かけはし重要記事

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国労臨時大会                    かけはし2002.6.10号より

国鉄闘争全面放棄と屈服拒否し闘う闘争団とともに勝利の道へ

与党声明丸呑みの方針案承認を強行

 五月二十七日、東京三宅坂の社会文化会館で国労の第六十九回臨時全国大会が開催された。会場周囲の道路は東京地本の要請による機動隊で何重にも固められ、その内側は本部支持派の会場警備隊によって封鎖されるという二重のバリケードの中で開催された。昨年一月の四党合意大会承認を強行した六十七回続開大会以降、繰り返された光景だった。
 一般傍聴やマスコミ、報道は極端に制限され厳重に統制された。入場できない闘争団員、国労組合員や支援共闘の仲間たちは、機動隊を前にして四党合意の不当性や、本部の闘争団排除の姿勢を声を大にして批判し、抗議し、シュプレヒコールを繰り返し、会場内の四党合意反対派に激励を送り続ける集会を続けた。

 大会は午前十時開催・午後一時閉会予定とで、きわめて重要な決定を下すには短かすぎる時間しか保証しなかった。しかし四党合意反対派は会場内でも果敢な取り組みを貫徹した。議長・副議長選挙でも破れはしたが対抗馬を出した。「本部執行部の総辞職勧告の決議を求める動議」は議運によって不受理となったが、他に五本の修正動議を提出した。
 議案を職場討議する時間の保証のないことに抗議して演壇に詰め寄る場面もあった。委員長あいさつと本部原案提案の後、修正動議の趣旨説明が行われ、一般討論では十二人が発言した。本部支持派の議長は闘う闘争団でもある代議員を指名せず、「学校政治」を使って本部支持の発言ばかりが続いた。
 彼らの何人かは、ILO追加情報の変更や何の担保も解決案もないことに懸念と不安を示しながらも、四党合意による政治解決以外にないと疑念を振り払い、絵に書いた餅にすがるように本部原案を支えた。二〜三人の反対派の発言は四党合意はすでに破綻しており、四党合意に反対し原則的な闘いに復帰することを訴えた。
 閉会予定時間をオーバーして質疑は打ち切られ、寺内書記長の集約発言の後、修正動議が採決に付された。一部差し替えの修正動議四本は新橋支部委員長代議員他九人提案、趣旨説明による一本の全面差し替え修正動議に集約された。修正動議は賛成二十六、反対八十一、白票八で少数否決された。本部原案は賛成七十七、反対三十一、白票七で賛成多数、修正なしで承認された。
 大会は議案を職場討議にかける時間の保証もなく、組合民主主義を無視した中執決定を追認するだけのセレモニーと化した暴挙だった。四月二十六日に三与党声明が出され、五月十五日に臨時全国大会開催が決定された。議案書が代議員に配布されはじめたのは五月二十四日、そして二十七日には臨時大会開催という強行スケジュールだ。これは、全国の国労組合員に内情を暴露されないうちに、ことの真相を知られないうちに、五月末を期限とする三与党声明に力を借り、裁判の取り下げと闘う闘争団の切り捨て、国鉄闘争解体の方針を一挙に大会決定してしまおうという計画で演出された暴挙だった。
 臨時大会開催決定を前後する中から漏れ伝わる情報を総合すると、四月二十六日の三与党の「JR不採用問題に関する声明」は国労本部側から四党合意の枠組み維持のために与党に働きかけた結果として出されたものであることが判明した(この事を本部は否定しない)。四月二十六日以前に本部は、村山元首相に以下の六項目を託し、野中(自民党)に国土交通省鉄道局との会談を要請したといわれる。
 本部が情報を公開しないことによって、内容に重複と不明確な部分もあるが以下の六項目といわれる。@五月中に臨時大会を開催するA「JRに法的責任なし」を再確認「追加方針」を改めて撤回するB最高裁の訴訟を取り下げるC鉄建公団訴訟原告二百七十九人へ文書で裁判取り下げを訴え、五月二十五日までに態度をはっきりさせる。従えない場合処分する(除名処分にするということ)D四党合意で解決後には争議継続はない(一発回答でOKという意味だ)E臨時大会後すみやかに解決交渉に入る――以上である。
 それに対し国土交通省鉄道局は、国労本部が二月にILOに当てた追加情報の「解決の遅れは政府の責任」「JR及び政党に対して必要な指導を行っていない」などについて撤回、修正する追加情報を送付することなどを追加したうえで、その後については「臨時大会後判断する」と何の担保も示さず突き放したといわれる。
 この情報の六項目も三与党声明も臨時大会議案書も同様な内容になっていることが、この情報の真実性を裏付けている。
