大阪市による強制撤去を許すな
問われる公共部門労働者の立場 |
【大阪】大阪市は二月五日、長居公園で野宿生活をしていた人たちのテントを強制撤去した。
前日から泊り込んでいた仲間や、当日早朝にかけつけた仲間百数十人がヤグラの周囲に座り込み、抗議の声を上げる中、大阪市の「ゆとりとみどり振興局」等の腕章をつけた職員たちが次々とテントを壊し、中にあった生活用品をゴミのように運び出す。ヤグラの上では支援の活動家たちが、人間らしく生きることを訴える劇を上演する。
話し合いによる解決を求め、非暴力的な抵抗に徹したアピールは、広い共感を呼んだ。実際、「周辺住民が迷惑している」という大阪市側の一方的な宣伝は、同公園内で毎週二回行われた「長居公園の野宿者を応援する市民の会」の強制代執行反対署名への予想を超える反響によって破綻している。メディアの報道も、大阪市の強引なやり方への批判が目立っている。
テントは撤去され、追い出された野宿者たちは一層過酷な生活を余儀なくされている。しかし、強制撤去が繰り返されるたびに人々の関心は高まり、テント撤去だけでは何も解決しないということが多数の人々の意見となりつつある。
大阪市は野宿者対策として自立支援センターへの収容や、病気・高齢者に対する福祉的擁護等を実施し、その結果、市内の公園におけるテント・小屋掛けの数がピーク時(2000年)の二五九三件から六四〇件まで減少したとしている。
たしかに、自立支援センターや福祉的な支援は必要なことである。長居公園での署名活動をしているときに、「自立支援センターに入ったおかげで今では仕事も自分の住居も持てた」と話しかけてきた人もいた。しかし、現実にはそのようにして行政当局が言う「自立」に到達した人は自立支援センターに入った人の半数以下であるといわれている。多くの人たちは半年間の期限が過ぎて元の野宿生活に戻っていると言われている。福祉にしても、生活保護や健康保険を得るために必要とされる住民票の取得を支援した善意の人たちの行為が犯罪扱いされている。
差別をあおる
行政当局糾弾
深刻な失業と一連の福祉切り捨てのために、野宿者の問題は一層深刻化しており、「自立」の強制やテントの排除によって解決できないことは明らかである。このような状況の中で、公園をはじめとする公共の施設は、野宿者たちの(相対的に安全な)緊急避難の場として、また、野宿者たち自身の助け合いや支援者たちとの交流の場として利用されてきた。
大阪市は利用者や周辺住民の苦情をダシにして、野宿者たちの立ち退きを強制してきたが、これは全くの本末転倒である。しかも、周辺住民の苦情なるものが、タウンミーティング並みの「やらせ」であったことが明らかにされている。「市民の会」が配布したチラシによると、「大阪市は周辺住民が迷惑している。要望書も六通出ていると言って来たが、情報公開で、そのうちの三通が長居公園プールの所長、長居ユースホステルの所長、植物園の所長が、大阪市ゆとりと緑の振興局からの要請によって提出した」ものである。
公園をはじめとする公共の施設が切迫したやむをえない理由によって占有されている場合に、市・行政がなすべきことは、それに伴う周辺住民との軋轢を緩和・防止するための広報・啓発活動であり、そのような活動への支援である。周辺住民の反感を助長し、差別を煽るような言動を市の管理的立場にある者が率先して行ってきたという事実は、関市政と彼が進めようとしている市政改革の本質を表している。
今回の強制撤去をめぐって、当該の野宿者たちや支援のグループの自制された行動によって、暴力的な衝突は避けられた。しかし、今回も大阪市の現業労働者とその労働組合が強制代執行に動員され、業務命令を拒否できなかったという事実は、まさに悲劇的現実である。大阪市は「市政改革」の一環として公園の民営化を進めようとしている。公園のあり方、公共サービスのあり方をめぐって、現業労働者とその労働組合が問われている (K)
