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メキシコ                        かけはし2007.3.26号

「別のキャンペーン」における女性たち(上)

差別・セクハラ・暴力に抗議する参加者

                   ノルマ・アイデ・ヒメネス・オソリオ

解説
2006年7月大統領選挙とは「別の」第1次キャンペーン

 EZLN(サパティスタ民族解放軍)は、二〇〇五年六月に第六ラカンドン密林宣言を発表し、路線の転換を明らかにした。先住民族の自治権獲得を中心にすえた従来の運動から、新自由主義に苦しむ人々の「下からの運動」の構築に軸足を移したのである。その具体的表現が、〇六年一月初頭から開始された「別のキャンペーン」である。
 「別の」とは、〇六年七月に行われたメキシコの大統領選挙とは「別の」キャンペーンという意味である。メキシコの主要三政党は左派のPRD(民主革命党)をも含めて、〇五年の秋に、大ブルジョアジーとの間で多国籍企業の権益を侵さないとする「チャプルテペック協定」を結んでいる。また、PRDの大統領候補ロペス・オブラドールの言動や、彼のメキシコ市長時代の政策をみても、彼が新自由主義政策を支持していることは明らかであった。こうした新自由主義という選択肢しかない大統領選挙に対抗して、新自由主義以外の選択肢を下層から、大衆的に模索しようというのが別のキャンペーンである。
 このキャンペーンは一次と二次に分けられ、一次ではマルコス副司令官を中心とするEZLNが全国を回り、別のキャンペーンの支持組織と交流し、現在の問題点や闘争の経験を交換した。この交流に参加した組織は先住民や農民の組織だけではなく、新自由主義政策の下で苦しむ労働者等、広範な層に及んだ。
 第一次キャンペーンはアテンコ襲撃事件への抗議のための長い中断の後、十月に再開され、十一月に終了した。現在はキャンペーン参加者の意見を集約中であり、三月には第二次キャンペーンに向けた会議が予定されている。第二次では、各州、各地域での代表団を選び、最終的には立憲議会を準備することになっている。
 この文章の表題には「別のキャンペーンにおける女たち」とあるが、女性自身による独自のキャンペーンがあったわけではない。しかし、このキャンペーンの大きな特徴の一つは、女性の参加者が非常に多いことであった。とりわけ、メキシコ中央部の農村地帯では、参加者の大部分が女性と高齢者と年少者であった。
 北米自由貿易協定の締結によるアメリカからの安い農産物の流入等によって、メキシコの農村地帯は崩壊の危機に瀕している。圧倒的多数者である小規模農民は、食べるために農地を放棄し、都市部へ、あるいはアメリカへと出稼ぎ労働に出ざるおえなくなった。その結果として、農村には女性と年寄りと子どもだけが残されることになったのである。
 また、開発政策の下で、マキラドーラ(輸出加工工業)での過酷な労働に従事する女性や、性産業で働かざるをえない女性たちが大勢生み出されている。そうした場所で彼女たちは日々セクハラや暴力の危険にさらされており、虐殺される例も少なくない。
 そんな女性たちが主役を務めた集会を紹介したのがこの文章である。掲載した「フェミニスタ雑誌」はフェミニストの女性たちが不定期で発行している雑誌であり、PRT(労働者革命党=第四インターナショナルメキシコ支部)の女性たちも編集に参加している。
現在、メキシコでは〇六年夏の大統領選挙での不正追及運動、秋のオアハカ知事の不正追及・罷免要求運動、今年になってからのトルテージャ(とうもろこしで作るメキシコの主食)の高騰に対する抗議闘争等、下からの大衆運動が盛り上がっており、第二次キャンペーンが注目される。なお、EZRNも、PRTも大統領選挙ではPRDの候補、ロペス・オブラドールを支持しなかったが、不正選挙追及闘争には参加している。『かけはし』1954号(2006年11月27日発行)        (O)

「別のキャンペーン」における女性たち

ラモーナ司
令官の死

 二〇〇六年一月一日、サンクリストバル・デ・ラスカサスで行われたゼロ代表(キャンペーン中のマルコスの名前)のサパティスタ地区からの出発式を皮切りに、「別のキャンペーン」のさまざまな活動が始まった。一月六日、ラモーナ司令官の死が知らされ、悲しみにつつまれた。ラモーナの葬儀と埋葬に参加するために、キャンペーンの活動はいったん中断された。彼女はサパティスタ女性の闘争のシンボルであり、最愛の同志だった。
 これまでに立ち寄った地域において、女性の参加は一貫して非常に多かった。チアパス、カンペチェ、タバスコ、キンタナ・ロー、ベラクルス、オアハカ、プエブラ、イダルゴ、トラスカラ、ハリスコ、ナヤリテ、ゲレーロ、メキシコ州、首都圏の各地である。
 女性たちの発した様々な声や告発は、別のキャンペーンに参加する女性の実態を可視化し、知ろうという関心から、ホルナーダ紙に一月から三月にかけて連載されたヘルマン・ベリンハウセン記者の記事によって明らかにされた。記者の目を通じて、彼女たちの多様な主張、告発、生活条件が伝えられた。
 彼女たちがどのような存在であり、どの町や都市の女性なのか、彼女たちの闘い、叫び、痛み、悲しみ、貧困、搾取、差別、迫害の内容がどのようなものかについて伝えられた。
 彼女たちは下層の女性、忘れ去られ、見下された女性たちである。工場で働き、悲惨さしか受け取ることのない女性たちである。子供や夫がアメリカへの不法移民となり、一人ぼっちになってしまった女性たちである。強制されて売春婦になった女性たちである。彼女たちは、新自由主義の開発プロジェクト、自然破壊や、女性への暴力、女性殺害などによって、自分の土地や生活が大きな打撃を受けている地域に住んでいる。
 スペース不足のために、原文(注1)のすべてを公表できないが、彼女たちの活動は私たちを深く感動させる。以下、その抜粋を記すことにしよう。