 臨時大会開催を指令した指令十一号には、社民党から「国労の態度を明確にした臨時大会を開催すべき」と判断が示され開催を判断した、とあるが、すべてが国労本部の演出であり何の担保も解決の保証もなく(その後の追及で渕上さえ認めている)、闘う闘争団、家族を三与党に生けにえに差し出してでも三与党に全面白紙委任し、四党合意の枠組み維持と本部の延命を図っただけなのだ。何と情けない、何と反労働者的で怒りなしには理解できない理不尽な指導部であることか。
 五月二十四日配布された臨時大会議案書は、これら六項目を四項目に整理してもっと踏み込んだ内容になっている。
 「与党声明を受けた国労の態度」の項では、@方針上の矛盾について「JRに法的責任なし」を再確認し「最高裁での判断を公正に求める」との六十七回続開大会の追加方針の撤回を確認するA最高裁の第三者参加申し立て及び鉄建公団訴訟について、五月二十五日を期限とし、応じない闘争団員は直近の全国大会で処分決定する。「JRに法的責任なし」と決定したといえるだけの結果を挙げるB大会後社民党の要請にもとづき速やかに国鉄改革法関連訴訟については取り下げるCILO追加情報については撤回し、新たな追加情報を提出する。
 最後に「以上を国労の総意とし、大会終了後、速やかに取り組むと同時に、国労として与党及び関係者の理解を得るべき努力も合わせて行う」とある。第三項は、採用差別だけでなく係争中の不当配属と不当配転事件についても取り下げる事を意味している。
 第四項は、政府への国際的非難を回避することを意味していて、ITFの協力などに信義違反になることを意味する。
 最後の項はこの間の経過と同様、政府の批判があれば一切の座り込みやその他の大衆行動を制限するということであり、採用差別問題の解決という名目で一切の国鉄闘争を止めるということ、そして政府に忠誠を誓うということを意味する。
 それは中曽根でも果たそうとしてできなかった国労の完全屈服と解体の完成に、自分で道を掃き清めるということだ。
 しかし、四党合意に反対する仲間たちも黙って推移を見守っていただけではない。
 三与党声明後には早速、鉄建公団訴訟原告団と国鉄闘争に勝利する会との共同で四月二十七日「三与党声明に対する見解」を発表、四党合意は国労の完全屈服であり、「私たちと共に最高裁闘争、ILO条約勧告適用専門委員会闘争、鉄建公団訴訟を軸に政府とJRの責任を追及する闘い」をともに闘うことを訴えた。
 それ以降各共闘組織や国労内部の多くの部分から抗議の声が上がった。五月十五日の臨時大会開催決定を前後して、開催中止要請の声が噴出した。とりわけ五月末をもって生活援助金の凍結を強行する指令には多くの組合員から非難の声があがった。
 五月二十一日に、JR職場の二百九人の組合員を含む国労組合員二百十九人が、「闘争団員の一部に対する生活援助金の凍結など」の禁止を求め、東京地裁に第一陣の仮処分の申し立てを行った。この仮処分申請の中心となった「国労に人権と民主主義を取り戻す会」は記者会見を行い、マスコミなどを通し広くこの問題を訴えた。五・一五臨時大会開催決定に当たって、この会は「団結を破壊する臨時全国大会は中止せよ」と声明を発表して、「臨時大会を直ちに中止するよう本部に対し職場からの意見や抗議を集中しよう」と訴えた。
 国労内外から「臨時大会中止」の声が噴出し、本部多数派は開催準備を理由として本部を留守にし逃げ隠れしていた。五月二十五日までに鉄建公団訴訟の取り下げ連絡をよこせと手紙を送付されたある闘争団員は、本部に連絡したが捕まらず、二十四日ようやく寺内書記長を発見して喫茶店で話し合いを持った。本部は無責任に終始した。
 「何のために開くのか」。「三党を四党合意に引き止めておくためだ」。「引き止められるのか」。「それは社民党にやってもらう」と逃げ口上で、「四党合意で解決しなかったらどうするのか」と追及されると「私は辞任する」と開き直った。「私はやめた」と辞任すればすむ問題ではない。闘争団家族の十五年の艱難辛苦の生活と尊厳をかけた闘いがかかっているのだ。
 五月二十七日の当日には、鉄建公団訴訟・生活援助金凍結禁止仮処分常任弁護団、「四党合意」不当労働行為・労働委員会・行政訴訟弁護団の両者は、本部に面会を要請したが拒絶され会場前で「闘う国労闘争団」の切捨ては許さないと集会参加者に訴えた。
 臨時大会をめぐる攻防は、結果として大会議案を承認するという暴挙を許してしまった。しかし、闘う闘争団と国鉄闘争勝利共闘会議、そして四党合意に反対するJR職場の国労組合員との間の絆を深めたといっていいだろう。
