| 高レベル放射性廃棄物最終処分施設問題 かけはし2007.3.26号 |
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原発を止めろ、再処理止めろ 核廃棄物埋め捨てを許すな! |
二月二十八日、高レベル放射性廃棄物最終処分施設の立地場所選定をめぐり、事業主体の原子力発電環境整備機構(NUMO/ニューモ)は高知県安芸郡東洋町を対象とした文献調査の認可を経済産業省に申請した。同省資源エネルギー庁は数週間かけて審査し、認可する見通しであると報道されている。全国各地から経産省に対し、「認可するな」の声を集中させよう。
高知県東洋町長
が独断で応募
NUMOは二〇〇二年十二月に処分地の公募を開始した。四点セットと呼ばれる資料=「応募要領」「処分場の概要」「概要調査地区選定上の考慮事項」「地域共生への取り組み」を全市町村に配布した。これまで西日本を中心に十以上の市町村で応募への動きが発覚したが、事実上の応募は東洋町が初めて。
高知県の東端、徳島県との県境に位置する東洋町で応募の動きが表面化したのが昨年九月はじめの次の内容の新聞報道であった。
「四月以降に本格的な情報収集を開始」「八月にNUMOの職員による町執行部と町議対象の勉強会を開催」。八月末、四万十川の源流域に位置する高知県津野町で「町議会議員の青森県六ケ所村視察」「六ケ所村視察希望者を募る地区回覧」「多くの住民も自己負担七千円で二泊三日の視察旅行に行っている」と報じられた直後であった。
この時期、奄美大島(鹿児島県)の宇検村や滋賀県余呉町でも誘致の動きが発覚している。津野町や宇検村では住民や周辺自治体、県知事の反対によって公募への動きはストップした。余呉町では町長選を前に、町民の過半数を超える反対署名が集められ、現職は誘致と立候補を断念、町長選では反対派がきん差で勝利した。
東洋町の動きに対しても高知・徳島両県の知事や周辺市町村が反対の意思表示をしたが、住民による反対運動は出遅れていた。この出遅れの理由を「田嶋裕起町長は元日本共産党の党員で役場の組合が自治労連なので町長に歯向かえないから」とも伝えられているが、地元住民への情報提供が高知県内から極めて少なく反対の意思ある住民が立ち上がるのが遅れたのではないかと考える。隣接する海陽町はじめ徳島県の運動や全国に散らばる有志の支援によって反対署名集めが十二月になってはじまった。
署名は中学生以上を対象に行われ、人口三四四六人の六割を超える二一七九筆が集められ、一月十五日に提出されることとなった。この署名提出の直前、驚くべきニュースがとび込んだ。すでに〇六年三月二十日、田嶋町長が公印を押した応募書をNUMOに提出していたというもの。NUMOは「町民、議会のコンセンサスを得てから応募しても遅くはない」と差し戻している。
同時に野根漁協組合長名でも応募書が提出されていた。報道では「応募の話を持ち掛けNUMOに届けたのは、NPO法人『世界エネルギー開発機構』と称する団体の理事で、同NPO法人は国などが進めるエネルギー政策を支援する団体」。理事長には原子力御用学者を起用しているものの、悪質なブローカーが介在する団体と推測される。田島町長はこのブローカーから話を聞いた二日後に応募していた。
電源立地対策
金のバラマキ
この応募スキャンダルと過半数をはるかに超える住民署名によって田嶋町長は応募を断念するだろうと多くの住民は考えていた。しかし町長は独断での応募を謝罪したが、反対の請願署名の取り扱いを決めるはずの町議全員協議会で再び応募することを表明した。全町議十人のうち反対派六人、賛成派四人で請願が可決されるのは当然と思われていた。
田嶋町長を強く応募に惹きつけたのは電源立地地域対策交付金である。交付金は、文献調査(約二年)で〇七年度から年間十億円(上限二十億円)、続くボーリングなどによる概要調査(約四年)で年間二十億円(上限七十億円)に増額。これを立地自治体と周辺自治体で折半する。もし、経産相がNUMOからの申請を認可し、文献調査が行われた場合、次の段階の概要調査には知事の同意もなければ進めない。
