| 第二回ロシア社会フォーラムの成功 かけはし2006.9.4号 |
サンクトペテルブルクで開催された第二回ロシア社会フォーラムが終了した。国家機構によるさまざまな妨害(活動家の恣意的な拘束や、それ以外の形態での警察による弾圧など)にもかかわらず、ロシアの様々な地域や多くの国からの人びと千人以上が、この集まりに参加した。フォーラムは、教育、住宅政策、労働問題、人権、エネルギー、環境などにかかわる多くの建設的プログラムの提案への支持を宣言した。流血の見せ物や不健全な大騒ぎが好きな連中は失望したに違いない。オルター・グローバル化運動はどのような騒動も組織しなかったし、店舗の窓ガラスは一枚も割られなかった。
混乱を期待するマスメディア
不幸なことに今日のロシアでは(そしてここだけではないが)、俗物や俗物的な匂いに飛びつくジャーナリストたちは、犯罪、暴力、流血、スキャンダルなどの「ホット」な事件を報道したがっている。ロシアや他の国々の人びとが直面する緊急問題に関するこのような公開の、真面目で建設的な討論は、あまりにも退屈なのである。
暴力沙汰はなかった。したがってオルター・グローバル化派の目論見は失敗したとされる。これに対して、フォーラムの組織者は別の目的を持っており、これらの目的は大部分達成されたと、際限なく説明し続けることになる。
この集まりは、孤立主義やスターリニズムなどの時代遅れの思想に導かれた「反グローバル化派」が組織したものではなく、いわゆる「G8」が押しつけている現在のものとは全く異なる世界的な統合を支持する人びとによって組織されたものであった。
われわれにとって統合の目標は、米国やNATOの地政学的願望を実現することではなく、自由貿易のスローガンの下に世界市場を支配している、あくなき利潤に突き動かされた超国籍企業を満足させることでもなく、国際金融投機(一日に二兆五千億ドルにまで達する!)のラセン的拡大を推進することでもない。それとは別のことである。われわれは「別の世界は可能だ」と語る。そして、世界的な経験と専門家の研究に基づいて、われわれはそれがどのような世界であるのかを示している。
われわれは、実現可能なオルタナティブについての真剣な討論を呼びかけている。政府当局も、俗物たちも、彼らの要求に奉仕しているマスメディアも、このような討論という考え方を好まない。
それならば、こうしたオルタナティブとはいったいどのようなものなのか。サンクトペテルブルクで行われたフォーラムの参加者たちとはどのような人びとで、彼らはそこで何をしたのか。
多様な社会組織と運動が参加
ロシア社会フォーラムは、多様な社会組織と運動のネットワークであり、「もう一つの世界は可能でかつ必要だ」を実際に示し、恒常的に活動しているネットワークである。その世界とは「市場原理主義」に方向づけられたものではなく、人間的発展を目指すものであり、かつ社会的・環境的問題を解決しようとしている。
フォーラムに参加している最も活動的なグループには、独立労組、住居や地域サービスの商業化に反対して活動している人びと、「教育をすべての人に」グループ、「人権のための」運動、「オルタナティブ」(市民の社会的イニシアティブを支持する運動)、「集団的行動」研究所などのオルター・グローバル化固有の組織、チェルノブイリ事故被害者の組織や、事故の影響をなくすために活動している人びと、「緑派」などがあり、そしてそれ以外に数十ものグループが存在している。
サンクトペテルブルクのキーロフ・スタジアムで七月十四、十五日に開催されたフォーラムには全体で約千五百人が参加登録した。その多くは、当局をかくも震え上がらせているこの集まりで何が起こるのかを見るためにやって来た。筆者の意見では、約三百人がフォーラムで行われたセミナー、円卓討論、シンポジウムで積極的に活動した。左翼青年組織やアナーキスト、その他の政治的志向性を持った活動家たちは、集会への参加よりスタジアムの外での抗議行動を優先した。
重要な実践的課題の提案
開会イベントは、フォーラムの活動の主要なテーマの紹介などのワーキングセッションにするつもりだった。しかしサンクトペテルブルク州知事バレンチナ・マトビエンコのおあつらえの訪問のおかげで、われわれは数分間きわめて忙しくなった。
いつもの卑屈な態度でこの大ボスに群がったジャーナリストたちは不可避的に全体の注意を一定程度そらすことになった。そこでわれわれは、同志たちの逮捕と拘束に抗議するためにこの状況を利用することを決めた。フォーラム参加者たちは、当局による拘留を非難して「自由!」などのスローガンを叫んだが、マトビエンコは当局がわれわれに好意を抱いていると説明しようとした。
こうしたことにもかかわらず、フォーラムの活動の主要な方針と課題に関する情報を提供するという全体総会の基本的目的は達成された。そこからわれわれの真剣な活動が始まった。
