| 遺伝子組み換え作物に異議あり かけはし2006.9.25号 |
グローバル資本主義と「ファストフード」批判
多国籍企業の市場支配の中で広がりはじめる「スローフード」 |
大量生産・大
量消費と「食」
ありとあらゆるものが飽和状態にある現在の日本。もちろんこれは「一般的に」という前置きが必要ではあるが、世界的に見ても「裕福」な国であることは言うまでもない。そんな日本も第二次世界大戦直後は酷いものであったと他界した祖母から良く聞かされたものだ。空襲により焼け野原と化してしまった都市部などでは、何よりも食糧事情は極度に劣化していた。この結果、多くの子供たちは栄養不良や身体虚弱状態に陥ってしまったのである。
人は生きるために「食」を通して養分を摂取し、その摂取した養分により人は成長していく。戦後六十年以上が経過した今でも、このメカニズムに変化はない。しかし「食」というものだけを考えたならば、そこには大きな変化が見受けられる。周りを見渡せばファストフード店やコンビニエンスストアが乱立し、鎬(しのぎ)を削っている。これがいったい何を意味するのであろうか。
「ファストフード」とは調理する時間が短く、誰でも手軽に食せるものという感覚が強いかもしれない。しかし「fast」という言葉をキーワードに考えた場合、高度経済成長以降、幸か不幸か忙しく生きる日本人にはうってつけの「食文化」であった。そして外国に、とりわけアメリカという国に憧れた若者たちにとって、「アメリカ人」に近づくための最も手軽な手段であったのだろう。
こうした時代背景もあり「ファストフード」は、食生活における「大量生産・大量消費」を後押しした。「自然との共存」という理想型が、利益追求型の資本主義経済に一蹴されたのである。大量消費を可能とするには、大量生産の維持が必要命題である。すなわち、安定供給の確実性を高めなければならない。このような疑問を投げかけられたとき、たぶん多くの方が「どのような環境であろうとも適応する品種があれば良い」と考えるのではなかろうか。
日常生活を包
囲するGMO
こうしてここに一つのマーケットが生まれる。それは「大量生産・安定供給に適した品種を作り出す」というものだ。もちろんここには巨額の富を生む「特許」なるものが絡むため、同業他社よりも早く、それを作り出す必要がある。そのために、直接「遺伝子」に手を加え、文字通り、新たな品種を創り出すのだ。そう、それがGMO(Genetically
Modified Organism)、つまり「遺伝子組み換え生命体」である。
気が付けばわれわれの周りを、遺伝子組み換え(GM)技術というものは実に巧みに包囲している。裏を返せば、「研究」という名のもと、それだけ莫大な投資が行われたに他ならない。そして現在、その研究の主戦場は「医薬分野」と「農作物分野」となっている。双方に共通すること、それは「消耗品」であるということである。消耗品に対する特許を取得してしまえば、それだけで莫大な富を築くことが可能だ。しかもそれが独占的にその市場を抑えてしまえば、企業にとって、まさに「笑いが止まらない」のである。
そんな「独占的」に市場を抑えた企業の一つに「モンサント社」がある。この企業はGMOを語る上で、切っても切り離せない関係にある。果たして、モンサント社とはどのような企業なのだろうか。
モンサント社は一九〇一年に創業し、一九二〇年代頃から硫酸と化学薬品の製造で業績を上げ、一九四〇年代からはプラスチックや合成繊維のメーカーとしても著名となった。同社を有名にした商品の一つはPCBであり、アロクロール
(Aroclor) の商品 名で独占的に製造販売した。また農薬のメーカーとしても著名で、ベトナム戦争で使われた枯葉剤の製造メーカーでもある。そして近年、この農業分野にGM技術を用いて参入し、農薬であるラウンドアップと、そのラウンドアップに耐性をもつGM作物をセットで開発・販売した。
シュマイザー
氏のたたかい
さて、突然ではあるが、想像してもらいたい。みなさんは小さいながらも田畑を所有し、そこで小麦や豆、そしてナタネなどを栽培して生計を立てている。そして種は何十年もの歳月をかけ、その土地に適するよう交配をしてきた、言わば自分の子供のようなものだ。
ある日、玄関のベルが鳴り、押しかけて来た人たちに「あなた方はわれわれが特許を所有するGMナタネを違法に入手し、ライセンスなしで栽培して、われわれの特許を著しく侵害している」と前置きもなく、突然、一方的に言われる。実際に栽培されているナタネを調べてみると、そこには確かに特許で守られた「組み換え遺伝子」が存在していた…。
