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産別労組の巨大な組合費                 かけはし2007.7.2号

執行部はカネを使い政府や資本と表は闘い裏では交渉



「どのように使うのか?」

 わが国最大の産別労組である金属労組は最近、カネ(?)にまつわることで、かまびすしい。カネ、組合費がよく話題のネタになる。4月26日、京畿支部で組合費5120万ウォンが横領されるという事件があった。4月26日、清州・ハイニクスでは金属労組ナム・テッキュ首席副委員長とソン・ボソク局長が32億ウォンで職権調印した。
 カネがらみの話の白眉はチョン・カプトゥク委員長だった。5月9日、15万人の金属労組発足後、事実上、初めて全国の拡大幹部らが長期闘争事業場であるイジェンテク前で金属決起大会を開いた。15万金属労組の委員長は長期闘争事業場の問題をめぐって「来年になれば金属労組の組合費は300億ウォンになる。このカネで表では闘い、後ろでは労働部(省)と交渉していく。(だから集金は)平和的集会だ(でなければならない)。これに反した場合は懲戒(!)を行う」と語った。3つの事件の共通点はカネだ。つきつめれば組合費だ。産別労組運動が大勢をなすとともに組合費もおびただしいほどに巨額になっている。
 問題は、これほどに大きくなった組合費を「どのように使うのか?」についての真剣な悩みや実験精神がない、ということだ。この莫大なカネをどう使うべきかについて持て余している。

カネで泣く長期闘争事業場

 5月9日の集会でイジェンテクの組合員らは、平和集会を叫びつつ社長さん(!)に会いに入って行く委員長の様子を隊列の後ろの方で見守っていた。集会で出会ったイジェンテクの組合員らには、ただのひと言も声をかけず、ひとり言で「がんばれ」と言ってバスに乗ってやってきた。長期闘争事業場の組合員らは、そのようにして背後で3度の涙を流さなければならない。
 最初の涙は、長期闘争事業場の生計費を自身の上級組織の直選の役員が横領したからだ。金属労組は15万組合員へと大きくなるとともに長期闘争事業場に対して最低生計費「身分保障基金」として金属産別最低賃金の3カ月分を支給することにした。このような決議は長期闘争事業場の同志たちにとって、本当に金属労組の力を確認し、励ましを受けるものだ。
 ところがその支給は正常に機能せず、分会は何度も入金の有無を確認し、京畿支部に支給を要請したものの、事務局長は終始アイマイな言で一貫し、結局は愛用の斧で足の甲を切られるように、見事に裏切られたのだった。後で分かったことだが、そのカネはすでにしばらく前の1月31日に入金されていたという。
 1年近いストの中で生計費がなくて、昼は闘い、夜はバイトで生計を維持しなければならなかった。それでも組合員らは抗議の声をあげようにも、あげられなかった。500日以上も闘っている中で、初めて本組レベルでの集会が行われることになった5月9日の行動に、ひょっとして良くない影響をおよぼしはしないだろうかという思いから、やむなく涙をのまなければならなかった。

 2番目は、闘争よりはカネで職権調印するという、長期闘争事業場の解決方式に対して流さなければならなかった涙だ。イジェンテクの同志たちは労働組合を作り、その労働組合が認定されることが闘争の目標だ。ハイニクスの同志たちが2年6カ月以上も闘った理由もただひとつ、労働組合が認定され、堂々と現場に戻っていくことだ。
 ところが自分たちの目標である労働組合は作れず、24億ウォンでハンコを押さなければならなかった。組合員80人、課された罰金、支払いの滞った各種費用などを差し引ければ、残りは2千何百万ウォンにすぎない。ハイニクスの同志たちはカネがなくてインスタント・ラーメンで3度の食事に変え、水ばかり飲んで甚だしい栄養失調で応急室に担がれ、長期闘争による生計問題で離婚のハメに遭い、子どもらの教育もキチンとできなかった。
 ある同志は語る。「こんちくしょう! 最小限1人あたり1億ウォン受け取ったのならば、これほどに悔しくはないだろうに。それが何だ、犬コロの値段で首切って。金属労組がハイニクスに注ぎ込んだカネだけで24億ウォンにはなるだろう。スト破りに150億ウォンも使っているのに、われわれは労働組合も放棄し、下請けの仕事さえできない扱いを受けた。それが実に悲しい」。
 長期闘争事業場の同志たちにとって、ハイニクスは自分たちの不安な未来と言わざるをえない。カネに笑い、カネに泣くのが資本主義だという。その冷酷な現実に、長期闘争事業場の同志たちは籠城の場で2度目の涙を流す。

