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                            かけはし2007.9.17号

柏崎刈羽原発を廃炉にせよ!

東京電力へ申し入れ行動
福島原発は全原子炉をただちに停止し、閉鎖せよ 

 【いわき】八月三十日、福島県富岡町に存在する「エネルギー館」において東京電力との交渉が行われた。七月二十に「申し入れ行動」を実施し、当初回答日は八月二十四日に設定されていたが、彼らの都合により一週間延期され当日となった
 交渉には、脱原発福島ネットワーク、双葉原発反対同盟などから五人が参加した。申し入れ項目は、新潟県中越沖による柏崎刈羽原発の事故トラブルについて、全情報を公開すること。活断層を過小評価して原発を活断層上に建設した経営陣の責任を明確にすること。すべての原子炉を停止し、第三者による周辺陸域・海域の厳密な地層・地盤調査を行うこと。活断層上の柏崎刈羽原発、福島原発は、全原子炉を閉鎖すること、の四項目。申し入れは、脱原発福島ネットワーク、双葉地方原発反対同盟、タンポポ舎、浜岡原発を考える静岡ネットワークなど県内外の十七市民団体が賛同し、十人が参加した。

経営陣の責任
を明確にせよ

 「原発反対刈羽村を守る会」は柏崎刈羽原発の計画時から活断層の存在を指摘し、原発震災に対し警告を発し、国の「設置許可取り消し」を求め裁判を起こし闘ってきた。東京電力と国は、指摘に対して活断層を途中でちょん切り、地震による揺れを過小評価してきた。断層の原発直下への延伸と言う、東京電力と原子力保安院にとって「不都合な真実」は、「中越沖地震」の発生によって明らかになった。
 さらに当日交渉の席上、交渉団は、地質の問題について、「文献上も日本書紀の中に『越の燃える水』との記述が存在する。また石油採掘のため明治の年代から幾度も調査が行われ、地盤が軟弱であることは明らかだった。それを東京電力は、強固な地盤と偽り原発を七機も建設した。経営陣の責任は明らかである」と責任を明確にすることを要求した。
 しかし、福島原発広報は「裁判は係争中、責任問題は裁判後」と責任逃れ発言をし、福島原発広報担当江向氏は「断層の状況ははっきりしていない。断層が違う方向に伸びているとの別な機関での評価もある、詳細を調査中」と断層の原発直下までの延伸を認めない驚くべき発言を行った。

「詳細な調査」
はまやかしだ

 確かに詳細な調査は必要である。しかしわれわれは、彼らが実施する、原発立地地域の地層と安全性に対する評価に安全性の評価を委ねることは出来ない。
 その理由の第一は調査によって得ることが出来た情報等評価のために必要な情報の完全な公開がされないことにある。
 東京電力は一連のデータ改竄問題に対して、今年五月三十一日、企業倫理遵守に関する行動基準を発表した。同文書中において知的財産権を理由に「社内情報を保護し機密を保持する」と、公然とうたっている。
 第二に八月二十一日に発表された「柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者の会」声明は、「地表で確認される活断層と結びつかずに発生する大地震があることも忘れてはならない」と指摘し、さらに昨年三月「滋賀原発2号機差し止め裁判」において金沢地方裁判所もまた「震源断層が地表近くに到達していなければ、いくら地表や浅い地中を詳細に調べても地下深くの震源断層の存在を把握出来ない。緻密な調査によって、活断層の存在を発見出来なかったことが、地下にマグニチュード六・五を超える地震の震源断層が存在しない根拠にはならない」と断じている。地表からは見えない震源断層の存在を今日の科学力では不可能なのである。
 東京電力広報は陸域海域の調査は福島原発と双葉断層に対しても実施すると表明した。われわれ交渉団は陸域・海域の調査についてその能力など詳細を質問した。彼らはボーリングそして超音波探査についても能力の詳細について即答する事は出来ず回答は次回となった。
 彼らの言う耐震指針に則った詳細な調査のいい加減さを暴き出すと共に、詳細な調査によっても地下にマグニチュード六・五を超える地震の震源断層存在の有無は解明出来ないことを明らかにしなくてはならない。活断層の上に立つ柏崎及び福島の原発を閉鎖させなくてはならない。

