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健康破壊・過労死を促進する労働法制の改悪に反対しよう |
労基法の根幹を
解体する攻撃
政府・厚生労働省は、何時間働いても残業代が出ない制度(ホワイトカラーエグゼンプション=労働時間規制の適用除外)、不当解雇でも金さえ払えば解雇できる「解雇の金銭解決制度」、労働者が反対しても就業規則を変えれば労働条件を変更できる――などの労働法制の改悪案を今年の通常国会に提出しようとしている。
百年以上にわたって、労働者が多くの犠牲を出しながら、闘いとってきた一日八時間、一週四十時間という労働基準法の根幹をなきものとし、解雇されて裁判で勝っても職場復帰できないという、解雇争議を根本から否定する攻撃がアメリカの意向を汲んだ日本の大ブルジョアジーによってかけられようとしている。憲法改悪阻止の闘いとともに、労働法制改悪反対の闘いは今年の最大の闘いとして取り組まなければならない。
二〇〇六年十二月八日、厚生労働省は労働政策審議会労働条件分科会に、労働時間と労働契約にかんする最終報告案を提案した。労働時間ルールを外す「自由度の高い働き方にふさわしい制度」(日本版エグゼンプション制)と、原職復帰への道を閉ざす解雇の金銭解決制度の新設について、労働側は全面削除を主張した。一方、使用者側は「年収要件は不要」「中小企業にも使える制度を」「日本のホワイトカラーは生産性が低い。早急に導入して、競争力をつけなければならない。解雇の金銭解決は早期解決に資する」などと強調した。
小泉内閣が行
った閣議決定
厚労省は本来ならば、過労死・過労自殺につながる長時間労働を改善させるような法案を提出すべきなのに、これに逆行する案を出そうとしているのはなぜか。
二〇〇二年に、オリックスの宮内が中心となって総合規制改革会議が「中間とりまとめ」でホワイトカラー・エグゼンプションの導入についてふれた。そしてこれを受けて、〇三年に労働政策審議会建議で「今後検討することが適当である」とした。
具体的な動きになったのは、〇五年三月に、小泉内閣が「規制改革・民間開放推進三カ年計画」を閣議決定したからであった。
そのなかで「二〇〇四年八月に改正規則が施行されたアメリカのホワイトカラー・エグゼンプション制度を参考にしつつ、現行裁量労働制の適用対象業務も含め、ホワイトカラーの従事する業務のうち、裁量性の高いものについては、改正後の労働基準法の裁量労働制の施行状況を踏まえ、労働時間規制の適用を除外することを検討する。その際、管理監督者などを対象とした現行の適用除外制度についても、新たな深夜業に関する規制の適用除外の当否も含め、併せて検討を行う」とした。
この閣議決定を受けて、厚労省は昨年一年かけて導入にむけて、労政審に対して何度となく素案を出してきた。それをいよいよ、法案としてまとめて出そうとしている。
見直しを要求し
たのはアメリカ
この労働法制の規制緩和の動きは、アメリカブルジョアジーの強い要求でもある。十二月六日、日本に進出している米国企業でつくる「在日米国商工会議所」が厚労省に対して労働時間法制見直しについて意見書を提出した。
この意見書で、「健全な雇用流動化」などをあげつつ、残業代を支払うような制度では「収入を増やすことを目的とする長時間労働を助長するだけ」、「ホワイトカラー労働者は収入目当てでわざわざ残業し、自ら過労死を招いている」と指摘した。
そして具体的には「現代に即したホワイトカラー・エグゼンプション制度」の導入が必要。@年収要件は八百万円以上A裁量労働制の対象業務を含む業務要件を設定B労働者の同意は不要C労使協定や労使委員会の決議も不要D対象者になれば元の制度への復帰は不可能――という方向を打ち出している。
日本にホワイトカラー・エグゼンプション制を導入すれば「ホワイトカラー労働者から、より効果的に、より生産的に働く意欲を引き出すことができる」とし、生産性があがれば「日本は海外投資家にとってより競争力のある魅力的な市場になる」と表明している。
さらに深刻化す
る長時間労働
日本労働弁護団と過労死弁護団全国連絡会議が二〇〇六年十二月に実施した「全国一斉長時間労働・過労死・過労自殺一一〇番」には、長時間過重労働に関する相談が数多く寄せられた。全国二十一カ所で実施、合わせて三百十八件の相談があった。過労障害の労災補償をめぐる相談は五十件。このうち脳・心疾患が十二件で、自殺・精神疾患が二十八件だった。過労死予防に関する相談は八十二件あった。