 3番目の涙はショックのせいだった。それほどに信じていた金属労組だ。「それでも」、語るべき自負心が残っていた15万金属労組の最高の頭領は長期闘争事業場の前で、組合員でもない全国の幹部たちが集まった場で、金属労組の300億ウォンの組合費で闘い、裏では労働部と問題を解決していくと語った。5月9日、ハイニクスの問題が起きてからまだいくらも経っていないのに!! それも、闘争しようと準備している同志たちに平和集会を破れば懲戒する、と語った。
 この日、参加していたある幹部は語る。「幹部たちを集めたということは闘争するために全国から招集したのではないのか? それがどうだ? 悪質事業場は金属労組を何と考えるだろうか? ときに300億ウォンの話をし、公々然と裏取り引きをすると言ってるが、それでは組合費は裏取り引きのロビー資金なのか? 労働者の血と汗が込められた組合費なのだ」。

不正会計と「見えないカネ」

 産別労組の組合費に関連した憂慮は大きく分けて2つだ。第1はどう使うべきかを知らず「カネで蹴散らすチョン・カプトゥク型」と第2は「大きくなっただけに懐に入るカネも大きくなるという京畿支部の会計不正型」の2つだ。
 このうち京畿支部事務局長の会計不正は内容から見ると、より衝撃的な事実だ。

 第1に、直選役員(支部長―首席―事務局長)によって実に5120万ウォンが横領された。そこには長期闘争事業場であるイジェンテク闘争支援費をはじめとする解雇者の賃金、一般会計事業費など、手を付けなかったものはないほどだ。指導部が個人のつまらない利益のために組織を破壊した。この事件によって支部役員全員が総辞職し、この空白は全的に組合員らに責任づけられた。最近、組合員らは冗談で語る。「カネを懐に入れても懲戒はされないし、それでも闘う気があるのなら、まずは選挙をうまくやらなくては」。

 第2に、組合費が本組に集中されるとともに「身分保障」、「集会参加費用」、「食事代」など各種の基金が支部を通して支会に下りてくる。ところでいざとなると下部単位では中間段階にある支部がカネを出さなければ、下りてきているのかどうかも分からない、いわゆる「見えないカネ」が多くなる。

 第3に、会計規定があり本組で会計監事らが常勤しながら監査を行っているが、原則が守られていない。会計に明るい幹部の言葉を借りれば、「どろぼう1人を10人の警察官でも食いとめられない。だが会計規定を正確に順守するようにし、互いにいいことは、いいことだ式に目こぼしさえしなければ会計不正の半分は防ぐことができるし、これほど大きなことにはならない」と語る。
 第4に、幹部の訓練と検証だ。図体が大きくなり、予算が集中するだけに幹部の権限は大きくなる。産別労組の心配のうちのひとつが幹部の素養だ。執権のために無分別な連合をし、票を得るために検証されない、世に言う「得票用選挙」がいかに組織を食い物にできるか、京畿支部の会計不正の問題がよく示している。(「労働者の力」第126号、07年5月25日付、キム・インシク/会員)



全国現場活動家組織の創立大会
歴史的責務に胸がときめき
限りなき喜びが満ちあふれる

 4月29日、遂に全国の多くの現場活動家たちが待ちに待った全国活動家組織が発足した。準備委員会を結成し、組織する過程を見守ってきた多くの人々は心配と希望とがない混じったことだろう。
 そうであるがゆえにさらに一層、関心が集まったのも当然のことだ。私もまた、そうだった。なぜならば通貨危機・IMFの事態以後、新自由主義の攻勢や労働運動の右傾化、社会的合意主義による現場の敗北を教訓として立ち上がろうとする熱望が大きかったからだ。労働者民衆の疲弊した暮らしや崩壊し地に落ちている労働運動の危機を克服するために、現場を中心として闘い、突破する展望をうち立てようとして全国活動家組織が発足したのだ。まさにそれを実現するために私を含め全国の現場活動家が希望を見いだしたとでも言えようか(?)。
 この1年余の間、全国の現場活動家たちは各地域の現場を中心に活動家組織のあり方や任務について熱を帯びた討論を繰り広げるとともに、各地域での準備委を次々と、建設しながら遂に全国活動家組織を発足させた。