運転再開を絶
対に許さない

 柏崎刈羽原発の運転再開に向けた策動が開始されている。IAEA=国際原子力機関の調査団が「損傷は予想を下回るものだった」と発表し、総合エネルギー調査会に設置された「調査・対策委員会」の斑目春樹委員長は一年後、そして次には二年後と、運転再開を前提とした発言を繰り返している。こうした策動に対して「東京電力柏崎刈羽原視力発電所の閉鎖を訴える科学者技術者の会」は、八月二十一日東京都内の学士会館会議室において記者会見を行い、同原発の閉鎖を訴える声明を発した。「科学者技術者の会(略称)」は柏崎刈羽原発周辺で再び大地震が発生する可能性を指摘している。
 柏崎刈羽原発の運転再開を許してはならない。(浜中)



「中越沖地震と柏崎刈羽原発」学習会

限界地震に遭遇した原発は再使用できない

 九月四日、原水禁は「中越沖地震と柏崎刈羽原発」緊急学習会を総評会館で行った。講師は社民党現地調査団に加わって、地震直後の柏崎刈羽原発の調査を行った海渡雄一弁護士。
 原水禁議長の市川定夫さんの主催者あいさつの後、海渡さんは、パソコンを通じて事故直後の柏崎刈羽原発内部の生々しい被害の状況を映し出しながら、事態の本質を説明した。1・2・3・4号機での八〇センチもの地盤沈下、軽油タンクや消化管の破壊、タービン建屋階段のコンクリート亀裂、6・7号機の濾過水タンクの水漏れ、タンクの基礎ボルトの破損、使用済み燃料プールの床が濡れている状況、敷地内の地盤の陥没と隆起による極端な凹凸。これらはすべて地震によるダメージの大きさを物語っている。
 しかし東電は情報を隠し、道路の陥没箇所や損傷した消火系統の補修を急スピードで行い、事態を隠蔽している。東電は、人びとの目につかないところで事故の痕跡を消し去ろうとしているのだ。
 海渡さんは、「想定を超えた地震動が襲った原発は再稼働できるか」と問題を提起し、「究極的な限界地震であるS2をほぼすべての周波数帯で超えている。S2に対しては、原発の塑性変容は許容した上で、大規模な放射能放出事故がなければよいという考え方だ。そのことはS2という限界地震に遭遇した原発は『損傷状態』『事故状態』であって、再使用は考えていなかったはずだ」と語り、少なくとも再使用は断念し、柏崎刈羽原発は廃炉にすべきだと強調した。
 さらに海渡さんは、新耐震指針の全面見直しを求める石橋提言を紹介し、「石橋案は、原子炉施設は、直下に過去または将来の浅い大地震の震源域が存在すると高い確度で判断される場合、その場所への設置を避けなければならない、としている。最低でもこの基準を厳格に適用し、震源域直下の原発を止めなければならない」と述べた。

 この日、九月四日の朝日新聞は「国が想定する東海地震の約三倍もの地殻変動をもたらす『超』東海地震が、この五千年に少なくとも三回起きたことが、中部電力浜岡原発近くのボーリング調査からわかった」という記事を掲載している。そして次の東海地震が、千年周期と見られる「超」タイプになるのではないか、と専門家は指摘している。八千年前から百〜二百年周期で起きている東海地震とは別に、大きな隆起を伴う別タイプの「超」大規模地震が起きていた、というのだ。国が想定している東海地震はマグニチュード8強(今回の中越地震はマグニチュード6・8)だが、「超」東海地震はその三倍もの規模であり、浜岡原発で行われている耐震補強工事は、とうていそれに耐えられるものではない。
 この記事を紹介した海渡さんは、「超」東海地震の震源域にある静岡県浜岡原発の停止・廃炉を訴え「地震大国日本のエネルギー源を原子力に依存することの危険」を強調した。そして「エネルギー・セキュリティーの面からも脱原子力こそが解決策」と語った。
 電力会社の情報隠蔽・事故隠しの体質は、今回の柏崎刈羽原発の事例を見ても明白だ。九月十七日には原水禁、原発・原子力施設立県全国連絡会、原子力資料情報室などの主催で「地震と原発を考える全国緊急集会」(午後1時半、総評会館大会議室)が準備されており、また翌十八日には原子力保安院交渉、東電交渉、院内市民集会も予定されている。
 震災と原発災害が重なる「原発震災」の可能性が示された現在、脱原発のための行動がいよいよ緊急性をもって提起されているのである。      (K)



