| ジルベール・アシュカルとのインタビュー(2) かけはし2007.3.12号 |
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秩序の崩壊と「内戦」の進行全世界で再びイラク反戦を |
原理主義とポピュリズム
――ムクタダ・アル・サドルをどう評価しますか。
第一に、ムクタダ・アル・サドルはもちろんシーア派イスラム原理主義者であり、その度合いはとても強烈です――彼の支持者たちが支配地域で押しつけている「道徳的秩序」を見るだけで分かります。しかしそれは彼だけの主要な特徴ではありません。イラクには多くの別のブランドを持ったイスラム原理主義者が存在しており、たとえばシーア派の統一イラク連合の他の主要な構成要素のすべてもまたイスラム原理主義者だからです。
現実にはムクタダ・アル・サドル潮流のきわだった特徴は、それがイスラム原理主義のポピュリスト・ブランドだという事実にあるのです。一方で、彼のポピュリズムは、大衆の広範な部分の願望を反映した占領に対する強硬な反対に結びついています。とりわけ占領に最も直接的に直面しているバグダッドと、南部に幾つかの地域においてそうです。他方、サドルのポピュリズムは、彼の運動がきわめて貧困な生活条件に対して抵抗する大衆に語りかけようとしている事実の中に表現されています。
彼らは、公共サービスの欠如やあらゆるものの不足に反対して人びとに語り、組織しつつ、占領こそがこの悲惨な状況に責任がある――マリキ政権(あるいは以前のジャアファリ政権)ではなく――との非難を確認しています。サドル派潮流がこの数年の事態の中で、強力な勢力を作り上げることができたのは、こうした要求を代表するとともにラディカルな反占領のスタンスを取ってきたからです。占領の最初の数カ月において、サドル派は小グループであり、一部の人びとは彼らは無視しうるような存在にとどまると信じていました。しかし数カ月後、二〇〇四年の占領に対する衝突にいたるまで、彼らは成長しはじめました。サドル派潮流は、すでに占領に対する深刻な脅威となったと認識されており、この時期以後も彼らはおもに政治的手段を通じて自らを強化しつづけ、国内できわめて強力な存在になりました。彼らは、シーア派の中で最も人気のある戦闘的潮流であると信じられています。
約一年前の二〇〇六年二月にサーマッラー(イラク中北部の都市。シーア派の主要聖地)で起きた反シーア派の宗派的攻撃は、イラク情勢における大きな転換点であり、宗派間戦争への傾斜に向けてきわめて激しく拍車をかけました。ムクタダ・アル・サドルへの忠誠を主張する民兵であるマフディ軍、あるいは少なくともマフディ軍の主要部分は、サーマッラーの攻撃に対する反撃として起こった宗派的報復に参加しました。それ以来の経過の中で、マフディ軍の一部は宗派間戦争に深く関与しました。彼らのコミュニティーから見れば、マフディ軍はスンニ派の宗派勢力による襲撃からシーア派地域を守る防衛勢力として現れました。しかしアラブ人スンニ派から見れば、彼らはシーア派の宗派勢力であり、宗派的犯罪、報復、大量殺戮などを行うものとして非難されるべき存在でした。
このことが、二〇〇四年、〇五年において、占領に反対する非宗派的なイラクのアラブ民族主義勢力という彼らが勝ちえてきた信頼を大きく傷つける影響をもたらしたのです。サドルのイメージは、今や、宗派的シーア派勢力、シーア派コミュニティーの武装部隊というところにまで落ち込んでいます。もちろんそれは、宗派を超えたイラクの指導権を築き上げる彼自身の政治的構想に悪影響を与えるものとなりました。
サドルとシスターニ
――一部の記事では、サドル派マフディ軍の一部のメンバーは、もはやサドルの指導下にはない、と示唆されています。これは事実だと思いますか。
私は完全にその通りだと確信しています。サドルのマフディ軍は、SCIRIのバドル旅団とは全く違います。バドル旅団は、サダム・フセインが権力の座にあった時に亡命先のイランで建設され、訓練された疑似軍事組織であり、米国の侵攻後にイラクに戻ってきました。それは強力な司令機構と、軍隊と同様の集権性、機能を備えた組織です。他方、マフディ軍は占領下で、ほとんどゼロから発展していったみすぼらしい軍隊でした。
私が先に言及したように、マフディ軍は宗派間戦争に関与する以前に、占領に対する戦いの旗を掲げて当初から建設されてきたのです。しかしそれは政治的条件の下で、いかなる事前に準備された組織や司令部構造など何もないままに、大きく成長してきました。それは昨年には、ほとんど雨後のタケノコのように発展しました。したがってそれを統制・支配することはとても難しいのです。