このような事態に陥った場合、読者のみなさんならどのような行動を起こすであろうか。一つ言うなれば、これは想像上のことではなく、実際に起こっていることなのである。特許遺伝子が混入した種子は、特許使用料を支払わなければ利用できず、またライセンスなしに「無断で栽培していた」ということに対して莫大な損害賠償を請求され、そしてGM種子が混ざってしまったことによって、種は自家採種することを禁じられる。こうしてGM種の特許使用料を払わねば農業ができなくなってしまうのである。こうなってしまった場合、多くの農業従事者は泣き寝入りしてしまうのが実情である。しかし、この独裁的な手法に対して立ち向かった一人の人物がいた。それがカナダ在住のパーシー・シュマイザー氏である。
同氏はカナダの穀倉地帯であるサスカチュワン州で、ナタネや小麦など六百五十ヘクタールの農場を夫婦で営んでいた。代々、ナタネを自家採種し続けて地域に適した耐病性のある種子の開発者としても知られていた。だが、近隣農家がモンサント社製GMナタネを栽培したことで、同氏の畑のナタネと自然交配してしまった。近隣農家の栽培するGMナタネの花粉が、風や虫などで運ばれたという自然因子であるにも関わらず、モンサント社は同氏に対して、GMナタネを違法に入手し、ライセンスなしで栽培したとして、「特許侵害」で告訴した。
同氏はそれに立ち向かったが、判決は一審、二審、そして最高裁とも、「生えていたこと自体が特許侵害」だということで、種子汚染を被った側が有罪になるという非常に不可解な結果に終わった。こうして長年に渡り栽培してきた種子を使用することができなくなった。
このことからも分かるように、GM特許、即ち、生命特許の所有権は、自由に作物を選び、そして栽培するという農業従事者の持つ権利を大きく上回るのだ。そのような企業の横行が許されて良いのだろうか。そして、そこまでして守られたGM技術によって栽培された作物は、果たして本当に安全と言えるのであろうか。
健康をおびや
かすGM技術
去る七月にロシアの科学者であるイリーナ・エルマコヴァ博士を招いた講演会が全国六カ所で行われた。同博士はGM食品の安全性に対して否定的な立場をとっている。博士の行った実験はGM大豆の生豆や加熱した加工品を、親になるラットと生まれた子ラットに離乳後与えた。その結果、子ラットは生後三週間で六十四匹中三十三匹(五一・六%)が死亡し、従来の大豆を与えたものは五十匹中五匹(一〇%)が、大豆を与えてないものは七十四匹中六匹(八・一%)が死亡した。またGM大豆を与えた子ラットの凶暴化には目を見張るものがあった。この他にも妊娠中のマウスが食べたGM成分は、胎児や新生児の血液細胞、脾臓、肝臓、心臓、脳の他、精巣やその他の細胞でも検出された。
このように複雑かつ不完全なGM技術は、健康や生物の多様性に対して新たな危険と問題をもたらすと博士は警笛を鳴らす。一方で、GM技術推進派の研究者からは同博士の実験に対し、「死因が特定されていない」・「実験が不十分」などという反論も寄せられている。
GM食品が危険なものなのか、それとも安全なものなのか、この結論は平行線を辿っている。そしてこの先も決して交わることはないであろう。何故ならば、先にも述べた通り、この研究には莫大な投資が行われているからである。故に研究結果はGM技術を肯定するものでなければならない。仮に同博士の研究結果が、GM技術にプラスイメージを与えるものであれば、世界中から「素晴らしい研究だ!」と喝采を浴びたことであろう。
私たちの生き
方が問われる
一方このような状況下において、ここ日本におけるGM問題に係る法整備は、どの程度まで進んでいるのだろう。
現在、十都道府県では独自規制が敷かれており、このうち条例で規制しているのは半数の五道府県で、今年一月の北海道を皮切りに、四月に千葉県、京都府、徳島県が、そして五月には新潟県が施行した。規制内容が特に厳しいのは、農業が主産業である北海道や、ブランド米を持つ新潟県で、違反者に対して一年以下の懲役や罰金五十万円以下という罰則機制定を盛り込んでいるほか、野外での栽培実験を行う試験研究機関は「届け出制」、農家の一般栽培は「許可制」としている。
果たしてこの規制や罰則は本当の意味で厳しいのか否か、それは後々検証してゆくとしよう。ただ、このような規制の波が都道府県レベルだけではなく、市区町村レベルまで徐々にではあるが広がりを見せているのは、注目すべき点である。
