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ラテンアメリカにおける左翼の戦略(下)         かけはし2007.9.10号

グローバリゼーションに対抗
するオルタナティブモデルを

クラウディオ・カッツ



民衆意識の諸問題

 資本主義の一掃とは、抑圧された人びとの意識のレベルに全面的に依存したプロジェクトである。このような確信のみが、民衆の闘争のプロセスを社会主義に向けて方向づけることができる。
 歴史の不可避的な変化という、この発展の素朴なビジョンは、知的コンセンサスと政治的吸引力を喪失してしまった。このタイプの歴史的展開のパターンは存在していない。社会主義は圧倒的大衆の自発的創造によるものでなければ、生み出されないだろう。「現実の社会主義」の下で起きたことは、民衆の決定を役人たちの温情主義に代行させることがいかに恐ろしいことかを示している。
 しかし抑圧された人びとの意識は、突然の変化を受けやすい領域であり、闘争の経験によって条件づけられる。二つの相反する力が、その発展に影響を与える。抑圧された人びとが資本への抵抗の中で自らのものとして同化していく学習の教訓と、息の詰まるような労働、生存への不安、日々の疎外が引き起こす失意である。
 現存秩序への疑問あるいは受容に向かう給与労働者の傾向は、この二つの力の対立のさまざまな結果から発している。一定の環境の下では批判的ビジョンが優位を占め、他の時期にはあきらめの気持ちが支配する。こうした態度は多くの要因に依存しており、資本主義に関する世代的にきわめて異なった認識の上で作用する。例えば一九七〇年代とは異なり、現在の青年たちの大多数は、排除、失業、不平等をこのシステムの機能の当たり前の側面として見ており、よりよい職や教育を期待せずに成長した。現存秩序へのこの新たな見方を持って、ラテンアメリカの若い世代は先行世代の戦闘的気性を再び身につけたのである。
 しかし特殊に社会主義的な意識は、資本主義への支配的なイメージに依存するものではない。このレベルにおいて、階級闘争から引き出される結論と、国際的事件が引き起こす影響は、いっそう重要である。こうした里程票は、反資本主義的プロジェクトへの情熱もしくは幻滅へと移しかえられる「社会主義意識の平均的水準」の程度を決定する。ロシア、中国、ユーゴスラビア、ベトナム、キューバで達成された勝利は、これらの期間に起こった無数の敗北によっても閉ざされることなく、積極的な社会主義意識をもたらした。
 ラテンアメリカの現在の世代は、偉大な勝利に特徴づけられた情勢の中にあった両親のような形で成年になったわけではない。勝利した反資本主義的参照例のこの不在――彼らの直近の経験に照らして――は、社会主義的プロジェクトへの彼らの自然発生的な冷淡さを説明するものである。
 現在の時期と一九六〇〜八〇年代との最大の違いは、社会的諸勢力の力関係や、民衆的主体の変化という領域よりも、政治的意識のレベルにより多く存在している。社会的対立の強度、抑圧された人びとの闘いの勢力配置、実質的に変化してきた抑圧者たちの支配能力ではなく、むしろ社会主義的モデルの可視性や、民衆的確信の問題なのである。
 ソ連の崩壊は、左翼の行動の条件となってきた社会主義的プロジェクトへの国際的信頼性の危機を引き起こした。ラテンアメリカも例外ではないが、この影響が効果を及ぼす範囲は、この地域ではより限定されたものだった。ラテンアメリカ左翼は、すでに「社会主義陣営」の崩壊以前にソビエト・モデルから遠く離れた旅をしており、その意気消沈は独裁体制が後に残した遺産、サンディーノ主義の失敗、中米の反乱が被った封鎖によるものの方が多い(注5)。そしてこのレベルで、キューバ革命の生き残りは平衡をとる錘として機能した。
 いずれにせよ失望の雰囲気は、解放のプログラムを再構築しようとする感情に徐々に置き換えられている。反新自由主義的意識の前進は、民営化と規制緩和に対する強力な拒否に示されている(東欧のような他の地域よりも強い拒否が見られる)。反帝国主義意識の再生も、アラブ世界で支配的な後退的なエスニック的・宗教的意識なしで、行われている。
 しかし反資本主義的接合は、この反新自由主義的・反帝国主義的衝動の中で大きなミッシングリンクである。この欠落は、現在に至るまで民衆意識のラディカル化を抑制しており、したがってボリバール主義プロセス(ベネズエラにおける)が主導する討論である二十一世紀の社会主義について討議することが重要なのである。このイデオロギー的再建は可能である。なぜなら左翼の多くの諸特徴が継続して存在し、それは他の地域に比べて損壊の度合いが少なかったからである。労働者の歴史的な政治的アイデンティテイーの崩壊も、さまざまな東欧諸国で起こった左翼と距離を置くあり方も、顕著なものではない。