三月六日に開会した東洋町議会三月定例会の施政方針で田島町長は交付金を活用する事業について「これまで応えることができなかった各地区の要望や、一般家庭・事業用電力使用料金助成事業、防災事業などを展開したい」「町民や議会からもアイデアを出してほしい」と発言し、公共施設のバリアフリー化、橋の耐震化、結婚祝い金など三十件を提示したと報じられている。町が住民投票を行い、反対多数となった場合、それ以降の調査に進まないとする協定書を、国などとの間で結ぶと表明したという。また、「放射性廃棄物の持ち込みを拒否する条例」制定の本請求については、三月定例会終了後、あらためて臨時会を開き、条例案を提出するという。住民の有志は「拒否する条例」制定が拒否された場合、町長リコールを準備している。
東洋町が選挙区である自民党の中谷元衆院議員は二月二十日の党エネルギー部会で「高レベルとか放射性とかいう名称にアレルギーがある。表現の仕方をもう少し工夫するとともに、安全性をきちんと説明すべき」と資源エネルギー庁に要請し、反対運動の沈静化を狙っている。この四月に改選される高知県議会は三月六日、「文献調査を開始すべきではない」とする意見書案を全会一致で可決した。橋本大二郎高知県知事の任期満了は今年十二月、田島東洋町長の任期満了は来年七月、町議会議員の任期満了は二〇一〇年一月である。
「応募」受理するな
の訴えを届けよう
政府は高レベル放射性廃棄物に関連する「改正」案を閣議決定した。最終処分の対象に長半減期低発熱放射性廃棄物(TRU廃棄物)などを追加し、これらの費用を電気料金に上乗せさせ、安全規制を追加するというもの。四月下旬以降に審議入りするとみられる。昨年五月、自民党は『総合エネルギー戦略・中間報告』をまとめ、高レベル処分地の公募問題について「ここ一〜二年が正念場」と位置づけ、政府に対し交付金の増額を求めた。
文献調査は二十地点を対象に行うといわれている。概要調査では四〜五地点に絞られ、詳細調査は二地点は最低必要だと推進の研究者は考えている。現在進められている処分地は二〇二〇年までに発生する見込みとする四万本のガラス固化体が対象で、推進側にとっては最終処分地は一地点では足りない。「ここ一〜二年が正念場」と位置づけられて一年近くが経過する。現在、試運転が強行されている六ヶ所再処理工場では使用済み燃料から高レベル廃棄物が分離され、液体として保管されている。日本原燃は今年七月ごろからガラス固化試験を開始する計画という。
現在、長崎県対馬市なども議員らが海外視察するなどの動きが表面化している地点はわずか。文献調査は二十地点を確保するにはさらに多くの市町村が必要で、各電力会社はじめ原子力推進勢力が総力で、地縁血縁もフル動員し、水面下で工作が行われている。
現在、経産省に渡った東洋町の「応募」を受理しないよう私たちの力を集中させることは他の地点を応募前に断念させるためにきわめて重要だ。これまで自民党系の知事でさえ「公募」に賛成した知事はいないし、県議会レベルでも高知県議会や徳島県議会が全会一致で「公募」に反対している。統一地方選後の国会では、参考人召致などで論戦が繰り広げられるだろう。自民党と民主党国会議員の過半が推進してきた高レベル廃棄物の地下埋設処分をめぐり、参議院選挙を前に地元との関係は微妙なものとなろう。反再処理、高レベル廃棄物を増やす原発を止めろ、核廃棄物の埋め捨て処分を許すなの声を高くあげよう。(3月12日 S・K)
資料
北陸電力に住民が申し入れ
臨界事故隠し許さない 志賀原発から撤退せよ
申 入 書
北陸電力株式会社 社長 永原 功 様
2007年3月16日
能登原発差止め訴訟原告団代表 堂下健一
命のネットワーク代表 森下 正
羽咋都市勤労協連合会会長 小松英機
志賀町勤労者協議会会長代行 比良 保
ふるさとを守る志賀町民の会代表 中町良雄
原発震災を案じる石川県民・世話人 中垣たか子
北陸電力と共に脱原発をすすめる株主の会代表 八嶋 博
日本消費者連盟富山グループ
99年6月18日未明、当時定検中だった志賀原発1号機で制御棒89本のうち3本が抜け落ちて核分裂反応が起き、制御不能のまま臨界状態が15分間も続く重大事故が発生していたことが、昨日15日、明らかになりました。県や関係自治体への連絡は全くなく、事故の記録も残されなかったといいます。商業用原発では初めての臨界事故であり、同年9月の東海村JCO臨界事故に先立つ臨界事故だったにもかかわらず、貴社は約8年も事実を隠し続けてきたというのです。