ムクタダ・アル・サドルは、こうした重大な勢力への支配力を行使するにふさわしい組織構造をまったく持っておらず、その結果、実質的にマフディ軍の全部隊は彼の統制を離れているのです。彼らは、ムクタダ・アル・サドルを政治的象徴であり、政治的指導者だとしています。彼らはサドルの名前を掲げていますが、バドル組織の軍事的構造と似通ったピラミッド型階層組織にはまったく参加していません。したがって、その意味で、マフディ軍のすべてではないにしても、ムクタダ・アル・サドルの直接の統制を離れた部分が存在しているのは、その通りです。彼が政治的影響力を保持しているのは確かですが、そのことは武装勢力への支配と同じではありません。とりわけ、戦闘、報復、仕返しの渦中においてはそうなのです。
――アリ・アル・シスターニ師は依然としてイラクで最も影響力のある人物なのでしょうか。
この質問に対する答えは、私たちがいま討論したことと何かしら似通ったところがあります。つまり、ムクタダ・アル・サドルが彼に属するとされている「軍」を真に支配できないとするなら、シスターニがシーア派の住民全体に対して真の支配を行うのを期待することなど、どうしてできるでしょうか。
私たちが精神的影響力について、あるいは広い意味での政治的影響力について語っているのなら、彼は依然として影響力があり、尊敬されています。しかしサーマッラーの襲撃以後、この国が一年前から宗派的戦争に溺れはじめた時に、状況が彼自身の統制からも離れていったことは明らかです。
これはムクタダ・アル・サドルの政治的構想の敗北であっただけではなく、その時までは情勢の全面的な爆発を阻止し、とりわけシーア派による大規模な仕返しを阻止する手段でもあったシスターニの大きな敗北でした。彼は多くのファトワ(イスラム教指導者の法的決定)や声明を発表し、宗派的襲撃によって何千人も殺されたとしても、イラクのシーア派は仕返しに走ったり、宗派間戦争の論理に引きつけられて罠に陥るべきではないとまで述べていました。
しかしシスターニにどれほどの影響力があったとしても、彼はそれを布告と宗教的・精神的権威を通じて行使できるだけです。こうしたタイプの影響力が無効となるほどに状況が悪化するポイントが存在します。影響力がもはや働かないという状況、それがまさしく現に起きていることです。サーマッラーの攻撃は「らくだの背中をへし折る一本のワラ」(訳注:最後の一押しを意味することわざ)であり、それは状況をたった一つで全面的に転換させた出来事でした。もちろんそれ以前に、長期にわたる積み重ねがありました。シーア派に対する多くの宗派的襲撃事件、多くの自爆攻撃、自動車爆弾があり、何百人ものシーア派の人びとが繰り返し殺されました。したがって、彼らの間には非常に深い怒りが作りだされました。
さまざまな回路で多くの宗派的報復がなされたことは事実です。その一つは、内務省がバドル旅団の支配下に入った時に起こりました。しかし、サーマッラーの事件までは多くのシーア派の人びとは、大衆的レベルでは自らを統制することができていました。
しかしサーマッラーの襲撃は、この怒りの蓄積がもはや統制不可能になる臨界点を作りだしてしまったのです。シスターニの精神的影響力によっても、ムクタダ・アル・サドルの彼自身の軍に対する政治的統制力によっても、不可能になりました。
宗派間暴力の今後
――イラクの宗派間暴力は、戻ることのできない一点を通過してしまったのでしょうか。全面的内戦は不可避なのでしょうか。
それについて語るのは難しいですね。そうではないことを望むことができるだけであり、それを確実なものとするための唯一の可能性は、私がすでに述べたように、有志連合国軍隊の撤退の日程表を作ることです。そうなれぱイラクの主要勢力に、ある種の暫定的協定、つまり将来の持続的解決に委ねられる共生への何らかの方法を見いだすよう促すことになるでしょう。繰り返すことになりますが、誰も全面的爆発ぬきにこの状況から抜け出す道があるかどうかを、安心して予測することなどできません。
唯一の確実な事実は、米軍の駐留は最悪の結果を阻止するには何の助けにもならず、駐留が長引けば長引くほど状況は悪化するだけだ、ということです。占領が始まって以来、状況は着実に悪化してきました。この流れを魔法のように逆転させるのは、ジョージ・W・ブッシュが最近述べたようないわゆる「急速展開」ではないことは確かです。
――全面的内戦で勝利を収めるのは誰だと思いますか。
それも多くの要因に依存しています。非常に複雑な情勢です。この問題に回答するためには、「どういう内戦か、誰が誰に対して戦うのか」を考えなければなりません。それはそんなに単純ではありません。たんにスンニ派対シーア派ではないのです。シーア派の中にもスンニ派の中にも、重要な分岐が存在しています。全面的内戦について取り上げるのなら、まさしく誰が誰を敵とするのかについて語ることは、きわめて困難なのです。
宗派的・エスニック的領域で言えば、この数年間に起こった「浄化」による完結を思い浮かべるのは当然でしょう。この「浄化」以外に、戦争はある種の機動戦から陣地戦へと転化し、国の分割で多かれ少なかれ安定化させることもありえます。シーア派には、クルド人地域はもちろんのこと、アラブ人スンニ派の領域に侵攻しようという動機はほとんどありません。そしてアラブ人スンニ派は、イランに支援されたはるかに多数のシーア派を打ち負かすチャンスはないという事実を知らなければなりません。