人権の擁護、住宅建設の劣悪な現実、寮からの立ち退き強制、家賃や公共料金の値上げに反対する闘いの形態や方法などの問題について討論が行われた。その結果、建設的な勧告が前進することになった。新しいネットワークの創設と古いネットワークの強化を通じて何をすることが必要なのか、いかにしてそれを実現するのか。長期的に見れば、こうしたネットワークは、市民が自らの権利、住民としての利益を擁護するための効果的な組織的基盤を提供することになるだろう。
今日のロシアの「ジュラシック・パーク資本主義」の条件の中で、労働者の権利を防衛する独立労組の連帯を発展させるために同様のステップが作りだされた。
フォーラムは、市民社会の構造を打ち固めるための建設的ステップから、政治犯や逮捕されたわれわれの同志たちの釈放という非常に明確な要求にいたるまで、広範な人権問題を討論した。ロシアでは官僚と警察による専横な弾圧がますますひどくなり、真の民主主義がますます影を潜め、基本的な市民的・社会的権利を行使することがますます困難になっていることを示す現実が提起された。
「伝統的」な人権活動家と、社会的公正のために活動している左翼活動家の統一した行動ネットワークを確立するための重要な実践的ステップが提案された。フォーラムでは、「人権のための運動」の指導者であるレフ・ポノマレフとモスクワ・ヘルシンキ宣言グループのトップであるリュドミラ・アレクセイエヴァが果たした積極的役割を指摘することができる。両者は、ロシアの人権活動家は社会的公正を防衛する左翼活動家との建設的対話の方向にますます向かっていると明確に述べた。
フォーラムで提案された最も建設的なイニシアティブは、特別シンポジウムで提起され討論された「教育をすべての人に」プログラムだった。そこでは、教育機関を民営化し、新しいチュバイス式「クーポン券化」(今回は教育分野で行われる)を導入する政府の政策は、わが国の知的潜在能力(かつては大きかった)の喪失をもたらし、適切な方法で「知的社会」を実現することを困難にさせるものであることが示された。「教育をすべての人に」プログラムの積極的部分は、教育の高い質と普遍的アクセスを保証する具体的提案を含んでいる。それは、教育を「市場」ではなく人間的発達に向かわせることを可能にする措置である。
このプログラムをより詳細なものにする基礎は、国会議員のO・N・スモーリン教授や、何十人もの著名な学者、教師、教育専門家が準備した資料によって提供された。それは、いかにして教育の発展のための資金を調達するか、いかにしてそれを効果的に使用するか、いかにして教師の労働を魅力的なものにするか、などについても説明している。「教育をすべての人に」全ロシア運動は、労働組合や青年組織と連携して、ますますこのプログラムを実現するための組織的基盤になろうとしている。
多くの問題で討論と論争
これらは、フォーラムで討論され、実践的な決定がなされた特別文書のほんの幾つかの例にすぎない。エネルギー、環境などの課題に関する文書も出された。
すなわちわれわれは、サンクトペテルブルクで当初の企図どおりの活動を遂行したのである。この点でフォーラムは大成功だった。
きわめて重要な事実は、多くの諸国から来た社会組織の活動家、議員、青年たちがスタジアムにおいてわれわれに向けて発言し、われわれと共に活動したことである。フォーラムの参加者は、著名なイタリアの社会活動家であるビットリオ・アグノレットの発言に熱烈に反応した。欧州議会の議員で、人権委員会に属しているアグノレットは、ロシア政府が主導した警察の暴行を厳しく非難した。ドイツの同志、フランスの労働組合活動家、そして多くの外国ゲストの演説は熱烈に歓迎された。ウクライナの青年代表、バルト諸国とポーランドの青年たちは、とりわけ活動的だった。
それと同時に、フォーラムは多くの問題や矛盾に遭遇した。大きな問題の一つは、わが同志たちの逮捕、拘束であった。多くの内部的論争や不同意もあった。その一部は根本的なことがらであり、他のものは人権活動家、左翼政治組織、青年グループ、教育ネットワークの「身なりのよい」教授たちなどといった多様なグループ間の理解と相互の関わりの困難さから生じたものだった。
われわれは組織的諸問題や論争を回避できなかったこともあった。またわれわれは、警察によるスタジアムの封鎖やわれわれのデモを当局が禁止したことにどのように対処するかについて、長々と論議しなければならなかった。組織委員会の一部のメンバーは、大統領府内から持ち出されたプーチンとわれわれとの会合という考えに、積極的に反応した。しかし合意の上で決定が下された。われわれは、同志すべてが釈放されるという条件においてのみ政府指導者との対話をすることができる、という決定である(もちろん彼らは釈放されず、こうした「対話」はなされなかった)。
それにもかかわらず、これらの論争はわれわれの活動の遂行を妨げるものではなかった。
当局による拘束・逮捕攻撃
政府当局の極度に厳しい態度は、このフォーラムの一つの特徴だった。二百人以上の参加者が逮捕され、監禁されたり、別のやり方で追及を受けた。幾つかのケース(その中には筆者本人も含まれる)では討論は丁重に行われたが、われわれの同志たちの多くは、何の説明もなしに拘束され、列車から下ろされ、一部の人びとは爆発物や麻薬をつかまされて犯罪に問われた。
