| ケニア 1日1ドルで生活する人々に1食6ドルを強制 かけはし2007.8.6号 |
「人民議会」のワングイ・ムバシャとのインタビュー
社会フォーラムは私たち自身が闘うための機会を提供した |
解説
WSFの終了後大量逮捕の弾圧
一月二十日から二十五日にかけてケニアの首都ナイロビで第七回世界社会フォーラム(WSF)が開催された。昨年の「多中心的」世界社会フォーラムの一環としてマリの首都バマコで開催されたのに続き、アフリカで世界社会フォーラムが開催されたことは、WSFプロセスが真に世界の諸問題を変革する底辺の民衆に根ざそうとする上で、重要な挑戦であったことは間違いない。
しかし同時に、本紙でも報告されているように(2月12日号〜3月5日号の寺本勉さんの報告、ならびに3月19日号〜4月2日号の福島康真さんの報告)、ナイロビWSFは欧州の大規模NGOの主導、「商業化」と、高額の入場料による底辺の民衆の事実上の排除など大きな問題をふくんでいた。
この問題点を鋭く批判したのはケニアの「人民議会」が中心になった現地の貧しい人びとの参加を確保するための「ゲート解放」の闘いなどであった。こうした異議申し立ての闘いを口実に、「人民議会」の活動家たちは、世界社会フォーラムの終了後、ケニア政府によって大量に逮捕されるなどの弾圧を受けることになった。
ここに掲載するのは、WSF開催期間中に行われた、ケニアの草の根の民衆運動組織である「人民議会」の中心的リーダーの一人であるワングイ・ムバシャさんとのインタビューである。(本紙編集部)
「人民議会」は
民衆自身の運動
――あなた自身とあなたの組織について、何をしているのか、どのようにして始まったのか、その活動内容と目的について紹介していただけませんか。
私の名前はワングイ・ムバシャです。私はブンゲ・ラ・ムアナキ(人民議会)のメンバーです。私たちの組織は民衆運動であり、制度的なものではまったくありません。民衆自身の運動なのです。この運動は、ケニアの人びとが公園の木の下で座って自分たちの問題について討論する集会を持った時に始まりました。十五年前のことです。そしてこの十五年間にわたって一日かけて会合し、木の下でたくさんのわれわれの問題を討論してきました。そして私たちは解決に到達しました。私たちは自覚を作りだしたのです。
したがって本質的に言って、人民議会の目的は人びとの声が欠けている時にその声を提供し、さまざまな問題についての自覚を作りだすことです。それはHIVエイズのような保健問題でありうるし、政治的問題でもありえます。例えば私たちは、ケニア憲法の改正
プロセスの中で非常に積極的に活動しました。私たちは、公衆に影響を与えることがらについて公衆の中で自覚を形成します。例えば法律についてですが、私たちは、われわれの議会で討議されている法案について討論することをつねに保障しています。その法律について民衆にとって何を意味するのかを知るようにするためです。
政府の一部
が巨額の利益
私たちは多くの機会に、民衆が尊重される諸権利を保障する上で先行的役割を果たしています。世界社会フォーラムがこの国で開催される時に、ケニアの人びとがそれに参加することが非常に重要だと考えた理由はそのためです。これは私たちにとって初めての世界社会フォーラムです。私たちのメンバーは、多くがごく普通の市民なので、ブラジルはおろかインドに行く切符さえ買う余裕がありません。高すぎるからです。
したがって私たちのうちの一部は、世界社会フォーラムプロセスについての自覚を持っていましたが、ほとんどの人びとは参加する金銭的余裕がなく、世界社会フォーラムが海外で開かれた時は参加できませんでした。私たちの多くは、世界社会フォーラムがナイロビにやって来れば、私たちもそこに加われると考えました。しかしフォーラムが組織されるやり方にあまりに多くの問題があり、ケニア人が参加するのは困難なように思われました。
第一は、世界社会フォーラムにアクセスするためにわれわれに押し付けられた費用でした。ご存じのように、世界社会フォーラムに出向き、参加するためには巨額のカネを支払わなければなりませんでした。たとえばケニア人にとって、このフォーラムの中でレストランを開くためには約五百ドルを払わなければなりません。平均的ケニア人は一日一ドル以下で生活しています。したがってここでレストランを開設するためには、平均的ケニア人の一年間の収入以上のカネがかかるのです。つまり文字通り、私たちは排除されたのです。しかし私たちがフォーラムに参加するためだけにそこに行き、レストランに入るだけで、フォーラム組織者は五百シリングを強制します。それは六ドル以上に相当し、一週間の賃金額とほぼ同じです。
