二月二日、労働政策審議会は、労働者側委員から「残業代ゼロ、過労死をうむ長時間労働法案」と厳しく批判された「ホワイトカラー・エグゼンプシヨン」などを盛り込んだ労働基準法改正案と労働契約法の法案要綱を、労使双方の意見を付記する形をとりながらも、これを承認する「答申」を政府に提出した。通常国会での法案成立をあきらめていない財界と厚労省は、政府の「見送り」を撤回させる方向で再度動き始めている。〇七春闘の最大の課題として全国で闘いを進めよう。
「自由な働き方」という美名
二〇〇五年「悪名高い」オリックスの宮内が主導した規制改革・民間開放推進三カ年計画が出され、その中で今日の「雇用ビッグバン」の基軸となる「雇用改革」が明文化された。「ワーキング・プア」という言葉が言われ始め、「ニート」「フリーター」に表現される低収入で不安定な立場の非正規社員が社会的な階層として形成された。一方では「サービス残業が横行し、過労死に追い込まれるほど働かされ、それに見合う収入のない正社員。この上になお低賃金と長時間労働を強制する『雇用改革』」が打ち上げられたのである。
そしてこれを受けて〇五年秋には「今後の労働契約法の在り方に関する研究会報告」が出され、〇六年春にこの報告に基づき厚労省は、労政審・労働条件分科会に「私案」を提出したのである。
「私案」には二つの軸があり、第一は「労働契約法」の法制化による労働基準法の改悪である。戦後施行された労働基準法は、「一言でいってしまえば労働時間の長さ(量)について規制するのみであって、その位置はもちろん、位置の一時的変更や延長(所定外労働義務など)については何らの規定も置いていない」(日本労働弁護団、鴨田哲郎)が故に、労働時間をめぐる問題以外の点は裁判の判例によって判断されてきた。これを法制化しようというのが「労働契約法」である。仕事の多様化の中で経営者は「経営権」や「人事権」をテコに労働者には一方的に「義務」ばかりを強制し、権利が奪われていくことに歯止めをかけ、労使対等の立場の「法制化」こそ当初労働者側が要求した「労働契約法」であった。
だが厚労省の「私案」は、これを契機に裁判で争われてきた点を一方的に経営者に有利にする「法制化」である。その中心は@労使委員会構想A変更解約告知制度B解雇の金銭解決制度C有期雇用の締結と更新などである。
第二は「新しい自律的な労働時間制度」という「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」導入の目論見である。これは労働基準法の根幹をなす「一日八時間、週四十時間」という労働時間規制の適用から労働者を外すことを意味する。
メーデーの歴史を持ち出すまでもなく「一日八時間」は労働運動の歴史の中の最大の成果であり、人間らしい生活をするための基準でもある。フィラデルフィア宣言の「労働は商品ではない」に基づき、ILOの第一号条約になっているのもそのためである。旧来残業代がつかなかった「高い職責と重い責任を果たす管理職」を大幅に拡大・緩和し圧倒的多くの労働者をその枠組みの中に入れようとするのである。
労働政策審議会は労働者側委員の「自由な働き方という美名のもとで長時間労働を助長し、過労死・過労自殺を促進する。削除を求める」という意見。使用者側委員の「日本のホワイトカラーは生産性が低い。自殺を促進するということは全くナンセンスな発想だ」という意見が真っ向から激突とした。
〇六年十二月二十七日、労働政策審議会は労働契約法と労働時間法に関する「答申」を厚生労働大臣に提出した。「ホワイトカラー・エグゼンプシヨン」では適用対象者の収入額を明示せず、労働契約法では前記した五項目が最終報告からはずれた。これは闘う側の一定の成果ではあるが、最大の攻防は今通常国会から今年一年間の闘いに持ち込まれた。
厚労省と財界の強行姿勢
一月二十五日に開会された〇七年度通常国会を一部のマスコミは「雇用国会」と名付けた。それはこの通常国会に採用から退職までの雇用ルールを定める「労働契約法」と労働時間の規制を解除する「ホワイトカラー・エグゼンプシヨン」の二法案を始めとしてパート労働法、最賃法、雇用対策法など改正法案などの九つもの労働・雇用に関する重要法案が提出される予定になっていた。
