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アメリカの対中戦略とインドの思惑            かけはし2007.2.19号

米印原子力協力は何のため?

反核平和運動に問われるもの


原水禁などが集会
ミヤーンさんの報告めぐり活発な質問と意見交換



 一月二十八日、原水禁国民会議と原子力資料情報室の共催、ピースボートの協力で「NPT体制を根幹から揺るがす米印原子力協力」をテーマにした集会が東京・総評会館で行われた。講師はジヤー・ミヤーンさん。
 パキスタン出身のジヤー・ミヤーンさんは、米プリンストン大学ウッドロー・ウイルソン公共国際問題学部の科学および国際安全保障に関するプログラムで、南アジアにおける平和と安全保障に関するプロジェクトの研究者・責任者をつとめている。また核分裂性物質に関する国際パネル(IPFM)の中心メンバーであり、「憂慮する科学者同盟」やパキスタン・イスラマバードの「持続可能な開発政策研究所」でも仕事をしている(『世界』06年10月号にジヤー・ミヤーン、M・V・ラマナ「誤った目的、手段、必要――米国とインドの『核取引』の影で」が掲載されている)。
 この日の集会は、二〇〇五年七月にブッシュ米大統領とインドのマンモハン・シン首相の間で署名された米印原子力協力の政治的・戦略的意味を米国とインドの双方から捉えることを目的にして開催されたが、同時に日本政府が米戦略と一体となってインドとの同盟関係を強化しようともくろんでいることについても批判的視点を確立しようとするものであった。
 集会では、原水禁事務局長の福山真劫さんのあいさつに続き、ミヤーンさんの報告(要旨別掲)と、報告に対する活発な質疑応答が行われ、インドの国内政治、対中・対ロシア関係をふくめた今後の動向が検討された。その中では、今回の米印合意の内容はかつてのBJP(インド人民党)政権が求めてきたものであり、その当時は米国政府は拒否したが、国民会議派政権の下で米国が承認したのは「9・11」以後のアメリカの政策転換にあることが報告された。
 またロシアのプーチンがインドを訪問して印ロの核開発協力において二国間協力を進めることが合意され、中印関係も相互に敵対的意思を表明しない段階に入っている以上、アメリカの戦略的目的が実現されるかどうかは疑問である、との見方も示された。その一方で、マイクロソフト、ボーイング、ウォルマートなどの米国の大企業がインド市場を求めて核合意を支持していることも指摘された。
 さらにインドの核開発は再処理や高速増殖炉などの点で日本をモデルにしており、その意味で六カ所再処理工場の運転を阻止することは大きな影響を与えること、インドにとって求められているのは人口の半数以上が住む農村部の発展のための小規模なエネルギー源の開発であり、「都市の裕福な人のための開発か、農村の貧しい人のための開発か」という分岐が問われていることも提起された。(K)