憲法的枠組み

 ラテンアメリカの左翼は、憲法的体制の安定化という相対的に新しい戦略的問題に直面している。この地域の歴史で初めて、支配階級はほとんどの諸国で、そして相当な期間の後に、独裁的ではない諸機関を通じて自らの政府を運営している。経済的崩壊も、政治的危機も、そして民衆的決起も、この政府形態を変えることはなかった。
 軍事体制への回帰は、この半球地帯のエリートたちにとっては、ほとんどの場合見捨てられた手段である。危機的な情勢のほとんどにおいて、大統領は市民―軍部的空位期間というタイプの別の指導者に置き換えられる。今や放棄されたものは、バラバラな細分化に対して上から闘う独裁体制の再確立と、下からの反乱である。
 現在の体制は真の民主主義ではなく、むしろ資本家に奉仕する金権政治である。このシステムの諸制度は、多くの独裁体制があえて提起しようとさえしなかった社会的腐敗の永続化に奉仕するものだった。こうした侵犯行為はシステムの正統性を失墜させたが、古い専制支配者が被ったものに対応するような、憲法体制への民衆的拒絶をもたらさなかった。
 資本主義的支配のルールにおけるこの変化は、ラテンアメリカ左翼の行動に矛盾に満ちた影響を与えている。一方でそれは、公共的自由という文脈の中での政治行動の可能性を増幅させている。他方で議会、政党、官僚層の安定化は、資本家に対していっそうの政治的安定と、ビジネス環境における自信の増大を提供している。抑圧者の権力を削減すると同時に確固たるものとするシステムは、とりわけ、この体制がほとんどの場合、あらゆる現代社会の機能にとって自然なメカニズムとして認識されている時、左翼にとっての大きなチャレンジを示すものである。
 この最後の確信は、右派――憲法的文脈の中で自らの政治的活動を遂行することの有益性をつかみとった――と、中道左派――進歩的仮面の下で現状を維持している――によって強められている。双方とも単なる権力者の交代を意味ある変化として押し出すために、選挙における偽りの分極化をかき立てている。
 この相互補完の最近の例は、資本家の卓越性を永続化するために政権の座についたルラ(ブラジル)、タバレ(ウルグアイ)、バチェレ(チリ)などの「現代的で市民化した左翼」である。しかし他の国の状況は、制度的連続性が不正(メキシコのカルデロン)や大統領の辞任(ボリビア、エクアドル、アルゼンチン)によって破壊されたために、いっそう問題が多い。
 ある種の大詰めの局面において、こうした転換はブルジョア秩序の再建へと帰結した(アルゼンチンのキルヒネル)。しかし他の諸国においては、この危機は、既存の体制によって拒絶されている民族主義的ないし改良主義的大統領の政権への、予期せぬ入り口へと帰結した。それはチャベス(ベネズエラ)、モラレス(ボリビア)、そしておそらくコレア(エクアドル)もこのケースにあてはまる。こうした結果は、危機の非制度的性格と、こうした諸国で始めから当然のこととされていた民衆的決起の結果である。
 このようなプロセスの中で、選挙という分野が反動に対する闘争の領域を形づくり、ラディカルな変革をまとめていくための支持点となっていった。この結論は左翼にとって決定的なものである。たとえば一九九八年以後、ベネズエラにおいてはすべての選挙がボリバール主義プロセスの正統性を深化させ、投票箱での勝利を街頭における右翼の敗北へと転化させた。選挙という領域と民衆動員の勝利は相互に補完しあった。
 憲法制度的な装置は、数十年間にわたって独裁者である敵との対決で習慣づけられてきた左翼の行動の枠組みを大きく変化させた。こうしたシステム内部での闘いは、容易なことではない。制度主義は、現存秩序を再生産する恒常的見せかけとして機能するからである。したがって、直接行動と選挙への参加を結びつけることが必要である。この道の中で、民衆権力が発展する時期――それはすべての革命的過程が必要とするものだ――と、社会主義的意識の成熟――それは一定の度合いにおいて、憲法制度的な場を通じて形成される――は、相互に補い合うものである。