だが年が明けると与党である自民党・公明党の中にホワイトカラー・エグゼンプシヨン法案の上程に反対する空気が広がった。「昨年末『格差社会』『二極化』といわれ批判が広がっているのに、『残業代ゼロ』では聞こえは悪いし、三〜四月の統一地方選、夏の参議院選は闘えない」。
公明党の太田は「働いている人々の感情・心情もあるし、拙速になってはならない」と言い、自民党の丹羽総務会長は「企業の増収が個人消費に回っていないという中で考えないといけない。格差が注目される中、ゴリ押しする話ではない」と。さらに青木自民党参院会長は「いろいろ誤解がある。説明不足だ」。
政府・与党の多数が「見送り」に向かって動き出した時、財界の抗議と圧力を受けた安倍首相はちんぷんかんぷんにも次のような談話を発表している。「家族そろって食卓を囲む時間はもっと必要ではないか」「家で過ごす時間は、例えば少子化(対策)にとっても必要。ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)を見直していくべきだ」と。
安倍は労働者がカネが欲しくてわざわざ残業をしていると思っているのだ。仮にそのような側面と要素があっても、それは賃金が低過ぎて残業代が生活費の一部にならざるを得ない現実を理解できないのである。当然にもこの発言は総理大臣でありながら、与党内は広がっている「見送り」を阻止する力にはならなかった。
この安倍の発言を聞いた経済評論家の内橋克人は「おぼっちゃまというか、一国の総理大臣が労働現場を全く理解していない。再チャレンジとか耳障わりのいい言葉を使ってはいるが、『格差社会』を本当にわかっていないから小泉のようにわかった振りもできない。自分が提案している政策が何を意味しているのか、本人がわかっていないのではないか」。
「見送り」の空気にあわてた厚労省官僚は柳沢厚労相を前面に押し出し、ホワイトカラー・エグゼンプシヨンの適用対象範囲を年収九百万円以上とすることを提案した。対象者が少ないことを強調し、なんとか与党と政府の「見送り」を阻止しようという苦肉の策であった。
厚労省によるホワイトカラー・エグゼンプシヨンの対象者数の試算では、年収九百万円以上の人は全体で五百四十万人で、そのうち部課長は三百万人、肩書きのない平社員で「仕事のやり方を自分で決められない人」が二百万人、残りの労働者四十万人のうちホワイトカラーは二十万人と計算している。この二十万人のうち適用者は一割の二万人とはじいている。適用には本人の同意が必要であるから、この御都合主義的な数字の算出には厚労省の内部からも批判が吹き出している。
なんとしてもホワイトカラー・エグゼンプシヨンを今通常国会で成立させたいのは、厚労省と経団連を中心とする財界である。だがこの厚労省試案が出ると、当初から年収四百万円以上という目論見を持っていた経団連は、四百万円以上であれば一千万人の適用対象者となり、一人あたりの年間残業代が百万円として計算すれば、何兆円もの利益が出るとはじいていたので猛烈に反対した。またサービス残業で告発された電機メーカーの経営者は、「あまり対象を限定されても困る。対象がどんな人かもあいまい。対象外の人に適用したとして労基法違反で摘発されかねず、怖くて導入できない」と批判するありさまである。
「小さく産んで大きく育てる」
こうした政府と財界のドタバタをみた民主党が、当初から反対を鮮明にしていた共産党、社民党とともに通常国会を「格差是正国会」として、「残業代ゼロ法案」を廃案に追い込むことを宣言すると、ついに一月十六日政府はホワイトカラー・エグゼンプシヨン提出を断念することを発表した。
だが厚労省と財界は今通常国会での成立をあきらめてはいない。経団連の御手洗会長はあらゆる機会に「多様な働き方の一つとして、ぜひ採り入れたいので承認してもらいたい。政府は経団連の意向を理解してくれている」と繰り返している。また一月十八日に開かれた政府の経済財政諮問会議で民間議員である丹羽・伊藤忠商事会長は「経営者は(社員に土日に仕事を)してもらっては困る。なぜなら出社されると残業代を全部払わなければならない。エグゼンプシヨンがあればその問題は解決する」とあからさまにエグゼンプシヨンが残業代の問題であると述べている。
厚労省官僚のねらいは一方で、盛り上がり始めた労働者の怒りをかわしながら、他方では「選挙を闘いえない」という与党を説得しようというものであった。このために経団連をはじめとする財界に「最初の一歩」を譲歩してもらうことであった。これが年収を四百万円ではなく九百万円と適用範囲を設定した意図である。
