| 天安門事件18周年に寄せて かけはし2007.7.16号 |
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「中国の台頭」と「調和ある社会」差別・抑圧が充満する社会 |
一九八九年の民主化運動とその後の六月四日の天安門事件からすでに十八年が経とうとしている。最近の十五年の間(訳注1)に中国は世界で最も発展速度の速い国となり、いまだ天安門事件を記憶している人はますます少なくなっているのも無理はない。現在、中国について最もよく言われているのは「中国の台頭」と「調和ある社会の建設」についてである。われわれはこれに対する異なる考えをここで提起したい。
天安門事件と
「世界の工場」
中国はすでに台頭した、あるいはいままさに台頭しつつある、という考えは定説となっているようである。中国の国内総生産(GDP)は年平均一〇%に達しており、個人貯蓄も数兆元に上り、外貨準備額も世界トップ、対米貿易黒字も世界第一位になり、各国資本が争って中国に投資し、「世界の工場」と言われからすでに久しく、中国の軍事力は世界の関心を集め、ますます多くの国際問題についても中国の関与なしには解決できなくなっている。
多くの中国人がこのような自国の状況に自信を深め、一部の人びとは漢代や唐代の盛んで泰平な大国の地位への復活を夢見ている。国外の多くの誠実な学者も近年の中国の発展に対して心からの賞賛を送っている。中国政府はさらに自信と誇りを持つだろう。実際、中国政府も「いまが中国現代史上で最もよい時期である」と常に語っている。とりわけ「この局面を実現することは容易ではなかった、十八年前の天安門事件であのように対応したことは正しかったことが証明された」ということを好んで語っている。
だが、すこしでも真剣に中国の情勢を観察すれば、中国では民間であれ政府であれ、天下泰平という感覚を持っているものなど一人もいない、ということに気が付くだろう。「路に遺ちたるを拾わず、夜は戸を閉じず」(訳注2)などということは、いまのわが同胞たちには想像さえできないだろう。
逆に、次から次へと伝えられる悪いニュースが人びとの心にプレッシャーをかけ続けている。極めて不公平で不当な搾取と貧困、弱者への抑圧が闊歩し、さまざまな人為的災禍が発生している。教育と医療はこれまで高潔で慈愛を備えた事業であったが、今日の中国では悪の三大産業に数えられている。悪の三大産業の残る一つは土地売買のデベロッパーである。この業界では腐敗と汚職が蔓延しており、政官財の癒着によって、庶民の住居が強制的に取り壊され、ひどいケースでは生活すべてが破壊されるという憤まんやるかたない事件が発生している。
労働集約型生
産部門の限界
それゆえ、現在の政府が調和ある社会の建設を強調するということは、中国社会が調和ある社会への道を進んでいることを示しているのではなく、社会の矛盾が余りに先鋭で瘴気が充満し、政府が深刻な危機感を抱いているがゆえに、調和を呼びかけざるを得なくなっているのである。
実際、差別や抑圧を受けている民衆によるほんのわずかの反対行動や、あるいはごく穏健な陳情による被害の訴えに対してさえも、政府は関心を示し公正な処理を行うどころか、逆にさらなる弾圧を加えることがよくある。わが祖国のこのような「台頭」は、はたして大多数の普通の人々が日々生活が向上していると感じることができるであろうか。明日は生活がもっとよくなると信じることはできるであろうか。
中国の巨額のGDPにいたっては、一人当たりに換算すると、依然として第三世界の水準に留まり続けている。しかもこのGDPは中国人民の利益を意味しない。その中の大部分が中国に投資された外国資本に流れていく。中国のアメリカに対する貿易黒字は極めて巨額であり、巨額の外貨準備を蓄積してきた。
しかしこれも中国がアメリカから大もうけをしたということを意味するものではない。逆にアメリカ資本が中国において大もうけした、と言える。また中国の外貨準備の多くは米国債を購入しており、これは、アメリカに金を貸して、アメリカはその借金で消費している、ということに等しい。
雨後の竹の子のように中国で誕生している無数の民間の工場で生産されている製品は最新鋭の物ではなく、すでに先進国では淘汰されてしまったいわゆる「労働集約型」の生産部門の生産を担っているに過ぎない。今日の中国の一般的な工場の労働条件は、十九世紀に世界の工場であったイギリスのそれと比較することができるほどのものである。多くの工場では、原材料を外国から輸入して加工している。加工委託工賃は、委託元の外国企業の利益に比べると、驚くほど安い。この実態に関しては、早くから国外の多くの研究者が指摘してきたものであり、ここで改めて詳細に開設する必要はない。