ジヤー・ミヤーンさんの報告から
軍事用の原子炉は査察対象から外れる


 昨年十一月の米中間選挙の結果は、米印原子力合意に変更をもたらすものではなかった。同合意協定は、十一月に米上院で八十五対十二で可決された(下院では三百五十九対六十八で可決)。つまり民主党の圧倒的部分がこの合意を支持したのである。ブッシュ政権の政策変更が起きるとしても、この米印合意には変更はない。
 ブッシュとワシントン政権指導部は、この米印原子力合意を「核」の問題としてではなく地政学的観点から捉えている。核合意の部分は、インドとの戦略的関係を構築するための代償である。
 一九四七年のインド独立以来、とりわけ一九四九年の中国革命以後、アメリカはインドを戦略的同盟国として取り込もうとしてきた。一方インドは一九四七年以後、戦略的同盟国としての位置を拒否してきたが、それがいま変化しようとしている。アメリカの側から見れば、インドとの戦略的関係の重要性は冷戦期よりも増大している。そのことは国防総省やライス国務長官の発言からわかる。新興発展諸国の中で、中国がアメリカに戦略的に挑戦する可能性を持った唯一の国であり、したがって米国にとってはインドを同盟国に取り込むことが重要なのだ。
 二〇〇四年一月に、米国とインドとの間で署名された「戦略的パートナーシップの次のステップ」では、インドに民生用原子力技術、民生用宇宙計画、軍民共用のハイテク、ミサイル防衛の技術について供与することがうたわれた。この合意の目的について、米国務省はそのゴールは、インドが二一世紀の世界的強国になることを助けるだめだと述べている。この声明の軍事的意味について注目すべきであり、米印の核合意は四つの項目の一つにすぎない。
 米国側の交渉担当だった駐インド米大使は「アメリカは中国と対峙できるようにインドの武装を支援するべきだ」と語った。米国務省顧問は「アメリカが対ソの観点からイギリスやフランスの核武装を助けたと同様に、中国との対抗上インドを助けるべきだ。そのために水爆開発の支援を」と述べている。
 米国はインドから何を求めようとしているのか。議会の討論からそれが分かる。一つは中国との関係だ。中国は三十年ほどでアメリカをしのぐようになる。それに備えるために、十億人の人口を持ち、急成長を遂げるインドは戦略的に有利な同盟国となる、というのだ。またイランとの関係でも、パキスタンで事が起こった場合にも、非同盟国であるインドが米国主導の連合に入る意味は大きい。
 第二は、インドの基地や市場へのアクセスだ。原子力・軍事関係の企業はインド市場への優先的アクセスを求めている。

軍民分離計画を
受け入れた米国

 次に平和運動との関係で提起したい。二〇〇五年に米印が核合意に達したことは、アメリカにとっては法律を変更し、NPTの枠外の国との貿易規制を見直すことを意味した。NPTという国際的規則にもとづく規制がいつでも変更可能になったのだ。
 インド政府は、この取り引きの中で核施設の一部を完全に民生用にした上でIAEAの査察を受け入れる。インドは民生用施設とするものへのリストを提供する。そしてIAEAとの特別の保障協定を結ぶ。民生用とされているものに八基の原子炉がある。それ以外の八基は軍事用とされ査察の対象にはならない。使用済み核燃料は保障措置の外部に置かれ、軍事的計画の中に組み込まれる。
 こうしたインドの「軍民分離計画」をアメリカはそのまま受け入れた。インドが将来作る原子力施設は、インドの側が軍事用か民生用かを決める権限を持つのであり、米国はそれを認めた。インドは現在、国際市場からウランを輸入できず、自国のウラン供給も底をついている。米印取り引きがなければ、ウランを輸入することができず、一部の原子炉を閉鎖しなければならない状況だった。そこで軍事計画を中止するか、発電用原子炉を中止するかの岐路に立たされていた。
 しかし今回の協定で、すべてOKになった。民生用には輸入ウランをあて、軍事用は自国産でまかなうことが可能になったのだ。これによって軍事計画を早められる。核合意によってインドは年間原爆40〜50発分のプルトニウム生産ができる。ウランを外国から輸入し、高速増殖炉を使って純粋に軍事用のプルトニウムを作れる。そしてこの高速増殖炉は保障措置の外部に置かれている。
 パキスタンは米国にインドに対するのと同様の取り引きを求めたが、米国はそれを拒否した。パキスタンはインドとの均衡を確保するためには何でもする。パキスタンは遠心分離機をもう一つ製造し、核兵器用プルトニウムを製造するプランを持っている。印パの軍拡競争が加速化していくに違いない。
 しかし現在の段階では米印の合意はまだ実施には至っていない。今後の問題については国際関係が重要な意味を持っている。