貴社は、「隠ぺいは現場(所長と部下など関係者)で決め、本社トップは関与していない」と説明していますが、こんな重大な事態が現場だけで判断し決定できるとは、到底信じられません。この期に及んでなお、責任逃れとトカゲの尻尾きりを図ろうというのでしょうか。だれが考えても3ヶ月後に控えた2号機の建設を何としてでも進めねば、という経営トップの意思が、この隠ぺい工作の背景にあったことは明らかです。
事態は従来の事故やトラブルとは比較にならない、原発の安全の根幹にかかわる深刻な事故です。1号機、2号機の相次ぐ事故やトラブルは、貴社が品質管理や安全管理に対する初歩的ミスをチェックできず再発を重ねてきたものです。貴社に原発を運転する能力・資格があるのかを疑わせるものでした。しかし、今回の隠ぺいは、そもそも「安全第一」という貴社の主張がウソだったこと、タテマエに過ぎなかったことを示しています。
原発の安全に対する貴社の姿勢の根幹が問われています。1号機の運転停止はもちろんのこと、2号機を応急対策で運転再開することなど最早許されません。
私たちは、貴社が石川県、志賀町をはじめとする関係市長、県民全てに謝罪した上で、巨大な不良債権になってしまった志賀原発から撤退することを求めます。
コラム
ストライキのある日
一九七〇年代のある日。ぼくらの職場細胞が活動する郵便局に春闘のストライキ指令が出された。
さっそくもたれた細胞会議のなかで、「本当のストライキがしたい」という声があがった。このころのストライキは、全逓の組合員がどこかの会館に集まって「スト決起集会」をする一方、第二組合と非組合員の労働者が通常通り就労するというものだった。だから、業務がストップすることはなかった。それでは本当のストライキではない、という声があがるのは当然だった。
「よし、やろう」と、職場細胞と地区委員会合同の闘争態勢をとることになった。
まず、職場に闘争委員会をつくることにした。活動的な労働者を闘争委員として組織し、運動全体の推進力にするためである。全逓にオルグ中の労働者も闘争委員にしようとしたが、「心は闘争委員」にとどめた。
では、闘争委員長をどうするか。討論の結果、全逓の支部長をすえることにした。だが彼は、けっして戦闘的労働者というわけではないし、完全に信頼できるわけでもない。
そのころ、社会党系の組合幹部(民同)を「マッチ・ポンプ」と呼んでいた。火をつけておいて、炎があがるとすぐに消しにかかるという意味である。支部長氏は、「マッチ・ポンプ」の役割をはたすおそれがあったが、闘争委員会の合法性の確保と「ポンプ」を監視するために、闘争委員長にすえることにしたのである。
もうひとつの課題は、通用門前のピケットラインをどうするか、ということだった。第二組合が就労を名目にしてピケットラインに突入してくることは容易に予測できる。二組をはね返すことは簡単だが、そこに警察権力が介入し、逮捕者が出ることになる。どうしたら、このあまりにも単純なシナリオを変えることができるのか。
ぼくらは、ありとあらゆる手をつくして二組の行動予定をさぐることにした。ぼくも、二組のたまり場になっている喫茶店で聞き耳をたてたりしていた。そうこうするうち、重大な情報をもたらしたのは、全逓にオルグ中の労働者だった。スト当日、二組は近くの公園に集まり、集団でスト破り行動にはいるというのだ。
要は、二組の組織的な行動を未然に解体すること。ぼくらは、戦術上の焦点をそこに定めた。そこで、職場闘争委員を説得班とピケ班に分け、主力を説得班にふりむけた。
説得班の活躍はすばらしかった。暁闇のころから木陰にじっと身をひそめ、二組が集まってきたころを見はからって一斉に飛び出し、激しくも整然とした説得活動を展開したのだ。驚いた第二組合員は、ひとり、またひとりと公園を去り、散り散りになった。
結局、通用門前にスト破りは現れなかった。中庭には労働者がびっしりと座り込んでいた。非組合員もそこにいた。心なし紅潮気味の闘争委員長は「団結ガンバロー」の音頭をとっていた。みんないい顔をしていた。職場を支配した労働者は、この日の業務を完全にストップさせた。
全逓民同が、第二組合との連合めざして「マッチ・ポンプ」から「ポンプ・ポンプ」に完全に変質する、ほんの数年前のことだった。 (岩)
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