もどる

EZLN・別のキャンペーンについてのコミュニケ     かけはし2007.5.28号

より公正で、より自由な、より尊厳のある社会の建設を


もうすぐ最終
報告を提出

EZLNは、以下の点をお知らせするため、第六委員会を通じて、第六ラカンドン密林宣言賛同者と別のキャンペーン支持者の皆さんに敬意をもってお話します。

T 別のキャンペーンが提起した六点に関する内部協議について
A 二〇〇七年三月当初、EZLN第六委員会 は、直接、あるいは全国にある別のキャンペーンの各組織単位を通じて受け取った内部協議の全資料を同志や賛同者によって構成されるグループに手渡した。内部協議の結果を体系的にまとめたうえ、人々に知らせるためである。
B その作業は容易なものではなかった。しかし、近日中に上記の同志たちが最終報告書を提出するであろう。報告書が手に入りしだい、われわれはそれを別のキャンペーンの同志全員に知らせることになる。まもなく、個人や家族、集団やコレクティボ、あるいは組織であれ、一万を越える賛同者たち(サパティスタを除く)の言葉が何を言っているかについて、われわれは語ることができよう。

抵抗を知る第
一段階が終了

U  EZLNの別のキャンペーンへの直接的な参加の第一段階の実態について
A EZLNとして、われわれが当初に構想していた別のキャンペーンの第一段階は終了した。それは知識をえて、敬意を払うため、耳を傾ける段階だった。その段階で、全国で展開している闘争や抵抗について知ることができた。その努力を重ねるなかでわれわれの大多数は、次のことについて語れるようになった。われわれがどのような存在なのか、われわれはどこにいるのか、世界やわれわれの国をどのように見ているのか、われわれは何をしようとしているのか、どのようにそれを実行しようとしているのか。
B 上の世界の誰かが主張していたのに反して、別のキャンペーンは選挙の二日酔い状態を生き延び、下の左側を歩む諸闘争にとって参照できる存在になるまで前進している。かつて、われわれとは距離を保っていた人たちも、今では別のキャンペーンに耳目を注いでいる。別のキャンペーンでは、別のメキシコの構築を目指す戦いにおいて、自立した左翼の道が着実に築けるかと自問している。
C 北部で出会うのは右派のPANの支持者だけと主張し、われわれの国の北部では、別のキャンペーンは何も反響を呼び起こさないと指摘していた人物は、決定的に間違っていた。メキシコの北部は、われわれ人民のほかの人たちと同じような不正に苦しむだけではない。反資本主義の左翼の戦いと活動の豊かな経験を有している。別の北部も、確実に存在している。
D サパティスタとして、われわれが目撃し理解していることによれば、若者たちや女性で構成されるインディオ人民は、労働者、かつ違いをもった存在として、別のキャンペーンのなかでもっとも決意の固い一翼を構成している。

自由と正義を
求める示威行動

V ユカタンをはじめ、全国のわれわれの同志たちが受けている弾圧、ならびにアテンコやオアハカのために自由と正義を要求することについて。

A 約一年前、二〇〇六年五月、サンアサルバドル・アテンコの人民に対する卑劣な攻撃を契機に、別のキャンペーンの同志に対する迫害や弾圧キャンペーンが国中で始まった。それ以来、われわれが受ける弾圧について広報し、まだ不完全な形だが、われわれがお互いに助け合える新しいネットワークの構築が始まった。
B  アテンコやオアハカに対する弾圧(州知事解任などを求めるオアハカ人民民衆会議[APPO]に対して2006年秋に行われる)ほど大規模ではないが、別のキャンペーンの同志たちに対する攻撃は過去も現在も存在している。その同志たちは、賛同者全体からの支援を受けることができていない。
C サパティスタの先住民共同体に対する攻撃や嫌がらせ以外にも、別のユカタンの同志たちが、現在被っている弾圧や投獄がある。ユカタンを訪問したブッシュに対する抗議行動のため、彼らは攻撃されたのである。この同志たちの多くに対して、当局は、彼らを釈放するための極めて高い保釈金を突きつけ、法的根拠を欠く馬鹿げた罪状で収監しつづけようとしている。
 この問題に関して、われわれはメキシコならびにリオ・ブラボの北側[米国]の別のキャンペーンのあらゆる同志に対して、特別の呼びかけをおこないたい。来る四月十日以降、われわれは、別のユカタンの同志の解放を勝ち取るため、彼らに対する支援と連帯のキャンペーンを開始する。
D アテンコの収監されている同志の自由を求める戦いが終わっていないので、われわれは別のキャンペーンの全員に対して、来る五月三、四日、アテンコとオアハカの自由と正義を求める示威行動を行うことを呼びかける。
 具体的には、二〇〇七年五月四日、メキシコ市でデモ行進を実施することになる。午後四時に独立記念塔を出発し、メキシコ市のソカロ広場に向かう。五月五日は、サンティアギト(メキシコ州アルモロヤの重要政治犯の収監場所)の刑務所まで、自動車による行進を実行する。収監されているわれわれの仲間のことを忘れておらず、孤立してもいないことを伝えるためである。