抗議行動に参加して
撤去部隊の面前で野宿者の思いをこめた演劇
一参加者に過ぎない私が報告を書くのはおこがましいと思いますが、伝えるべきものがあるとおもって投稿させていただきます。
白いヘルメットが
包囲するなかで
その日、長居公園仲間の会と支援者百五十人は、一つの舞台をつくり、その上で演劇をした。強制排除に動員された大阪市の職員二百人と雇われた三百人のガードマン。潜在的な仲間としてのこの人たちに見せるためである。舞台に上がったのは仲間の会の中桐さんやおっちゃんたちと支援者。これをまもるために、舞台の周りに人間の鎖を作った。「作業区域」は封鎖されるため、それ以外の人たちでその外側からの抗議と情宣活動、もしもの場合の救援を担当しました。
たくさんの横断幕。前夜からつめていた人たち。続々と駆けつける仲間。報道陣の放列。友人らと長居に行った私は、この日の行動の計画を聞き、鎖に加わった。どうがんばっても撤去されるという結果はひっくり返せない厳しい状況下で、それでもぎりぎりまで抵抗を行い、それを長居の仲間による演劇という表現行動として行う。それをみんなで守る。そういう選択をした、長居の仲間と支援者の気持ちのあり方に心が震えた。一体どんな思いで準備されてきたのだろうか!
九時から始まった執行では、こちら側が持てる力のほとんどを配置した舞台が後回しとなり、次々にテントが破壊されていった。テントに残った何人かは四肢をつかまれて排除されていった。出演者の仲間はそれを舞台上から見ていた。そして、白いヘルメットの群が舞台を包囲して、退去勧告を繰り返しながら迫って来る中で、思いをのせて演劇は行われた。
「この本州は地続きだ。ということは俺とお前は友だちだ」と旧き時代からの暴走族のおじさん。木を相手に独白する初老の男性。世界を飛び回ってへんてこな(そして哲学的な)ものを売っている商人。「私は世界よ!」と叫ぶ女性。「世界には言葉があるだけさ。実体は何も無い」と嘯く青年。コンクリートの下の土を求めて地面を掘りつづける男。
個性的な登場人物と豊かな台詞回し。生きていくということはどういうことか。発せられた言葉が胸に落ちる。演劇というものの力に私は驚いていた。それを守って座り込む仲間はみんなよい顔をしていた。長年の友人達。各地から駆けつけた初めて会う仲間。この列に加われたことを誇りに思った。
大阪市の撤去部隊に包囲されながら、演劇は実に三回行われたのだった。正午をまわったころ、ついに白いヘルメットの撤去部隊が人間の鎖の参加者につかみかかった時、こちら側の指揮者が笛を鳴らし、隊形を組替えて、演劇隊を内側にかくまうと、引き剥がされることのないように一塊になって、おしあいへしあいしながら撤去部隊の囲みをやぶり、一人も欠けることなく離脱することができた。そして、すぐさま舞台は壊されていった。
連帯して不正に
立ちむかおう
仲間の会と支援者は、誰も逮捕者を出さないために綿密に検討していた。非暴力直接行動として上演がおわるまでは、舞台を守る。仲間を引き剥がされないようにスクラムを組む。それでも大阪市側が排除を強行して来た場合は、ぎりぎりまで粘ってから、長居の仲間を守りながら撤退する。人々の一致した思いによって、このとおりに貫徹することが出来た。
その後、われわれはすぐ近くで集会をして皆で炊き出しをたべて、またちいさな集会をして解散した。追い出された仲間はいくつかの公園へ移ることになる。この日で終わりではない。「これを、この排除を最後の強制排除にしよう……!」と中桐さんは舞台上から撤去部隊へ呼びかけた。この悲惨な業務に動員された大阪市職員と警備員もまた、新自由主義が吹き荒れるこの時代にいつ今度は自分が犠牲となるかわからない。今日、文字通りバリケードの向こうにいた人たちと、連帯してこの不正な構造に対峙していくことが必要だ。そのために水平に広がる取り組みを皆で作っていかなくては、と痛感した。 (北)
|