長期にわたって戦争が継続しうる地点はキルクークです。アラブ人スンニ派とクルド人の数は大ざっぱに言ってほぼ同じであり、彼らはこの石油産出地域を確保、あるいは回復するために激しく戦うことになるかもしれません。それぞれのコミュニティーが自分たちのものだと合理的に見なしうる唯一の重要な石油地域はここだけです。
イラクの「レバノン化」
――米国のイラク占領は、米国のエリートの利害の観点からでさえも明らかに破滅的なものでした。現在、この破局がどのようにもたらされたかについて、多くの後知恵的説明が行われています。イラク国軍を解体し、脱バース党化したのは間違いだったのでしょうか。
間違いだったかですって? それは誰にとってかということ次第です。米国の帝国的利害の観点からすれば、つまり米国がイラクを支配するという観点からすれば、ブッシュ政権はイラク侵攻を決定した時から全く間違った選択しかしてきませんでした。この角度から見れば、イラクに侵攻するという決定自身が大きな誤りだった、と主張することができるでしょう。
しかし、軍事的侵攻を通じてイラクに米国の帝国的利害を押しつける、もっと効果的な方法があったかもしれないと述べることは可能です。つまりイラクのバース党国家機構の主要な一部を切り離して、取り引きすることを真剣にめざすというやり方をふくめて。それはあり得たことであり、着想され、準備までされましたが、侵攻の前にあっさりと放棄されました。
米国の帝国的利害の観点からすれば、確かに少なくともバース党機構の主要部分を通じて、ただしサダム・フセインぬきでイラクを統治しようと試み、彼らが最も関心を持っていることをこの方法で手に入れること、つまりイラクに大きな影響力を行使して、その石油生産と輸出を支配することは可能でした。そう、したがってこの角度からすれば、国軍を解体し、脱バース党化したことは致命的な誤りでした。しかし、それはモラル的な誤りだったのでしょうか。それはアラブ人シーア派の利害の観点からして間違いだったのでしょうか。私が、「それが間違いだった」かは、「誰にとってか」ということ次第だと述べたのは、そのためです。
脱バース党化は、その行き過ぎを除けば、モラル的に間違いだったわけではないことは確かです。バース党はとても殺人的な独裁者だったからです。残されたことは、どの利害を評価の基準にしているのかという計算の問題です。アラブ人シーア派の角度から見れば、バース党国家機構の徹底的な解体は、イラクで真の多数者支配を達成するためには全く必須の条件でした。
――アメリカのイラクからの撤退は、さらにひどい宗派間暴力を引き起こすと考えていますか。撤退は、バース党かイスラム原理主義者の勝利につながるのでしょうか。
イスラム原理主義の勝利は、あなたがすでに当然だと思っていることです。バース党はもはや再び状況の支配を実現できるだけの影響力を持ってはいません。アラブ人スンニ派の地域だけをとっても、おそらくそんな力を持ってはいないのです。
イラクから得られる情報を集約すれば、バース党機構が集中的ないし組織的方法で長期的かつ重要な支配を行うことはありそうに見えません。パース党機構の残党部分のほとんどは、バース党主義へのどのような忠誠をも主張していないさまざまなグループに分裂してしまいました。実際、イラクでは「サダム派」バース党に忠誠を誓う機構に現在残されているものよりも、アルカイダの方が大きな力を持っているように思われます。
そこで全面的内戦についての質問に戻ることにしましょう。現在あるのは国家の事実上の分裂です。イラクは、一方では宗派的・エスニック的相違、他方ではおそらく異なった政治勢力を基礎にした異なった地域に分割されるでしょう。つまり、同質的なアラブ人スンニ派地域ではなく、地域の各部分を支配し相互に衝突するさまざまなスンニ派勢力が現れるということであり、シーア派サイドでも同様のパターンが見られることになります。主要な二つのクルド人勢力は数年前に暴力的に衝突しており、この衝突が再発する可能性はきわめて高いのです。これが全面的内戦の結果として現れる最もありそうな事態です。
これは一九七五年以後、私の国であるレバノンを覆った情勢と似ています。その時、レバノンは二つの大きな陣営に分裂しただけではなく、各陣営内でさまざまな軍閥やその下部グループの支配下に陥ったのであり、同様のパターンは後にアフガニスタンでも繰り返されました。この状況を説明するために「レバノン化」という新語が発明されました。まさにイラクは完全な「レバノン化」の危険に直面しています。
(つづく)
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