厚労省の腹づもりは、「労働者派遣法」と同じように「小さく生んで大きく育てる」方式を取ろうとしたのである。労働者派遣法は一九八六年の施行以降、九〇年代に二回、二〇〇四年に一回、都合三回も規制緩和し、さらに来年の国会では派遣先の職種、派遣期間も含めた全面改悪を企んでいる。
この意図は一月二十四日に明らかにされた労働契約法の法案要綱をみると鮮明である。雇用ルールを定める新法を「まずは成立」させ、後はどんどん規制を外し緩和していこうという意図に貫かれている。「私案」にあった五項目は「答申」では外し、賃金制度や勤務時間などの就業規則を労働者に不利に変更する場合は、「労働者との合意」を前提にすることを明記し、労働者側に対して形だけ一定の「配慮」を示している。
現行の労働基準法では、就業規則は労働者の合意がなくても、意見聴取をすれば会社が作成・変更できるが、賃下げなど労働者に不利益な変更に制限がなく、労働者が訴えて裁判で争う形になっていたのである。だがこの一見労働者側に配慮したようにしながら、「合意がなくても、労働者に変更を知らせ、変更内容が合理的であれば不利な変更もできる」という例外規定が付け加えている。つまりどうにでもとれる抜け道が準備されているのである。
その他の関連法も同様である。表向きは安倍政権の選挙対策的「再チャレンジ」の言葉を並べているが、すべてに抜け道と例外をもうけ実質的な変更をしないようになっている。それは「格差」の固定であり、さらに「格差」を拡大させるものになっている。
パート労働法の改正要綱では、「正社員との賃金などでの差別待遇を禁止」するのは、「雇用契約期間に定めがないパート」と明記しているし、「仕事内容のほか、採用や転勤などの人事管理も正社員と全く同じ条件で働くパート」と明記している。多くのパート労働者は有期契約を反復更新しているのであり、転勤、配転も同じとなれば、パートから正社員になれる人はほとんどいない。現在パート労働者は千三百万人といわれているが、この法律によって正社員になれる労働者は一%もいないということはすでに学者も財界も認めている。
これは最低賃金法改正案の要綱でも同様である。要項では「労働者の賃金の最低限を保障する安全網」と位置づけ、「地域の労働者の生計費、賃金、企業の支払い能力を考慮して」金額を定めるとなっている。これを守らない企業には現行の労働者一人あたり「二万円以下」から「五十万以下」に罰金を大幅に強化することになっているが、地域別を「賃金の安全網」として、産業別の最低賃金には罰則を適用しないことになっているのだから「ザル法」そのものである。
現在日本の地域別最低賃金は全国平均で時給六百七十三円で千円前後の英仏を中心とするEUよりかなり安いだけでなく、実際の金額は都道府県別の審議会で決定され、国には一切権限がない。ここに東京や神奈川、大阪など十一都道府県で最低賃金より生活保護の方が上回るという現象が出てくるのである。民主党は「全国一律千円」のスローガンを掲げているが、額だけではなく最低賃金の法体系全般に手をつけることを明確にしない限り、所詮はカンパニアに過ぎない。
雇用対策法も「高齢化社会に対応するために、年齢に対する制限をはずす」ことになっているが、採用については各企業に判断がまかされ、罰則がなければこれも同様である。
安価な労働力の「有効活用」
バブル崩壊の中で、日本資本主義は自らの延命のために一切の犠牲を労働者に押しつける計画を練った。一九九五年に当時の日経連が打ち出した「新時代の『日本的経営』」という報告書がそれである。そのねらいは戦後日本資本主義を支え、高度成長の土台になった終身雇用型の解体をめざすものであった。
資本は昇給や退職金、年金のある正社員は企業中枢の少数にしぼり、その他は有期雇用の非正規社員に置き換えて、さらにはすでに施行されていた労働者派遣法で禁止されていた製造部門を緩和し、また響きのいい「アウトソーシング」という言葉を使い、外注・請け負い労働を動員して「低コストでの生産」を維持しようとしたのである。