コラム
広がる浜岡原発反対運動


 八月中旬、静岡県の田舎に帰った。真夏の盛りであったが、家の周りの伸び放題の植木のせん定をしていた。すると、宣伝カーで、浜岡原発問題を訴える声が聞こえてきた。さっそく行ってみると、静岡空港反対運動を行っている増田さんたちであった。増田さんたちは、ゲートボールをやっている人たちに、チラシを配っていた。「今日、午後から旧小笠町出身の市議たちが議会報告を行うので、そこに参加し、浜岡原発の危険性を訴えるのだ」と言う。
 私もその報告会に参加した。二年前に菊川町と小笠町が合併し、菊川市になった。議員定数は二十二で、小笠出身議員は六人。報告の内容は予算、道路建設、医療、学校給食の統廃合、農地、下水道問題など。市民一人の平均所得は二百九十四万円で、三百七十八万円以下が八五%を占めている。高齢者が増え、貧困化が進んでいることが分かった。その他、学校給食の統廃合や市民会館の民間への業務委託が進められようとしている。菊川市民病院の医師の過酷な勤務実態が明らかにされた。掛川浜岡線小笠バイパス建設に、原発のウラン燃料などを運ぶということで、一部区間の建設費用を中部電力が持つということには驚かされた。五十人ほどの参加者から、学校給食の統廃合に反対、医師の待遇改善を求める意見が出された。
 さて、浜岡原発問題について、議員からは報告はなかった。そこで、「地震で原発だいじょうぶ?会」の人が「全国の原発立地点で、安全協定に事前了解の項目がないのは浜岡だけだ。柏崎刈羽では、安全協定の事前了解の項目により、東電が原発再開時、地元の合意が必要だ。議員さんたちはどうか考えるか」と見解を求めた。六人のうち二人の議員が、事前了解が必要であると答えたが、残りの議員は今のままでよいという回答をした。
 他に意見が出なかったので、私が「つい先日、東京で刈羽村村議の武本さんを呼んだ原発被害の実情を聞く会に参加した。被害は予想以上で、道路は波打ち、配管ははずれ、地面が一メートルも陥没していた。クレーンがはずれ、原子炉内を点検することもできない。チェルノブイリ事故では半径三十キロメートル以内は人が住めなくなっている。浜岡原発から、数キロのわがふるさとは重大事故が起これば廃村になってしまう。ぜひとも、議員が直接視察して、その結果を報告してほしい」と要望した。
 報告会を終えて、会の人たちとの立ち話で、「九月初旬、掛川市で『浜岡原発は大丈夫か』として市民懇談会を開くことになっている」と報告があった。私は帰省中であることを伝えると「ぜひ、地元でいっしょに運動をやりましょう。帰ってきてください」と誘われた。
 家に帰ると、中部電力から各戸に郵送されたカラー刷りのチラシがあった。「柏崎刈羽原発は地震にあっても、設計計画通り、自動停止して安全であった。浜岡原発は耐震安全性が高い。二〇一〇年からプルサーマルを実施したい。当社社員が自宅まで出向くから、話を聞いてほしい」というものであった。中電の危機の現れであるが、反対運動もがんばらないとどんどん原発が推進される。
 原発の補助金や関連企業に依存している田舎町で、反対運動を継続することには困難さがつきまとう。そんな中で、地元で静岡空港や浜岡原発反対運動をしている人から、昨年四月、チェルノブイリ事故二十周年に合わせて掛川市で市民集会を開き、六百五十人が集まったという報告パンフを送ってもらった。掛川だけではなく、近隣の市町村からも多くの市民が参加して大成功だったという。
 原発に疑問や不安を持っている人たちがたくさんいる。そうした人たちがつながっていることを知り、胸が熱くなった。(滝)

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