| 2・13北京合意の歴史的位置 かけはし2007.4.2号 |
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韓半島と東北アジアの平和を実現する新しい転換となるか |
北韓(北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国)がエルバラダイ国際原子力機関(IAEA)事務総長を招請するとともに、北核問題を解決するための履行措置が早められている。北韓とIAEA間の関係が断絶してから4年振りに実現されるエルバラダイ総長の訪北は、北韓とIAEAの関係が正常化されるということを意味する。
これは2・13合意の履行および検証に対する北韓の真剣さを確認する場となるだろうし、これを通じて国際社会から信頼性を認められることとになるだろう。これに対して米国も実に歓迎すべき肯定的なシグナルだと評価した。
北・米間の相互の信頼回復や問題解決の展望を明るくしてくれるという意味がある。
また、ヒル次官補、ライス国務長官、ブッシュ元大統領などの訪北説が出回るとともに、2・13合意の履行に弾みがつくものと見られる。これらの人々の訪北が実現されるなら、韓(朝鮮)半島の平和安定構築に画期的な契機となるだろうことは確実だからだ。
モード転換の可能性
2・13合意は「行動対行動」の原則に従って履行することにしたため、北韓と米国は「消すことのできない過去の記憶」に舞い戻るまいとする努力を持続するだろう。したがって2・13合意は期待以上の成果だ。北核問題解決のための第一歩としては上出来の方だ。それだけに取り除かなければならない障害物も多いし、多くの時間が必要だ。
2・13合意の主な内容は、今後60日以内に北韓は寧辺の核施設を閉鎖・封印し、IAEAとの合意にそって、あらゆる必要な監視および検証活動を遂行するためIAEAの要員を復帰させるために招請するものである。初期段階において北韓に対する重油5万トン相当の緊急エネルギー支援を60日以内に開始し、次の段階で北韓が現存する核施設の不能化措置(disablement)を行えば、協議参加国は最初の船積み分重油5万トン相当の支援を含む重油100万トン相当の経済・エネルギー・人道的支援を提供することにした。また協議参加国は「韓半島の非核化」、「北・米関係の正常化」、「北・日関係の正常化」、「経済及びエネルギー協力」、「東北アジアの平和・安保体制」分野の問題を扱う5つの実務グループ(作業部会)を設置し、すべての実務グループの会議を今後30日以内に始めることとした。
内容が多少曖昧で具体的でなく、今後、数多くの論難や葛藤をもたらすとみられるが、今回の2・13合意は05年の9・19共同声明を履行する装置として、非核化の新たな場を開くという意味がある。北核問題解決の実際的で実践的な方法を明確にした、という点でも意味が大きかった。また東北アジアの分断を終わらせる転換点という意味も持つ。もちろん米国がその方向に完全に従うかどうかは疑問であるのだが。ともかくも北核問題の平和的解決のための重大な進展だと評価できる。
これまでの北・米関係は強者(つわもの)同士の緊迫感あふれる1対1の対決を通して勝者を選ぶゲームや、リングの上で激しい対決を繰り広げるK1、プライドなどの異種格闘競技にも似ていた。彼らは競争と対決の枠の中で育ったために、競争を巧みに受け入れつつ、敵対的依存関係を通じて自らと相手方が共に発展すると認識している。ところ突然、方向を変えてしばし対決を中断したのだ。うまくいけば、この間の対決プログラムを平和プログラムに全面交替しなければならない状況が来ることもある得る。
ブッシュが戦略を修正
今回の合意で注目されることは米国の変化だ。米国がはじめから北韓との関係改善の意志がなかったことは9・19共同声明以後、あらわになった。しかし昨年11月の中間選挙以後、北韓に対する態度を変えた。「北韓と直接対話をすることは絶対にない」、「悪行には補償はない」としていたブッシュ政権が結局今年1月、だれもが予想できなかったベルリンでの北・米会談を通じて、ある種の合意を作り出すとともに、これを2・13合意へと導いたのだ。
ブッシュ政権の変化の兆候は05年9月、ライス国務長官の側近のフィリップ・ゼリコウ諮問官が作成した報告書を通してだった。この報告書では、すでに北韓の核問題と平和協定締結を同時に論議することが含まれていた。当時、用いられた用語は「広範囲、かつ新たな対北接近法」というものであったが、この時から米国の態度に変化の兆しがあったのだ。その後、中間選挙の敗北によって対北強硬策に固執できる政治的原動力を失った。そして最近では、イラク武装勢力の背後勢力と見なされるイランとの大勝負のために、北韓に力を注ぐ余裕がない。泥沼に陥ったイラクとイラン核問題の複雑さを考えるとき、北核問題は相対的に解決が容易なので勝負をかけるに充分のだ。今年2007年を「イランの年」と考えているように、米国にとっては北韓よりもイラン問題がはるかに重要だ。これは米国が世界のエネルギー源(石油、ガスなど)を統制しなければならず、イランはまさに世界エネルギー源の中心に存在する国だからだ。こうような点から北韓に対する外交的な解決の合意が、ブッシュ政権の全般的戦略の修正というよりは対北政策の部分的変化だと見ることが適切であろう。