市職員による
脅迫と弾圧

1月10日
 私はサパティスタ運動の歴史を報告していた。その時、ラモーナのことをまた思い出してしまった。視線を壁にやると、右側の壁には一枚の布が掛けられていた。そこには次のような文章が読めた。
 「生きるため死んだ人たちは、死者とは呼べない。一秒の黙祷など必要ない。闘い続けた人生! 司令官ラモーナ、ばんざい」(エリオ・ヘルナンデス、ホルナーダ紙特派員)

1月16日、ベラクルス州オリサバ
 オリサバの第六宣言の支持者を糾合するオリサバ地区市民社会調整委員会は、シウトラトリ・フェミニスタ集団に対する執拗な追及や襲撃について告発した。この集団は暴行された女性の防衛、性的労働に従事する女性との共同活動、エイズ予防の闘いに特徴がある。
 一月五日、彼女たちはカスティージョ公園に、情報コーナーのテーブルを設置し、その上に音響装置と、配布するためのコンドームを置いた。彼女たちは、十五人の市管理局職員に取り囲まれ、写真を撮られ、脅迫された。PAN(訳注1)のエミリオ・スタデルマンが牛耳るオリサバ市の管理局長ウーゴ・ソラーノの命令であった。管理局職員たちは電気を止めた。

山岳地帯では集
会にも出れず

1月29日、ベラクルス州アママロヤン
 女性たちの参加者の数は多く、様々な立場から、色んな要求が出された。別の発言者は次のように説明する。
 「私たちは、役職に就く権利をまだもてないままです。メスティソ(訳注2)の居住区のパハパンに二人の女性の市参事会職員がいるだけです。山岳地帯の先住民の村には、そんな女性は一人もいません。多くの村では、男たちは、女性に会議や集会に出ることを許しません」

言葉以上のこと
を語る顔の傷

2月4日、 オリサバ
 「この部屋には、上流階級の人間が軽蔑しているあらゆる人が集まっている」と、副司令官マルコス自身が最後に要約した。ショールとウイピルを纏ったソンゴリカのナワの女性たちは、時々乳房を出し赤ん坊に乳をやっていた。その姿は彼女たちの尊厳とともに苦痛を表していた。それがどのようなものか、ひとりの女性は語った。
 「私は働くことに疲れました。もう、これ以上は働けません。独力で子どもたちを養うため、十五年も続けてきた家事労働で疲れ切ってしまいました」
 組織された売春婦の代表のマグダレーナは、解決の糸口のない告発を果てしなく続けた。
 「当局は私たちを襲撃します。連中は、私たちから金を巻き上げるだけでなく、客には私たちを虐待するようにし向け、告発までさせます。ホテル側は、私たちに厚生省の配布する無料のコンドームを有料で買うように強制します。だけど、ホテルのシーツは汚いままです。この仕事で私は子どもを養っているのです」
 クラウディアは性転換者であり、傷がある彼女の顔は、何千の言葉以上のことを語っている。別のキャンペーンに参加している理由について、彼女は率直に語った。
 「私たち性産業従事者は差別と闘います。私たちも市民としての権利があるのです」
(つづく)

 注
 執筆者のノルマ・アイデ・ヒメネス・オソリオは、アテンコでの弾圧後、逮捕され拘留中である。彼女は連帯を表明するためにアテンコに来たが、暴力的に襲撃された。彼女は現在も拘留されている七人の女性の一人である。別のキャンペーンにおける女性の存在、主張を伝えるため、ノルマは「フェミニスタ雑誌」27号に寄稿した。(訳者注、彼女は10月末現在、まだ拘留中である)

(注1) 別のキャンペーンに参加している女性の活動を伝えるこの文章の完全版に関心のある人は、メールで自由にアクセスできる。メールアドレスは
csapn @ laneta apc.org.である。

〔訳注〕
1 国民行動党、資本家に基盤を置く右派政党、二〇〇〇年の大統領選挙でPRI(制度的革命党)に勝利し、七十年近くに渡るPRIの独裁体制に終止符を打つ。〇六年選挙で勝利した現大統領カルデロンもこの党である。積極的新自由主義経済推進派。
2 前大統領フォックスが推進したプエブラ・パナマ計画を代表とする巨大開発が、メキシコ各地で展開され、反対運動も全国で起きている。この開発を容易にしたのが、規制緩和策としてなされたエヒード(共有地)や共同体の土地の分割や売買を認めた憲法改正である。


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