 臨時大会の夜には東京の労働スクエアーで、国労に人権と民主主義を取り戻す会、鉄建公団訴訟原告団、国鉄闘争に勝利する会の三者共同で「四党合意」を乗り越えて!国鉄闘争勝利総決起集会が五百五十人を結集して開催された。闘争団家族は、「ここまで来ても本部方針が承認される全国大会」への怒りの発言。そして生活援助金凍結に対し率直に不安を表明しながらも「震える肩を寄せ合いながらそれでも夫の正しさを証明しJR復帰まで共に闘い抜く」との決意を表明した。会場は全員が胸打たれ怒りを新たにした。
 そして集会は、三与党声明に言われるままに臨時大会を開催し三与党声明を丸呑みして闘う闘争団の排除と裁判を取り下げるという大会承認に抗議し、本部の屈服と武装解除を乗り越えて闘い続けることを確認した。同時に、臨時大会後の第一弾の行動として、六月二十六日の株主総会に向けて二十五日に全一日JR総行動を取り組むことを提起し、団結がんばろうで集会を締めくくった。
 昨年一月、吹雪の中での続開大会で四党合意を強行採決して以降、その破綻が全面的に明らかになったにもかかわらず、反対派の一年間の取り組みを通した二度目の大会でも、本部の四党合意路線を根底的に覆す大会決定を勝ち取ることはできなかった。投票結果を見る限り、この三回の大会で反対派代議員は三分の一を確保したまま推移している。
 国労本部やエリア本部を中心とする四党合意多数派は、政府に追従する裁判所に対する敗北感、政府とJRに対する無抵抗から来る無気力感、設備メンテ大合理化への抗争なき終結、四年間のストなし春闘、職場での不当労働行為に対する現場からの闘争放棄など、企業内に埋没し敗北主義に彩られた無方針によって限りない厭戦気分を醸成してきた。
 しかし、闘う闘争団を先頭とした四党合意反対派は、それぞれの闘う課題を本部の排除や圧力に抗し、無方針に抗してねばり強く闘いの旗と闘争力を堅持しながら取り組んできた。今大会の反動的決定にもかかわらず、闘う闘争団は最高裁第三者補助参加、鉄建公団訴訟の取り組みを断固として推し進め、そして支援共闘の仲間は国鉄闘争勝利共闘会議を結成し、新しい運動と質を提起している。
 そしてJR職場からは、本部に公然と反旗を翻し「国労に人権と民主主義を取り戻す会」を中心として生活援助金凍結の禁止を求める仮処分の闘いなど政府JRとの対決の橋頭堡を構築するという成果を作り上げた。本部がどういう決定をしようとも、国鉄闘争を闘える方針と運動と体制が作り上げられたのだ。
 いま、JR職場では大合理化と長時間過密労働、不当労働行為と強権的労務管理が増大し、不満と怒りが噴き出し、出口がないまま圧力計の針が上がっている。それは日本資本主義の大量失業、大リストラ、生活破壊と闘争政策への不満と反乱への衝動がゆっくりとではあっても増大していることと軌を一にして結びついている。国労本部が国鉄闘争を解体に導こうとしている以上、解雇撤回闘争をはじめとして国鉄闘争の未来を決するのはひとえに四党合意に反対する闘争にかかっている。
 本部の圧力をはね返しながら、あらゆる課題で大衆行動を積み重ね、政府・JRを追いつめる大衆闘争の扉をこじ開けることが求められているのではないだろうか。
 最高裁訴訟はまだ取り下げられたわけではない。闘う闘争団への除名処分が確定したわけでもない。生活援助金凍結には仮処分で対決を開始した。凍結指令にもかかわらず闘う闘争団の物販は分会で取り組みが継続されているところも多い。
 四党合意と四党合意路線は何度も救出されたけれども、息も絶え絶えで死に体であることは間違いない。夏か秋に予定される定期全国大会に向けて、四党合意反対派は大衆行動を積み重ねながら、今臨時全国大会の決定を覆すために不屈に闘う闘争団家族と団結を固めともに闘い抜こう。六月五日、生活援助金凍結禁止仮処分第一回審尋、六月二十五日〜二十六日株主総会JR総行動を闘いとろう。
(6月1日 蒲田 宏)

 追伸 六月一日の朝日新聞によれば、自民党の甘利・元労相は自民党役員連絡会で、JR不採用問題について「定期全国大会で裁判の取り下げがあるか問題だ。全面的な取り下げ(鉄建公団訴訟を意味する)があれば、与党がJR側に改めて採用の検討や和解金の問題を働きかける」と述べたと伝えた。
 この件に関しては、国労本部に解決能力がないことを甘利でさえ了解していることを示しており、「何のための臨時大会だったのか」と言う声が本部支持の組合員からさえ渦巻いている。甘利発言は「四党合意」を破棄する意外に解決の道が閉ざされていることをあらためて明らかにしているに過ぎない。


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