フォーラムの数日前、組織委員会のメンバーであるミハイル・ドルジニンスキーが逮捕され、その後、別の組織委員会メンバーであるイリヤ・ポノマレフが拘束された。多くのサンクトペテルブルクの活動家たちは、夜、家に帰ることができなかった。彼らを拘束・逮捕する準備がされていると聞かされたからである。
フォーラムの開催期間中、とりわけ七月十五日には、われわれの同志たちはあらゆるでっち上げの口実を使われて、ひっきりなしに拘束された。フォーラムが終わった後、G8反対行動に参加した何十人もの活動家が拘留された。
われわれは、多くのメディアの地方局、とりわけラジオ放送局モスクワ・エコー、そして当局による弾圧措置を正確に報告した多くのインターネットサイトを正当に評価すべきである。しかしプーチン支持派メディアのほとんどは、サンクトペテルブルク市当局がわれわれに対して幾つかの軍隊用テントや野外調理場を提供したという事実を強調し、「完全な調和という構図」を報道した。同時に参加者たちが無料の食事まで提供されたという「不正確」な報道までなされた。フォーラムに参加してスープやソバ粉パンを食べたすべての人びとは、自分で代金を支払ったことを知っている。
われわれがスタジアムを使うことを認められた事実は、当局との妥協の結果である。それはわれわれにとってきわめて不愉快な妥協だった。当局は、どのようなことがあろうと、われわれがサンクトペテルブルクでフォーラムを開催する決意を変えるつもりはないことを理解した後で、われわれがスタジアムを使用することに同意したのである(同スタジアムが修理工事のために閉鎖中だったことに留意すべき)。おそらく当局は、スタジアムに閉じ込めておく方が、どこか別のより「オープンな場所」でフォーラムを開催することによって生じる、もっと大きな問題に直面するよりもましだと思い決めたのだろう。
一部の大統領府の代表は、連邦政府のフォーラムに対する態度は、例外的なまでに民主主義的であり、友好的なものだということを、ひっきりなしにわれわれに確認させようとした。しかしわれわれの同志たちの大規模な「排除」、デモの禁止、そしてスタジアム周辺に配置された大量の機動隊は、それとは全く反対のことを示した。したがってフォーラムの前後に、レフ・ポノマレフが当局の行為を強く非難し、われわれの同志の釈放と彼らへの起訴をやめるよう求める宣言を発表したことは、きわめて当然のことだったのである。
「やんちゃな白ネコ」ではない
フォーラム終了後一時間のうちに書かれたこの短い覚書を終わるにあたって、ロシア社会フォーラム・ネットワークを形成した諸組織と運動は、「平和に共に生活する」ようすべての人びとに説教する「やんちゃな白ネコ」ではないことを、私は強調したい。フォーラムのスローガンが「権利は与えられないのか? 権利は勝ち取るものだ!」であったことは偶然ではない。
われわれは政府当局に対して、われわれの正当な社会的・市民的権利を実現するよう要求する。われわれは、国際法とロシア憲法が認めるあらゆる手段を使って、この要求のために闘う。われわれは、専門家間の真剣な対話、集会や討論の場で、決意をもってそれを押し進める。もし当局が、二〇〇五年初頭に行われた「社会福祉の有償化」反対行動の参加者に対するのと同様に、市民の主張を聞き入れようとしないならば、われわれは同様の行動を行う。第二回ロシア社会フォーラムの参加者の多くは、二〇〇五年の運動でも活動した。
同時にわれわれは、無意味なフーリガン的行為や挑発的な暴力行為に反対してきたし、現在も反対である。窓ガラスを割る「反グローバル化運動」というイメージは、われわれの建設的イニシアティブを真に恐れている人びとによって押しつけられたものだ。そして当局は恐れている。そうでなければ、彼らはフォーラムに参加しようとしていた多くの市民を拘束などしなかったであろう。
いずれにせよ、当局がわれわれをどう思っているかは大したことではない。われわれは、政府が「市場原理主義」政策と官僚的な無法支配を行っているのは、市民の利害を知らないためではなく、こうした政策が政府を権力の座に押し上げた連中の利益になるためだということを、知りぬいている。われわれが自らの言葉と行動を、とりわけ社会、市民、そして、もっと人間的で公正な暮らし方がロシアでも世界でも可能になるように、同志たちと団結して一人でも自らの生活を変えることができる人びとに向けて発しているのはそのためである。
(アレクサンデル・ブズガーリンはモスクワ国立大学教授で、社会運動「オルタナティブ」のコーディネーター。彼は第二回ロシア社会フォーラムの組織委員だった。邦訳書に『21世紀とコミュニズム』〔リベルタ出版〕がある。)
(「インターナショナルビューポイント」電子版06年7―8月号)
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