私たちはそれが公正なことだとは思いません。普通のケニア人が一日一ドル以下で生活していること、そして他の人びとに同情し、諸問題を討議し、他の人びとと経験を交流することができるためだけにフォーラムに参加することをもう一度考えれば、私たちが排除されるような高価格を支払うよう求めることはきわめて不公正でした。したがって人民議会はこの問題を取り上げたのです。私たちは私たちのフォーラムを組織しました。私たちは三日間にわたって無料で公共の公園でわれわれのフォーラムを行ったのです。日曜、月曜、そして昨日の火曜日です。
しかし私たちは、今日が世界社会フォーラムの行動デーであることを考えました。私たちは、私たちがこの社会フォーラムにやって来れば、私たちの仲間の活動家と仲間の同志たちが行動しているところに会えると考えました。そこで私たちは公園で、何をすべきかについて幾つかの決議を上げることを提案したのです。そして私たちに必要なことの一つは、ケニアの食料価格が高すぎることについて自覚を持つことでした。第二に、世界社会フォーラムは、私たちが間違ったメッセージを発しないように、参加が認められる制度的機関が慎重に選択されるべき場所である、ということです。
そしてウインザー・レストランでの私たちの今日の行動は、まさにそのことを示すものでした。私たちが行動のポイントとしてこのレストランを選んだのには、たくさんの理由があります。ウインザー・レストランは、ケニアの民衆にとっては長い歴史があります。レストランのオーナーは、過去においてケニアの民衆に対して良い扱いをしてこなかったと人びとは考えています。噂によれば、このレストランは、国内治安担当の閣僚が所有しています。そして私たちの多くが彼を好きではない理由は、私たち民衆に信じがたいほど苦痛を与えてきたからです。
そこで私たちは、彼が世界社会フォーラムから巨額の利益を上げてきたのだから、私たちは彼のレストランの周囲で行動を起こそうと考えたのです。彼や、彼のような人びとに対して、私たちはここにいる、私たちは存在しているということを思い起こさせるためです。
世界の人々と
交流が実現
――世界社会フォーラムが終わった後のあなたたちの共通の目標は何だと思いますか、そしてケニアのあなたたちの組織や闘争の構築を支援するために何ができると思いますか。
私は、世界社会フォーラムの最善の側面の一つがそれだと思います。それは同じような考えをもった人びとを、他のいかなるフォーラムでもなされないような仕方で結集させます。ここケニアでは平均的な大衆の一員は、通常では海外に旅することができないのですが、私たちにもたらされた世界を獲得したからです。私たちは、自らにもたらされた世界を獲得していなかったのですが、その世界を獲得する権利を持っています。そのために、私たちの言葉をしゃべる民衆に語りかけます。彼らは私たちが信じることを信じ、私たちが考えるように考え、私たちがやりたいと思うことをしようとするのです。
世界社会フォーラムをナイロビで開催したことで最も満足を得たのは、そういうことでした。私たちはあらゆる場所の運動のオルガナイザーたちと会うことができました。繰り返しますが、ゲートでの制限があったため、そして私たちの参加することができず、また私たちの組織が何者であるかをはっきりと説明することができなかったため、もちろんわれわれの機会はなにがしか限定を受けることになったのですが。
しかし私たちは創造的な民衆であり、私たちが手にしているものは僅かだったのですが、相当な数の人びとと接触したと私は思います。したがっておそらく私たちの未来は、世界社会フォーラムがここで開催される以前よりも、ほんの少しだけ輝かしいものになるだろうと思います。私たちは実に多くの支援を受けました。例えば、私たちはパンフレットを印刷するために、先週の昼食代を取っておきました。そして私たちがパンフレットの配付を始め、おカネがなくなった時、世界社会フォーラムに参加したさまざまな国の代表は、親切にも私たちの資料を印刷してくれました。
私たちは金銭的援助を望んではいません。われわれは民衆として、施しを受ける文化から離脱した時に、もっと良い状態になると考えているからです。従って私たちは、できる範囲でパンフレットを印刷する支援を行ってくれるよう告げ、そして彼らはその能力に応じて印刷してくれました。私たちは、それがまさに社会主義思想の頂点をなすものだと考えました。つまり、必要とする者のために、能力に応じて与えよということですね。一例を上げれば、ある若い女性は私たちのために五千部のパンフレットを印刷してくれました。昨日のことです。
私たちが信じられないほどの友情を見いだしたことを、あなたは理解できます。私たちは持続的なネットワークを築き上げる機会を手にするだろうと思いますか? 私たちはそう確信します。私は、これまで私たちのところを訪れた人びとが、私たちへのドアを開いたと思います。したがってそれを次のレベルに引き上げるのは私たち次第だと思います。