この攻撃は一九九七年に始まった金融危機の中で全面化する。一方では銀行をはじめとする金融機関に対して国家財政にも匹敵する七十兆円もの税金を投入し、他方では中小零細企業を次々と倒産させ、さらには未曾有の首切り合理化を軸とするリストラを遂行し、「労働力の買いたたき」構造をつくり出したのである。それは不況下の雇用調整という水準ではなく、明らかに不況を利用した資本の「新時代の『日本的経営』」の実現であったといえる。
当時の経営者の「有名」な言葉がある。「必要でないと少しでも思ったら首を切れ、この時代、理由はいくらでもある。裁判になったら不況・倒産の危機をいえば通る。例え裁判で負けても、その頃には新しい局面が始まっている」。
経済学者によるとバブルの崩壊は企業と資本に「三つの過剰」を強制したといわれる。設備、債務、雇用の三つであるが、先に述べたように国と政府は税金の投入とゼロ金利によって過剰債務を救い、残りの二つは倒産、工場閉鎖、首切り、非正規職の拡大によって乗り切った。つまり労働者を犠牲にしてである。
この結果、現在五千四百万人の労働者のうち正社員は三千八百万人、非正規雇用が千六百三十万人となり、非正規雇用は労働者全体の三分の一強を超えるに至っている。さらにこの非正規雇用を細かく見ると直接雇用といわれる契約・嘱託社員は二百八十万人、アルバイトが三百四十万人、パートが七百八十万人となっている。間接雇用といわれる部分では請負雇用が八十六万人、派遣が百六万人となっている。さらに自営業者と呼ばれる九百三十万人の中で個人請負は八十万人といわれているが、運送業、建設業で広がっている個人請負という名ばかりの労働者は実質百万人をはるかに超えているであろうことは予想に難くない。
正社員の生涯賃金は二億円を超えるのに対して非正規雇用では一億円にとどかず、若くしてパート、アルバイト、さらにはニート、フリーターと呼ばれる部分では五千万円にも達していない。厚労省の賃金調査でも正社員が月の賃金が三十三万円であるのに対して、非正規雇用ではその六割の十九万円である。これこそがバブル崩壊以降に急速につくり出された「格差社会」の実体なのである。その上、圧倒的多数の非正規職が十五万円前後であるという調査結果も出ている。
しかしこの時期、「労働法制」の全面的見直しが出てきたのは、バブル崩壊以降、資本にとって「『新時代の『日本的経営』」という指針があったにしろ、結果的には自然発生的に成立した格差社会をさらに法的に整理し、より階層分化を明確にし、次の「すさまじい国際競争力の中で、労働者が企業にぶらさがって安閑としていられる時代ではない局面」に備えるというのがねらいである。
「日銀短観」によると製造業・非製造とも売上高に占める利益率はバブル期を上回る水準に達し、過剰債務どころか企業の借金返済は終わり、利益の大部分は設備投資にまわされている。そして逆に労働力は過剰ではなく、数年前より不足状態に突入している。
企業が労働分配率をあげることなく、不足し始めた労働力を次の局面に向けて「より安く」「更に有効活用」するための労働政策こそ一連の「労働法制」の見直しである。
人間らしい働き方と生活を
資本はこの「労働法制」の見直しを「労働ビッグバン」と呼んでいるが、かつての「金融ビッグバン」と呼んだのは金融の「世界基準」の導入という規制緩和であった。その結果、新自由主義の代名詞ともいうべき「民営化」、多国籍の「ハゲタカファンド」が横行し、ライブドア問題、村上ファンド問題を生みだした。
今回の「労働ビッグバン」は労働時間を規制しないアメリカ式の基準を法的にもつくり出そうというのがねらいである。それは経団連を中心とする総資本の要求であり、アメリカ帝国主義の要求でもある。資本と政府がこの政策の最大の核心として導入しようとしているのが、「ホワイトカラー・エグゼンプション」である。したがって資本と政府はこの労働政策を一つの労働政策としてではなく、「労働ビックバン」の突破口として位置付けているのである。
この制度の導入は労働力の不足が意識され始めた二〇〇一年頃から経団連と御用経済学者の中で言われ始め、政府の総合規制改革会議の答申に登場する。そして〇五年、前記したようにオリックスの宮内が主導した規制改革・民間開放三カ年計画の中で明文化され、〇五年には「研究会報告」、〇六年に厚労省「私案」として形づくられてきたのである。
当然にも、「労働ビッグバン」は労働者五千四百人と請負という名の百万人を超す労働者全体を再編のターゲットにしている。
