| イギリス労働党党首選でブラウンが無競争で勝利 かけはし2007.6.11号 |
セクト主義を排し開かれた左翼結集の展望を示そう!
ソシアリスト・レジスタンス |
十年間の長期にわたって首相をつとめた英労働党のブレアが退任し、後継に現財務相のブラウンが就任することになった。ブレア労働党の「第三の道」は新自由主義路線を推進し、その中で労働党左派は衰退していった。ブラウンの無投票での党首就任は、労働党内左派の危機の深さを示すものである。(編集部)
ブレアなきブレ
ア路線の継続
われわれすべてが、トニー・ブレアを厄介払いしたと言うことができる。ブレアを終わらせたのは戦争だった、と語るのがふさわしい。しかし彼は自ら関わった嘘と流血の汚名を払い落とすことができなかったのである。
ゴードン・ブラウンはいまや労働党指導者の地位に上り、六月二十七日には首相になろうとしている。ブレア派の一部は選択の余地を残したままにしているにしても、何らかの劇的で予見できない展開は起こらず、ブレア派のブラウンへの挑戦は見られなかった(メディアのかまびすしい思惑にもかかわらず)。彼らの間には個人的願望以上のものは存在せず、ブラウンは揺るぎない地位を確保した。さよなら、ブレア。しかしブレア路線は続くというわけだ。
だが左翼にとっての中心問題は、一九三一年以来初めて、労働党左派が挑戦に失敗したということだ。数カ月に及ぶ上がったり下がったりの疲れを知らぬキャンペーンにもかかわらず、ジョン・マクドネルは党首選立候補に必要な四十五人の国会議員の推薦獲得には至らなかった。マイケル・ミーチャーの望みなき「中道左派」としての立候補のもくろみも、さらに少ない推薦しか得られず、ミーチャーの支持者のほとんどはマクドネル支持には移らなかった。
これは歴史的重みを持つ敗北である。十年間に及ぶニュー労働党の戦争と新自由主義と不道徳の政治を経て、党首選に出馬できなかったことは、まさに悲劇である。それは、ラムゼイ・マクドナルド(訳注:一九二〇〜三〇年代の労働党出身の首相)以来、最も右翼的で裏切りを重ねてきた労働党の指導者が、無競争で自らのイメージを継承させることができたということを意味する。これをトニー・ベン(訳注:労働党の著名な左派指導者)が代表選挙にわずか〇・五%の差で敗北した時と比較してみよう。目まいがするほどの変化である。
立候補に必要な
数が集まらず
ブラウンは、ボブ・マーシャル・アンドリュースやジョン・クラッダスといった何人かの柔軟左派をふくむ三百十八人の国会議員の推薦を圧倒的に勝ち取った。ジョン・マクドネルが推薦を求めて語ったように、国会議員は推薦のためにマクドネルの政策のすべてを支持する必要はない。彼らは、政治的討論と民主主義的プロセスを確保するためにマクドネルを支持することもできたはずである。
労働党国会議員から投ぜられた大量の信任票は、ブラウンの新自由主義的構想を強化し、彼の将来の行動に対する批判の可能性を掘り崩すものとなるだろう。
予想通り労働党左派はそれを否定している。「レイバー・レフト・ブリーフィング」の論説は述べている。「党外の社会主義者は、これは労働党左派の終わりだと早まって主張するだろう」。ジョン・マクドネルは述べている。「われわれは今やこの数年よりも、社会主義的政策に向けて闘う上でより強力な位置にいる」。ジェフ・マーチンは、今回のキャンペーンは「われわれが将来に建設することができる左翼復興のための堅固な基礎を打ち固めた」と語っている。これはたんなる強がりである。
ジェフ・マーチンは、問題は労働党の国会議員にあったのであって一般党員にはなかった、と主張している。選ばれる勝利可能な席はすべて、ブレア派の落下傘部隊が占めることになった、と彼は述べている。アラン・シンプソンは、四十五人の推薦という敷居のために左翼は競争への参加を剥奪された、と語っている。彼はこれを「クーデター」だと規定している。
もちろんブレアはブレア派の国会議員に肩入れしてきたし、選挙規則が左派を助けるように作られたものではないことももちろんである。しかしこうしたことはブラウン三百十八、マクドネル二十七を説明するものではない。事実は、党内に強力な草の根左派がいれば、もっと多くの推薦人を確保しただろう、ということだ。労働党の全国執行委員会で、必要な推薦人の数を減らそうという動議が提案されたとき、その動議は二票しか獲得しなかった。
問題はたんに国会議員だけではない。実際、国会議員の後を追って労働党の党員数が減少することで、ニュー労働党の勝利はほとんど完全なものとなったのである。さらにそれを完成させたのは、その多くが長きにわたって左派のものであった労働党の選挙基盤の中で、党員が減少したことだった。事実は、シアトルから大規模な反戦運動にいたるこの十年間の広範な急進化は、労働党内に見るべき反響を得ることがなかった。すべての発展は党外で起こったのである。
ブラウンが競争を歓迎すると言ったのは嘘だった。彼はその種のことを歓迎しない。投票が行われたならば、マクドネルは労組の中でもっとうまくやることができただろう。最後に彼が次の六週間にわたって望んだことは、左からの継続的な圧力だった。マクドネルに投票に持ち込ませないようブラウンが望んだのはそのためである。彼の原則がマクドネルの推薦に青信号を出すことをストップさせた、という彼の主張は、ナンセンスである。
多くの労働組合
もブラウン支持
マクドネルの敗北は、労働党左派を深刻な危機に投げ込んだ。いかなる見方も、それを隠すことはできない。労働党を取り戻そうという構想や、労働党はその中で左翼が活動する実り多い場である考え方は、深刻きわまる打撃となった。