苦悩と闘争に
形と内容を付与

W  サパティスタの基準では、別のキャンペーンの第二段階、ならびにサパティスタがそれに直接参加する方法はどのようなものであるべきかについて

A 耳を傾け、知識を得るという第一段階が終り、われわれサパティスタは、闘争に関する全国計画の第一次案を策定する段階に移ることが必要と考えている。
 われわれ人民の苦悩はよぎなく出される告発にだけあるというのではない。それを体系化し、同じように苦悩に曝されている人々に知らせる作業を開始していく。
 たとえば、サリナス政権の憲法二十七条の改正(1992年の改正で、従来不可能だったエヒード農地の売買が可能になる)を契機に、農民や先住民共同体から土地を略奪する戦争に正当性が与えられてしまったことを告発するだけでは、もはや十分ではない。こうした合法性を装った不正が無効であることを提起することが不可欠になる。さらに、下の左側から、そうした不正を糾していくべきことを表明しなければならない。
 われわれの国のあらゆる場所に、このような土地の略奪を受けた人々の名前があり、そこには、人々の要求する解決策に関する具体的な言葉がある。.
B あらゆる苦悩や要求は、闘争の全国計画の一部に組み込まれるように、体系化されなければならない。
特定の集団や組織、EZLNとか指導部、あるいは諸組織のごく一部のものが、闘争の全国計画を作成することを目指しているのではない。われわれ人民が自らの声で表現する要求をもとにして、闘争の全国計画は構築されることになる。
C それゆえ、われわれは、第六ラカンドン密林宣言のすべての賛同者と別のキャンペーンのあらゆる単位組織に呼びかけたい。今や、闘争の全国計画となるものの第一次案を作成していくため、われわれの運動に接近し、共鳴し、参加する人々との接触する作業を維持し、再開し、開始してほしい。
D EZLN第六委員会は、全国でその作業を展開することになる。それは、下の左側から組織されている苦悩と闘争に形と内容を与えていくためである。

第二段階のた
めの行動予定

X EZLN第六委員会は、別のキャンペーンへの直接的な参加の第二段階のため、どのように組織したのか。
A 別のキャンペーンへの参加の第二段階のため、EZLN第六委員会は以下の地帯と地域区分を設定した。
(1) 北部地帯 @北西部地域│シナロア、南バハ・カリフォルニア、バハ・カリフォルニア、ソノラ、チワワ、国境地域、A北部中部地域│アグアスカリエンテス、ドゥランゴ、サカテカス、サンルイス・ポトシ中部、サンルイス・ポトシ高原部、B北東地域−コアウィラ、ラグネラ地区、ヌエボ・レオン、タマウリパス、リオ・ブラボ北側
(2) 中央地帯 @中央東地域│ケレタロ、イダルゴ、プエブラ、トラスカラ、ベラクルス州北中部とワステカ地方、A中央中地域│メキシコ州、連邦地区、
B中央西地区│ナヤリー、ハリスコ、コリマ、グアナフアト、ミチョアカン
(3) 南部地帯 @南地域│モレロス、ゲレロ、オアハカ、A南東地域│チアパス、ベラクルス州南部、タバスコ、カンペチェ、ユカタン、キンタナロー

 インディオ人民│先住民全国議会(CNI)との合意で、全国各地の第六宣言に賛同するインディオ人民は、EZLN・CNIの合同代表団の訪問を受けることになる。

B 近日中に、第六委員会によって、メキシコ北部地帯の北西部、北中部、北東部地域に派遣される三つの代表団の発足が終了するだろう。 二〇〇七年四月十日から六月初旬まで、これらの代表団は、わが国の北部諸州で、別のキャンペーンの同志といっしょに活動することになる。
 わが国の北部地帯のインディオ人民を訪問するため、近日中にCNIの各代表団と連絡をとることになる。
C 第六委員会の代表団は、最初の移動行程と同じ形式に基づいて、各地を訪問する。つまり、州ごとに日程を定め、各地における別のキャンペーン支持者は、それぞれの場所での活動に関する提案を提示し、活動日程を定めてほしい。ただ一つ、皆さんに要請したいのは、以前と同じように、宿泊場所と食事、そして、もし可能なら、移動に要する燃料の提供である。
D メキシコ北部地帯での活動するサパティスタ代表団は、司令官のセベデオ、ミリアム、ダビ、タチョ、スサーナ、ジョランダ、モイセス、サンドラ、エミリアーノ、エウカリア、マホ、ケリー、エドゥアルド、ダリア、ギジェルモ(男性8名、女性7名)、ならびに叛乱副司令官マルコスによって構成される。
 メキシコ北東部地域のための第六委員会の代表団は、すでにヌエボ・レオン州モンテレー市にある本部に到着している。
 メキシコ北中部地域のための第六委員会の代表団は、すでにアグアスカリエンテス州アグアスカリエンテス市にある本部に到着している。
 メキシコ北西部地域、クカパ監視キャンプ、ならびにインディオ人民に対応するため、第六委員会の代表団(CNIと共同して)は、 四月十日にバハ・カリフォルニア州先住民族クカパの共同体「エル・マヨール」(EZLNなどは、2007年2月から自然保護地区監視の国際キャンプを設営)に設置され、それぞれの活動を開始する。
E 二〇〇七年九月から十二月、EZLN第六委員会は新たに代表団を編成し、再出発する。中央・南部地帯に赴き、展開される別のキャンペーンの活動に同行する。
「下の左側を歩む」別のキャンペーンについて