では自治体などではなく、われわれ市民レベルではどのような運動が巻き起こっているのだろう。今全国的に広がりつつあるのは、いわゆる「GMOフリーゾーン運動」と称するもので、GM栽培の動きに対抗して栽培拒否を宣言する運動である。日本では流通を目的としたGM作物の栽培は行われていないため、流通前に先手を打つ形となった。実は余り知られていないが、日本は世界で最もGM作物を輸入している国である。こうした国で、「GMOフリーゾーン運動」を広げることには、世界的にみても大きな意義があると考える。それぞれがGM問題を身近なものとして捉えることで、草の根的に運動を盛り上げていくことが重要なのだ。まずはGM問題を多くの消費者に伝えることが先決である。日本において反GM運動の盛り上げを目指す反グローバル化運動団体Attac・Japanは、Attacフランスが二〇〇四年に制作したGMドキュメント映画「遺伝子組み換えNON!〜フランスからのメッセージ〜」を日本語訳に吹き替え、日本各地で上映運動を行うことで大きな反響を呼んでいる。次なる打つ手は何か、今が試される時だ。
「美味しいものを食べたい」という願望は、人間の、いや、生物の持って生まれた性の一つであろう。それ故、本当に美味しい食材には虫も動物も寄って来るものだ。幸いにもそうした選択の自由は今のところ侵害されていない。しかし、GM食品が世に出回ってきているという逃れられない現実において、われわれの子どもや孫の世代には、いずれ選択する余地すら失ってしまうだろう。そのような時代を作り出してしまうのか否か。それは今を生きるわれわれひとりひとりの選択によるところが大きい。今一度スローフードの理念に立ち返り、本来あるべき「もう一つの食文化」に回帰するための最初の一歩を踏み出そうではないか。 (沢田泰司)
コラム
医療と人権
十数年間通い続けている専門科病院が移転した。といっても、隣接する高層ビルの上層階のフロアに今年から新医局を増設したのだ。
発症したその日に、職場近くの小さな開業医は某私立医大病院を紹介した。彼は母校に義理を返したわけだが、私はそこで「白い巨塔」の実像を目の当たりにした。結局半年間通い、自分の判断で通院に便利な現在の病院に転医した。
駅前に病棟を構えるこの病院に、初めて足を踏み入れた時の驚きは忘れない。「立錐の余地もない」とはまさにこのことだ。「三時間待って三分診察」ならまだいい。受付から処方箋まで、まず半日以上かける覚悟が必要だった。
転医してふた月、主治医に手術を勧められた私は「念のため」と、有名な総合病院も訪れた。医師は私の「セカンドオピニオン」に不快感を露わにし、「あそこは日本で一番患者が多い病院」などと吐き捨てて帰した。
それでもこの病院は試行錯誤を繰り返し、少しでも患者の待ち時間を減らそうとした。専門外来や新病棟の増設、予約制導入などなど。業務は日々合理化され、それがさらに患者を呼び込んだ。病棟数は増加の一途をたどっている。
都心を一望する超高層診察室は「ラウンジ」と改名した。検査順に色分けされた通路とソファー。受付番号は電光掲示板に表示され、自分のカルテが追跡できる。大待合室の次は中待合室。その後ようやく診察である。終われば次回を予約し、なんと精算もセルフサービスだ。ATMにIDカードを差し込むと瞬時に料金が表示され、現金挿入を促す仕組み。高齢者は戸惑いながら画面に顔を寄せ、その横で若い職員が横柄な金きり声で使い方を教えている。これが歴代院長のモットー「患者本位の医療」なのか。しかしこうしたシステムを導入しなければ、あふれる患者をさばくことはできない。典型的な「病院間格差」である。
私は時おり、今も続く長い通院に「薬害エイズ」の犠牲になった血友病患者の悲劇を思い出す。それは患者・家族と主治医、製薬資本の三者が「人間関係」を形成した半永久的な治療サイクルだった。悲惨な事件も含めて、医師や企業がどれほど「人権」という視点で患者に接していたのだろうか、ということである。
環境がいかに快適に進化しても、技術が最先端であっても、患者の病状が回復し健康が取り戻せなければ意味がない。何よりも万人が平等に、最善の医療行為を享受できなければならない。患者と医師の権力関係も「人権」の視点で根本的に転換すべきだ。医学界の歴史的な権威主義と秘密主義。「命の沙汰も金しだい」に突き進む医療行政の反人民性。通院を繰り返しながら、将来への不安は、尽きることがない。(隆)
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