米国の態度の変化を招いたもうひとつの要因は、北韓の核実験成功がある。北韓の核実験の成功は、ネオコン主導の対北制裁政策が失敗したことを意味する。当時、北韓の核実験は、その威力に関係なく、米国内に北核問題の深刻さと危機感をあらためて認識させる決定的契機となった。韓半島の危機の指数を最高レベルに引き上げることによって、米国が積極的な交渉に乗り出さざるをえないように強制したのだ。そうでなくてもイラク問題によって国内の広範囲な反戦世論に直面ているブッシュ政権としては、他に選択の余地はなかった。実質的な核保有国である北韓の存在は、世界的なレベルで核拡散禁止条約(NPT)体制を崩壊させかねないのだ。このような切迫感の中でブッシュ政権は北韓政権交替論から北核問題解決論へと焦点を移しつつ、対北政策を変え始めた。両者は接触を開始し、補償措置に合意した。ネオコン的原理主義から脱皮し、現実的接近方式を採択したのだ。
米国が変われば北も変わる
北韓の態度ももまた過去とは変わった。「先決条件」に掲げていた金融制裁問題を核廃棄の論議と分離することを受け入れ、核「閉鎖」に重油5万トンの支援という「譲歩」を受け入れるなど、北韓の変化も合意の主な要因となった。
おそらく核保有国という余裕もあったのだろうが、核実験によって始まった制裁や内部の困難さが深化したのだろう。核実験を行ったことによって、交渉のテーブルにおいても損をすることがないのだから、思いきった譲歩も可能なのだ。その上、米国の態度の変化を活用できなければ、長期的には対北制裁が復活するかもしれないと判断をしたものと分析される。北韓としてはベルリン会談のように米国が対話を受け入れれば合意に反対する理由がない。周辺諸国がすべて国連の対北制裁決議に賛同したことも心理的な圧迫となっただろう。結局、米国が変わったために北韓も変わったのだ。
重要なことは、核施設をこれ以上稼働できなくさせる措置が必要だということだ。だから今回の2・13合意はジュネーブ合意(94年)とはその内容と性格が異なる。ジュネーブ合意の重要な内容は、軽水炉が完成するまで寧辺の核施設を凍結するということだった。そして米国は軽水炉の建設期間を10年と設定し、それ以前に北韓政権が崩壊することもあり得ると考えていた。
しかし不能化はジュネーブ合意のような封印を解除し、施設を再稼働できるものではない。核施設を再稼働できないように使用不能状態にするもので、永久放棄の直前段階であって引き戻すことはできないのだ。60日という期間は稼働を中断し、燃料棒を分離して閉鎖・封印するとともに、IAEA査察準備に取りかかる技術的時間だ。北韓が閉鎖に5万トン、不能化措置に100万トンで合意したのには、すでに不能化措置を行うとの意志が含まれている。重ねて言えば、追加的なプルトニウム生産能力を廃棄する不能化措置までは進めざるをえない構図なのだ。
予想される争点
今回の2・13合意は、だれの、またいずれの勝利でもない。長くは6年、短くは1年という時間を失ってしまった。もちろんブッシュとしては余りにも高い対価を支払った。むしろブッシュ政権の対北圧迫は、ミサイル試験発射、核実験、プルトニウム生産という予想もできず、意図してもいない結果をもたらした。圧迫政策の中でブッシュは議会での主導権を民主党に明け渡し、結局は直接対話へと回帰した。
だからと言って北韓が圧迫から解放されて自由になったわけでもない。2・13合意に対するバランス・シートを見れば、北韓が米国に比べて得た利益が大きい。けれども北韓は核実験を行うことによって、韓半島の非核化宣言を破り、これは北韓に対する国際社会の不信を高めた。これは今後の交渉を進展させていくうえで、ずっと障害として作用しかねない。米国の現実的接近法は北韓にとっては得心するところではあるものの、それだけまた負担にもなりかねないのだ。
2・13合意の履行は、ネオコンの反発、米国内部の複雑な法体系と手続き、部署間における立場の差、ブッシュ政権の議会に対するリーダーシップの弱まりなどの要因によって遅滞しかねない。北・米の相互不信と日本の非協調的態度も障害として作用するものと見られる。特にネオコンに代表される米国内の強硬派が今回の合意に反発し行動に乗り出す場合、再び膠着に陥る恐れもある。