結局、前進するためにマクドネルが行った唯一の実践的提案は、十月の労働代表委員会(LRC)会議への出席を呼びかけることである。しかしそこで何を討論しようとするのだろうか。労働組合と労働者階級が新しい政党という形で独立した労働者の代表制度を必要としていた二十世紀の初めに、もともとのLRCがしたことを考えれば、決定は行われそうもない。最もありうるのは「結果を考えずにやる」ということだ。
そして、非妥協派グループに一体何が起こったのか。彼らの多くはゴードン・ブラウン応援団になってしまった。ジョン・マクドネルは、彼の運動にどの大労組の支持も取り付けることができなかった。マクドネルは、ほとんどが労働党の外部にある小労組の一部の支持を得た。しかし、デレク・シンプソン、トニー・ウッドリー、デーブ・ペレンツも、その他の大労組の書記長の誰も、マクドネルを支援する用意はなかった。彼らは、ブラウン支持に駆け込んだ。ブラウンが労組に押しつけた賃金凍結、年金危機、雇用喪失にもかかわらずである。彼らは左翼候補を支持するよりも、ブラウンのテーブルのパン屑を探すことを選んだのである。
ウッドリーとシンプソンは、ジョン・マクドネル支持に反対し、「統一」の両翼にゴードン・ブラウンをなんとか支持させることにした。TGWU(運輸一般労組)のセクションである「統一」は、「誇りをもって」ブラウンを推薦すると宣言し、それは彼の「社会的不平等に取り組む首相としての活動を全面支持する」ものだ、と語った。その一方でブラウンは、公共部門の労組を足蹴にしていたのである。
「RESPECT」
が問われている
こうしたことすべては、「RESPECT」(訳注:SWPや第四インター派など幾つかの労働党外の左翼・個人が結集して創設した政治組織で、二〇〇五年の総選挙ではジョージ・ギャロウェイを下院議員に送り込んだ)とも関係がある。「RESPECT」は、現在のところ「RESPECT」に参加していない左翼に対し、前進する道をどのように考えているかについて、対話を開始・再開するイニシアティブを取るべきである。
「モーニング・スター」紙とCPB(イギリス共産党)が適例である。彼らは労働党の復権という政策にしがみつくことが、ますます困難になっていることを理解しそうである。明らかに、この問題に関してCPB党内ですでに新たな議論が始まっている。すでに「モーニング・スター」は、六月に「ブレア後の政治」についての会議を呼びかけており、ここでこの問題が取り上げられるのは不可避である。
これは七月七日に行われる、RMT(鉄道・海員・運輸労組)が後援する職場委員会ネットワーク結成会議とも関係がある。社会主義労働者党(SWP)の「新しい労働者党のためのキャンペーン」は、すでに労働党左派の危機についての討論を促している。
ジョージ・ギャロウェイは「ソシアリスト・ワーカー」(SWPの週刊機関紙)紙上で、この状況についての彼の回答を行っている。
「来るべき数週間、労働組合、労働党の左派、そして進歩派全体の中心的メンバーと、われわれの勢力をどう結集し、統一するためにどのようなイニシアティブが取られるべきかについての討論を追求するだろう」。
ギャロウェイは的確に語っている。これこそまさに「RESPECT」が方向性を出すために結成された情勢なのである。しかし彼がこの二年間にわたって、「RESPECT」をより民主主義的で、新しい人びとに近づけるものにする提案のほとんどに反対し、そのように考えてこなかったことは残念である。彼が、著名な大ボスのように振る舞って「RESPECT」への説明責任を拒否し、彼がいまやきわめて正しくも接近することを支持している人びとの面前で、「RESPECT」を愚かしい存在に仕立て上げていたその時に、彼はそのように考えるべきだったのである。
彼は「RESPECT」を政党として建設することに反対し、どこにも所属しない個人の活動家が機能する余地がほとんどない、SWPと彼自身が支配するゆるやかな連合体を主張した。
実際には、活力のある左翼オルタナティブへの妨害となったのは、労働党内で幻想を保持している人びとだけではない。労働党外の左翼が、彼らを引きつけうる統一した複数主義的なオルタナティブを建設することに失敗した、という問題もある。
それにもかかわらず、「RESPECT」は、この情勢に対して立ち上がらなければならない。それは本来あるべき良い位置についていないが、その役割を果たすことができる組織は他に存在しないのである。最近の選挙結果は、それが十分にできることを示している。
しかし「RESPECT」は、こうした情勢の中で「モーニング・スター」であろうと労働組合左派であろうと、あらゆる新しい勢力に対してオープンで柔軟である必要がある。「RESPECT」は、新しい勢力が彼らの影響力を感じられるスペースを確保するために必要なあらゆることをすべきである。それができれば、「RESPECT」は現在の行き詰まりから抜け出し、新しい発展段階を切り開くことができる。
このプロセスの中での「RESPECT」の課題は、左翼に背を向けた政治の流れを逆転させることである。市場に対するイデオロギー的・実践的批判を再建しよう。労働組合内左翼とともに、労働組合を作り変え、労働組合の力と組織を再建するための闘いと並んで、独立した複数主義的左翼オルタナティブを構築するために活動しよう。
b「ソシアリスト・レジスタンス」は、第四インターナショナルのイギリスの支持者が他のマルクス主義者と協力して発行している社会主義新聞。
(「インターナショナルビューポイント」電子版07年5月号)
b参考論文
浅見和彦「労働者の政治代表の危機――イギリス左派の討論」本紙06年2月13日号
浅見和彦「イングランドにおける一斉地方選挙」本紙06年6月5日号
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