自動車ディーラーで働く課長職(40代)の妻は「毎日早朝に自宅を出て、帰宅は午前一時ごろ。穏やかな性格が怒りっぽくなった。うつ病も心配」と訴えた。プログラマーとして働く二十五歳の娘の健康を心配する母親は「朝七時から午後十一時までの勤務で、土日の勤務も多い。内蔵が悪くなった。自分だけ辞められないと言っている」と、相談してきた。
「夜行運転先で脳卒中により死亡」(男性・バス運転手)、「脳出血。月百時間ほど残業していた」(50代・建設)、「半年間、早朝から深夜までの勤務が続き自殺した」(50代男性・公務員)などの事例も寄せられた。
労働弁護団などは、こうした労働者の多くが厚労省内で審議されている日本版エグゼンプションの対象者であり、「過労うつ、過労死の危険に現にさらされているのが実態」と指摘し、導入を強く批判している。
労働基準監督官
の6割が反対
労働行政の職員を組織する全労働省労働組合(全労働)が日本版エグゼンプション制の導入について、〇六年十一月にアンケートを実施し、千三百十九人の労働基準監督官が回答した。監督官は労働者や事業主と接しながら、労働基準法などの順守を監督指導している。
日本版エグゼンプション制の導入については、六〇%が「導入すべきでない」と回答。スタッフ職と呼ばれる「名ばかりの管理職」を管理監督者と同じように労働時間ルールの適用除外にすることには、約七四%が反対を表明。企画型裁量労働制の対象範囲を広げることについても、約七二%が「すべきでない」と答えている。
今後の労働時間法制などの改善方向をたずねたところ(複数回答)、上位を占めたのは「労働基準監督官の増員」(71・3%)、「労働時間の把握義務の強化」(64・2%)、「管理監督者の範囲の厳格化」(57%)、「労基法違反の罰則強化」(56・7%)などだった。このことからも、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入ではなく、現在の労基法の厳格な運用が求められていることが分かる。
共同行動が広
がりはじめた
〇六年十月二十四日と十二月十一日に、全国過労死を考える家族の会は厚労省に対して、@八時間労働制度をなし崩しにするホワイトカラー・エグゼンプション制度の導入に強く反対するA労働者の命と健康を守るため、労働基準法その他の労働法規を企業に厳格に守らせるB過労死・過労自殺を出した企業は、厳格な行政指導のほか、社名を公表するとともに厳罰を科す――ことを求めた。
〇六年八月一日に派遣労働ネットワーク、日本労働弁護団、全国安全労働安全センター連絡会議が呼びかけ、多くの賛同を受けて、「労働時間規制の撤廃に反対し、人間らしく働くための労働法制を求める共同アピール運動」が発足した。全国ユニオンや全労協、全労連なども共同行動を強めている。アピール運動は、毎月開かれた労政審への要請行動や11・28全国一斉行動、12・5日比谷野音集会・デモを行ってきた。こうした共同行動を発展させ、なんとしても労働法制の改悪を絶対に阻止しよう。 (山本 進)
映評
監督:ケン・ローチ 脚本:ポール・ラヴァディ
「麦の穂をゆらす風」
アイルランド独立闘争の中で
反英抵抗闘争が
生み出した亀裂
物語の舞台は、一九二〇年のアイルランド南部、コーク州。第一次世界大戦中の一九一六年、イギリスからの独立を求めたイースター蜂起が血の弾圧を受けて失敗。それをきっかけに、アイルランドの人々のなかに七百年にわたるイギリス支配からの解放を求める気運が急速に高まり、イギリスは全土に戒厳令をしいて独立運動を押さえ込もうとしていた。前年の総選挙で圧勝したシン・フェイン党はイギリスからの独立を宣言し、IRA(アイルランド共和国軍)を組織。各地で地域ぐるみの反英抵抗活動が拡がっていた。
主人公はコークに住む二人の兄弟である。兄のテディは地域の抵抗運動のリーダー格。一方、医者である弟のデミアンは当初、独立運動には消極的である。しかし、激化する反英闘争とそれにたいする弾圧のなかで、彼もいつしか抵抗運動の渦中に身を投じていく。山間部でのゲリラ戦、警察署の襲撃、裏切りと裏切り者の処刑、拷問……自由と独立という輝かしい目標への厳しく悲しい道のりはつづき、一年後ついにイギリスは停戦条約に調印、アイルランドからの撤退を決める。だが、それはアイルランドを自由国としてイギリス連邦のなかに止めるということだった。主要な港はイギリス軍によって引き続き管理され、議会はイギリス国王に忠誠を誓うことを求められた。プロテスタント(新教徒)やユニオニスト(連合主義、親英派)の多い北部の六州はイギリス領に留まることになる(現在の北アイルランド)。