 今のところ、誰であれ、上の世界の連中からは、無視されている。しかし、われわれはお互いを見つめ合い、われわれの同志の声に耳を傾けあっている。別のキャンペーンは、探しつづけ、出会いを重ねながら、道を歩む人たちだけでなく、道そのもの、つまり歩むことになる過程と目標を建設しているのである。つまり、別のメキシコ、よりよいメキシコ、より公正で、より自由な、より尊厳のあるメキシコを建設しているのである。

以上ですべてです。同志の皆さん。

アテンコに自由と正義を! オアハカに自由と正義を!

メヒコ南東部の山中より
CCRI―CG・EZLN、EZLN第六委員会 叛乱副司令官マルコス
2007年4月、メキシコ

b本紙3月26日号、4月2日号の関連記事を参照してください。




コラム
美しい日本のつくり方

 「昭和の日」前日の朝刊に、全八段を使った政府公報が掲載された。その内容は、「『美しい国づくり』プロジェクト」の意見募集。「あなたが思う『美しい日本の粋』は何ですか?」というタイトルに、三十一字以内で日本の粋を、百字以内でその理由を書いて応募してくださいとあった。たぶん電通かどこかの国策広告代理店が、安倍首相の意をくんで考えたプロパガンダに違いない。
 しかし、「美しい国づくり」とはよく言ったものである。果たして今までの日本は美しくなかったか。いやそんなことはないはずだ。天皇制を頂点とする階級制度はあったにしても、庶民同士の相互扶助や質素倹約の考えは古代から現代まで変わることなく続いている。まして、太平洋戦争の敗北により誕生した国民主権の日本国憲法下、一面焼け野原であった郷土を尊い労働によって復興させた勤勉性は、日本を世界に冠たる経済大国に押し上げた。保守勢力の御仁たちは、事あるごとに「アメリカからの押しつけ憲法を改憲し、日本人の手による自主憲法を制定しよう」と声をあげるが、その憲法下で一番利したのは自分たちであったことを忘れているらしい。
 そこで「美しい国」のことであるが、故郷の山川や町並みが、戦後の高度経済成長の代名詞ともいえる開発によって破壊されてきたことは周知の事実である。海岸は埋め立てられリゾートホテルが建ち並び、山は切り開かれスキー場やゴルフ場が造られた。公害が国内いたるところで発生し、社会問題になったことは記憶に新しい。「でっかいことはいいことだ」というチョコレートのテレビCMが流れていたのもこのころだ。
 風景が変われば、人の生活も変わる。今度は新自由主義による経済格差の増大である。新聞かテレビかは忘れたが、新自由主義をあるコメンテーターが次のように表現していた。「今までの動物園は、肉食のライオンならライオン、草食のシカならシカと檻を設けて棲み分けをさせていたが、その檻を取り払って肉食草食の関係なくみんな同じ場所に住まわすこと」。非常に分かりやすい例えだと感心した。つまり、新自由主義とは弱肉強食の社会。弱者切り捨ての社会だと言ってよい。長時間働いても豊かにならないワーキングプアやネットカフェ難民が拡大していく社会構造なのである。一億総中流とは、もはや過去の遺物に成り果てた。相互扶助より自分が一番という社会が出現したのだ。
 開発により風景が消え、新自由主義により働く者が疲弊している今、安倍首相が唱える「美しい国づくり」は、まったくの欺瞞と物事のすり替えにすぎない。根本的な解決を何もせず、ボロボロになった壁に明るい色のペンキをみんなで塗りましょうと言っているだけなのだ。そして、自主憲法制定の野望に向けて、自分たちが破壊してきたことを棚にあげ「日本らしさ」を強弁しているのだ。
 君が代、日の丸もそうである。イラク派兵もそうである。靖國神社、愛国心もそうである。日本らしさを振りかざし、踏み絵を踏ますことが安倍首相の言う「美しい国づくり」の根幹であることは間違いない。
 そこでボク自身の「美しい日本の粋」をひとつ。「日本国憲法」。その理由。「天皇と軍部独走による戦争の時代に終止符を打ち、焦土化した日本に民主化と復興、平和をもたらした源が日本国憲法である。世界平和と美しい日本を築くために現憲法は不可欠な存在だ」。 (雨)


もどる

Back