好の花として日本の各地に広まったという実話をもとにつくられたとのことだ。
 休憩をはさんで澤地さんの講演が始まった。澤地さんは、元気なうちに、もう一度自分を考えてみるために世界一周の船旅に出たのだが、旅先で小田実さんの病状が悪いとの報を受けたといい、小田さんとのことを中心に話を始めた。

「小さい人間
に力がある!」

 「日本に帰ってから小田さんに病室であって、『ありがとう。あなたは立派です』と言った。どうしてもそれだけ言いたくて、無理を頼んで面会させてもらった。小田さんは『一期一会』と『小さい人間に力がある』ということをよく言った。それが、九条の会をつくるときに小田さんが出した答えだった。世直しをするとき、変革する力はその小さい人間の力である。名もない人たちを書いてきたという点で自分は小田さんと似ている。小田さんの最後の作品になった『終わらない旅』という小説がある。小さな人間、若者、高校生にでもわかるように書かれている。小田さんはラブシーンもこんなに上手だったのかと思うほど上手だ。ぜひ読んでみてほしい」。
 「大岡昇平さんのことにもふれたい。大岡さんは教育招集されて前線に行かされた。そのとき遺言を残している。彼はフィリピンのレイテで捕虜になり、復員してから、大作の『レイテ戦記』を書いた。米軍は一九四四年十月二十日にレイテに上陸したが、当時日本軍の中央は米軍はルソン島に上陸するものとばかり考えていたため、作戦の変更は前日になって行われた。そのためレイテにいた十六師団は壊滅的な被害を被り、生き残ったのはわずかに三%だけだった。日本軍は明治以来変わらない作戦で、いつも苦労を兵士に強いてきた。大岡さんは先祖返りし始めた日本への警告としてこの本を書いたと言っている」。

米国の顔だけ
見ている政治家

 「この国はどこまで腐敗が続くのだろうか。日本人(政治家)は、法に反していなければ何をやってもいいという愚かになったのか。米国の顔だけみている。米国と手を結ばないと日本は世界の孤児になるという政治家がいる。憲法では、日本は平和・福祉・文化国家として生きていくと言っているのに、医療負担は一割から三割にあがる。財界までもが武器輸出三原則を緩和し、集団的自衛権まで行使しようということまで言い出している。与党の出した法案が全部通る。本当にどこかおかしい」。
 「地方選挙で投票率が二七%というところがあったが、これでは主権在民にはならないですね。思うだけでは世の中は変わらない。一夜にしてよい国になるということは絶対にありえない。それはヒットラーです。参議院選挙の結果は、市民はそんなに愚かではないと言うことを示した」。
「鶴見和子さん(鶴見俊輔さんの姉さん)が死んだ。リハビリしながら最後までしっかり生きた鶴見さんだったが、彼女は「小泉に私は殺される」と言った(小泉政権の時にリハビリは三カ月までしか認めないように医療保険制度が改悪された)。 国なんか当てにならない。十四歳のとき中国東北部で敗戦を迎えたとき、それを痛感した。政治家・財界人・『軍人』・官僚は憲法変えたがっていて、米国の顔ばかり見ている。お前は非国民だといわれたら、私はあなたとは考えが違うとはっきり言いましょう。小田さんが聞いたらどういうでしょうね。きっと『しっかりせいや』というでしょう。お互いにしっかりしてがんばりましょう。
澤地さんの講演のあと、豊中九条の会の会員、合唱団の人などが全員壇上に上がり、七十七歳の誕生日を九月三日に迎えた澤地さんに花束を贈呈し、会場から拍手が巻き起こった。お礼のあいさつは木戸衛一さん(阪大9条の会)が行った。また、この日市内で十五番目の九条の会がつくられたとの報告があった。
(T・T)


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