運動と政党

 民衆の意識は組織へと移しかえられる。抑圧された民衆の集団への結集は、反資本主義的変革手段の創造のために不可欠である。搾取された人びとは、彼ら自身の有機的組織体なしには、社会のためのオルタナティブなプロジェクトを主導できないからである。
 運動と政党は、今日の民衆組織の二つの形態を構成する。双方の選択が、社会主義的確信の発展にとって本質的な役割を果たすのである。それらは、自己組織化の中で確信を強め、将来における民衆権力を集団的に機能させるための基盤を発展させる。
 運動は当面の社会的闘争を支え、政党はより発展した政治的活動を促進する。直接的行動と選挙への参加を促すためには、双方の事例が必要である。しかしこの相互補完性は、疑問に付されることがしばしばある。運動と政党のどちらかを排他的に支持する人びとが存在する。
 しかしこうした異論は、特定の政党の行動を誤りだとするだけであって、政治的レベルでの行動にとって置き換えることのできない、こうした組織構造の全体的機能を誤りだとするものではない。解放のプロジェクトは社会的領域だけでは前進できないし、政党組織が提起する特別の政綱、諸要求と権力への戦略の結びつきなしですませるわけにはいかない。こうした集団への結集は、自然発生的反乱の限界の克服に貢献する。党は、反資本主義的意識の成熟を促進するのである。反資本主義的意識の成熟は、突然のように抵抗行動の中から登場するものではなく、資本主義の下での改善のための闘いと社会主義的目標に向けた闘いの区別を必要とするのである。
 政党への失格宣言は、左翼の幾つかの組織が依然として見せている絶対的至高性という悪と同様に不適切なものである。これらの組織は古い前衛主義の概念を維持し、鉄の上意下達的原理で行動し、普段の自己宣伝を行っている。こうした組織的カルトは、セクト主義的実践とすべての社会運動への覇権の獲得を引き起こしている。
 この形式の政治行動は、小グループのボス的でトップダウン的な指導の伝統によって育まれている。一部の国では、このあり方は、数十年にわたる地下活動と反独裁抵抗闘争の中で築かれた根深い組織的悪習の表れでもある。今日の公共的自由と政党間競争の枠組みの中では、混乱を引き起こすこうした行為の性格は、きわめて明らかである。こうした実践を続ける人びとは拡大するかもしれないが、決して社会的変革を導くことはないだろう。