多くの犠牲と引き替えに得たはずの独立は、独立のあり方を巡る内戦へとつづき、テディとデミアンの兄弟のあいだにも深い亀裂が生じてしまう。武装闘争の過程で自由国政府の幹部になった兄・テディは条約を支持するが、前線で労働者や貧農とともに戦い続けたデミアンは完全な独立を主張。独立闘争をともに闘った仲間同士で殺し合う内ゲバはイギリスの支援を受けた自由国政府側が勝利し、デミアンは捕えられる。弟を殺したくないテディは仲間の情報と引き替えに釈放を持ちかけるが、デミアンは拒否し銃殺される。
身体的痛みそのも
のとしての暴力
『大地と自由』『ブレット・アンド・ローズ』『スゥイート・シックスティーン』などつねに一般の民衆の現実と向き合い、ドキュドラマとよばれる独特のリアリズムを追求してきたケン・ローチらしく『麦の穂をゆらす風』においても独立を巡る闘いを単純な民族解放ではなく、階級の問題や闘いが内包せざるを得ない〈暴力〉の問題としてストレートに描いている。それは、政治的な表象ではなく、身体的な痛みそのものなのである。
例えば、兄・テディが拷問で手の爪をペンチで剥がされるシーンはテディの悲鳴と荒い息づかい、そして彼を押さえるように命令された兵士が必死で顔を背ける様、などのカットで構成されるが、このシーンが描写するのは〈英雄的な自己犠牲〉ではなくテディ自身の肉体的、精神的な痛みなのである。クライマックスにデミアンが処刑される場面もこの点で印象的だ。妻・シネードに最後の手紙を書き、刑場に引き出されるデミアン。時間の省略をほとんど行わず、死に向かって高まるデミアンの恐怖、そして処刑を命じる兄の苦痛を丹念に描写している。
これらの〈暴力〉はデミアンとテディの双方に深い傷を残し、二人とも最後までそれを抱えていくが、これは力の支配に対抗するときにどうして避けることが出来ない。この兄弟の対立は最後まで解けることはないだろう、とケン・ローチは述べている。「悲しいことに、正義という立場を得るにはそうした激烈なやりとりを通らなくてはならないわけです」
正義を得るための
激しいやりとり
この映画ではもう一つ私にとって印象的なシーンがある。アイルランド人の機関士たちがイギリス軍の輸送を拒否するところだ。丸腰の彼らが銃で脅迫され、ひどく殴られながらも「組合の決定だ」と最後まで頑張る緊迫したシーンは、「正義を得る激烈なやりとり」とは何かということをデミアンとテディのケースとはやや異なる観点からわかりやすく、しかし深く問いかけている。
自由と解放、民主主義と平等、これらすべての目標は平和であり、その手段は闘争である。権利の侵害にたいする絶えざる闘いによってのみ私たちは未来を手にすることが出来る。デミアンたちは民族の解放が約束する未来のありかたを問題にした。テディや自由国政府が約束したのは資本家のための独立であり、デミアンがもとめたのは労働者と農民のための独立だった。そして、歴史が与えた試練はデミアンたちにより重いものとなったのである。アイルランドの特権階級はアイルランドの労働者や農民たちよりもイギリスの資本家たちとの方が上手くやっていける。映画では一九一六年の蜂起で処刑されたアイルランドの社会主義者、ジェームズ・コノリーの演説を引用している。
「明日、イギリス軍を追い払い、ダブリン城に緑の旗(アイルランド国旗)を掲げようとも、社会主義共和国を組織しない限り我々の努力は無に帰する。イギリスは、資本家を通して、その地主を通して、その金融家を通して、彼らがこの国に植えつけたすべての商業的で個人主義的な制度を通して、私たちを支配し続けるだろう」
「戦後民主主義」とよばれた体制がひとつの転換を迎えようとしているなかで、私たちも今、「権利のための刻苦」という避けられない試練に直面している。デミアンたちのように自由や権利を得るための容易ならざる道を私たちは歩かなければならない。
(半田しのぶ)
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