この「労働ビッグバン」の一方の軸が、三千八百万人の正社員の再編である。「研究会報告」「私案」の中に明記されたホワイトカラー・エグゼンプシヨンだけではなく、「答申」では外されているが労働条件を変更できる労使委員会、解雇の金銭解決などの五項目は正社員の再編攻撃のための資本の「方針」に他ならない。ある学者は「正社員の四割強がすでにサービス残業をしており、エグゼンプションの一部はすでに定着している」「あとは制度だけだ」といい、経団連の幹部は「エグゼンプションがあれば職種に制限されず、深夜や休日の割増賃金、残業代も払わないで済む」というふうに本音を隠さない。
「労働ビッグバン」の第二の軸は、現在千六百三十万人の非正規雇用の労働者をより「有効活用」するための全面的な再編と再配置攻撃である。すでに述べたようにパート労働者法はパート労働者を正社員にする道を開くものではないし、雇用対策法はより露骨に「団塊の世代」七百万人をより安いコストで再び労働力構成の中に組み込もうとするもの以外ではない。
非正規雇用の再編、再配置攻撃は主として二つの方針によって計画されている。ひとつは〇八年に法制化が目論まれている労働者派遣法の全面改正により、派遣社員の直接雇用義務を定めている「三年の派遣期間」をなくすことであり、人材派遣ができない職種を取り払うことである。
もうひとつが請負法制の改正である。キャノンは製造ライン職場での偽装請負の実態を告発され、一度は謝罪し、労働基準局の指示にしたがった。だが経済諮問会議のメンバーで、キャノンの会長であり、経団連の会長でもある御手洗は「偽装請負は法律の不備の結果であり、請負法制、労働者派遣法もいっしょに見直してもらいたい」「派遣が三年経過したら正社員にしろ、では日本のコストもたちまち硬直的になる」と居直ったのである。
「自由な労働」を要求される正社員には「権利」はなく義務だけが強制され、非正規雇用には「選択」の自由はない。安倍のいう「戦後レジームの解体」は、雇用の側面でみても最終的に憲法で保障された「人間的生活」を奪い取る「雇用破壊」に他ならないし、「再チャレンジ」は受けをねらった「言葉遊び」でしかない。
「(八〇年代総評が解体され、連合の発足というナショナルセンターの改編に至り、……『規制緩和』が声高に叫ばれ戦後労働法制を根本から覆すような攻撃がなされてきた)この事態は私に言わせれば労働労働組合勢力からスト権という`牙aを殺ぎ、集団的労使関係で`外濠aを埋め、……労働者の存立の基盤である『労働契約』=`本丸aへの支配を露わにし、`内濠aを埋めようとしている」(労働弁護団、新井章の弁護士・今昔)。
ホワイトカラー・エグゼンプシヨンが導入されるならサービス残業を告発したり、過労死の原因を探ることができなくなる。また労働契約法が全面化すれば労働基準局も介入できなくなり、裁判に訴えることもできない。闘いは正念場を迎えている。今春闘で全国でホワイトカラー・エグゼンプシヨン導入反対、労働契約法の反対の闘いを組織しよう。 (松原雄二)
07けんり春闘実行委員会出発
生活できる賃金を!労働法制大改悪にストップを
二月一日、東京・全水道会館で「07けんり春闘全国実行委員会発足総会・学習集会」が行われ、百二十人が参加した。最初に、二瓶久勝さん(代表幹事・金属機器協議会)が代表あいさつした。
「安倍政権は改憲の作業に入り、これとどう対決するかが政治的に重要な課題となっている。労働情勢では、ここ五〜六年賃上げがない。四百万円以下の給料の労働者が四〇%を占め、二百万円台が増えている。非正規職が三分の一となっている。こうした情勢の中で、労働組合の存在が問われている。今春闘は@資本と対決するA非正規職労働者の待遇改善のための闘いB会社によって一方的に作られる就業規則が労働協約となってしまうような労働法制の改悪に反対して闘う」。
続いて、中岡基明事務局長が議案と行動提起を行った。
春闘スローガンは以下の通りである。@健康で文化的な生活をすべての労働者に! 生活できる賃金を! 均等待遇実現! 長時間労働禁止!A労働者を使い捨てにする労働契約法反対! 不払い残業を合法化する労基法改悪反対! 偽装請負を合法化する労働者派遣法改悪反対! 労働者のための労働法制の確立を!B核も戦争もない平和な世界・日本を! 平和と民主主義を守り、憲法改悪に反対しよう! 福祉切り捨て、増税に反対し、格差社会をなくそう!