改良と革命

 物質的諸条件、諸勢力の相互関係、社会的主体、民衆意識、制度的枠組み、そして民衆の組織化は、左翼の戦略をめぐる諸課題の六角形を形作る。社会主義的意味における行動、確信、提案と結びついた要求プログラムは、こうした六つの土台に依存する。
 しかしこうした諸要素が一致することは稀である。ある時には、物質的諸条件の成熟は諸勢力の相互関係、社会的主体の指導性、政治的状況の好適性とは一致しない。さらにこれらの諸要素が、反資本主義的プロジェクトに必要な組織化、意識、民衆の指導部のレベルと結びつくことは一般的なことではない。左翼の戦略は、こうした不調和を克服する道を探究し、この分析を進めるために六つの大きな問題の分析的区別を行うことである。
 最大の問題は、これらの柱を結びつける連携関係にある。進むべきルートはきわめて多様である。なぜなら社会主義プログラムの普遍主義は、画一的な同義性ではないからである。二十世紀の経験は、このプロセスの基盤ががそれぞれの国々でいかに異なった形態で結び合わされていたかを示した。それは、社会主義の登場の暫定的な性格が、蜂起による結論の加速化(ロシア)と、二重の戦争という長期に及ぶ対決(中国、ベトナム)との間で、きわめて異なった形態を取ることをも確認した(注6)。
 改良と革命という、社会主義的変革の構成要素の間でのこの切断によって作りだされたジレンマに対しては、二つの大きな回答――伝統的に対置された――が存在する。第一の道は、労働者の立場を強化し、彼らの政治的比重、制度的影響力、組織的力を打ち固める社会的改善の前進を通じて、分解した要素の結合を促進することである。
 しかしこうした改良――資本主義の下で実行可能な――は、一つ一つ積み重ねられるものではなく、逆転不可能なものでもない。このような改良の打ち固め(あるいは深化)は遅かれ早かれ利潤の法則と衝突し、大きな激突を引き起こす経営者たちの暴虐を被ることになる。こうした状況の下で、その結果として起こる民衆の反撃は、社会主義的変革に向けた前進を必要とする。
 改良が有効であるのは、社会主義をめざす闘争との連関を持った場合だけである。こうした展望の不在は、反資本主義的未来のみならず、それ自身を改善することの放棄をももたらしてしまう。「後で社会主義を論ずる」ために、まずはじめに「当面の問題を解決する」という企図は正しくない。もし資本主義がこうした諸問題を構造的に解決できるのであれば、社会主義は不必要となるだろう。
 社会主義的変革の第二の考え方は、革命を促し改良を拒否することである。それは大衆の闘争と社会主義的確信の陣形を整え、資本主義の危機の頂点で明瞭なものとなる行動を通じて、主体的条件と客体的条件の間の分離を克服することを呼びかける。しかしこの結合は、革命的情勢のレーニン主義的モデル(「上層がこれ以上支配しつづけることができず、下層が歴史的爆発の中で指導的役割を果たす」)に近接した危機が勃発した時でさえも、それほど容易なことではない。
 われわれは南米においてこの数年間の間に、いかなる社会主義的結果ももたらさなかったこのタイプのさまざまな状況を見てきた。サバルタン(下層)階級の反乱と一つになった支配階級のヘゲモニーや権威の危機(グラムシ的用語では、合意と指導能力の喪失)だけでは、十分ではないのである(注7)。
 社会主義の成熟は、それに先立つ学習過程を必要とする。それは権力に向けた近道の中で間に合わせ的にしつらえられるものではない。こうした準備は、改良を通じて獲得される社会的成果や民主主義の実現をふくむ。この最後の用語は有害な言葉でもなければ、革命の対極に位置するものでもない。それは、抑圧された人びとを社会主義的目標に向けて接近させるための橋を構築し、革命的飛躍を徐々に発展させるための有益な手段である。
 改良と革命の結合は、当面する成果の獲得と資本主義とのラディカルな亀裂との連結を可能にする。第一のタイプの成果は、民衆権力の創出にとって不可欠であり、第二のものは、自らの特権を放棄しようとはしない敵を打ち負かすために必要である。
 改良と革命を結びつけることは、諸勢力の相互関係と民衆の行動を、それぞれの国の反資本主義的変革の可能性に適用するための道である。しかしそれには、双方の道を対置させる古い方法を合流へと置き換えることが必要である。

楽観主義と理性

 戦略についての討議は、新しい状況と経験にも常に開かれている、過去の経験の中で示唆された行動指針の探究を前提条件とする。この探究には、かつてないような作業仮説と、繰り返されるモデルの単純ではない微積分がふくまれる。
 左翼の戦略は、他の政治的定式には見いだすことができない、過去の束縛から自由な側面をふくんでいる。それはどのブルジョワ潮流も提起できない、共産主義的地平と結合した人間的目標を喚起する。しかしこうした目標の信頼性は、その組織者のふるまいに依存しており、この行為は不平等への自然発生的抵抗と、不正への直観的拒否の姿勢を前提とする。
 戦略の機能は、悲惨を面前にした怒りと抑圧された人びとへの連帯を、理性的な構想に移しかえることである。そしてこの発展には、最も困難で最も不愉快な問題に正面から立ち向かう知的勇気が必要である。諸困難と取り組む気質が欠けていれば、社会主義への道はつねに閉ざされたままであろう。
 現在のラテンアメリカの状況は、左翼の側の率直で、オープンで、相互の尊重を伴った戦略的論争の刷新を招き寄せている。今こそ、諸成果を採用し、情熱的かつ批判的態度でその限界を評価する時である。この両方の立場が、社会主義への闘いが必要とする考え抜かれた楽観主義を打ち鍛えることに貢献するのである。

(注5)サンディーノ主義は、一九七九年から一九九〇年まで権力の座にあったニカラグアのサンディニスタ革命政府のイデオロギーと実践。中米の反乱とは、ここでは一九八〇年代にグアテマラとエルサルバドルで繰り広げられていた、不成功に終わったゲリラ戦争のこと。
(注6)二重権力は、革命情勢の不安定で持続不可能な一時期。ここては、搾取され、抑圧された人びとの民衆的制度的機関が、現存する国家機関と平行して、それに反対する形で登場した。
(注7)アントニオ・グラムシは、影響力の強いマルクス主義のヘゲモニー理論を発展させたイタリアのマルクス主義者。

(「インターナショナルビューポイント」07年7―8月号)


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