| 安倍首相施政方針演説批判
かけはし2007.2.5号 |
正面に掲げた
憲法改悪方針
一月二十五日、第166通常国会が始まった。翌二十六日、安倍首相は施政方針演説を行った。今年を「美しい国づくり元年」とうたいあげた安倍は、「憲法を頂点とした、行政システム、教育、経済、雇用、国と地方の関係、外交・安全保障などの基本的枠組みの多くが、21世紀の時代の大きな変化についていけなくなっていることは、もはや明らか」と言い切った。そのために「戦後レジームを……大胆に見直し」、「美しい国、日本の実現に向け、……時代の荒波に耐えうる新たな国家像を描いていくことこそが私の使命」と打ち出したのである。
「成長力強化」のための「イノベーション」の開発、「自立の精神」にもとづく「何度でもチャレンジ可能な社会」などの新自由主義的「改革」路線のスピードアップの約束は、「世界とアジアのための日米同盟」というアメリカのグローバル戦争戦略の下での「戦争国家」化路線とセットであり、「海外派兵をためらわない」というNATO理事会での安倍の演説の中に、その本質がきわだっている。「教育再生」は、このような「我が国の『良さ、素晴らしさ』を認識する」国家主義方針を忠実に体現する「人材育成」のためのものである。
こうして安倍は、自らを「維新の志士」になぞらえ、「新しい国創りに向け、国の姿、かたちを語る憲法の改正」をあらためて強調している。安倍内閣にとって改憲手続き法案の「今国会での成立」がそのための最重点課題である。
改憲手続き法
案の成立阻止
一月二十五日、「07年5・3憲法集会実行委員会」は衆院第二議員会館で「改憲手続き法案を廃案へ! 院内集会」を開催した。国会開会日に開かれたこの日の集会は、与党と民主党の「合意」で「五月三日までに成立させる」(中川自民党幹事長)ことをもくろむ改憲手続き法案を絶対に廃案にする、という熱気にあふれたものとなった。
高田健さんの主催者あいさつの後、社民、共産の両党首が発言した。社民党福島みずほ党首は「改憲手続き法案は、国民投票のためのたんなる手続き法案ではなく、改憲発議がビルトインされている。最低得票率も規定されず、公務員・教員らの自由な言論の禁止など問題だらけの法案だ。共謀罪やゲートキーパー法案(弁護士の密告奨励法案)も準備され、ホワイトカラー・エグゼンプションもやらないとは言っていない。こうした悪法に対する闘いもふくめて全力を挙げて闘う」と語った。
共産党の志位和夫委員長は「アメリカといっしょに海外で戦争をやるための改憲だということは、安倍首相の発言のなかでますますはっきりしてきた。自民党も公明党も改憲そのものとは切り離された手続き法案だというがそうではない。TVコマーシャルの自由化は、カネのある者だけに有利な仕組みであり、改憲をやりやすくするための仕掛けが満載だ」と批判した。日本弁護士連合会の菅沼一王さんも「この法案をそのまま通してはならない」と訴えた。集会ではさらに日本青年団協議会、日本山妙法寺、ピースボート、子どもと法21の仲間や、航空安全会議の大野議長がアピールした。
5・3憲法集会実行委は、二月八日、二十二日に昼休み衆院議面集会を行い、さらに三月二日には、日比谷野外音楽堂での集会・デモ(午後6時半)を呼びかけている。
柳沢厚労相の
差別発言糾弾
安倍内閣は、憲法改悪手続き法案や「米軍再編法案」の今国会成立をねらう一方で、早くもその求心力を失い、閣僚や有力者がバラバラの動きを見せている。閣僚の相次ぐカネにまつわるスキャンダルに続いて、一月二十七日には柳沢厚労相が「少子化」問題にふれて「十五歳から五十歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭でがんばってもらうしかない」という最悪の女性差別発言を行った。「女性の活躍は国の新たな活力の源」とする安倍の施政方針演説にも見られるように、安倍内閣の「美しい国」とは、結局のところ女性を「産む機械」とする差別イデオロギーに貫かれたものだ。「ジェンダーフリー・バッシング」の元凶が内閣の中枢を占める極右国家主義と家父長制の本質がはからずもここに露呈している。
一月二十九日、東京高裁のNHK番組改ざん事件判決で、女性戦犯国際法廷のNHK放送番組に圧力をかけて改ざんさせた安倍、中川昭一らの行為も浮き彫りになり、原告のVAWW―NETジャパンが勝訴した。「美しい国」を掲げた極右改憲派に対する反撃を強め、彼らの女性差別主義を徹底的に糾弾しよう。柳沢は即時辞任せよ。安倍・中川らの責任を追及しよう! (1月30日 純)
世界社会フォーラム・ナイロビ
5万8千人が世界から集うしかし新しい問題点も……
`Indeed Another World Is Possible!aをスローガンに、第七回世界社 会フォーラム(WSF)がケニアの首都、ナイロビで開催された。
一月二十日から二十五日の六日間に、全世界から五万八千人の登録参加者を数えた。日本からも、ATTACジャパン、国際法律家協会、ピース
ボート、反差別国際運動、日本ジャーナリスト会議などから約五十人が参加した。
市内中心部に近いウフル公園での開会セレモニーには、キベラ・スラムからのオープニング・マーチで公園に合流した参加者を始め、数多くの人々が参加、スピーチを聞き、文化イベントの歌や踊りに体を揺らした。
メイン会場のモイ国際スポーツセンターは、市内中心部からは車で三十分ほど行った郊外にあり、巨大な陸上競技場の観覧席を区切ったセミナー会場を始め、大小のテント会場、参加各団体のブース、フード・ス
トールなどが並んでいた。ここで、本当に多彩なテーマによるセミ ナー、ワークショップ、プレナリーなどが行われた。多くの社会運動団
体は、それぞれのテーマについてアフリカの社会運動団体と結びつき、アフリカの問題を抱え込みながら、議論を作り出そうとしていた。
しかし、一方では、地元ケニヤ人参加者の登録料が五百シリング(千円弱)と高く、スラムなどで活動しているメンバーが参加できない、組織委員会の商業主義的傾向が目立つ、アフリカが現に直面している地域的
な問題についてのセミナーが少ない、などの問題点を指摘する人も多かった。二十三日には、ケニヤ人の参加を無料にせよという抗議行動も行われ、午後にはその要求が実現するという場面もあった。
次回の世界社会フォーラムは、二年後となる。世界の社会運動の結節点としての原点に返りつつ、さらに「グローバル・ジャスティス」「もう一つの世界」を求める広がりをどのように作り出していくのか、世界社会フォーラムの真価が問われているといえる。
(O)
(次号以後に詳報)
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