当面の行動として。2・16東京総行動・日本教育会館で集会(午後6時半)、3・4外国人労働者総行動・大行進(宮下公園・午後1時)、3・5外国人労働者の生活と権利のための春の総行動、3・16統一街頭宣伝、3・23春闘勝利!労働法制改悪反対!中央総決起集会・デモ(社会文化会館、集会午後3時半、デモ午後4時半)。
次に、学習討論集会に移った。風間直樹さん(週刊「東洋経済」記者)が取材してきた雇用破壊の現場を報告した。ニッポン製造業復活の象徴「シャープ亀山」の`逆説a、異形の帝国「クリスタル」の`実像a、若き「請負」労働者たちの`喪失a、「正社員」を襲う`ホワイトカラー・エグゼンプションの衝撃a、労働法`番外地aに置かれる「個人請負」の悲惨。風間さんは報告を終えるにあたって、「財界や安倍政権が進める規制緩和・新自由主義政策を理論的に擁護する『解雇規制は雇用機会を減らし格差を拡大させる』と主張する経済学者がいる。こうした労働ビッグバンと対抗する戦略が問われている」と提起した。
闘いの現場から、全港湾の伊藤書記長。「他の産業から港湾に参入できるようになり、秋田がその標的になったが、全国統一ストを行ってはねかえした」。都労連・全水道東水労の伊原組織部長。「東京都はセーフティネットの破壊を行ってきている。労組活動への処分、規制を強めようとしている。全国的にも公務員労働運動の破壊が全面的に進んでいる。官民の枠、正規・非正規の枠を超えて闘いたい」。全統一千葉市非常勤組合労組。「図書館で働く非正規労働者は六カ月の雇い止めや低賃金で働かされてきた。労働組合を作って、解雇撤回や賃下げを打ち破ってきた」。コンドルユニオンのモニカ書記長は「十六年間働いても楽にはなれない。良い生活をかちとるためにもがんばりたい」。最後に韓国山本労組の仲間たちが闘いのアピールを行った。
集会の最後に、会場に参加した全港湾の組合員が「本当に資本とストを構えて闘う気概があるのか、闘う体制を確立して断固闘おう」と緊急発言を行った。藤崎全労協議長がこの発言を重く受け止め「団結して07春闘を闘おう」と団結がんばろうで発足集会を終えた。 (M)
コラム
「女は産む機械」発言
柳沢厚生労働大臣が一月二十七日、松江市で開かれた自民党県議の講演会の集会で「十五〜五十歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」などと述べたことが報じられた。その発言に対し与党である自民党、公明党の議員からも批判され、野党各党からも辞任、もしくは首相による罷免が要求された。しかし安倍首相は「厚生労働相の発言は、私としても不適切な発言であったと考え、今後誤解を生じないよう厳しく注意した。閣僚の発言は重く、今回の発言で多くの女性の心を痛めたことに対し深くおわび申し上げる。厚労相も深刻に反省している。今後、国民の立場に立った厚生労働行政を進めることで国民の信頼を得られるよう職務を全うしてもらいたい」などと発言し、今回の厚生労働相の発言では罷免しないことを表明。野党は衆院予算委員会の審議拒否(共産党は委員会欠席)を行い、与党は補正予算案を単独審議し、衆院を二月二日に通過した。
安部首相は一月二十六日の施政方針演説で「子供は国の宝です。安心して結婚し、子供を産み育てることができる日本にしなければなりません。少子化に対し、更に本格的な戦略を打ち立てます」と表明している。その翌日に少子化担当の重要な任務を担うべき厚生労働相が「女性は産む機械だ」との発言を行ったということは、安倍政権の少子化対策の本音を語ったものといえよう。彼らからは「女性は機械のように子供を産み、育て」、厚生労働省担当の「残業代ゼロ制度」に代表されるよう「男性は労働力、死ぬまで働け」といっているとしか思えない。男女に分業を強いて子供を産み、育てることで少子化を改善できると思っているのだろうか。子供を産み、育てるのは男女の責任である。そしてそれを手伝うのが社会であろう、「郵便ポストの数だけの保育所を」のスローガンを叫んでいたのを思い出す。
また労働者の生活の安定も重要であろう。しかし、現実には派遣労働の拡大、請負労働の拡大などでの正規、非正規労働者の労働条件の格差は拡がるばかり、週四十時間働いても年間賃金が百万円台のいわゆるワーキングプアー労働者が増加している。正規労働者間の成果主義賃金体制も将来を見通せなくしている。これらの問題に対する安倍政権の具体的対策は、今国会での施政方針演説、代表質問の答弁などからは全く見受けられない。これら格差の解消なしには「安心して結婚」「子供を産み、育てる」ことはできないだろう。
新聞などの報道によれば、辞任、罷免の行方は愛知県知事選、北九州市長選の結果いかんだろうとのこと。審議拒否方針が良いのか、徹底討論方針が良いのかは判らないが、いずれにしても衆院は与党が圧倒的多数であり、政府提案の法案の多くは可決されることになるのだろうが、昨年の沖縄県知事選待ち後の国会のようにはなってほしくない。(高)
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