膨張し続けている中国国内の株式市場に至っては、大きくなり続けているこのバブルはいずれ突然破綻せざるを得ず、個人投資家が大損をすることになるだろう。識者が早くから指摘しているが、このような実際の生産関係と乖離した金融市場は、実際の経済成長を表すことはできない。
新民生主義
をめざして
政府の言うところの「社会主義初級段階」である今日の中国社会は、とうの昔から真の社会主義の原則に背を向けており、最も醜く、最も野蛮な資本主義に変わってしまった。それはごくわずかの人間が手段を選ばず巨額の富を蓄え、自然環境を破壊し、経済が持続的に発展することができなくなり、そして多数の労働者民衆に幸福な生活をもたらすことはできない社会である。
労働者人民が権力を握り、集団的で民主的に一切の資源を掌握し、個人の利益のためや無限の経済成長のためではなく、人々の生活のために生産活動を行わなければならない。これこそが人民の真のオルタナティブである。それは数百年、あるいは数千年もの歳月をかけて築き上げた人類の最も優秀で最も尊敬できる思想家と活動家たちが想像し追い求めてきた真の社会主義の路線である。人民を欺いてきた野心家どもに濫用されてきたこの名称と区別するために、この路線を新民生主義と呼ぶことができるだろう。
2007年6月2日
訳注
(1)一九九二年一月から二月にかけて南方の経済都市を視察した小平による一連の演説「南巡講話」から数えて十五年目ということ。「南巡講話」で小平は、一層の開放路線を呼びかけ、天安門事件による西側諸国の経済封鎖を打ち破る。帝国主義諸国のグローバリゼーション政策と結びつき一九九〇年代の経済発展を実現する一方で、中国の労働者国家的性格を押し流すきっかけともなった。
(2)物が豊富なので道に落ちているものに誰も見向きもせず、社会が安定しているので、夜になっても誰も家に鍵をかけない、という社会が安定し治安がよい状態のたとえ。
【訂正】本紙前号(7月9日号)5面インタビュー4段右から18行目「合いました」を「会いました」に、7面パキスタン論文3段目の左から6行目の「越えて」を「「超えて」に、同じく7面8段目リーダー罫から右へ3行目「あたし」を「私」に、8段目の左から2行目「他の」を削減、8面「韓国はいま」の「トゥレーズ・カタリ」を「ドゥルーズ・ガタリ」に、それぞれ訂正します。
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テロルと警察について
SM
内田雅敏さんの『これが犯罪? 「ビラ配りで逮捕」を考える』(岩波ブックレットNo.655)を読んだ。そうしたら面白いことが書いてあった。紹介したい。
「新右翼『一水会』顧問の鈴木邦男氏は、公安が右翼を育てているとして、以下のように述べている。「公安と右翼は仲間意識みたいなものを共有しているのは事実ですね。ですから同じ警備対象でも、左翼への対応とは全然違います。/公安は、大半の右翼団体の事務所にはフリーパスで入れますし、大会はもちろん一緒に日教組などに対する行動について打ち合わせしているんです。パーティー券や機関誌も購入してやり、日教組大会へ攻撃に行くときは餞別を渡しますね。(中略)ひどいのになると、右翼でも何をしていいかわからない連中に公安がやってきて、綱領を作ってあげたり、機関誌の原稿を書いてやったり、中には団体の名称まで考えてやる例もあるんです。(中略)ちょっと前になりますが、私は公安から『鈴木さん、書いてばかりいないで、行動しなくちゃ。寸前で止めますから、日教組にでも突入したらどうですか。行動力があると評価されますよ』などと言われたことがある。彼らはそこそこ右翼がらみの事件がないと存在価値がなくなりますから、こうやって『男になれます』とか、『右翼だから行動しなくちゃ』と吹き込んで事件を起こさせるのです」(「週刊金曜日」)二〇〇五年四月一日号)」
右翼や暴力団などによるテロルとの闘いは、ナショナリズムを煽り立てる自公政権やマスコミなど(或いはマスコミや自公政権など)との闘いでもなければならない。それと同時に右翼をそそのかす警察などとの闘いでもなければならない。警察は全面的・民主的に変革されるべきだ。警察は「正義の味方」ではない。警察は悪そのものだ。ぼくは、そう考える。
(2007年5月27日)
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