また2・13合意は、数多くの論難と葛藤を誘発する素地が多い。核プログラム目録に含まれる対象をめぐって論難が起こり得るだろう。核兵器はどうやって廃棄するのか。高濃縮ウラニウム(HEU)核開発の問題も争点となるだろう。また軽水炉建設問題も論難のタネだ。このような諸問題は、米国が関係正常化を決心する瞬間、いずれもが実務的な問題となる。つまり米国が関係正常化の過程をどれほど圧縮して進めるのか、あるいは韓半島の平和体制の論議をどれほど実質的に進めるのかにかかっている。北韓が「交渉は算数ではなく、政治だ」と語るのには理由があるだろう。核という抑止力が必要のない状況をどれくらい速やかに作り上げられるかが重要なのだ。米国がどんな解決法を提示するのかについて見なければならないだろうが、時間が必要なことは明らかだ。
当面は3月初めにニューヨークで開催予定の北・米関係正常化作業部会(ワーキンググループ)において「テロ支援国の解除問題」と「敵性国交易法の終了」問題が核心的争点となる見通しだ。そうした点から北・米関係正常化のための実務グループの運営が重要だ。
米国の政策が方向を決める
北・米がベルリンで大部分の争点で合意したにもかかわらず、6者会談の場に来て文書の合意に生みの苦しみを味わっているのを見ると、依然として核心的課題は北・米相互の不信の問題だ。最も重要な問題は米国の意志だ。米国が受け入れれば北韓も受け入れ、米国が敵対的であれば、北韓も敵対的となる。
北韓は21世紀の生存と繁栄のために米国との関係改善を切実に望んでいる。米国との交渉のやりとりができなければ、北韓は核保有へと進むだろう。どのみち60日までは問題はない。その後、未来の核に対する実質的な不能化の措置に向かうのかが一応のカギだ。 既存の核兵器の廃棄問題は北・米関係の正常化、韓半島の平和体制構築など各種の相互措置と並行して「行動対行動」方式で進展するだろう。北韓の立場からすれば、この段階は未来の核に対する完全な放棄と過去の核の廃棄に備えることのために、それにふさわしい米国の画期的な譲歩の措置が取られるのでなければ難しい。北韓との関係正常化を実現するという米国の意志にかかっているのだ。
今や失敗した歴史を繰り返すには余裕がない。ともすれば、今回が交渉を通した最後の機会ともなりかねない。呼吸を整え、忍耐心が必要な時だ。今が始まりなのだから。北韓は米国の履行の意志が確固たるものであるならば、履行の方案を誠実に順守するものと思われる。実に口でだけ言葉でだけではなく行動を通じて韓半島および東北アジアに平和体制を構築しなければならないだろう。(「労働者の力」第120・121号、07年2月28日付、ペ・ソンイン/韓神大教授)
朝鮮半島日誌
3月10日 b南北の赤十字会が北朝鮮の金剛山で実務協議を行い、昨年7月の北朝鮮ミサイル発射で中断していた離散家族面会所の建設と再開で合意、また離散家族のテレビ再会事業(3月末実施予定)のために韓国が北朝鮮に現金4700万円を提供することでも合意。
3月12日 b北朝鮮での支援事業全面停止を決めた国連開発計画(UNDP)が国際スタッフ7人の引き揚げを明らかに。
3月13日 b国際原子力機関(IAEA)のエルバラダイ事務局長が訪朝。
3月14日 b06年の中朝の貿易額が前年比7・5%増の1970億円で過去最高に(韓国貿易協会調査)。北朝鮮の中国からの輸入額は13・6%増で原油、豚肉が上位に、逆に対中輸出は同5・8%減(鉄鉱石は15%増)。
3月15日 b米財務省がマカオの銀行バンコ・デルタ・アジア(BDA)に対する最終的な調査結果を発表し1年半にわたる北朝鮮関連口座の凍結解除を事実上認める。b六カ国協議の「経済・エネルギー協力作業部会」の初会合が北京で開かれ、北朝鮮は火力、水力発電所施設老朽化による改修の必要性に言及、韓国は初期段階措置として実施される重油5万トン支援の全面負担を正式表明、米国は重油5万トンとともに小型発電機の支援の用意を明らかに。
3月16日 b韓国赤十字社が肥料30万トン(136億円相当)の対北朝鮮人道支援を27日から開始することを明らかに。b六カ国協議の「北東アジアの平和・安全メカニズム作業部会」が北京で開かれる。
3月17日 b六カ国協議の「朝鮮半島の非核化作業部会」が北京で開かれる(これで2月の六カ国協議で確認された5つの作業部会の会合が一巡)。
3月19日 b「できるだけ早く全額を返還することで北朝鮮と合意した」(ヒル米国務次官補が北朝鮮関連口座凍結解除を明らかに)。b「凍結されている口座が全面解除されれば寧辺の核活動を中断する」(六カ国協議初日の各国代表発言で北朝鮮代表が表明)。
3月20日 b北朝鮮のサッカーナショナルチーム(U―17)が、韓国での初の長期合宿(1カ月)のため済州島に到着。
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