どのような運動
が必要なのか

 アメリカが米印合意に基づいて変更した法律は、三十年前にインドが行った核実験に対処するものであり、そこではNPTに加入していない国には平和利用目的の核材料の提供をも禁止する内容になっていた。
 今回の米印合意による取り引きが実行されるためには原子力技術供給国グループ(NSG)の全会一致の承認が必要である。アメリカはこの規則をインドのために変えようとしているが、一つの国でも合意を止めさせることは可能である。しかし現在のところ、合意を阻止しようとする国はいない。
 しかし幾つかの国がグループを作って反対することは可能である。アイルランド、スウェーデン、ノルウェーなどの比較的小さな国は合意に反対であるが、中国は反対とは言っていない。中国は同様の合意をパキスタンとの間で結びたいと考えているのだ。そこで日本やその他の国が、合意を阻止するか、新しい条件を作ることが重要である。
 NSGの目的は核兵器用物質の生産を阻止することにある。核兵器用核分裂性物質の生産禁止は国連安保理決議で全会一致でなされたものであり、この安保理決議を基礎にした運動が必要である。インドとパキスタンの反核平和運動は、このような運動を提唱している。(報告要旨。文責編集部)


コラム
文章入門


 ただいま朝六時。眠い目をこすりながらパソコンのスイッチを入れた。今日十二日は『かけはし』の締め切り日である。そう、ボクは今からこのコラムを書き始めるのだ。もちろん今日が締め切り日であることは前から分かっていた。しかしだ。ボクの癖でギリギリになるまで書けない。ここで一言自己弁護すれば、書かないのではなくて、書けないのである。そのうえ途方もない遅筆であるから始末に悪い。
 締め切り日の焦りは、『かけはし』に限ったことではない。別に依頼されている週二本の新聞記事、月一本のコラムも同じことである。特に新聞の連載は、一本が人物取材、もう一本が歴史解説ときているからもう大変。それぞれ文字数は少ないのだが、エッセイではないので人物、場所の選定から始まり、事実確認やら写真撮影やら結構手間がかかる。まして遅筆なボクのこと、ペン書きのころは原稿用紙の升目が鉄格子に見えたこともしばしばだった。
 そんなボクが、数年前からシルバー世代向けの学校で年四回二時間ずつ、「文章入門―わかりやすい文章を書くために」という講座を持っている。講座によっては一回に二百人以上。演台から見る階段教室は、まるであり地獄のように思えてしまう。しかし、このあり地獄には、虫たちは決して落ちてこない。それよりも質問という毒矢を放ってくるのだ。つまり即答できないような質問をしてくるのだ。
 そのため講義を始める前に「私は文章の専門家ではありません。編集という仕事を通して今日まで培ってきたことをお話しします」と生徒たちにクギを刺す。そうボクは文章の専門家ではないのだ。文学部に学んだわけでもないし、国語教員の資格を持つわけでもない。そういうボクが「文章入門」だから恐ろしい限り。生徒のみなさん、申し訳ありません。
 さらにこの講座でボクは自分のことをまったく棚に上げて、生徒たちに文章を書くうえで理想的な話をする。「テーマを決める。書く目的は」「原稿が途中で進まなくなってしまうのは、何の計画もなく行き当たりばったりで書き始めた証拠」「箇条書きで原稿の展開を整理するとよい」「書き終わったら必ず読み返す習慣を。できれば一晩くらい時間をおいた方がよい」「原稿を書くにあたっては、その準備段階、実際の執筆、そして見直しという三段階に分けるのがわかりやすい文章を書くコツである」などなど。すべてボク自身に当てはまることばかりで情けない、の一言に尽きる。
 ここまで一時間十五分経過。隣の部屋では連れ合いがベッドから這い出す気配がする。早く書き終わらせねば。
 そうこうしているうちに、どうやら文字数がオーバー。セオリーに基づいて見直しをすることに。余計な物は削って論旨をまとめなければならない。でも、ちょっと待てよ。これは論文ではないのだから、起承転結でいうところの結、いわば落ちを付けなければまったくの書き流しになってしまう。
 そこで結論。講義用のレジュメに沿って原稿を書けばいいのだ。今から次のテーマと展開を考えれば、遅筆なボクでも十分に間に合うはずである。(雨)


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