そしてもし誰かがケニアの民衆の真の姿を目にしたならば、その人びとは、私たちが寛容でもてなしの心に満ちた人びとであることが分かるでしょう。ケニアの民衆は、変革をやりとげることを望んでおり、そしてそれを最も平和的な方法でやろうと努めてきました。
私たちは必要な場合には対立を避けようとしてきましたが、私たちは希望に満ちた民衆でもあり、簡単にあきらめたりはしません。私たちがゲートを閉ざされることに毎日抵抗し、毎日のようにゲートを開けさせようとしました。そこで私たちは、中に入ることができ、皆さんと、そしてここににやって来た他の人びとと一緒になることができたのです。ささやかではありますが、世界社会フォーラムは私たちが私たち自身のために闘う機会を提供したと思います。
世界が皆さんにトラブルをもたらす時、それを苦痛と見なすことはいつでも正しいわけではありません。それはある時には、良い、希望に満ちた学習経験です。私たちにとって世界社会フォーラムは、良い学習の経験だったと私は思います。もしそれが再び来週にも行われるべきならば、私たちはより良い準備ができるでしょう。
より大きなス
ペースが必要
――世界社会フォーラムは別にして、ナイロビやアフリカの情勢はどうなるでしょうか。
ここ数カ月、数年のケニアとアフリカにおけるラディカルなネットワークにとっての挑戦は、どういうものになるでしょうか。作りだされるべき、そして作りだすことを支援するべき主要な課題は、あなたの意見では何になるでしょうか。
私たちは、私たち自身のやり方で、世界社会フォーラムの主要なイベントから除外されがちだった運動を主導する支援を行っています。したがって私たちは、次の世界社会フォーラムがどこで開催されようと、私たちのような人びとに、より大きなスペースを与えるよう望んでいます。私たちが行った二つの行動を遂行することによって、おそらく私たちは他の運動に対して、それなりに良いアイデアを提起したと思います。それは、社会フォーラム内の貧しい人びと、革命的な人びとの権威を復活させ、刻み込むために、幾らかの革新的思考、幾らかの創造性、幾らかの自発性、幾らかの貢献を通じて何がなされるべきかということに関してです。
私たちは、ラディカルな意見の発表が許容される場合には、もっとうまくやれると思います。居心地の良さに安住した集まりであることを止めるのです。ある場合には、こうした居心地の良さに同意しないことが健全なのです。
草の根運動だが
一歩ずつ前に
――広範な政治課題についてはどうでしょうか。世界中の、とりわけアフリカの活動家たちが考慮しなければならない社会的・政治的課題は何でしょうか。
ケニアの私たちにとっては、今年は選挙の年です。連合政権が成立してから初めての選挙です。連合政権はただちに分裂し、支持投票した民衆は宙ぶらりんになってしまいました。したがって私たちは再び、この民主主義的選挙プロセスに関して民衆を再教育するという巨大な課題を抱えています。つまり組織としての私たちは、この中で積極的な役割を果たすでしょう。
しかし私たちの組織は、地域的かつ国際的角度からさまざまな問題にも取り組んでいます。例えば私たちは、戦争とテロリズムの流れに深い関心を持っています。それ自身、普通の市民の生活に恐怖を作りだす道具となってきたからです。例えばケニアにおいて私たちの組織は、反テロ法の不成立を確実なものにする上で有効な役割を果たしました。この法律はケニアに警察国家を打ち立てようとするものです。警察国家が出来れば、ここでは存在すらしていないテロリズムからの保護と引き換えに、私たちはすべての市民的権利を失うことになったでしょう。したがって私たちはグローバルな大義の中で、私たちの立場を取っているのです。
私たちは、貿易の不均衡について真剣に取り組んでいます。私たちアフリカ人は、貿易の不平等の矢面に立って苦しんでいます。それは私たちが日常的ベースで取り組もうとしている課題です。私たちは草の根の運動であり、物質的基盤は限定されているのですが、私たちの課題に革新的なやり方で対処すれば、さらに前に進むことができます。私たちと会った人びとが一緒に活動を行うというメッセージは、彼らとともに活動できるグループがケニアにあるというメッセージであり、私たちがこのプロセスに加われば、私たちはおそらく地方的であるにしても大きな影響を作りだすことができるというメッセージとなります。それは世界の変革を望む私たちすべてにとって、一つの前進でしょう。
二〇〇五年一月二十四日 ナイロビ/ケニア
(ワングイ・ムバシャは、ケニア「人民議会」の指導的メンバー)
(「インターナショナルビューポイント」07年7・8月号)
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