10年間の敗北を
克服する闘いへ

 私は済州という地域的特性(島しょ地域なのでさまざまな制約が山積みしているのは事実だ)にもかかわらず、済州地域準備委員長のカン・ボンギュン同志とともに発足式に参加した。地域の活動家に配慮したバスがソウルから出発するというので約束の場所に行った。時間になっても同志たちは何人かしか来なかったので、「もしかしてわれわれだけで行くのではないのか」と気をもんだけれども、それは杞憂だった。活動家たちは満載のバスで、すでに大田に向かっていたのだった。
 現場に到着すると、発足準備の真っ最中だった。各地域・現場の至る所で激しい闘争を展開している活動家の同志たちにこうして対面すると胸に熱いものがこみ上げる。労働者大会のたびに全国の同志たちに会うと、いつも熱い思いにかられたけれども、それとはまた別の新たな感動にとらわれた。きょうの発足式にやってきた同志たちに会って、この同志たちが危機に陥った民主労組運動を革新する戦士たちだと考えると胸がときめき、限りなき喜びが満ちあふれてくるのは、私の純真な思いのせいなのだろうか。
 労働者たちの集会は、いつも緊張を伴う。労働者の闘争は資本や政権の弾圧と対決する闘いであり、労働者・民衆の生存がかかった問題であるがゆえに、決死抗戦の姿勢をもって資本・政権にケリをつけなければならないとの覚悟で臨む。いつ爆発するかも知れない状況を規定しながら(もっとも近ごろの集会は平和的(?)に進められるため緊張感が極めて緩んでいるのは事実だ)、いつも緊張していなければならない。
 だが、これまでの集会とは異なった不思議な感情が先に立った。現場の活動家5百人余りが準備委員として登録し、この1年以上、全国の現場で闘っている活動家たちを組織しながら準備した全国活動家組織準備委員会が、今やその殻を破って労働解放闘争の先鋒として、すっくと立つべきとの大衆的要求と、歴史的責務を帯びた戦士の勇姿として迫ってきたからだろう。
 参加した活動家たちが〈労働解放〉のハチマキをしっかりと結んだ姿は私だけの緊張だったのか、いやおそらくみんなが私の同じ思いだったことだろう。この10年間の敗北を省察し、真剣にこの国の労働運動の危機を突破する歴史的責務が活動家たちに与えられたことについて、私は集会に参加したすべての活動家が同じ思いを持ったと確信する。

階級性・自主性
民主性の強化

 第1部の前段決起大会が始まった。地域の活動家たちが現場の闘争現況を報告するとともに、活動家組織の大義を自分の現場から組織しようという決意や覚悟、そして団結してともに進もうという呼びかけを行いつつ、決起大会は進められた。
 第2部の創立総会では会則の制定、執行部選出、そして全国活動家組織の名称を確定した。「現場実践社会変革労働者戦線」、現場での実践と活動家たちの闘争が労働運動にのみ偏重することを克服し、社会変革のために闘争すること、労働者連帯と闘争精神を盛り込んでいるものとして、多くの同志たちの同意を得て決定された。続いて運動方針と事業計画(案)の確定、創立宣言文の採択によって創立総会は大団円の幕を下ろした。
 「10年の敗北を克服し、勝利する10年を開くためにこれまでの誤謬や過誤を反省し、現場を組織して勝利するとともに、崩れた地域、産業、全国のゼネスト戦線を引き起こし立ちあげ、階級性・自主性・民主性を強化、大衆的民主労組運動の革新を実現する。労働解放、平等の世を実践の海へ、社会変革的労働運動に向けて力強く踏み出そう」。

 現場に戻ってきて、私はもうひとつの覚悟をする。いつでも現場で労働運動の希望をともに実現しようとする同志たちと闘いを組織し、地域で私の役割に適う闘いに背くまい、と。まさに、かの創立宣言文に示されているように……。(「労働者の力」第126号、07年5月25日付、コ・デオン/済州地域活動家)


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